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第3章 前衛タンク

第96話

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「ラグラドヴァリエ様! ご覧の通り、このユグスゾロニエ、任務を達成いたしましてございます」

 最大限に腰を折ったまま、ユグスがなにやらアピールします。
 本当の名前はそんなだったのですね。
 心からどうでもよいですが。

「まこと長らくお待たせしてしまい、恥じ入るばかりでございますが。しかし時間をかけただけありまして、完璧に! 万全に! ラグラドヴァリエ様のお望み通りに運びましてございます! 今も例の洞窟にて――」

「ユグス」

「っは……ははあ!」

「貴様にしては上出来である。評価する気がないでもない」

「おお……!」

「だがの。貴様はわらわの画策した通り、言うままに動いただけであろ? 完璧も万全も、当然のこと」

「も、もちろんでございます!」

「むしろなにがしか不都合があれば、すなわち己の責ととらえるがいい……ぬかりはないな?」

「は、はい、はい! 決してミスなどは! はい!」

「……ふん」

 ほんの刹那。
 ラグラドヴァリエの赤い視線が、わたしに向いたように思えました。
 気のせいでしょうか。
 ぜひとも気のせいで。

「どういうことだ……」

 震える声は、セオリナ姫のもの。
 ようやく、頭が回転しはじめたのでしょうか。
 抜き身のままのアルリオンを握りしめ、ラグラドヴァリエをにらみつけています。

「どういうことだっ……なんなんだこれは!! いったい何が起きている!? 説明しろユグス!! お前はっ……お前は裏切っていたのか!!」

「正確ではないのう」

「えっ……?」

「ワシャいちどたりとも、お前なぞの仲間になったつもりはない。裏切るもなにもないわ、我が主は後にも先にもラグラドヴァリエ様のみ」

「……仲間に、なっ……え? それ、は……ええ……?」

「はじめから、うそをついていたというだけの話。それだけでございますよ、セオリナ姫様」

 柔和に微笑むユグスに、セオリナ姫が1歩、2歩とよろめきます。
 ……同じことでしょう、どちらでも。
 ショックを受けるのはいたしかたありません、ですが捉えどころを間違えてはなりません。

「ユグスは、敵。今はそれだけわかっていればよいことです」

 ぼそぼそと、姫にだけ届く声で、わたしはささやきました。
 もっとはっきり尻を叩きたいところですが、正直その……
 ……いえ……
 そうですよね。
 バレていますよね・・・・・・・・、当然。

「しっかりなさいませ、姫様」
「……!」

 兜を脱ぎ、投げ捨てたわたしに、セオリナ姫が揺れる瞳を向けました。
 お美しい。
 ですが今する表情ではありません。

「ここは敵地。味方はわたしだけ。魔王とその部下が目の前です。まずはご理解いただければ」

「ま……魔王の、部下……」

「感傷に浸るのは生きて帰ってからでもできます。戦わねば」

「……ゆ……ユグス、貴様……!」

 姫の唇に、力が戻ったように見えました。

「貴様ああああああああ!!」

 地を駆けた姫が、アルリオンを振り抜きます。
 ユグスの持つ杖に弾かれ、しかし間髪入れずに2撃、3撃。

 ……一流の腕前ではあります。
 ですが。
 一流止まりでは、この敵は……

「うはっはっはっはっ、姫! あいかわらずおかわいらしいですなあ!」

「っき、貴様……!! うあああああああ!!」

 セオリナ姫が、アルリオンを片手持ちに。
 左手の中に、白光の剣を生み出します。
 わたしも剣を構えました。
 いまだ動かないラグラドヴァリエが、気がかりではありますが……

「<アルリオン・スタンラード>ッ!!」

 必殺のスキルが、ユグスを直撃します。
 その瞬間、
 ダメだ、
 と思いました。

 理由は……ひとつではありません、いろいろあります。
 大半がカン、気配、感覚、そういった不確かなものですが。
 いちばんは、姫のことをよく知るユグスが、避けようともしなかったこと。
 避ける必要などないと、考えているに違いないこと。

「ば……ばかな……っ!?」

 アルリオン1本にすがるように、セオリナ姫が後ずさります。
 どれほど巨大な魔物でも、確実にスタンさせてきた姫のスキル……
 全力のそれを打ちこまれて、しかしユグスが邪悪な笑みを深めました。

「やんちゃはいけませんぞ、姫様――」

 させません。

「ッ……ぐむう!?」

 飛びこんだわたしの剣線も、ユグスの杖に弾かれます。
 叩きつける刃から、反動で伝わってくる底知れないパワー。

 けれどやれる。
 れる。
 噛み砕け、ガルマガルミア――

「く!!」

 勢いのまま、前のめりに突っ込みかけた体を、わたしはどうにか床に投げ出しました。
 すぐ頭上を、なにか恐ろしい、想像もしたくないエネルギーのかたまりが過ぎ去ってゆきます。

「きょほほほほ……!」

 響くは甲高い笑い声。
 ラグラドヴァリエ……!

「あ、アリーシャ!? 大丈夫かっ――」

「おっと、姫様の席はこっちじゃ!」

「うっ、ぐっ……!?」

 !
 しまった……

 ユグスのローブから伸びた黒く長いしっぽが、セオリナ姫の動きを縛めています。
 そういうの、持っているだろうとは予測していましたが……
 なんとも悪趣味なことです。

「ふう~、いやはや。つくづくアリーシャ、何なんじゃお前は? 姫なぞよりよほど手強いとはわかっとったが、脈絡がなさすぎじゃろ。いったい何者じゃい?」

「……なぜ、セオリナ姫のスキルが……アルリオンの固有が効かないのですか?」

「質問を質問で返すな! これじゃから人間は……。まあよいわ」

 にい、とユグスが笑います。
 いつからそうだったのか、大きく縦に割れたトカゲの眼で。

「そもそもアルリオンは強うない。それだけの話じゃ」

「……な……? なにを……なにを言っている、ユグス爺……!?」

「姫様はまったく気づいとらなんだのう。かわいいのう。はしゃいではしゃいで、勇者気取りで大活躍じゃったのう。思い出すほどににやけてしまうわい、うふふふ」

「なにを言っているんだ!!」

「すべてはワシの調整・・よ」

 ……そういうことですか。

「第3勇者隊が戦ってきた魔物の強さは、ワシが操作しておった。姫が気持ちよく倒せるように……へなちょこアルリオンの攻撃でも、じゅうぶんな効果が出るようになあ」

「そ……っ、は? な、なにを……そんなこと、できるわけが……」

「ワシャ、魔物を造るのが得意での。先ごろのグルキオストラをはじめ、傑作ばかりじゃったろ? ん?」

「ッ……!?」

「たまに野良の魔物と遭遇したときは面倒じゃったが、ま、そのときは本気で支援させてもろうたわい。気持ちよかったじゃろう。くふふふふふふ」

 つい先ほど、カメレオンドラゴンに、アルリオンが通じなかったのも……
 ユグスの支援が本気ではなかった。
 あるいは、そういうふうに――倒されるように造った魔物ではなかった、ということですか。

 姫は。
 セオリナ姫は、いつから。
 どれほどの昔から、ユグスの手のひらの上で踊らされて……?


**********


お読みくださり、ありがとうございます。

次は8/10、19時ごろの更新です。
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