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3章:脚光
3-7:閑話・恐ろしき初恋
レイン・ソウマは、ローレリア王国の保護下にある島国ショウロウの出身だ。
漁村の網元の家に生まれ、からりとした気風の人々に囲まれて育った。
常に寡黙で仏頂面。愛想が良いとは言えなかったが、村や民に対する愛着は人一倍強く、そのために武芸と知略を磨いた。
周囲もレインの気質をよく理解し、応援し続けた結果――。
「君の力を、僕の下で使ってみないか?」
王国騎士団が到着する前に、襲い来る海賊をたった1人で討伐し、白銀の勇者セレスに見い出されるまでになったのだ。
家族の後押しを受け、レインはその話を受けた。
海賊への対策をまとめた資料は置いてきた。長男を始めとした村の人々ならきっと問題ない。
数年間訓練を積み、適正を見た結果、新しく建つ公爵邸の執事として雇われる事となった。
他国の文化や言語の教養に加え、武術を身に着けているレインにとっては天職といっても過言ではない。
時には予備役として王国騎士団に加わる忙しい立場だが、セレスから認められていると思えば、良い気分になれた。
しかし、そこへ水を差す出来事が起きてしまった。
アズール・オンディールが、公爵邸で暮らす事となったのだ。
ローレリア王国の民なら誰でも知っている女王暗殺未遂事件の犯人のはずだが、セレスは彼の無実を証明し、伴侶にするつもりで連れて来たと言う。
反対すべくセレスへ経緯を尋ねたところ、甘酸っぱい初恋馴れ初め話が始まってしまい、酷く後悔した。
凛々しい騎士の側面ではなく、色ボケの一面を見てしまった。
――初恋、恐ろしいな。
ここまで人を狂わせてしまうのかと、レインは遠くを眺めた。
主人の大切な相手なら丁重に扱わなければと思うが、裏表がなく爽やかな人物に囲まれて育ったレインにとって、アズールのような腹芸に長けた人物はかなり警戒してしまう。
正直に言えば、苦手だ。
ピリッとした空気が漏れ出てしまっても、アズールは特に気にしている様子はない。
気付いているのか、見逃してくれているのかはわからないが、少しほっとする。
だが、それも束の間――。
「明日、新しいメイドが来る」
突然、新人教育の仕事が入ってしまった。
採用したのは、苦手とするアズール。
セレスが仕事を任せたのだから、使える人材を見る目は確かだと思われるが、果たして――。
(一体どんな大猿か……)
手渡された資料には容姿以外の情報がざっと書かれていた。
出身はローレリア王国の僻地。セレスの実家であるエルヴェルト家の領地内で、森林地帯の管理を勤めるパーカス男爵家の三女。
人の心を視るという特異な目を持つ故に外出を許されず、メイドの仕事を覚えがてら、父の書類仕事や会合の手伝いをしていたらしい。
(背筋と性根の曲がったズル賢いイタチか……)
あの地方の出身者は、男女問わず健康で屈強な者が多い印象だが、彼女は真逆のようだ。
戦いには向かないが、諜報に特化している。
アズールが採用する人材と考えれば、方向性としては腑に落ちた。
(そろそろ来るか)
気が重いが仕事だ。馬車の音を聞きつけたレインは、玄関へ向かう。
仕事がしやすければ何でも良いと願いながら、出迎えれば――。
「初めまして、パーカス男爵家から参りましたクリステと申します。
今日からお世話になります」
まずは綺麗なカーテシーを披露された。
大猿やズル賢いイタチではなく、清楚で無害そうな女性だった。
レインと同世代だが、背丈と愛らしい顔立ちから少し幼く見える。
声色や佇まいからは令嬢らしい気品が感じられ、黒のエプロンドレスもよく似合っている。
「初めまして、フィンレイ様に選ばれた同士として歓迎する。
オレはレイン・ソウマ――」
ゆっくりと開かれた彼女の目へ視線が行き、定型文を言い終える前に息を呑んでしまった。
(綺麗だ……)
水晶のような瞳だ。
透き通っていて、どこまでも奥を覗けそうだが、同時に心を囚われてしまいそうな光の巣窟。
「そんな珍しい虫を見るような目で……」
「……すまない。不躾だった」
背筋が凍るような感触を覚え、レインは咄嗟に謝ってしまった。
人の心を視る事ができるというのは本当のようだ。
その上で、童心にちくりと、棘を刺してくる言葉を的確に選んで来た。
「いいえ、それくらいの気持ちで見て頂けると、こちらとしても気が楽です。
つい口に出してしまい、申し訳ありません」
遠巻きに気味悪がられ続けるより、ずっと良い。クリステは柔らかく微笑んだ。
恐らくクリステが見えているのは、心の方向性までなのだろうとレインは悟る。
好意的だが無邪気な興味もある。
目が離せず、知的好奇心が湧いているとだけ読み取った。
思い浮かべた言葉までは視えていない。
「綺麗だと思ったんだ。蝶のようだと……決して童心じみたものだけではなくてだな」
詳細に説明しなければと、何故か焦燥感に駆られた。
クリステがぽかんとした顔をしている事に気付くまで、言葉を止められなかった。
「……ふふっ、わざわざ教えて下さるのですか?」
純朴でまっすぐ。クリステにとっては不慣れで、愛おしいものだったらしい。
水晶の目を細め、彼女はこそばゆそうに笑った。
腹芸を苦手とするレインでもわかる、本心からの笑顔だ。
――ぶわっと、レインの心の中に、爽やかな海風が吹いた。
血が熱を持ち、全身を駆け巡って熱い。過酷な訓練の後よりも息が苦しい。
心象風景に何故か故郷の豊漁祭りが浮かんでくる。人々は浮かれて踊り、盛大な花火が上がる。
(何なんだ? 何なんだ、これは……?)
苦しいが心地良く、困惑する中で、不思議な高揚感も沸き上がって来た。
「……えっと」
「何でもない。本当に、何でもないから、案内に移らせてほしい……」
「そ、そうですね、お願いいたします」
今はともかく、仕事だ。
未知の感情の奔流を、ぎこちなくも御したレインは、職務を全うする事だけを考える事にした。
この時ばかりは自分の表情筋が硬い事に感謝した。だが、後々クリステには薄らとだが視ている事に気付き、頭を抱えてしまった。
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