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<大正:英国大使館の悪魔事件 解決編>

ローレンスさん殺害の真相 その1 【動機】

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少々長いお話に成りましたけれど、昨日調べて分かった事はお話ししましたわ。
前大使の事、アメリカでの惨劇、そして降霊会で行われていた密儀の事……掻い摘んでですけれど、一通り御説明出来たかしら。
ここからが本当のなぞ解きのお時間。

「お嬢さん、確かに、そのアメリカの集落とやらで起こった惨劇、公使閣下が主催していたと云う降霊会で、行われて来たおぞましい邪教の儀式……痛ましいモノで有りますな。まあ、それが事実だとしてですが。だが、我々が知りたいのは、ローレンスくんの殺害事件の真相の方なのですよ。それ以外に付いては、公使閣下は既に、この世に……失敬、行方不明と云う扱いでしたな。であるし、例えこの中の誰かが関わっていたとしても、我々には外交特権が有る。あなた方はどうする事も出来ないのでは?」
「それとミス蘆屋、貴女はローレンスを殺害したのは公使では無いとお考えの様だが、だとすれば、先ほどの話に出てきたネイティブアメリカンの集落で、そのウェンディゴのトーテムを奪った人物が犯人。つまり、その惨劇当時アメリカに居た人物だと云う事に成る。先ほど、貴女あなたが飾り棚の写真の話を振ったのは、私がその時期にアメリカにいた事を確認する為では有りませんかな?」
参事官さんの指摘に続いて、大使閣下が結論を急かしてらっしゃるわ。

うーーん、私としては、良く有るミステリードラマとかアニメな展開で、勿体ぶって最後に「アナタが犯人よ!」的な感じに持って行った方が気持ち良さそうだと思ったのだけれど……先に犯人を指摘して、ネチネチ追い詰めると言う展開も……ウフ♪それも有りですわ♪
「そうですわね……大晦日の夜、ローレンスさんを襲ったのは、ウェンディゴに姿を変えた誰か、それは間違いない事ですわ。ステラちゃんの目撃証言、それに足跡やローレンスさんの御遺体の傷跡……他にも、もうお一方、目撃者の方がいらっしゃるのですけれど、まあ、それは、後にしましょ。だとすれば、大使閣下の仰る通りの人物ですわ。そして、公使閣下を罠に嵌めて、あの様な姿に変えたり、ローレンスさん殺害の罪を被せる様な偽装、その様な事が出来るのはやはり大使館内部の人物ですわ」

「小町ちゃん、その方とは?」
上村さんが、単刀直入に尋ねる。

「先ず、ストーカーさんでは、有りませんわ。ストーカーさんは公使閣下とほぼ同じころ、日本に赴任しているのですもの。そして、大使閣下……でも有りませんわ。アメリカには居られたようですけれど、お話しをお聞きする限り、其方のお写真はネイティブアメリカンの集落が襲われた時とほぼ同じころ。集落を訪れた白人は、祭りの十日前から惨劇の起きる日まで、約八日か九日程、集落の近辺に滞在したと云う話ですから、御家族で旅行中に集落を訪れ、皆殺しになんて無理ですわ。しかも領事をされていたと云うお話しですから、お忙しい身、夏季休暇以外に集落を訪れる、と云う事も考えられませんわね」
「だとすると……」
上村さんの呟きと同時に、一人の人物へ視線が集まる。

「ところで、参事官殿は、当時アメリカでは何をされていましたのかしら?」
昨日、洋館で上村さんから聞いた、一年半前にアメリカに居たと云う二人のお名前、一人は大使閣下チャールズ・ノートン・リンドリー男爵、そしてもう一人は参事官ジェームズ・ビンガムさん、ですわ。
「確か、英国政府の要請で、日本に参事官として赴任される以前は、アメリカの大学で民俗学の助教授をなさっていたと伺いましたわ。それも、ネイティブアメリカンに付いての御研究とか」

以前、ウルタールが大使館の書庫で見聞きした光景。
あの時、私は勘違いをしていたわ。
公使はあの時、私達を書庫に誘導する発言をした参事官さんに対して『あいつ』と称していたわ。
そして、トーテムの本来の持ち主に付いても『あいつ』と……。
あの時私は、別人を差して『あいつ』と言っていたと思ってしまったのだけれど、その指し示す人物は同じ人物。

鋭い視線を向け反論する。
「何とも……失敬な話ですな、お嬢さん。確かに、仰る時期に私がアメリカに居たのは事実、それに、以前はアメリカの大学で教鞭を取っていたのも事実、そして、ネイティブアメリカンを民俗学的観点から研究していたのも。だが、だからと言って、その様な事実無根の言われ様、心外ですな。それにだ、仮にお嬢さんの言う通り、アメリカでの事が事実だとしてだが、その事で、私を罪に問う事は出来ないのは、先ほどご説明した通り。その事とローレンス君の事件とは無関係のハズ。それでも、私がローレンス君を殺害したと言うなら、その動機は?方法は?証拠は?納得の行く説明をお聞かせ願いたい」

「そうですわね、では先ずは、動機からお話しいたしますわ。わたくしの推測では、ローレンスさんは大使閣下から前大使の死に付いて調査するよう、密命を受けていらしたのではないかしら。その調査でローレンスさんが手に入れた物が、例の前大使の降霊会名簿ですわ。もっともストーカーさんに見せて頂いたメモには調査の必要有りと書かれておりましたから、そのメモを書いた時点ではまだ調査中だったのでしょうけれど。余談ですけれど、大使閣下は密命が原因でローレンスさんが殺害されたと、確信がお有りだったのでは?ですから、その名簿が自然な形でわたくし達に渡る様に、ストーカーさんに指示された」

「ああ、貴女あなたの仰る通りだ。それも、私は以前から公使を疑っていたのだよ。彼の素行に付いて悪い噂を多く耳にしていたからね。公使が前大使を殺害したなどと言う事を、公然と調査する訳にもいかず、ローレンス君に密命を与えていた」

「そして、ローレンスさんは、事件の真相にまで辿り着いた……大使閣下に未だ報告されていなかったことを考えれと、もう一歩と言うところだったのかしら。どちらにしろ、事件の真相を突き止めるには、どうしても例の降霊会に辿り着くことに成るわ。そして、ローレンスさんは知ったに違いないわ。降霊会で行われているおぞましい密儀に付いても。そしてさらに、もう一人の参加者の事もお知りに成ったかも……」
つまりは、参事官さん……いいえ、もうさん付けは良いですわね……つまり参事官のことですわ。

「では、小町はローレンスが密儀に、参事官が参加していることを知ったから、彼に殺されたと?」
「少し、違いますわね。参事官殿にとって、ローレンスさんがご自分の事を知ったかどうかは、どうでも良かったのですわ。殺害なさる動機としては、知ったかも知れないと言う事で十分だったのでしょう」
「お嬢さん、無茶苦茶な推論が過ぎますな。何度も言うが、仮に、あくまで仮にだが、私がその密儀とやらで人を殺めていたからと言って、逮捕はされない。英国領土たる大使館で、英国人のローレンス君を殺害する動機には成らない」

「ウフフ♪大使閣下お尋ねしますわ。もしも、ですけれど、その様な報告をローレンスさんから受けていらっしゃったとしたら、どの様に?」
「うむ、仮にだが彼がこの地で、邪教の儀式で人を殺め、その肉を喰らっていたとしても、彼は逮捕されることは無いでしょうな。だが……私は全権大使として、外交上のトラブルを未然に防ぐ義務がある。例え、日本側に密儀とやらの事が知られていなかったとしても、本国へ送還することには成る。もちろん、受けた報告も本国に伝わるだろう。そうなれば、例え裁かれることが無くとも、一生監視の目が付く事には成るだろうな」

「先ほど、申しましたけれど、一度ウェンディゴに成って人を喰らった者は、そのお味を忘れられませんわ。一生監視の目が付く事にでもなれば、とっても困る事に成りますわね……お食事に♪」
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