異界劇場 <身近に潜む恐怖、怪異、悪意があなたを異界へと誘うショートショート集>

春古年

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タイサイの箱

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「大変な目に合われましたな。お怪我の方は?」
「ええ、まあ、全治二週間と診断されました」
俺はある事件に巻き込まれて、その被害者として病院のベッドの上で事情徴収を受けている。

「そうですか……それでは事件当日の事をお聞かせください」
「あの日私は、亡くなった叔母の遺品整理に、叔母の住んでいたアパートへ向かったんです」
「自宅から直接に?」
「いえ、叔母が事前に遺品整理を依頼していたと言う法律事務所に伺ってから、
その担当の方と一緒に」
「その方と面識は?」
「いえ、初めてお会いした方でした。
ただ、一週間ほど前に電話で叔母が無く成った事、それと遺品整理の事を伝えてくれたのは、その方みたいでした」

「成るほど……で、その亡くなられたおばさんからは生前、遺品に付いて何か伺った事とかは?」
「いいえ、というより、叔母とは面識が有りませんでした。
去年亡くなった父からも、何も聞かされてはいません」

「失礼しました、続けて下さい」
「それで、その法律事務所の方からアパートのカギを受け取り、中へ入りました」
初めて入る部屋だったが、あまり生活臭のしない部屋だった気がする。
実際、家具や何かも少なく、引っ越して来たばかりの部屋の様な印象だった。

「ワンルームの部屋の中央に段ボール箱が二つと、五十センチ四方ぐらいの木の箱が一つ。
押し入れやタンスの中は空っぽで、既に荷造りしたような状態でした」
「死期を悟って、入院前に既に荷造りしていたと?」
「ええ、そう思います。
で、木の箱の上に封筒と、ノートが一冊置かれていました。
封筒の方は、たしか十万円ほど現金が入っていたと思います。
ノートの方は遺言か何かだと思って手に取って読もうとした瞬間、
後頭部に強い衝撃を受けて、気付いた時にはもうここに。
看護師さんからは、二日も眠っていたと聞いています。
正直、何が起こったのかも私には……。
いったい何が有ったんですか?」

「そうですか……」
刑事はおもむろに一つため息を着く。
「これからお話しする事、質問する事はいささかセンシティブな内容も含みます。
これは任意の事情聴取と言う事も有りますので、分からない事、
話せない事が有りましたら無理にお答えする必要は有りません」

その奇妙な言い回しに身構える。

「まず、倒れているあなたを発見したのは、アパートの大家さんでした。
どうやら法律事務所の方から遺品整理が終わり次第、連絡が行くように成っていたみたいですな。
ですが、連絡が夕方に成っても来ない事に心配して見に行き、倒れているあなたを発見、救急に通報したと伺っています」

「法律事務所の方は?」
「部屋に居たのは、倒れていたあなただけだと聞いています」
「では、もしかして、あの法律事務所の方が私を?」
「そのことに付いては、まだ捜査段階ですので申し上げる分けには……申し訳ありません。
それで、先ほど五十センチ四方の木の箱が有ったと、仰いましたが、
我々が現場検証した所、見つかった物は段ボール箱が二つ、現金の入った封筒、それとノートが一冊。
現金も取られていませんし、どうやら、犯人の狙いはその木の箱の様ですな」

「あの箱の中身はいったい……」
思わず口にしたその呟きに、刑事が答える。
「箱の中身に付いては、あのノートに書かれていた内容から、一応の推測はできるのですが……」
「あのノートに、ですか?」

「一応これは確認なのですが、アレを書かれた方は小説か何か創作活動をされていたとか聞いた事は?」
「え?」
俺はその想定外の質問に一瞬戸惑った。
「申し訳ありません、奇妙な質問をしているとはお思いでしょうが、
あのノートの内容がいささか突拍子も無いものでしたので」

「そ、そうですか。
その様な事は聞いていません。
そもそも、父からは叔母は実家に連れ戻されることを非常に恐れていたと聞いています。
それで、頻繁に引っ越しもしていたとか。
叔母が何で生計を立てていたかは聞いていませんが、
万が一にも身元が特定されかねない様な、名を売る様な仕事をしていた可能性は低いかと」

「成るほど」
刑事は納得するかのように呟いて話し出す。
「実はあのノートは、彼女が物心が着く様に成ってから今までの事が書かれていました。
いわゆる、手記の様なものですな。
主には、十代後半に家を抜け出すまで、御実家で受けて来た虐待の内容が克明に」

「ええ、その事でしたら父から聞いています。
随分酷い虐待を受けていたと。
それで、嫌気がさして既に家を飛び出していた父が手引きして、叔母を逃がしたとも」

「虐待の内容については?」
「いいえ、あまり詳しくは。
確か、父の実家に伝わる因習の様な物だとかで、長女は村の生贄として扱われて虐待されていたと。
それで代々、長女は長生きできなかったと父は言っていました」

「その生贄と言うのは?」
「さあ、以前父にも何度か聞いた事が有るのですが、随分と嫌な顔をして話してくれませんでした。
ただ、その父の態度から、単なる虐待とかじゃ無く、叔母は性的な虐待を受けていたんじゃ無いかと。
まあ、あくまでもこれは私の推測なのですが」

刑事の顔が僅かに歪む。
父と同じ表情だ。
「ええ、どうやら仰る通りの事が有ったと見受けられます。手記には妊娠させられたと記されていました。
ただ、そこのところの記述がどうも奇妙な内容でしてね。
神と交わらされたと書かれているんですよ。
何か心当たりは?」

「いいえ」と言いかけて、ふと思い当たる節があった。
「その神と言うのが何を指すのか、誰なのかは知りませんが、
父の実家は代々、村の祭祀を司っていたと聞いています」
「それは神社の神主さんと言う事ですか?」
「いいえ、そう言うものでは無く、実家の母屋の奥に神棚を作って土地神の様な物を祭っていたとか。
ただ父は、あんな悍ましい物をと嫌悪していたみたいで、それ以上詳しくは……」

「成るほど……。
確かに手記の方にも、アレは神などでは無くもっと邪悪な何かだと、彼女は表現していました。
もっとも実際は、その神に扮した男、若しくは男達だったと言う事でしょうが」
「それで、その叔母が身ごもった……私からすれば従兄に当たるその子供は?」

刑事はあからさまに嫌悪の表情を浮かべる。
「ええ、無事に生まれたと書かれていました。
ただ、すぐに御両親に取り上げられたとも。
そして、その御両親は非常に喜んだそうですよ『タイサイが生まれた』と」

「『タイサイ』ですか?」
その聞きなれない単語に、思わず聞き返した。

「ええ、私も初めて聞く言葉でしたのでネットで調べて見たところ、
元々は中国に伝わる、肉の塊の様な姿をした神様だそうで、祟り神として非常に畏れられていたとか。
そして時折、土の中から肉の塊のような物が掘り起こされることがあるそうでしてね、
似た見た目からこれもタイサイと呼ばれて、食べると不老長寿の効用が有ると珍重されているそうです。
実際は粘菌の一種では無いかと言われているそうですが」

イマイチ、その説明が腑に落ちない。
「そのタイサイと叔母が生んだ子供と何の関係が……。
って、ま、まさか!」
おぞましい考えが脳裏をよぎる。

「信じがたい程、恐ろしい話ですが、そのマサカの出来事が有ったと、手記には書かれています。
つまり、不老長寿の霊薬として、御両親や村人達に供されていたと。
先ほど、因習により長女は村の生贄として虐待されていたと仰っていましたが、
実際に生贄に成っていたのは、彼女のお子さん達という事ですな」

「ん? ちょ、ちょっと待ってください。
お子さん達と言う事は……」
「家を抜け出すまでに計五回出産したと書かれています。
その後、六度目の出産直前に、大きなおなかでは逃げ出さないだろうと御両親が油断した隙に、
お兄さんの手引きで上手く家を抜け出せたと」

そこ迄聞いて、最初に刑事が箱の中身は推測できると言っていた事を思い出す。
「では、もしかして、無くなった木の箱の中身と言うのは……」
「ええ、恐らく彼女が最後に出産した六人目という可能性が高いでしょうな」

そこでもう一つ疑問が浮かび上がる。
「だとして何故、あの法律事務所の方があの箱を?」
「最初に申し上げた通り、今のところその男が犯人であるとは断定出来ていません。
勿論、最も有力な容疑者には違いありませんし、それに……」
「それに?」
「彼の出身地が、あなたの父方の御実家と同じ村だと判明しています」

「刑事さん。彼らは法で裁かれるのでしょうか?」
叔母と、六人の従兄達の事を思って、ついそう質問した。
「今のところは何とも申し上げる事は出来ません。
そもそも、あの手記の内容をどこまで信用していいのか不明なのが現状ですから。
正直なところ、妄想や誤解から書き連ねた物という可能性の方が高いかと」
確かに、今聞いた手記の内容は信じがたい話だ。

「それと仮に、手記の内容が真実だったとしても、随分と昔の話に成ります。
恐らくは、全ての事柄は時効が成立していて、残念ながら裁かれることは無いでしょう。
ただ、あなたへの暴行や、窃盗。
仮に、盗まれた箱に御遺体が入っていたとすれば、遺体損壊の罪。
これらに付いては、迅速に捜査しますのでご心配なきよう」

「そうですか、よろしくお願いします」

「そうそう、最後にお聞きします。
その法律事務所の担当の男は何歳ぐらいの見た目でしたか?」
また、奇妙な質問だ。
「確か、40前後ぐらいだったかと。
それが何か?」

「いえ、あの男が二年前に法律事務所に途中採用された時の履歴書には、38歳と記述されていましたし、
法律事務所の同僚の方々も不自然とは思っていなかったようなのですが……。
実は、あの男の戸籍上の年齢は65歳なのですよ」
思わず気分が悪く成り、口元を押さえる。

「どうも、長居し過ぎた様ですな、今日の処はこれで」
そう一礼して刑事は病室から退室しようとする。
ふと、その時、忌まわしい可能性がある事に気付く。

「刑事さん、叔母が実家から逃げ出したのは何年前と?」
「確か三十五年前と書かれていましたかな」

俺は強い吐き気と眩暈に襲われ、ベットに倒れ込む。
六人目の従兄は、俺と同い年らしい。
そして、俺は母親の顔を知らない。

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動画のURLこちら:
https://youtu.be/FbVsSlq2z5M
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