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第3章 前衛タンク
第93話
しおりを挟む「しかし……なんにもないではないか。この洞窟……」
と、呟くセオリナ姫のかたわらにて。
どうも。
アリーシャ・ベル・エル・ファンカトラスと申します。
魔王様と別れ、セオリナ姫の第3勇者隊に残ったまま、はや10日ほどが経ちました。
現在、この部隊はついに、目的地である帰らずの洞窟に足を踏み入れております。
山々の間、奥まった岩場から地下へと続く、言ってみればありがちなダンジョンという内観。
岩と土でできた狭い道を、2列縦隊でぞろぞろと、警戒しながら進んでいるのでありますが。
「想定と違うぞ……? 足を踏み入れた人間は、土地の者だろうが冒険者だろうが、再び外に出てくることがない。そういう場所だと聞いたから、わざわざやってきたというのに。なあアリーシャ」
「左様ですね」
「もっと魔物の大群に大歓迎を受けるものと思っていたぞ。拍子抜けだ」
「……左様ですね」
相手が魔王様であれば、「ですが」と続けていたところです。
この洞窟の静けさが不自然であることなど、魔王様であればとうに気づかれたことでしょう。
わたしもそれをわかっていながら、あえて口に出し、魔王様に反応していただく……
そういう、いわば『甘え』のゆるされる空気を。
我々人間のいう、すぐれた包容力を示すなにかを。
あの魔王様は、まとっておられるように思います。
ただ。
このセオリナ姫も……
「なにもない、ようには見えるわけだが……」
「はい」
「そう見せよう、という企ての可能性もある。ロームン、いまいちど後方の隊列を整えろ。何が起きても、即座に対応できるようにな」
指示を受けたロームン殿が、すぐさま部隊を動かします。
迅速で的確な判断。
そう言えるでしょう。
セオリナ姫が、まともな指揮官であること。
魔王様がおっしゃっていたそれは、間違いないところとわたしも考えます。少なくとも、無能ではありません。
が……しかし。
無能ではない、という表現は、仮にも勇者に対してふさわしいものでしょうか。
「ふ……、アリーシャ、いつにも増して表情がかたいぞ? あまり感情を表さないきみだが、そのくらいは私にもわかるようになってきた」
「左様でしょうか」
「安心したまえ。きみには、この部隊には、私がついている!」
……このところ、わたしは、セオリナ姫に引き立てていただいております。
同じ女であること。
加えて、魔王様に鍛えていただいた能力を、確かに評価されてのことである様子です。
これも、魔王様が勇者たちに期待してやまない、『真の勇者たる資質』の表れかもしれません……
いいえ。
わたしには、そうは思えない。
本質の表れというよりも。
そうあるべき、と誰かに言われて……そうあるように、振る舞っている。
わたしの目には、セオリナ姫の姿が、そんなふうに見えています。
「ロームンの言う通りだったかもしれん。もう少し急ぐべきだったな」
「は」
「本来予定していた期日の、4倍近くかかってしまっているからな。私が途中、魔物のうわさを聞くたびに、討伐に向かっていたせいで」
自覚はある様子。
それもわかっていました。
魔王様が離れてからも、この部隊はまっすぐに進んできたわけではありません。
魔物ありと聞けば、出向いて退治。
魔族ありと聞けば、出向いて討伐。
3度ほど繰り返した末に、ようやくたどり着いたこの場所です。
当然すべて、セオリナ姫の指揮。
本来の任務をさておいてでも、地域住人の安全を優先する……
そういった態度を、選んでとっておられるようです。
「姫様のそのお優しさで、第3勇者隊はできておりますのですぞ!」
光のスキルで洞窟を照らし、先頭をゆく魔法使いが、柔和な笑顔で振り返っています。
「誰にも不満などありませぬ。民も皆、姫の勇気に感謝しております」
「ありがとうユグス爺。そう、なにも魔王を倒すばかりが、勇者の仕事ではない。目の前で困っている領民を放置して、魔王の城へ向かう……それを私は、勇気とは呼ばない!」
「立派なお考えでございます」
そうでしょうか。果たして。
目先に惑ってはいないでしょうか。
人はこの世の理と、少しの希望から生み出されるといいます。
魔はこの世の理と、少しの瘴気から生み出されるといいます。
瘴気のもとは、すなわち魔王。
もとを断たねば、解決はないのではないでしょうか。
なればこそ。
なればこそ、わたしは……
「アリーシャ?」
は。
いけません。集中を欠いておりました。
わたしの顔を覗きこんでいたセオリナ姫が、ふっと微笑みます。
「やはり緊張しているね? 大丈夫、私がきみを死なせない。それにきみは、とても優秀な戦士だ」
「恐れ入ります」
「きみの連れだった彼も……ゼルスンも優秀だった。ただ、彼の戦い方は死に近い。こういった部隊で活動するには、向かない人材だ」
「承知しております。……ゼルスンも、きっと」
とてもいろいろなことを、あのお方は承知しておられます。
たとえば……
「とはいえユグス爺、本当に先頭で大丈夫か? ロームンにかわってもらったほうがよくはないか?」
「なんのなんの! 危険な仕事は、老い先短い老人が請け負うものですぞ」
「それでは困る! 私の指揮下では、誰も死なせはしない。不死隊と評してくれたのも爺ではないか、最初に死んでどうする!」
「はっはっはっ、おっしゃるとおりで」
……たとえば、そう。
こちらの、ユグス殿……
わたしと同じ冒険者契約の待遇で、長くこの隊に加わり続けている魔法使い。
姫の言うところによりますと、すでに国王の覚えもよろしいのだとか。
わたしは、魔王様が隊を去られてからこちら、ずっとユグス殿の動きを注視しております。
恥ずかしながら……わたし自身が、ユグス殿のなにかしらを怪しんでいるとか。
引っかかるものを感じている、というわけではありません。
そんなことではいけないのですが。
わたしが思い出すのは。
魔王様の態度。
ユグス殿に接するときだけ、ほんのわずか……
セオリナ姫やロームン殿に対してよりも、少しだけ警戒しておられたような。
間合いをつま先ひとつぶん、大きくとられていたような。
そんなふうに思えたという、ただそれだけです。
今このときも、怪しい動きはありません。
自ら部隊の先頭に立ち、あたりを警戒しながら、着実に――
「む……、まて、ユグス爺」
「は」
「全隊停止!」
セオリナ姫の命令をロームン殿が復唱し、部隊が止まります。
薄暗い洞窟の前方……
ぽっかりと口をあけた広場のような空間が、我々を待ち受けていました。
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
次は7/25、19時ごろの更新です。
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