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第2章 テイマー
第49話
しおりを挟む結局。
2人がかりで朝からやって、終わるころには昼を大きくすぎていた。
「つ……疲れた……」
謁見の間のすぐ外。
雄大な山々が緑に輝く、すばらしい景色を望むバルコニーで、イールギットが大理石のテーブルに突っ伏していた。
「こんな……こんなの。結果的にはけっこうな辱めじゃないの……」
「イールギット? 大丈夫か?」
「大丈夫に、見えるの……?」
「頭から羽が生えている程度には大丈夫に見えるな」
「大丈夫じゃないっていうのよそれは!」
よかった。
元気だ。
大丈夫そうだな。
「魔王城に乗りこんで負けちゃった末路は、そりゃあもう目を覆わんばかりの運命が待ってると覚悟しちゃいたけど! なんでコケコッコ地獄よ!?」
「地獄だったなら、まあ、捕虜らしくていいんじゃないか?」
「あれは『となりの部屋におせっかいなオバサンが住んでて1日3回は訪ねて来られる』とおんなじ類いの地獄よ! ファンキーすぎるわ!」
「人間社会は摩訶不思議だなあ」
「今そーゆー話じゃない!」
がるるる、とうなるイールギットの前に、俺は手ずから淹れたハーブティのカップを置いた。
「ともあれ、少しゆっくりするといい。この景色を眺めるのも、久しぶりだろう」
「……まあね。ふん」
「じきに甘い物も来るだろうし」
「甘い物?」
「そうとも。労働による尊い疲れは、甘味で癒やすのがいちばんだ。どうだ、体は疲れていても、達成感で心は軽いのではないか!」
「今どき、人間の大司教様でも言わないわよ、そんなこと……」
はっはっはっ、と笑う俺のもとに、カラコロと台車を押してアリーシャがやってきた。
「失礼いたします。魔王様、イールギット様、どうぞ」
「おお。きれいにできているな!」
「冷たいうちにお召し上がりください」
アリーシャが並べてくれた、小さなガラスの食器。
その上にまとまっているぷるぷるしたお菓子に、イールギットは驚いたようだった。
「これ……プリン?」
「そうだ。我々がチャーム作業に入る前、朝いちばんでとれたたまごで作ってもらった」
「なんでこんなものが……」
「以前、人間の街で食べたんだが、あまりのうまさにびっくりしてな! うちの領内でとれる食材で、どうにかできないかと試行錯誤したのだ」
食べるといい、という前に、イールギットはスプーンを手にしていた。
ふふふ。
彼女の甘い物好きは、俺に負けず劣らずだからな!
「お……おいっしい……!」
「そうか。それはよかった」
「プリンなんて久しぶり! これ普通に買ったってけっこう高価いのに、ここで食べられるなんて……!」
「どれどれ」
俺もひとくち食べてみる。
うむ……この口当たり!
つるっとした舌触りはえもいわれぬ快感。
濃厚な甘さと焼いた砂糖の香り、それに負けない新鮮なたまごの風味。
宵闇鶏のたまごが持つ独特のコクを、しっかりと活かしている。
口に入れるだけで、頭の髄にまで幸せを届けてくれる……すばらしい!
「菓子という概念を発明した人間……天才だな!」
「左様ですね」
アリーシャが、カートからおかわりの食器を置いてくれる。
まるで飲み物のように、するするとのどを通っていくんだ。
いくらでも食べられるぞ!
「やだ、スプーンの止めどきがわかんない……! こんなの太っちゃうわ!」
「はっはっはっ、遠慮することはない。いくらでも食べたらいいぞ、イールギット」
「そりゃおいしいけど、食べちゃうけど、でもおでぶにはなりたくないし、やだこんなにおかわり、あらまたおかわり、まだおかわりってちょっとちょっとちょっとっ!?」
イールギットがあわてたときには。
俺たちがいるテーブルの、半分以上がプリンに埋め尽くされていた。
アリーシャはまだまだ、どんどん運んでくる。
「いかがなさいましたか? あ、お茶のおかわりでしょうか」
「違うわっ! いやお茶はもらうけど。ありがと。でもアンタちょっとこれ運びすぎでしょ!?」
「左様でしょうか。まだ半分もきておりませんが」
「はん!?」
「たくさん食べるに違いないから、とのことです」
「いや限度ってもんがあるでしょ!? なによ『とのこと』って、いったい誰がこんなに――」
はっ
という心の音が聞こえてきそうなほど、イールギットの顔色が変わった。
きょろきょろと周囲を見回す。
そして、見つけた。
バルコニーの柱の陰。
顔を半分だけ覗かせて、じっとこっちを見ている闇の精霊……
ニチャア、とこちらも謎の音が聞こえてきそうなほど、ねばっこい笑みを浮かべている。
「きっ……貴様かああああああああああッ!?」
「うふうふ。うふふふ。おいしいってゆってくれて、うれしい★」
「ふざけんな! ざっけんな! こんなに食べれるわけないでしょうが!」
「なんでよ。食べなさいよ。むさぼりなさいよ。アヘアヘ言いながら」
「言うかッ! どういう嫌がらせよこれ!?」
「×月〇日 ばんごはんを食べておなかいっぱい。でもちょっぴり甘い物が食べたいなあ。魔王城にはないけどプリンが食べたい、あたしプリンならいくらでも食べられちゃうの、プリンは飲み物――」
「っぎゃああああああああやめろおおおおおおおおおおお死ねえええええええええ!!」
「きょほほほほほほけらけらけらけらけら」
魔力手錠の存在も忘れて挑みかかるイールギットを、マロネはひらりひらりとかわし、たちまち姿を消してしまった。
はは、なんともまったく。
「本当に仲がいいなあ、おまえたちは」
「魔王の目んたまはフンコロガシのフンか何か!? ちくしょうあの精霊、いつか殺す! 浄化する! 輪廻転生に叩きこんで次の1生はフンコロガシにしてやる!」
「フンコロガシもいい迷惑だな。プリンはもういいのか?」
「てゆーかだから、食べれないわよこんなに! どーすんのこれ!?」
ふむ、そうか。
なら――
「考えがある」
「はえ?」
「あそこへ持っていこう。アリーシャといっしょに手伝ってくれ」
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
次は12/23、19時ごろの更新です。
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