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けものへん【全二話】 / 幸せな男
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成るほど、それでこの古いスマホがある訳か。
録画とある以上、彼の状況が動画で見れると言う事だな。
ここに書かれている、彼の右手の症状にも興味が無いでは無い。
一応、彼女に了承を得て、スマホの電源を入れ動画を確認する……ん、何だこれは!?
動画のサムネイルが全て真っ黒に成っている。
「なにぶん古いスマホですので、カメラの方が故障しておりますの。音声だけに成ってしまって申し訳ありませんわ」
その言葉に、ため息を返しつつ已む無く動画を再生する。
少し甲高い男の声が聞こえる。
当然、画面は真っ黒で変化は無い。
「ノ……ノミに刺されて、か……かきむしって出来た体中の傷からも、毛……毛が生えて来た……。さ……最悪だ……い……嫌な予感がする。わ……私はどうなるんだ……」
どもりながらそう録画……と言うより録音だな……されている。
次の動画をタップする。
タイムスタンプは一週間後に成っている。
どうやら、動画の撮影は不定期にしていた様だ。
「こ……細かい毛が、ぜ……全身に広がってきている。そ……それだけじゃ無い。とうとう、め……目にまで違和感が出てきた。ぼ……ぼやけて見える。そ……それに、赤い色が黄緑に見える。か……掻きむしった傷口から流れる血が、き……黄緑なんだ……。ま……まさか私の血が本当に黄緑に……? そ……そんな……バ……バカな事が有ってたまるか!」
かなり錯乱してきている様な印象だ。
最後は甲高い声でヒステリックに叫んでいる。
まあ、常識的に考えて血が黄緑に変色するなどあり得ない。
恐らく色覚異常、つまり色盲というヤツだろう。
感染症からそう言う症状が発症したのだろうか……?
次の動画は五日後に成っている。
「み……右手に新しい爪が、は……生えて来た。ヒヒッ……。ふ……普通の爪じゃない。ヒ……ヒヒッ! か……鍵爪だ。イヒッ……ヒヒヒッ……な……何となく私が何に……か……変わろうとしているか……わ……分かって来た……イヒッ!」
鍵爪!?
何かに変わるだと!?
バカな!
録音されている声も甲高く、時折狂喜じみた笑い声が入り混じっている。
感染症が脳に影響を及ぼして錯乱していると見て間違いないだろう。
とすると、日記やスマホで彼が訴えている症状自体、妄想である可能性が高いか……。
マズイな……素人の知識しか無いが、脳に影響を及ぼす感染症というと、まっ先に思い付くのは狂犬病だ。
狂犬病は症状を発症させてしまうと、致死率はほぼ百パーセントと聞く。
日記もスマホの録画も一年以上前のものだ……もしそうなら、彼はもう……。
次の動画を開く。
「こ……怖くて今まで見れなかった……か……鏡を見てみた。お……畏れていた通りだ……ひ……瞳が、ど……瞳孔が、た……縦に長く成っていた! そ……それだけじゃない! み……右手の掌に出来てた……で……できものが……お……大きく成って……て……掌全体を覆う程に! こ……これじゃあ……ま……ま……まるで……に……肉球じゃ無いか!」
暫し沈黙の後、彼の言葉は続く。
「わ……私は……こ……このまま……ね……猫に成るんだ…………」
彼の妄想は常軌を逸して来ている。
ともかく、動画の続きを確認しよう。
彼の居場所を知る手掛かりが有るかも知れん。
彼が生きているにしろ、そうで無いにしろ……。
「へ……変異は急速に進んでいる。毛は全身に広がり、尻尾も生えて両手足も既に人のものじゃ無い。せ……背も随分と縮んだが、何故か恐怖は無い。いささか不安は有るが……。そ……それより、体の変化以上の変化が有った。つ……妻と娘達が私を心配してか、よく部屋に様子を見に来てくれる様に成った。そ……その事が嬉しい」
動画の日付は前の物より十日も先に成っている。
声が妙に甲高く、まるで裏声で喋っているかの様だが、口調は随分と穏やかに聞こえる。
冷めていた家族間のコミュニケーションが復活して、それで精神的に少し安定したのだろうか?
とは言え、彼の妄想自体はより酷く成っているが……。
そして、最後の動画。
「ミ……身ノ回リ物ガ……大キク見エル。ワ……ワタシノ体ガ……更ニ小サク……成ッタセイダ。サ……最近エンガワでの……日向ぼっこガ気持チイイ。コ……声ガ……デ……出ナク……成って……来タ……。キョ……今日で……キロクは……最後に……する」
「パパ~♪ 夕食できたよ~♪」
少女の声が聞こえ、それと同時にスーッと襖が開く様な音。
「あ~、やっぱり、パパお部屋に居たのね♪ 御飯が出来たよ♪ 食べに行こうね♪」
「にゃー♪」
動画の声は異常に甲高く、喉を絞る様に実に喋り難そうに聞こえる。
これが肉体的な病によるものか、精神的な病で無自覚に演じているものかは分らない。
それにしても……猫の鳴きまね迄……。
結局、全ての動画を見た限りでは、彼の居場所を示す記録は無かった。
ただ……これは刑事の勘だが、彼は未だ生きている。
録音されている声を聴く限り、話に聞く狂犬病の症状とは異なる気がするし、最後に聞こえた恐らく娘さんの声だと思うが……には悲壮感が無い。
しかし……彼女は何故、この日記と動画を俺に見せたのか……?
何を伝えたいんだ?
旦那が心を病んで、それで已む無く屋敷の何処かに監禁していると、正当化したいのだろうか?
ともかく、彼女に旦那の元へ案内してもらおう。
それで、全ては解決する。
だが、もし彼女がそれを拒否した場合、面倒だが念の為、署に戻って令状を取るしかあるまい。
彼の症状は精神的なモノだけとは限らないからな。
例えば、脳腫瘍とか命に係わる病の可能性もあるし、まだ事件性が無いと言う確証も無い。
旦那の元へ案内を頼もうと、ただ猫を撫で続ける彼女に声を掛けようとしたその時。
「ただいま~♪」
動画に有った娘さんの声とはややトーンの異なる少女の声が玄関の方から聞こえる。
「あら、上の娘が返ってきましたわ」
「お父さん居る~♪」
ん、お父さんだと!
やはり、この屋敷の何処かに!?
「お父さん~♪ お父さんどこ~♪」
ガチャリと応接室のドアが開く。
「あっ!お客さんだ!?」
「こちら、刑事さんよ」
制服姿の少女が慌ててお辞儀する。
ふと、その少女の視線が、彼女の母親の膝の上に居るソレに気付く。
「あ~♪ こんなとこに居たんだ♪」
少女はソレを抱き上げると楽し気に話しかける。
「ササミジャーキー買ってきたよ♪ 向こうで食べようね♪ お父さん♪」
「にゃ~♪」
-------------------------------------------------------
現在こちらの動画は有りませんが、
是非、YouTubeにて"異界劇場"とご検索下さい。
録画とある以上、彼の状況が動画で見れると言う事だな。
ここに書かれている、彼の右手の症状にも興味が無いでは無い。
一応、彼女に了承を得て、スマホの電源を入れ動画を確認する……ん、何だこれは!?
動画のサムネイルが全て真っ黒に成っている。
「なにぶん古いスマホですので、カメラの方が故障しておりますの。音声だけに成ってしまって申し訳ありませんわ」
その言葉に、ため息を返しつつ已む無く動画を再生する。
少し甲高い男の声が聞こえる。
当然、画面は真っ黒で変化は無い。
「ノ……ノミに刺されて、か……かきむしって出来た体中の傷からも、毛……毛が生えて来た……。さ……最悪だ……い……嫌な予感がする。わ……私はどうなるんだ……」
どもりながらそう録画……と言うより録音だな……されている。
次の動画をタップする。
タイムスタンプは一週間後に成っている。
どうやら、動画の撮影は不定期にしていた様だ。
「こ……細かい毛が、ぜ……全身に広がってきている。そ……それだけじゃ無い。とうとう、め……目にまで違和感が出てきた。ぼ……ぼやけて見える。そ……それに、赤い色が黄緑に見える。か……掻きむしった傷口から流れる血が、き……黄緑なんだ……。ま……まさか私の血が本当に黄緑に……? そ……そんな……バ……バカな事が有ってたまるか!」
かなり錯乱してきている様な印象だ。
最後は甲高い声でヒステリックに叫んでいる。
まあ、常識的に考えて血が黄緑に変色するなどあり得ない。
恐らく色覚異常、つまり色盲というヤツだろう。
感染症からそう言う症状が発症したのだろうか……?
次の動画は五日後に成っている。
「み……右手に新しい爪が、は……生えて来た。ヒヒッ……。ふ……普通の爪じゃない。ヒ……ヒヒッ! か……鍵爪だ。イヒッ……ヒヒヒッ……な……何となく私が何に……か……変わろうとしているか……わ……分かって来た……イヒッ!」
鍵爪!?
何かに変わるだと!?
バカな!
録音されている声も甲高く、時折狂喜じみた笑い声が入り混じっている。
感染症が脳に影響を及ぼして錯乱していると見て間違いないだろう。
とすると、日記やスマホで彼が訴えている症状自体、妄想である可能性が高いか……。
マズイな……素人の知識しか無いが、脳に影響を及ぼす感染症というと、まっ先に思い付くのは狂犬病だ。
狂犬病は症状を発症させてしまうと、致死率はほぼ百パーセントと聞く。
日記もスマホの録画も一年以上前のものだ……もしそうなら、彼はもう……。
次の動画を開く。
「こ……怖くて今まで見れなかった……か……鏡を見てみた。お……畏れていた通りだ……ひ……瞳が、ど……瞳孔が、た……縦に長く成っていた! そ……それだけじゃない! み……右手の掌に出来てた……で……できものが……お……大きく成って……て……掌全体を覆う程に! こ……これじゃあ……ま……ま……まるで……に……肉球じゃ無いか!」
暫し沈黙の後、彼の言葉は続く。
「わ……私は……こ……このまま……ね……猫に成るんだ…………」
彼の妄想は常軌を逸して来ている。
ともかく、動画の続きを確認しよう。
彼の居場所を知る手掛かりが有るかも知れん。
彼が生きているにしろ、そうで無いにしろ……。
「へ……変異は急速に進んでいる。毛は全身に広がり、尻尾も生えて両手足も既に人のものじゃ無い。せ……背も随分と縮んだが、何故か恐怖は無い。いささか不安は有るが……。そ……それより、体の変化以上の変化が有った。つ……妻と娘達が私を心配してか、よく部屋に様子を見に来てくれる様に成った。そ……その事が嬉しい」
動画の日付は前の物より十日も先に成っている。
声が妙に甲高く、まるで裏声で喋っているかの様だが、口調は随分と穏やかに聞こえる。
冷めていた家族間のコミュニケーションが復活して、それで精神的に少し安定したのだろうか?
とは言え、彼の妄想自体はより酷く成っているが……。
そして、最後の動画。
「ミ……身ノ回リ物ガ……大キク見エル。ワ……ワタシノ体ガ……更ニ小サク……成ッタセイダ。サ……最近エンガワでの……日向ぼっこガ気持チイイ。コ……声ガ……デ……出ナク……成って……来タ……。キョ……今日で……キロクは……最後に……する」
「パパ~♪ 夕食できたよ~♪」
少女の声が聞こえ、それと同時にスーッと襖が開く様な音。
「あ~、やっぱり、パパお部屋に居たのね♪ 御飯が出来たよ♪ 食べに行こうね♪」
「にゃー♪」
動画の声は異常に甲高く、喉を絞る様に実に喋り難そうに聞こえる。
これが肉体的な病によるものか、精神的な病で無自覚に演じているものかは分らない。
それにしても……猫の鳴きまね迄……。
結局、全ての動画を見た限りでは、彼の居場所を示す記録は無かった。
ただ……これは刑事の勘だが、彼は未だ生きている。
録音されている声を聴く限り、話に聞く狂犬病の症状とは異なる気がするし、最後に聞こえた恐らく娘さんの声だと思うが……には悲壮感が無い。
しかし……彼女は何故、この日記と動画を俺に見せたのか……?
何を伝えたいんだ?
旦那が心を病んで、それで已む無く屋敷の何処かに監禁していると、正当化したいのだろうか?
ともかく、彼女に旦那の元へ案内してもらおう。
それで、全ては解決する。
だが、もし彼女がそれを拒否した場合、面倒だが念の為、署に戻って令状を取るしかあるまい。
彼の症状は精神的なモノだけとは限らないからな。
例えば、脳腫瘍とか命に係わる病の可能性もあるし、まだ事件性が無いと言う確証も無い。
旦那の元へ案内を頼もうと、ただ猫を撫で続ける彼女に声を掛けようとしたその時。
「ただいま~♪」
動画に有った娘さんの声とはややトーンの異なる少女の声が玄関の方から聞こえる。
「あら、上の娘が返ってきましたわ」
「お父さん居る~♪」
ん、お父さんだと!
やはり、この屋敷の何処かに!?
「お父さん~♪ お父さんどこ~♪」
ガチャリと応接室のドアが開く。
「あっ!お客さんだ!?」
「こちら、刑事さんよ」
制服姿の少女が慌ててお辞儀する。
ふと、その少女の視線が、彼女の母親の膝の上に居るソレに気付く。
「あ~♪ こんなとこに居たんだ♪」
少女はソレを抱き上げると楽し気に話しかける。
「ササミジャーキー買ってきたよ♪ 向こうで食べようね♪ お父さん♪」
「にゃ~♪」
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