幕が下りるにはまだ早い ~死神商人を伴侶にするためのストラテジー~

鯛田乃際鞠

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2章:謀と未練

2-2:望遠の瞳

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 窓から差し込む日が、急に熱を無くしてしまったかのようだった。
 
 女王暗殺未遂事件に巻き込んでしまった血の繋がらない兄。
 爵位と家業を受け継ぎ、女王にその才を認められたドレス職人。バルト・オンディール。
 

「……様子は?」

「とても怒っていて……ですが、何か悲しみや焦りが綯交ぜになった靄も見えましたよ」

 
 今からでも突っぱねる事もできるだろう。
 それでも聞かなければセレスの地位を盾にして押し切れる。
 バルトはいつも忙しい。評判を見込んだ貴族たちから引っ切り無しに舞い込み、毎日作業室に引きこもっているような状態だ。
 加えて辺境伯としての仕事が増え、アズールの投獄前よりもずっと忙しいはず。
 ここ最近はあと数か月先に控えて居る建国祭に向けて、女王の新作ドレスの制作も進めなければならない。
 
 それでも時間を捻出してやって来たという事は――。


「出るよ。どうしても話したい事があるんだろうからね」
 
 
 アズールは自分を奮い立たせながら、席を立った。
 
(……怒ってる時の兄さん、苦手なんだよな)

 頭に血が上るという言葉がピッタリな、真っ赤な顔。
 顔のいたるところに皺を刻み、前のめりになって大きく口を開く。
 
 そうして、雷のような怒声をぶつけてくるのだ。


 * * *


 逃げ出したい気持ちを押し殺し、応接室の扉を開けば、まずバルトの柔らかな金髪が目に入った。
 オンディール家特有の雷光の色だ。この色を見るたびにアズールは、自分は養子の身なのだと思い出す。

(……疲れているな)
 
 バルトの鷹のような鋭い目の下にはくっきりと隈ができており、最後見た時より人相が悪くなっている。


「お久しぶりです兄様」

「てめぇに兄と呼ばれる筋合は無ぇ」

 
 ガラが悪いのは相変わらずだが、記憶よりも怒鳴り声に覇気が無い。
 自分へ会いに来るより睡眠を優先して欲しいと、アズールは思う。
 
 ――なるべく早めに終わらせよう。

 これは商売相手とのやり取りだ。恐れる必要はない。

 ――そして、これを最後の会話と思おう。
 
 そう言い聞かせ、笑みを作った。


「……失礼致しましたオンディール伯。釈放後すぐにご挨拶へ向かえず申し訳ありません」

「その件については良い。こっちはてめぇのツラなんて本当なら二度と見たくねぇ」


 バルトは舌打ちを零し、カップを鷲掴みして、紅茶を一気に飲み干した。
 貴族としてのマナーがまだまだ身についていない。満足に勉強する時間も取れないのだろう。
 勤勉だが、完璧主義者。無茶も厭わないが、不器用。


「まだ、粗暴な振舞が許される職人気分でおられるのですか?」

 
 その気質は美徳でもあるが、これからは許されない。
 貴族ならば折り合いをつけて、身内にも油断してはならないのだ。
 醜聞は家の中からでも、無慈悲に始まる。些細な事が火種となり、最終的には立派な尾ひれがついて広まる。


「おい、誰のせいだと思ってやがる」

 
 凄みを利かせたバルトに怯まず、アズールは嫌味な笑みを向ける。
 本来は何かと忙しくなるであろうバルトを、死神商人として補佐するはずだった。
 勉強の時間を取り、職人としても十全に腕を振るえるような環境を作るはずが、自分のせいで酷い有様だ。

 ――兄さんへ、これ以上の迷惑をかけないために。
 
 不肖の弟として、最後に申しておこう。
 アズールは今一度死神商人の仮面を被り、深く息を吸った。


「私のささやかな野望に巻き込んでしまった事は、非常に申し訳なく思っております」


 感情を手懐け、言葉を整え、一言一句間違えてはならない台詞を紡ぐ気持ちで、アズールは口を開いた。


「私などいなくとも、オンディール伯として立派にやり遂げて頂けなければなりません。
 貴族ならばやり通すだけの代替案を考えるべきなのです。
 部下に仕事を分散して、勉強するだけの時間を確保すべきでは?
 さもなければ――」


 そこまで言ったところで、バルトの拳が頬にめり込んだ。
 机や茶器が散乱するのも気にせず、よろめいたアズールの胸倉を掴み、更にもう一撃。

 
「何笑ってやがる! てめぇは……! 何でいつもいつもッ!」
 
「おやめくださいオンディール様!」

「企んでる事を吐け! なぁ‼」


 部屋の外で控えて居たクリステが制止して、ようやくバルトは止まった。
 座っていたソファへ戻らず、ソファで動けなくなったアズールを忌々し気に見やる。


「……私は、今後一切オンディール家に関わらない。誓約書を後日送らせて頂きます」

「……勝手にしろ」


 アズールは血まみれの顔でまだ笑う。商人の仮面は被ったままだが、どこか満足気だった。
 それを見てバルトは、踵を返す。


「白銀の勇者サマの玩具、精々立派に勤め上げるんだな」


 最後に弱々しく吐き捨てて、バルトは寝不足の身体を引きずり応接室から出て行った。

 
「……そうか、オンディール家の者なら知ってるか」

「アズール様をお助けする際、オンディール家にも了承を取っていますので」


 公爵の伴侶については、女王から緘口令が布かれている。
 だというのにバルトが知っているのは、律儀にオンディール家へ、アズールを貰い受ける挨拶に行ったからだ。
 
 囚人は基本物品扱い。その上アズールの投獄時点で勘当同然だというのに、馬鹿正直に筋を通した。
 養子であり、業界では悪名高く、才はあれど酷く扱いづらい。利用価値を見出されて後からとやかく言われる事もないだろうに。

(……どこまでも真っすぐで、恐ろしいよ)

 早く、セレスの目を覚まさせなければ。
 アズールの笑みは、呆気に取られた事でようやく消えた。
 治療道具を持ってきて、テキパキとアズールの応急処置を進めるクリステは、その様子にまた何かようだった。


「アズール様はお優しい方なのですね」

「勝手に見るのはよしたまえ……事と次第によっては、不慮の事故を装って君をどうにかしてしまうかもしれないよ?」
 
「……本当に必要な事であれば、どうぞ」


 彼女の手前、演技を続けてもしょうがない。
 アズールが複雑な表情をしたのを見て、クリステは鈴を転がすように笑う。


「わたくしはセレス様にお仕えしておりますが、その前にアズール様に救われた身です。
 貴方様のお役に立てるのなら如何様にも。貴方様を救うために、時には無視しますが」


 クリステは目を細め、心からの忠誠を声に載せる。


「あとですね、わたくしが読み取れるのは雰囲気までです。
 具体的に何を考えて居るか、文字や映像として捉えるには、瀕死になる程の努力が必要でして。
 ……どうかそれを見てからどんな事故に仕立てるか決めてくださいね」
 
「ふふっ……覚えておくよ」


 続けてお茶目な命乞いをされてしまい、アズールは吹き出してしまう。
 やはりセレスの人選は確かだったと、改めて感心してしまった。
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