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1章:下り行く幕を遮って
1-1:閉幕前に鳴る序曲
ローレリア王国国境付近。山岳地帯の一部をくり抜いて作られた大監獄。
ここは王国でも特に凶悪な犯罪者が収監されている。
皆例外なく狭い牢に閉じ込められ、処刑台に立つ日を待っている。
アズール・オンディールもそうだった。
収監されて早1年。青い光を輝かせる黒髪は埃を被り、上等な衣服はぼろ布の囚人服に。
色男と持て囃された美貌はやせ細って見る影もない。
ただ、美しい海色の瞳は陰っていなかった。
空を遮られ薄暗い地下牢の一室で、彼はただ処刑台に立つその時を待っていた。
ローレリアの王族の衣服や装飾品制作を任された職人貴族の次男。
元々は孤児だったが、その知力を見込まれてオンディール家当主に引き取られる。
卓越したセンスと制作技術を持つ長兄を補佐するようにと、父から経営と商売を徹底的に教育され、期待に応えていった。
そうして、気が付けば彼は、王国一の敏腕商人となっていたのだ。
彼が動けば、同業者は悲鳴を響かせる。
人の心や生活を顧みず、ただただ合理を重視し、敵と思わしき者は全て潰す。
新芽古株を問わず根こそぎ刈り取り、逆らえば息の根を止める。無事だとしても傘下に入れて主導権を奪う。
誰かが悲鳴を上げる度、彼の美しい黒髪が、青い光をきらめかせた。
そもそもオンディール家の作品に敵う同業店はいないというのに、彼は容赦しなかった。
人々は次第に彼を【死神商人】と呼んだ。
商売も上手ければ色男だ。誰もがうらやむ権威や美男美女との浮名は数知れず。
その辣腕と美貌に、揶揄と畏怖を込めて。
同業者は誰もがアズールの死か、失脚を願った。
これだけ酷い事をするのなら、良い思いをしているのなら、いつか罰が当たるだろう。
誰もが常に頭の片隅で思っていた。
――ほら皆、あともう少しで叶うぞ。
アズールは自嘲する。
毎日のように看守から暴行を受け、体中が痛む。耐えがたい眩暈もする。
あと数日も放っておけばそのまま死ねそうだ。
――ようやく、自分の役目を全うできそうだよ。
アズールの心は晴れやかだった。
安堵のため息を付いた瞬間、ガチャンと錆び付いた鉄扉が開く。
「アズール・オンディール。出ろ」
長らく暗がりにいたせいで弱った視界では、火の光がかろうじて見える程度。だが、威圧的な看守の声はしっかりと耳に入った。
自分の番が来たのだと、アズールは悟る。
恐れはない。むしろ誇らしい。部屋でひっそり死ぬよりは、ひと思いにやってくれた方が良い。
ふらつきながらも立ち上がり、腕を引かれるまま外へ出た。
「看守さん。今日がその日かい?」
「いいや……残念ながら」
看守の声から明らかな動揺が感じられる。
処刑でなければ、一体何が起こると言うのか。
憂さ晴らしの暴行ならいつも通り牢で行える。趣向を変えて外でやるという訳でもなさそうだ。
今歩いているのは恐らく面会室へ向かうための道。足の裏から伝わる感触がざらついた岩肌から、平面でひんやりとした何かに変わっている。客人の目に入っても恥ずかしくないようしつらえられた大理石の床だろう。
(見せしめのための処刑? いや、あの女王に限ってそんな事するはずないしなぁ……結構ビビりだし)
かつて魚をさばいて噴き出した血を見て、顔面蒼白で絶叫していた事を思い出す。
周囲から女傑と畏怖交じりに称される女王にも、案外可愛いところがあるのだ。
遠い日に築いた友情を懐かしみながら、思考を進めていく。
――では、何故?
何故、自分は外へつながる道まで連れて来られているのか。
いよいよ日の光が差し込む辺りだ。アズールの肌が痛みを感じ始めている。
いくら考えても答えは出ない。
自分の思考では辿り着けない内容なのかと、諦めかけていたところで――。
「アズール殿」
答えは、逆光を背負ってやってきた。
眩しさに目を慣らしながら、アズールはまず全容を掴んでいく。
自分よりも大分体格が良い。ローレリア王立騎士団の鎧とマントを纏っている。
騎士の知り合いなどいなかったはずだが、何故か相手は耳心地のよい声で名前を呼んで来た。
――まさか。
白銀の髪にエメラルドの瞳。大切だからと奥の方にしまい込んでいた記憶が、引っ張り出されていく。
芸術品を思わせるような美しく精悍な顔貌が、記憶の中の愛らしい笑顔と重なっていく。
――あぁ、君は、随分と大きくなった。凛々しくもなお、美しい。
どんなに立派に育っても、かつての日の笑顔は変わらない。
ときめきを覚える。
「君は……セレスか?」
「はい。お久しぶりです。セレスです」
セレス・エルヴェルト。
次期エルヴェルト辺境伯であり、ローレリア王立騎士団の団長。
その武勇により王国の危機を何度も救った事から【白銀の勇者】の異名を持つ。
かつてアズールが目に入れても痛くない程に可愛がっていた美少年が、この国一番の騎士に成長して、再び現れた。
(……やだな、こんなみすぼらしい姿で会いたくなかった)
久しく忘れていた羞恥心が甦り、アズールはセレスの視線から逃げるように俯いた。
――彼に、処刑されるのかな。
それならば納得だ。死を前向きに望んでいた自分に恥を思い出させ、愛を痛みに変える。
今の姿を見て、セレスは失望しただろう。
みすぼらしく囚人にまで落ちぶれた自分を、内心では嘲っているだろう。
アズールは少しだけ笑って、改めてセレスを見た。
そして、驚愕する。
セレスは、自分に跪いていたのだ。
まるで物語の王子が姫にするように――。
「我が最愛を、お迎えに上がりました」
そう、熱の篭った言葉をまっすぐに伝えて来た。
ここは王国でも特に凶悪な犯罪者が収監されている。
皆例外なく狭い牢に閉じ込められ、処刑台に立つ日を待っている。
アズール・オンディールもそうだった。
収監されて早1年。青い光を輝かせる黒髪は埃を被り、上等な衣服はぼろ布の囚人服に。
色男と持て囃された美貌はやせ細って見る影もない。
ただ、美しい海色の瞳は陰っていなかった。
空を遮られ薄暗い地下牢の一室で、彼はただ処刑台に立つその時を待っていた。
ローレリアの王族の衣服や装飾品制作を任された職人貴族の次男。
元々は孤児だったが、その知力を見込まれてオンディール家当主に引き取られる。
卓越したセンスと制作技術を持つ長兄を補佐するようにと、父から経営と商売を徹底的に教育され、期待に応えていった。
そうして、気が付けば彼は、王国一の敏腕商人となっていたのだ。
彼が動けば、同業者は悲鳴を響かせる。
人の心や生活を顧みず、ただただ合理を重視し、敵と思わしき者は全て潰す。
新芽古株を問わず根こそぎ刈り取り、逆らえば息の根を止める。無事だとしても傘下に入れて主導権を奪う。
誰かが悲鳴を上げる度、彼の美しい黒髪が、青い光をきらめかせた。
そもそもオンディール家の作品に敵う同業店はいないというのに、彼は容赦しなかった。
人々は次第に彼を【死神商人】と呼んだ。
商売も上手ければ色男だ。誰もがうらやむ権威や美男美女との浮名は数知れず。
その辣腕と美貌に、揶揄と畏怖を込めて。
同業者は誰もがアズールの死か、失脚を願った。
これだけ酷い事をするのなら、良い思いをしているのなら、いつか罰が当たるだろう。
誰もが常に頭の片隅で思っていた。
――ほら皆、あともう少しで叶うぞ。
アズールは自嘲する。
毎日のように看守から暴行を受け、体中が痛む。耐えがたい眩暈もする。
あと数日も放っておけばそのまま死ねそうだ。
――ようやく、自分の役目を全うできそうだよ。
アズールの心は晴れやかだった。
安堵のため息を付いた瞬間、ガチャンと錆び付いた鉄扉が開く。
「アズール・オンディール。出ろ」
長らく暗がりにいたせいで弱った視界では、火の光がかろうじて見える程度。だが、威圧的な看守の声はしっかりと耳に入った。
自分の番が来たのだと、アズールは悟る。
恐れはない。むしろ誇らしい。部屋でひっそり死ぬよりは、ひと思いにやってくれた方が良い。
ふらつきながらも立ち上がり、腕を引かれるまま外へ出た。
「看守さん。今日がその日かい?」
「いいや……残念ながら」
看守の声から明らかな動揺が感じられる。
処刑でなければ、一体何が起こると言うのか。
憂さ晴らしの暴行ならいつも通り牢で行える。趣向を変えて外でやるという訳でもなさそうだ。
今歩いているのは恐らく面会室へ向かうための道。足の裏から伝わる感触がざらついた岩肌から、平面でひんやりとした何かに変わっている。客人の目に入っても恥ずかしくないようしつらえられた大理石の床だろう。
(見せしめのための処刑? いや、あの女王に限ってそんな事するはずないしなぁ……結構ビビりだし)
かつて魚をさばいて噴き出した血を見て、顔面蒼白で絶叫していた事を思い出す。
周囲から女傑と畏怖交じりに称される女王にも、案外可愛いところがあるのだ。
遠い日に築いた友情を懐かしみながら、思考を進めていく。
――では、何故?
何故、自分は外へつながる道まで連れて来られているのか。
いよいよ日の光が差し込む辺りだ。アズールの肌が痛みを感じ始めている。
いくら考えても答えは出ない。
自分の思考では辿り着けない内容なのかと、諦めかけていたところで――。
「アズール殿」
答えは、逆光を背負ってやってきた。
眩しさに目を慣らしながら、アズールはまず全容を掴んでいく。
自分よりも大分体格が良い。ローレリア王立騎士団の鎧とマントを纏っている。
騎士の知り合いなどいなかったはずだが、何故か相手は耳心地のよい声で名前を呼んで来た。
――まさか。
白銀の髪にエメラルドの瞳。大切だからと奥の方にしまい込んでいた記憶が、引っ張り出されていく。
芸術品を思わせるような美しく精悍な顔貌が、記憶の中の愛らしい笑顔と重なっていく。
――あぁ、君は、随分と大きくなった。凛々しくもなお、美しい。
どんなに立派に育っても、かつての日の笑顔は変わらない。
ときめきを覚える。
「君は……セレスか?」
「はい。お久しぶりです。セレスです」
セレス・エルヴェルト。
次期エルヴェルト辺境伯であり、ローレリア王立騎士団の団長。
その武勇により王国の危機を何度も救った事から【白銀の勇者】の異名を持つ。
かつてアズールが目に入れても痛くない程に可愛がっていた美少年が、この国一番の騎士に成長して、再び現れた。
(……やだな、こんなみすぼらしい姿で会いたくなかった)
久しく忘れていた羞恥心が甦り、アズールはセレスの視線から逃げるように俯いた。
――彼に、処刑されるのかな。
それならば納得だ。死を前向きに望んでいた自分に恥を思い出させ、愛を痛みに変える。
今の姿を見て、セレスは失望しただろう。
みすぼらしく囚人にまで落ちぶれた自分を、内心では嘲っているだろう。
アズールは少しだけ笑って、改めてセレスを見た。
そして、驚愕する。
セレスは、自分に跪いていたのだ。
まるで物語の王子が姫にするように――。
「我が最愛を、お迎えに上がりました」
そう、熱の篭った言葉をまっすぐに伝えて来た。
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