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伝言
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父が亡くなった。
遺品を整理していたら、古びたノートが出てきた。
表紙には、何も書かれていない。
僕はそれを見て、すぐに思い出した。
ああ、これが「ダイニングメッセージ」ってやつか――
父は生前、言葉の少ない人だった。
仕事から帰ってきても、無言で食卓に着き、ただ箸を動かすばかり。
けれど昔、母がぽろっと言っていたのを覚えている。
「あの人なりに、食卓で思ってることをメモにしてるみたい」と。
僕は、子供心にそれを、「ダイニングメッセージ」と呼んでいた。
どこかで聞いて、勝手に使っている。
食卓で交わされる、言葉にならないメッセージ。
多分、そういう意味だ。
どの家庭にでもあるくらい、普通のことなのだろうか?
ノートを開くと、父の筆跡がびっしりと並んでいた。
「左隣の家、屋根から赤い光。無線か?」
「息子のランドセル、誰かが触った気配」
「妻は別人のようだ。記憶の齟齬が多すぎる」
――どうも様子がおかしい。
最初は父の老化や思い違いかと思ったが、日付を見ると、記述はどんどん具体的になっていく。
「奴らは木曜に動く。必ず尻尾を掴んでやる」
「証拠は天井裏。来客に見つかる前に、誰かへ託す」
天井裏。
まさか、と思いつつ、母が買い物に行っている間に、天井裏を調べてみることにした。
和室の押し入れを調べたとき、埃を被った古いテープレコーダーを見つけ、自分の部屋に持ち帰る。
電池は切れていたが、新しいものを入れると、まだ動くのがわかった。
テープを巻き戻し、再生。
耳を澄ますと、男の声。
声が小さく、何を言っているのか、聞き取れない。
そして、その後に、女――母の声が続いた。
「……勘付かれたみたい。計画を早めましょう」
僕は、しばらく動けなかった。
父の言葉は、食卓のメッセージなんかじゃなかった。
死に際の伝言。
生きたまま、静かに死につつある人間の――最後の訴え。
それを、僕は、ずっと――
そのとき、背後で。
ドアが開く気配がした。
遺品を整理していたら、古びたノートが出てきた。
表紙には、何も書かれていない。
僕はそれを見て、すぐに思い出した。
ああ、これが「ダイニングメッセージ」ってやつか――
父は生前、言葉の少ない人だった。
仕事から帰ってきても、無言で食卓に着き、ただ箸を動かすばかり。
けれど昔、母がぽろっと言っていたのを覚えている。
「あの人なりに、食卓で思ってることをメモにしてるみたい」と。
僕は、子供心にそれを、「ダイニングメッセージ」と呼んでいた。
どこかで聞いて、勝手に使っている。
食卓で交わされる、言葉にならないメッセージ。
多分、そういう意味だ。
どの家庭にでもあるくらい、普通のことなのだろうか?
ノートを開くと、父の筆跡がびっしりと並んでいた。
「左隣の家、屋根から赤い光。無線か?」
「息子のランドセル、誰かが触った気配」
「妻は別人のようだ。記憶の齟齬が多すぎる」
――どうも様子がおかしい。
最初は父の老化や思い違いかと思ったが、日付を見ると、記述はどんどん具体的になっていく。
「奴らは木曜に動く。必ず尻尾を掴んでやる」
「証拠は天井裏。来客に見つかる前に、誰かへ託す」
天井裏。
まさか、と思いつつ、母が買い物に行っている間に、天井裏を調べてみることにした。
和室の押し入れを調べたとき、埃を被った古いテープレコーダーを見つけ、自分の部屋に持ち帰る。
電池は切れていたが、新しいものを入れると、まだ動くのがわかった。
テープを巻き戻し、再生。
耳を澄ますと、男の声。
声が小さく、何を言っているのか、聞き取れない。
そして、その後に、女――母の声が続いた。
「……勘付かれたみたい。計画を早めましょう」
僕は、しばらく動けなかった。
父の言葉は、食卓のメッセージなんかじゃなかった。
死に際の伝言。
生きたまま、静かに死につつある人間の――最後の訴え。
それを、僕は、ずっと――
そのとき、背後で。
ドアが開く気配がした。
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