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第4章 魔法使い
第115話
しおりを挟む「アードランツ様。アリーシャと申します」
ぐい、と俺を押しのけて、アリーシャが軽く頭を下げた。
一向に落ち着けない俺が悪いけど、アリーシャたん最近容赦ないの……
「質問をよろしいでしょうか?」
「……ああ。妹弟子なら、様付けは不要だ」
「いえ、クセですので。お若くていらっしゃいますね?」
「よく言われる。だがそうでもない……特に悠久のときを望む我が眼には、夜の帳がその無慈悲な腕を伸ばしつつある……」
「ええと……目が悪くなってきておられる、と……?」
「然り」
「理解に至れまして幸いです。……魔王様の供をさせていただき、こちらに参りましたが」
す、とアリーシャの眼が細くなる。
俺と違って、この子はまだ気をゆるしていない。
気にかかっているのだ。
あの置き手紙が……
「アードランツ様は、なぜ勇者とならずに、このような魔王城を構え……魔王と名乗っておいでなのでしょうか?」
「……我としては、貴様ではなく、ゼルス様より問い賜りたい事柄であるが」
「今このときの魔王様は本気度が足りないと判断いたしましたので、僭越ながらわたしが」
「本気度」
「アードランツ様とのご再会を、ことのほかよろこばれているからかと」
「そういうことを、ゼルス様ご本人の前で言う空気。変わっていないようでなによりだ」
変わってほしい切実に。
マロネのやつがいる限り無理な気がするけど。
「我が魔王を名乗る理由……」
広間の奥に向かって、アードランツが指先を振る。
暗闇の中から、椅子が3脚ひとりでに、たっとこたっとことやってきた。
動きこそコミカルだが、この椅子……
牙をむきだした悪鬼がそこかしこにデザインされ、背もたれには謎の禍々しき紋章。
意味こそわからんが、う~む、それっぽい……
俺とアリーシャにそれをすすめ、アードランツも腰を下ろす。
「それは無論、魔王ゼルス様を倒すためだ」
「……魔王として、ですか?」
「いいや。勇者としてだ」
「それは……?」
「今の我は仮初めの姿。ゼルス様の元での修行を終え、旅立つときこの胸に誓った約定を果たすため……そう、すべてはそのために必要であるがゆえ……」
「どういうことでしょう。魔王様を倒すため、いちど勇者をやめ、自らも魔王になったと?」
「その通り」
「理解できません」
「座らないのかね?」
「お構いなく」
言葉の通り、アリーシャだけその場に立ったままだ。
なにかを警戒しているのか、椅子がキモくて嫌なだけなのか……
冗談はさておき、今すぐガルマガルミアを抜いて斬りかかったとしても、不思議じゃない雰囲気だな。
是非はどうあれ、頼もしいことだ。
俺は持参した水を飲むが。
「! ゼルス様、これは気づかぬことで。すぐに酒を……」
「かまわんよ。……いややっぱもらおう、くれ。酒くれ」
「もちろんでございます」
また広間の奥からふわふわと、酒瓶とグラスがやってくる。
ほう……!
どんな意匠かと思ったら、瓶もグラスも至って普通!
いや、あえてシンプルにすることで、魔王が手にしたときのバランスを考えてあるのか? うむむむ。
「アリーシャ……といったな」
立ち上がり、手ずから俺に酒を注いでくれながら、アードランツが横目で妹弟子を見やる。
「さすがにすべてを語ることはできん。我の標的が目の前にいるのだからな」
「今そのお酒に毒でも盛ればよいのでは」
「悪魔か貴様? そのような手段、思いつきもしなかった。次より検討しよう」
すんな。
「ただひとつ……勇者候補なのだろう貴様が、最も懸念すべきことにまず答えておこう。我は魔王として、人間を害するつもりはない」
「信じる根拠に欠けますが」
「そこまでは面倒みれん。疑う根拠もないはずだ、とだけ言わせてもらうが」
「いえ」
「……なに?」
ちらりと、アリーシャがこちらを見る。
ま、俺から言うべきかな。
「アーくんよ。テミティという名に聞き覚えはあるかな? テミティ・バドミ・ドワーフ」
「? はい、よく存じております。会ったことこそありませんが、ゼルス様の元弟子……我にとっては、極めて優秀な妹弟子であると、風のうわさに幾度も耳にしました」
「おまえを倒すと言っていてな」
「……なんと。……まあ、勇者たるものなれば、なるほどと言えなくはありませんが」
「来たか? ここに」
「いいえ。ドワーフの襲撃は受けておりませんし、部下に報告された記憶もありません」
ふむ……
テミティが魔王城から消えて、しばらく経つが。
彼女は移動が苦手だ。まだたどり着いてないだけか……?
「狙われる心当たりは?」
「大々的に魔王を名乗っていることは事実。どのような勇者に狙われたとしても、不思議はありますまい」
「テミティはおまえを名指ししていた。アホほど数がいる魔王の中で、俺の元弟子であるおまえをだ。たまたまかな?」
「たまたまでしょう」
「たまたまか」
魔王様、とアリーシャに見つめられる。
だってどうとも言いようがないんだもんよ。
「テミティの真意は俺にもわからん。アーくんが魔王やってるってのを知って、どういうことだって聞きに来るだけかもしれんしな。手紙に倒すとは書いてあったものの」
「もし訪問のあった際には、我が城をあげて歓待するといたしましょう」
「そうしてやってくれ。宵闇鶏のキッシュが大好物だ。口数はアーくんと真逆だが、雰囲気は似てないこともないぞ、ふしぎだなー」
「ところでゼルス様、我は何をいかにすれば、アーくん呼びをおやめいただけるのでしょうか?」
あごに手をやっていたアリーシャが、細い眉を上げた。
「魔王様は……アードランツ様に、勇者にならなかった真意を問う、と道すがらおっしゃっておられましたが」
「ああ。アーくんが言えないっつんなら、しょうがないな」
「それでよろしいので……?」
「最終的に、俺を倒しに来る気があるんだろ?」
無言のまま、アードランツが深くうなずく。
だったら、問題はない。なにも。
「案外、おもしろい発想かもな。勇者として立身する前に、魔王に寄り道する的な」
「魔王様……? ご意思をはかりかねますが」
「……正直に言おう。アリーシャ。俺は衝撃を受けているのだ……この城に。アードランツに」
「はあ」
「アーくんよ」
「直前でちゃんと名前で呼んでいるのですから、そのまま呼んで差し上げては?」
「アーくんよ」
はい、と答えるアードランツに。
俺は胸を張り、親指で自分自身を示した。
「教えてくれ……! おまえの魔王道を!!」
「……は?」
「弟子にしてくれ!!」
「は?」
「俺を!! おまえの!!」
しばし……
やはり波の音すら聞こえない、圧倒的な沈黙を挟んで。
「は……?」
アードランツは、みたび繰り返した。
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
次は12/30、19時ごろの更新です。
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