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<大正:英国大使館の悪魔事件 後編>

事件のおさらい

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一輪挿しを飲み込んだ木は、取り合えず放って置くしかないわね。
さて、どんぐりについては、一通り考察も終わったから、次は事件の事をもう一度おさらいしておきましょう。
「本当は、現代むこうで食っちゃ寝の合間に、じっくり考える積りだったのだけれど、結局そんな余裕は全く無かったわ……はぁ~」

先ずは分かった事から。
「その1、公使が変異したのは、あのカラスの使い魔に奪われた木像が原因だった」
どの様な物かは詳しくは分からないけれど、諏訪さんの話と、ウルタールが書庫の中で見た光景から判断すると、あの木像に触れることで、強制的に禍津神まがつがみを降ろされてしまうと考えられるわ。
しかも、変異した公使は人を喰らう事で、巨大化したり、触手を増やしたり、進化する……もしあの時、公使をめっさ無かったとしたら、どこまで凶悪な存在に成っていたか……。
恐らくあの木像は、お爺様の三つ目の保管庫に所蔵される、門外不出の魔道具達に匹敵する程、危険な存在に違いないわ。

「その2、公使はアヘンの密売に係わっていた」
もっとも、詳しい事迄は、警部補さんや上村さんの調査を待たないと分からないけれど、あれ程のアヘン樹脂の塊を幾つも保管し、帳簿の様な物まで出て来た以上、無関係とは思えない。
曹長さんの話では、そのアヘンの匂いを消す為に香水を使っていたかも、という話だし。
そうなってくると、同じ香水とアヘンの匂いがしていたと云う参事官さんは、この事件にどう関わってくるのかしら?
何やら微妙な人間関係のようでしたけれど……。

「その3、公使はめられた」
この件に関しては、まったく物的証拠は無いけれど、書庫でウルタールが見た光景は、それを物語っているわ。
恐らく自分で隠したであろう木像、それを掴んだ途端公使は変異した。
公使は「布越しなら大丈夫なハズじゃ無かったのか!」と驚いていたけれど、あの布には何かを封じるような魔力は一切込められていなかったわ。
何者かにすり替えられていたのは間違いないと思うの。
ん?
大使館の書庫に隠された木像を包む布をすり替えるって……内部の犯行……いやそうとも限らないわ。
外から忍び込む可能性も、皆無とは言えないし、何より、カラスを使って奪い去った様に、使い魔にやらせた可能性も……。

「うーーーん、三が日は結構頑張ったのだけれど、ある程度分かっているのはここ迄だわ」
それも、まだ疑問点も残っている処もあるし、何より物的証拠が残っているのは、公使の隠し金庫の中身ぐらい……。
これでは精々、公使がアヘンの密売に絡んでる事ぐらいしか実証されそうに無いわね。

それと、判っている事全てが、不自然なまでに公使に偏っているのが、気にかかるわ。
意図的な物すら感じる。
まあ、公使を嵌めた人物の思惑が絡んでるのでしょうけれど。

次に、未だ不確定な事柄ね。
「その1、ローレンスさんの殺害犯とその動機」
状況証拠は、公使を示しているわ。
公使の隠し金庫から腕が見つかり、ローレンスさんの傷跡や、雪の上に残っていた足跡は、変異した公使の犯行を物語っているけれど……。
もし、あの木像を使ってだれでも、諏訪さんの云う禍津神まがつがみを降ろせるとすれば、公使が犯人だという確証は無くなる。
金庫の中の腕にしろ、あんな不用心なセキュリティーの金庫、多少の魔術の心得とコツを知っている者なら誰でも開けられるわ。
それに、そもそもローレンスさんが殺される動機は何?
確かストーカーさんは、大使が何か知っている様な事を仰ってたけれど、聞いて教えてくれるとは思えないわね。
もし簡単に教えて貰えるなら、お話しをお伺いした時にでも、教えてくれたはずよ。
ただ、ローレンスさんの残した前大使の降霊会名簿が、絡んでる可能性は高いわね。

「その2、倉庫街で山口さんを殺害した犯人」
これは、恐らくローレンスさんを殺害した犯人が、あのワンちゃんに追われて逃走した先で、運悪く出くわしたのでしょうけれど……。
ん?
おかしいわ、出くわしたんじゃない、意図的に襲われたんだわ!
爺の話だと、変異した公使は、人の視認能力を阻害する能力が有ると言ってたわ。
だとすると、目撃者だから口封じすると云う話にはならない、何か目的が有って殺害したんだわ。
その目的とはなに?
一つは食べる事で、間違い無いけれど、それだけじゃ無い。
山口さんの着ていた着物が、大使館の西側の路地裏で見つかったと云う事は、変異時に破れた服の代わりに成る着物が欲しかったのよ。
服を得る為に人を襲う……暴走したときの公使とは違って、知性が有るのだわ。
山口さんの御遺体の傍に、公使の実家の紋章が刻まれた、カフスボタンの付いた袖の切れ端が、落ちてたらしいけれど。
これも、わざとその何者かが、公使の犯行に見せかける為に、落とした可能性も……。
だけど、やはり疑問が残る……何で、大使館の傍でその服を脱ぎ捨てたのかしら?
外部の人間なら、わざわざ大使館の近くまで行く必要も無いし、内部の人間だとすると、服を脱いだ後全裸で大使館に戻ったの?なんで?
他の職員にバレずに?どうやって?

「その3、あのフードの男は何者?」
もっとも怪しいのは、あのフードの男だわ。
ウルタールの記憶でしか見たことは無いけれど、顔を隠すだけじゃなく声まで隠ぺいしていた用心深い男よ。
あの時の話では、あの男が暗躍しているのは間違いないし、魔術で声を隠ぺいしていると云う事は、魔術の心得があると云う事。
情報が少なすぎて、確証は無いけれど、あの男がカラスの使い魔の主の可能性は高いと思うわ。
だとすると、公使をめたのも彼……。
表向き事件は公使を中心に回っている様だけれど、裏ではこのフードの男を中心に事件が動いてる気がして成らないわ。
何とか、引きずり出す方法を考えないと……。

「その4、で、結局あのワンちゃんって何者?」
上村さんは、コヨーテに似ていると仰ってたけれど、いったい何者かしら?
大晦日、ローレンスさん殺害事件の現場に現れ、そして、明治神宮に追い込まれた公使とも戦った。
あの化け物が出る処に現れるのは、偶然とは思えないわ。
どういう因果関係が有るのかしら……。
あの時、明治神宮で拾った牙はには、公使の持つ魔力と似た感じがしたわ。
ただ、もう少し、人の持つ魔力に近い物の様だったけれど。

「その5、前大使の降霊会」
これに関しては、今のところ情報は殆ど無いわ。
名簿に付いては、上村さん、警部補さん、諏訪さんが合同で調査する様な事を仰ってたけれど、その調査待ちと言うところですわね。
ただ、諏訪さんの話では、何やら怪しげな宗教団体か秘密結社が、諏訪さんの捜査している行方不明多発事件に、関係している様な事を仰ってたけれど。
もしかすると、この降霊会の全貌を知る事が、この事件を解決させるカギに成る様な気がするわ。


「それにしても……わかってる事、分かってい無い事、どれも断片的ね。そして、これらの点と点が線で一本に繋がった時、事件は解決するのでしょうけれど……」

「はぁ~……前途多難だわ」
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