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<大正:英国大使館の悪魔事件 前編>

決断!

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「騙されてはいけませんよ!」
と、お母様が叔父様を睨みつける。
「都合の良い様にこき使おうって魂胆に違いありませんわ!きっとがお義父様とうさまが亡くなられたのも、この男がこき使ったからよ!」

「おいおい、実の兄をこの男呼ばわりはせんでくれ」
叔父様がばつの悪そうに、頭をかいている。
という事は、まんざら自覚が無いわけではないという事ね。
多分、お母様の言い分は正しい……多少言葉はキツイですけど。

「それと、これは召集では無く、あくまで要請だ……今のところはな」
「今のところは……か」
叔父様の顔色が曇り、お父様の表情は厳しくなった。

「叔父様、そう含みを持った話し方をされても、良くわかりませんわ。一通りお話になって!」

「分かった、正直に小町の置かれている状況を話そう。そもそも、以前から小町の存在は、軍上層部に目を付けられておったんだよ。もし、強大な魔力を持った人物を手駒と出来ればとな。何しろ、明治の初めまで代々魔道寮まどうりょう魔道頭まどうのかみを務めてきた蘆屋家の血筋で、あの帝都の魔人と恐れられた御隠居の秘蔵っ子だからな」
やっぱり恐れられてた方なのねお爺様。
って重要なのはそこでは有りませんわ!

おじい様の話では、蘆屋家は元々陰陽師の家系だったらしい。
だけど、室町後期に西洋の魔術が日本に入ってくる様になって、その技術を宮中にも取り入れようと成った時、白羽の矢が当たったのがご先祖様。
我が家の口伝では、西洋に留学し魔術を極め帰国して、陰陽寮に並ぶ魔道寮まどうりょう魔道頭まどうのかみに付いたって伝わってる。
そして、明治に成って魔道寮まどうりょうが廃止されることに成ったのだけれど、お爺様はその最後の魔道頭まどうのかみ
でも、その後もお国の為に人知れず、その強大な魔道を振るったそうよ。
まあ、あくまで、お爺様談だけれども。

「では、叔父様も私を手駒に欲しいと?」
「否定はせんよ」

「ただ、昨年御隠居が亡くなられる前までは、御隠居が睨みを利かせておったし、何しろ未だ14歳の少女だからな、才能は有ってもその技量の程はどうかも分からない。だから軍上層部の面々も、女学校を卒業してから唾を付ければ良いか程度に考えていたのさ、今までは」

「だが、今回の事件の報告書が上層部に上がって、風向きが一転した。その14歳の少女は、既に御隠居に匹敵する程に魔道を極めていると」

「買い被りすぎですわ!お爺様に匹敵するなんて!」
「そうかもしれん」
「だが、上層部の人間にとってはそんな事は些細な事だ。例え小町の力が御隠居の10分の1程だとしても、手駒として手元に置いておくに越したことは無いとね。少なくとも、政敵の手に渡るぐらいなら、なおさらな」

「もしかして、既に小町を取り込もうと動いている者も居るのか?」
お父様が渋い表情で問う。
「ああ、何人か居る。どうなるか分らんが、場合によっては前戦に投入しようと考えているものも居るみたいだ」
「ま、まさかそこまで……」
お父様は言葉を失い、お母様は今にも倒れそうなほど青い顔で固まっている。

「だが、今なら何とか出来る。帝都の魔技の取り締まりは最重要事項でもあるし、御隠居には生前相談役として尽力してもらっていたという経緯もある。だから、他からちょっかい出される前の今なら、自然な形で小町をうちで預かる事が可能なんだ。どうだろう、小町?」

流石に前戦とか、物騒な話はまっぴら御免ですわ。
叔父様の要請を受ければ、ある程度の自由は保障されて、このまま帝都にも残れて、学校にも通えるというし。
これは、他に選択肢が無さそうね……。

「なんという事だ……俺が親父の力を受け継いでいれば……」
「お父様、それは無理よ。蘆屋家の魔力は、祖父母から孫へ受け継がれるものですもの」
そう、この力は隔世遺伝かくせいいでん
と言う事は将来、道彦みちひこも同じ岐路に立たされるという事。
だとしたら……その時の道彦みちひこの為にも、少しでも帝都の露払つゆばらいをしておくと言うのも悪く無いわ。

「分かりました、そのお話しお請けしますわ叔父様」
「小町、もう少し考えてから答えを出しても構わんのだぞ」
「いいえお父様、こういう事は後手に回れば立場が悪くなるものよ」
「……分かった、お前がそういうのなら了承しよう」

「あなた!」
お母様が異を唱えようとするが、お父様が制する。
「小町の言う通りだ、後手に回って召集されてからでは遅い。最悪、何処か外国の戦地にでも送られたら取り返しがつかん」

「分かりましたわ。でも、もし小町に何かあったら、許しませんわよお兄様!」
お母様が鋭い視線で叔父様を睨む。

「それは問題ない、小町には最高のボディーガードを付けると約束しよう。軍の上層部からも指一本触れさせん」

取り合えず、話はまとまったという事かしら。
まあ、夜中に話し合うことでは無いわね。
凄く眠いわ。

「お話もまとまりましたし、そろそろ宜しいかしら。眠くて仕方ありませんの。明日は初詣ですし」
と応接室から退室しようとすると、叔父様に引き留められた。

「すまん、すまん、話が込み入ってしまって渡しそびれてたんだが、これお年玉」
とポチ袋を頂いた。

「まあ!まさかお兄様は、お金で小町を釣ろうとしてたんじゃ無いでしょうね!」
「ひ、人聞きの悪い、気持ちだよ、気持ち」
「どうだか!」
とまたプイっとソッポを向いてプンスカモードに入った、可愛いお母様である。

自室に戻って、気が抜ける。
取り合えずお嬢様モード解除!
で、ベットへダイブ。
まあ、この先の事は成る様にしか成らないわ。
でも、もしこの世界の私が死んだら、どうなるのかしら?
現代の世界だけに成るのかしら、それとも……。
まあ、思い詰めるのは止しましょう。

「そうだ、涼しい顔で受け取ったんだけど、ちょっと気に成るのよね、叔父様の気持ちって幾らなのかしら?」
ポチ袋の中を覗くと20円札が。

確か、この時代の一般家庭の世帯収入が大体30円ぐらいらしいから、結構奮発したわね。
というか、叔父様お金で釣る気満々だったのね。
「さすがお母様、鋭いわね」
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