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<大正:英国大使館の悪魔事件 前編>

お爺様の遺品の指輪

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「あら、小町ちゃん今日はお早いのね」
屋敷に戻ると、お母様が玄関ホールで、道彦とボール遊びをしている。
まあ、外は寒いものね。
「お帰りなさい、お姉さま!」
取り合えず抱き着いてきた道彦をかかえ上げて、頬をスリスリ。
いくさの前のミッチー成分補給をする。

「お母様、ミッチーただいま」
「では、お茶にしましょう。丁度、千代さんが美味しいマドレーヌを焼いたとこなのよ」
ハッ、千代さんのマドレーヌか……、紅茶と合うのよね……、いけないわ!誘惑に負けちゃダメよ小町!
「御免なさい、お母様。忘れ物を取りに来ただけですの。急いで戻らなくてはいけませんわ」
「そうなの?、残念だわね」


後ろ髪を引かれる思いで自室に向かう。
机の引き出しを開け、猫召喚の札を取り出す。
百枚で一束に成る様に紙縒こよりで束ねてたもの十束を、梅模様の巾着に仕舞う。
でも、これだけではまだ不安だわ。
仕方が無い、やっぱりお爺様の遺品コレクションのどれかを持っていきましょう。


お爺様のお部屋は、このお屋敷で唯一和室に成っているの。
もう、誰も使っていないお部屋だけど、それでも千代さん達が綺麗にお掃除してくれているわ。
そのお部屋の一番奥、とこの間の掛け軸を外し、一見何も無い様に見える壁に手を当て、魔力を流す。
魔力の波長と強弱を変えて16パターン入力すると、カチャリと音が鳴ってどんでん返しの扉が開く。
これは、単に同じ様に魔力を入力するだけでは開かないわ。
登録した魔力の持ち主だけよ。
今は私と、亡くなったお爺様の魔力しか登録されてはいないわ。
だから実質、この扉を開けられるのは私だけ。

扉の中に入ると、ポンと壁に並べられた蝋燭に火が灯る、決して燃え尽きる事の無い魔法の蝋燭に。
そしてそこには、地下2階まで直通の長い螺旋階段が有る。
その階段を一番下まで降りると、ドアノブの無い木製の扉が一つ。
そこにも手を当て、今度は24パターンの魔力を入力すると扉が開く。

お爺様の魔道具保管庫よ。
此処ここは三つの部屋で構成されているわ。
一つ目のこの部屋は、使うと危険な魔道具や素材が保管されているの。
誤った使い方をすれば、簡単に人の命を奪ったり、自らを破滅に導いたり、そんな魔道具よ。
私がこの部屋に入れるように成ったのは2年前、それ迄は危険だからと、入る許可を貰えなかったわ。

二つ目の部屋への扉の前に立つ。
扉と言っても、一見何も無い只の壁。
そこに、手を当て再び32パターンの魔力を入力。
そうすると、今まで何も見えなかった壁に、強力な幻術と結界で隠されていた鋼鉄製の扉が浮かび上がってくる。
その扉をくぐると二つ目の部屋よ。

この部屋にも数多くの魔道具が保管されているわ。
此処の物は、さっきの部屋の物よりもさらに危険な物ばかり。
使い方を誤れば、数多くの人命を奪い、数多くの人生を狂わせ不幸にする、そんな魔道具よ。
お爺様からこの部屋に入る許可をもらったのは、つい最近……お爺様がお亡くなりになる一ヶ月ほど前の事よ。

そして、るアンティークな木製の飾り棚の前へ向かう。
私が欲しい物はこの中。
この飾り棚にも、また強力なセキュリティが施されているわ。
硝子製の扉に手を当て、更に再び64パターンの魔力を入力。
すると、カチャリと扉が開く。
その棚の中から、銀製でライオンのレリーフが彫られたリングケースを手に取り、蓋を開く。
そこには、台座に深紅のキャッツアイがハマった指輪が収まっている。

『セクメトの慧眼けいがん』と呼ばれるこの指輪は、持ち主の魔力量を増幅し、さらに魔力を数倍に増強することが出来るの。
でも、リスクもある。
伊達に、二つ目の部屋で厳重に保管されている分けじゃ無いわ。
制御を誤ると、術者の魔力が暴走し、魔力が尽きるまで放出する事になる、場合によっては命を落としたり寿命を削ったりと云う事に。
でも、それだけでは、二つ目の部屋で厳重に保管されることは無いわ。
この指輪の恐ろしいところは、暴走した場合、近くの人の魔力を吸い尽くしたり、暴走させたりと、周囲の人達を巻き込む事なの。
だから取り扱いには最新の注意が必要だわ。
「でもこれ、成人男性用のサイズだから、大きすぎて親指にしかはまらないのよね。まあ、良いわ」
取り合えず左手の親指にはめる。
「さて、これで良いわ。急いで戻りましょ」

因みに三つ目の部屋は、危険すぎて門外不出の魔道具が眠っているわ。
お爺様が亡くなる少し前「三つ目の部屋に危険な魔道具を収めるのは構わない、だがこの部屋に収めた魔道具は、絶対に持ちだしてはいけないよ」と仰っていたわ。
そういえば、あのカラスに持ち去られた木像も、諏訪さんの言っていた様な危険な物なら、もしかすると三つ目の部屋行きかも知れないわね。

一つ目の部屋に戻り、扉を閉めると、鋼鉄製の扉が壁に溶け込む様に消えていく。

他に何か持って行って役立ちそうなものは無いかしら?
二つ目の部屋の魔道具は、怖くて一つ以上持ち出す勇気はないけれど、一つ目の部屋の道具で、比較的安全そうな道具ならもう一つぐらい良いわよね。
「そういえば、曹長さん丸腰じゃ無かったかしら。銃は持っていましたけれど、公使には効いてなかったみたいだし、またタックルというわけにもいかないでしょうし」
曹長さんが使えそうな物が良いわね。

この部屋で一番目立つ様に壁にディスプレイされた、お爺様のコレクションが目に入った。
「そうだわ、お爺様の魔剣・妖刀コレクションから選びましょう」
どれにしようかしら……。

「これが良いわ」
壁に掛けられた軍刀の一振りを取る。
オモッ!」
確か鬼童丸きどうまると言ってたかしら、お爺様の趣味で軍刀に作り替えているのだけれど、もともとは室町時代に作られた日本刀よ。
身幅は結構広く、重ねも分厚く出来てるわ、刃の長さはやや長くて75センチぐらいかしら。
切ると言うより、叩き切るタイプの刀ね。
大分重い刀だけれど、曹長さんなら問題無さそうね。
勿論、お爺様のコレクションだもの、ただの刀じゃないわ妖刀よ。
確か、徳のあるお坊さんを三百人ほど切ったとか言ってたかしら。
まあ、お爺様のコレクションの中では大分大人し目だから大丈夫よね……たぶん。

玄関ホールに戻ると、お母様と道彦が見送りに来ている。
「まあ、小町ちゃん。刀なんか持ってどうするの?」
「お母様、心配は要りませんわ。これは曹長さんに差し上げようと思っただけですのよ。これからボディーガードしてくださるのですから、お爺様のたくさんあるコレクションから一本くらい差し上げても、お爺様も天国でお怒りには成らないと思いますの」
「小町ちゃん、気が利いて偉いわ。そういう事ならお母様も賛成よ。でも……お義父とう様のお古で、返って失礼に成らないかしら……?」

うーん、お母様とこういう掛け合いに成ると永遠と終わらないのよね……。
「お母様、そろそろ向かわないと行きませんの。行ってきますわね、お母様、ミッチー」
「ええ、小町ちゃん、行ってらっしゃい。危ないことしちゃだめよ」
「行ってらっしゃいお姉さま」
「ええ、心配要りませんわ、お母様」
これからの、公使との決戦を考えると、少し罪悪感を覚えるわ。
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