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<大正:氷の迷宮事件>

いつもの儀式

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「ウーーン」
と、伸びを一つして目が覚める。
現代むこうで二日間も食っちゃ寝ゴロゴロしたせいか、なんか体がだるい……。

「いいえ、そうじゃ無いわね。この体は大正こちらの世界の物。お正月以降の過労の疲れが未だ抜けて無いのだわ……」
でも……外は未だ薄暗い。
こんな時間に目が覚めたのは、やっぱり小野小町わたしが向こうで、食っちゃ寝ゴロゴロしたせいね。
「今、何時かしら?」
壁に掛けられた振り子時計に目をやると、はぁ~……まだ五時前ですわ。

「本当は二度寝したいところですけれど、現代むこうで寝過ぎましたわね。二度寝出来そうに無いわ……」
已む無く体を起こして、ベットから這い出る。

「あっ、そうだわ!」
急いで、お布団の中を確認。

「有りましたわ♪」
コンビニの袋に詰まったどんぐりの山。
それと……。
私のトゥーアサ・ジェー・ザナン♪

「良かったわ。二つとも持って来れたみたいね♪」
さてと、重要な儀式を済ませてしまいませんと。

先ずは、どんぐりを持って鏡の前へ。
「どんぐり!」
鏡の中のどんぐりが実体化する……でも、まさかこの事態は考えて無かったわ……。

コンビニの袋よ。
コンビニの袋が実体化しませんわ。

まあ、考えてみれば、当たり前ですわね。
どんぐりとコンビニの袋は別物ですもの。

でも、どうしましょ。
と言うより……これ、どうなるのかしら?

大正こちらの世界には、コンビニの袋なんて存在し無い。
そもそも、コンビニなんて大正時代の日本には存在しないし、こんなレジ袋なんて、当然見た事無いわ。

大正こちらの世界に存在しない物を実体化って、出来るのかしら?

宜しいわ、試してみましょ。
「コンビニの袋!」
鏡の中の白い靄が形を成していく。
そして、白い光沢の有る塩化ビニール製のレジ袋に。
勿論、その中央には、大正こちらの世界にはまだ存在しない筈のコンビニのロゴマーク。

「実体化できましたわ……」
とすると、その世界にそれが、既に存在する、し無いに関わらず、実体化できると言う事に成るわね。
もしかすると、液晶テレビとか電子レンジとか、家電製品なんかも持って来れるかも、ですわ。

ん?
はぁ~、液晶テレビなんか持ってきてどうしますのよ。
まだ白黒のアナログ放送すら始まっていませんのに。
持ってきたとしても、役に立たない只の重い板。

それに、大正こちらに持ってくると言う事は、小野小町わたしがそれを抱きしめてベットに入る必要が有るわ。
想像しただけで寝苦しそう……。
まあ、当面そんな必要な無いわね。

さてと、お次は私のトゥーアサ・ジェー・ザナンよ♪

トゥーアサ・ジェー・ザナンを持って、鏡の前に立つと……あれ?
既に実体化しているわ。
何で?

「あっ!と言う事はやはり。このトゥーアサ・ジェー・ザナンは元々大正こちらの世界の物。だから実体化させる必要は無いと言う事ですわ」
あれ?
だったら、現代むこうの世界では、実体化の儀式はしなかったけれど……良く無事で……。
フフフ♪
よくよく記憶を辿さかのぼれば、浮かれてトゥーアサ・ジェー・ザナンの名前を何度も呼んで居たわね♪

あれ?
でも、平和の世界ではどうだったのかしら?
あの世界では、トゥーアサ・ジェー・ザナンに値札まで貼られていたわ。
つまり、小野小町わたしが触れる以前に実体化していたと言う事。

どう云う事かしら?
千切り取られた表紙の中に隠されていた魔法陣に、そう言う機能が有った?
若しくは……何者かが実体化させた……とか?
だとすれば、それは誰?
お多福ちゃん?
それとも……まさか、あのキツネが……?

それはさすがに、まさか、ですわね。

ともかく、このトゥーアサ・ジェー・ザナンが大正こちらの世界に元々あった物だとすれば……。

机の引き出しに仕舞っていた、焼け残ったトゥーアサ・ジェー・ザナンの表紙を取り出す。
あの日、ストーカーさんから受け取った、表紙の上部。
これを、トゥーアサ・ジェー・ザナン本体の背表紙との切断面と、キツネに誘われて手に入れた、表紙の下部の焼け焦げた切断面に合わせてみる。

「間違いありませんわ。ピタリと合いましたわ」
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