幕が下りるにはまだ早い ~死神商人を伴侶にするためのストラテジー~

鯛田乃際鞠

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3章:脚光

3-4:似合いの役

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「ぐぅぅ……レイン……!」

「……往生際が悪いのは困ります」


 クリステに再び被害が及びそうになり咄嗟の攻撃だったのだろうが、長らくの鬱憤も感じられる。
 騎士としても勤める武闘派を振りほどけるわけもなく、反論を考えなければならないというのに、激痛で思考が鈍る。


「レイン、肩を戻したらクリステと外へ」

「承知致しました」


 セレスは皆の行動を読んでいたようだった。
 強引だが、とても効果的な選択をする。
 これ以上有耶無耶に、時間を稼がせないという強い意思が見える最善手。
 再びゴキンという音を立てアズールの肩が戻り、呆気なく拘束を解かれる。


「君の部下、随分と躾がなっているじゃないか……」

「こういった手段も、貴方から学びましたから」

「私はもっと穏便だったよ」


 クリステを抱えてレインが出ていき、2人きりの部屋に戻った後、お互いに皮肉を吐き合った。
 噴き出た脂汗を乱暴に拭い、アズールはセレスを睨みつける。


「元々養子で失うものはない自分なら、一番穏便に済む。
 根も葉もない噂に着色を加えて流布し、悪名を高め、満を持して名乗り出た」

「残念ながら、私は根っからの悪党だ……」
 
「アズール殿、もう良いのです。貴方が我々を想ってくれるように、我々も貴方を想っている」


 持たざる者などではない。
 貴方は、沢山の人々から求められ、幸福を願われているのだ。
 これ以上罪を被るような事は辞めさせたい。セレスは一層の決意を表情に滲ませる。
 

「一緒に戦わせて頂けませんか?」


 今の我々なら、戦う力がある。準備もできている。
 備えが無く、手も回らなかった時とは違う。
 だが、アズールは首を振った。


「……私は、誰かに泥を塗ることしかできないんだよ」


 大切な者たちに、剣を取らせる事自体望まない。
 どうしても放っておいてくれないのかと今にも泣きだしてしまいそうな悲愴な笑みを浮かべる。
 
 いらぬ喧嘩をして、兄の才能を腐らせる自分が許せない。
 兄を守り切る事ができず、女王の足を引っ張る自分が許せない。
 そして――。

 
「お前のような、清純な騎士を穢す自分が許せない」

 
 この国の勇者が、自分のような小汚い囚人に現を抜かしてしまっている現状が許せない。
 
 自分の存在さえなければ、セレスはもっと立場や魅力に見合った相手がいた。
 生きているだけで、余計な出来事が増えていく。
 皆に約束された幸福が狂っていく。

 
「やっと似合いの役目を果たせそうだったのに……」


 頼むから死なせてくれ。精一杯伝えようとしたその時、部屋のドアが勢い良く開かれ――。


「おいアズールてめぇ!」
 
「……え、な、なんで?」


 バルトが乱入してきた。
 セレスは「部屋の外で聞いて頂きました」と、いけしゃあしゃあと宣う。
 公爵家の面子など知った事かと、更なる強硬手段に及んだのだ。
 すぐさまバルトに胸倉を掴まれ、アズールはぎゅっと目を瞑る。

 ――まずい、殴られる。

 しかし、どれだけ待っても一向に拳は飛んでこない。
 何事かと目を開けた瞬間、不器用に抱きしめられた。


「……ごめんな」


 素直で、真っすぐ。最短の言葉で、バルトは謝罪を述べる。


「ずっともやついてたんだ。
 ドレスに仕込む毒の出所は俺の荷物のはずなのにお前は……
 俺が何か言おうとすればすぐ煙に巻かれて……全部、俺が不甲斐ないからだったな」

「オンディール伯はそのままで良い。余計な事を考える必要ないよ」

「弟が苦しんでるってのに余計な事じゃねぇだろ!」


 真正面から怒りをぶつけられる。拳を受けた方がまだ耐えられたかもしれないと、アズールは思う。
 泥臭くも本心から、自分を心配している事が痛い程に伝わって来る。
 
 ――よくない。このままでは。

 そう思いながらも、兄を止める事ができない。


「血は関係ねぇ、お前は俺の弟だ。気付いたからには関わらせてもらう。
 お前に心配されないように少しでも巻き返して、それで、お前を苦しめた奴の泣きっ面を拝むぞ」


 いつかの、マグノリアとの会話を思い出してしまった。
 血は関係ない。あの時と同じ言葉が、じわりと心を溶かしていく。

 オンディールの店の前でドレスを見上げたあの日よりも遡って、初めて兄ができた日。
 鮮烈な光のようだと、心にずっと焼き付いた記憶も過る。


「今までと違う事は行動で示す。待ってろ」

「……兄さんは、馬鹿だなぁ」

「おう、今だけは暴言を許す」

 
 回される腕が一層強くなる。骨が軋む様だ。それでも、この不器用な力加減が愛おしい。
 慣れていないながらも、気持ちを表そうとしてくれる事実が何よりも――。


「何それ……」
 

 気付けば、ぼろりと涙の粒が零れた。
 アズールは笑みを張り付けたまま泣いていた。頑なだった心の壁が涙となって溶けだしていく。
 
 言い出したら兄は止まらない。
 今まで通り煙に巻く事も考えたが、嗚咽が喉を詰まらせて、思うように喋れなかった。


「なぁ、だから、公爵の事も信じてやってくれ」

 
 白銀の勇者の強かさはこの短い期間で何度も目にして来た。身をもって思い知った事もある。
 アズールの無実を勝ち取り、伴侶に迎えるため、愚直に磨いてきた力は凄まじい。
 馬鹿みたいだと思う。だが、セレスは本気だ。
 

「……君はさ」


 バルトに背を押され、アズールはセレスの方へ歩み寄り、手を取る。
 あれだけ雄弁に茶番を崩す論証をしていたというのに、セレスの手は細やかに震え、汗で濡れていた。


「本当に、君って奴はさ」


 今、真実を語る事はできない。涙がとめどなく溢れ、呼吸すら邪魔をする。
 心が幸福に咽び、痛くて堪らなかった。
 アズールは大きな手に頬を寄せ、そのまま静かに泣き続けた。
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