上 下
94 / 173
<大正:英国大使館の悪魔事件 解決編>

もう一人の暗躍者?

しおりを挟む
デパートを何軒かハシゴして、その後お母様にお願いして、梨咲ちゃんのお見舞いにも行けましたわ。
そう言えば、年が明けて初めてのお見舞い……あの事件から二週間経ちましたけれど、未だ体調は優れないみたい……早くお元気に成ると良いのだけれど……。

日も沈み、はじめお兄様が運転する蘆屋家わがやの車が、門をくぐり屋敷に帰り着く。
お買い物と、はじめお人様をこき使うのに満足したのか、御機嫌よくお母様が車の後部座席から降りられる。
それに続いて、チョットお疲れモードの道彦も。
私も助手席から降りたところで、はじめお兄様が御自分の車に戻ろうとされる。

「あら?はじめちゃん、どちらに?」
「いえ、叔母様、今日の役目も終わりましたし、もう遅いので帰ろうかと」
「あら、あら、今日は午後から一日中付き合って頂けるとのお約束よ。まだ、早いわ。夕食の給仕をしろ、と迄は言わないわ。夕食を御一緒した後、美味しいお紅茶を頂きたいわ♪小町ちゃんは如何かしら?」
「ええ、勿論ですわ、お母様♪」

「はぁ~、良いんですか夕食を御呼ばれして?」
「良いのよ、はじめちゃんは家族みたいなものだから♪」
「はぁ~……、しからば、仰せのままに」
はじめお兄様は、そう、もう一つ深いため息を付いたあと、フォーマルに、且つ芝居掛かった礼をお母様に。


玄関をくぐると、爺ともう一人、見知った方が珍しい格好で、お出迎え。
「イシャイニシュスさん、その御恰好……もうお決めに成られたの?でも、とってもお似合いですわ♪」
イシャイニシュスさんが燕尾服をお召しに成られている。

実は昨日、屋敷に戻った後、イシャイニシュスさんと今後に付いてお話ししましたの。
一族を失い、帰る当ての無いイシャイニシュスさんの今後の事を……。
アメリカに帰国なさると言う事でしたら、その旅費は蘆屋家で工面するとも、お話ししましたけれど、どうやら、イシャイニシュスさんはこの国が気に入ったみたいですわ。
イシャイニシュスさんいわく、この国は精霊の気に満ち溢れていると……彼の言う精霊の気とは、妖精猫ケット・シー達の様な物が放つ気の事では無いわ、もっと漠然とした霊気や、魔力の事ね。
それで、そういう事でしたら、暫くの間でも、蘆屋家わがやに使用人として働いてみてはと提案しましたの。

「ですけれど、ホントに宜しいの。もう少しお客様気分で滞在されても構いませんのよ」
「ああ、構わない。即断即決は、ナンナ族の美徳。お前には、迷惑を……」
「ゴッホン!!お前では無い!お嬢様とお呼びする様に!」
爺が訂正する。
「そうだったな。お嬢様には、迷惑をかけるかもしれんが、宜しく頼む」
「フフフ♪ええ、此方おちらこそですわ♪」


夕食が終わって、リビングではじめお兄様が、持参のアールグレイを淹れて下さる。
ベルガモットのエレガントな香り、そして、上質なダージリンのお味。
さすがは、西家秘蔵のアールグレイですわ♪
お母様も、満足そう。
ミッチーは……お母様の膝枕でおねむですわね。

事件も解決し、めでたしめでたし……ですけれど、未だ一つ大きな謎が残っているわ。
今回、参事官は裏で色々暗躍されて、小細工されていましたけれど……彼とは別に、暗躍されていた方が居ますわ。
それも、捜査を妨害するのではなく、逆に事件を解決に導く様に暗躍されていた方が……。

その方が、私達を事件の真相に導いてくれたのは三度。
最初は、海狸香かいりこうの香水よ。
土手瓦さんの御子息の一太郎さんが、仰っていたわ。
本来、お母様の元に納品する筈の無い、海狸香かいりこうの香水が納品リストに書き足されていたと。
勿論、たまたまの偶然、幸運が重なって、あの香水がお母様の元に届いたとも、考えられないことも、無いけれど……その様な、御都合主義な幸運なんて、早々有るモノでは無いわ。

次に、洋館の礼拝堂の床に書かれていた、地獄の門の銘文めいぶんの一節。
あのような物、全てを隠したい参事官が書く分けは無いわ。
勿論、他の降霊会参加者も。

そして昨晩、泰晴やすはる叔父様の元に届いた匿名の封書。
泰晴やすはる叔父様は、降霊会の参加者の誰かだとお考えの様だけれど、自分の逮捕につながる様な情報を送って来るとは思えないわ。
もし、逮捕を覚悟の上と言うのなら、そんな面倒な事をしないで、自首すれば良いだけの話よ。
その方が情状酌量で、減刑も有るはずだもの。

恐らく、これらの事を御企みに成って、手助け下さったのは、同一人物……いいえ、もしかしたら同一組織と言った方が正確なのかしら……。
土手瓦商会に潜り込んで、納品リストを改ざんしたり、秘密裏に行われていた降霊会の会場を探し当てたり、参事官が巧妙に入手した倉庫の事迄調べ上げたり……とても一人の人物では無理だわ。

それがどの様な組織なのかは分からないけれど……でも、誰が関わっていて、指示されていたのかは、何となく推理出来るわ♪
しおりを挟む

処理中です...