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悩める局長の受難
#10
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四名のお客様が満足され、日付が変わる前に帰路へつかれました。
カウンターや食器の片付けなどを済ませ、新しいお客様をお待ちします。
今日は、もう一人いらっしゃるような気がしております。
日付が変わった頃、ここへ至る入口の階段から覚えのある気配がしました。
そのまま階段を降りる足音が続き、来店を告げるベルの音が響きました。
「やぁキーノス。久しぶりだね」
「いらっしゃいませビャンコ様。こちらのお席へどうぞ」
「ふふ、ありがとう」
ビャンコ様。
彼こそ先程話題に上がっていた聖獣局長その人です。
たまに誰もいない時間をねらって、日付の変わる頃ご来店なさいます。
そして必ず……
「今日はもうお客さんは来ないよ、だからいつもの幻術お願いしてもいい?」
「……かしこまりました」
ビャンコ様から幻術のご注文がありましたので、店のカウンターから出て店のドアへ向かいます。
ドアを開け、階段の入口に向かって左手をかざし魔力を練ります。
入口の辺りに薄い膜を張るイメージで術を展開します。
今外から見たこの店の階段への入口はただの壁に見えるでしょう。
仮に先程帰路につかれた四人のお客様が来ても、どういう訳か見つけられないようになります。迷いの森で使われている幻術の簡易版ですね。
幻術をかけ店に戻ると、長い髪の毛を雑にひっつめ、着ていたローブを脱いで完全にリラックスモードのビャンコ様が出来てました。
「はぁーやーっと楽できるわ、キーちゃん酒くれ」
「かしこまりました、本日オススメのジュンマイシュをお持ちします」
「あとツマミ」
「かしこまりました、メカブでよろしかったですか?」
「さっすがキーちゃん!用意が良いね!」
彼は数少ない私が術の類を使えることを知る人物です。
見た目は純白の塊のようで名は体をあらわすを地で行っております。
顔は美形というより美女、顔だけなら女性にしか見えません。
儚げな容姿から、普段はそれに合わせて言葉使いを変えていらっしゃるのですが……
「こちら本日オススメのジュンマイシュで、ウラガーノと言います」
「どれどれ……」
トックリからオチョコに注ぎ、一口にあおります。
「っつぁー! コイツは美味いね! 多分追加頼むわ」
「かしこまりました」
化けの皮を剥がせば、片足オッサンに突っ込んだ兄貴肌の方です。
ミケーノ様とこっちの姿で話せばかなり仲良くなりそうです。
「やっぱモウカハナ最高だわー、幻術張ってくれるから素で居られるし酒もツマミも美味いし」
「普段から素を出せばよろしいかと思いますが」
「無理無理ー今更誰も信じないし、こんな性格だなんて誰も気づかないって」
「その通りですね」
「みんなも見たくもないんじゃない? こんなオレ」
「お客様にくつろげる時間を提供するのも私の仕事ですので」
「マジなんでバリスタやってんの? 早く聖獣局に来て欲しいわ」
確かに私相手に繕わなくて良い旨をお伝えしました。
ここまで砕けた状態になられましたが、確かに他の方にはお見せしないほうが良いでしょう。
「やっとだよ」
「……ユメノ様の事ですか?」
「そ。やっと出てったよアイツ」
「彼女が学園にいらした時から言ってましたね」
「マナーとか教養がないのも嫌だけど、何よりアイツ、なんかすごく臭うんだよ」
「香水ですか?」
「オレ以外は気にしないから香水じゃないんだろうね。てか香水なら趣味悪すぎ」
「なるほど……では何か術でしょうか?」
「どーだろ、キーちゃん分かんない? なんか生乾きの服にバラの香水振りまいた感じのニオイなんだよ」
「バラですか」
術士には術の特有の香りを嗅ぎとることができます。
術士の心得を身につける際に一番最初に学ぶ事で、自分の術の性質を理解し制御する事ために必要な技術です。
今の話を聞いて、確かに彼女からキツいバラの香りがしたのを覚えています。
私は感知の鼻が良い方ではないので、生乾きの方は分かりませんでした。
「多分あの生乾きっぽいのが隠しで、バラっぽいのが本命の奴だと思うんだけどさ」
「バラなら魅了が有力ですが、聞こえてくる話を聞く限り違う物かと」
「やーっぱそう思う?」
「はい。私達のような術士が香水を振りまいたレベルと感じるなら、庁舎全体が彼女の術にかかっているはずです」
「そうよなー、最近まで近くにいたカズロんも全然かかってないし、てか完全に嫌われてたし」
ビャンコ様はメカブを摘んで口にほおります。
……フォークをお使いになって欲しいところですが。
「多分アイツの異能、あのくっさい魔力だと思うんだよね」
「そのようですね」
「まー強力な魅了が異能だなんて知られたらヤバいわな、そりゃ知らぬ存ぜぬするしかない」
「ご本人は分かっているとお考えですか?」
「微妙なラインだよね、だって効果出てないし」
「そうですね、だとしたら別にあるが発現してないとご本人がお考えという線はありますか?」
「だったら教会行くんじゃね? あの性格だったら絶対調べると思うんよね」
「仰る通りかと」
語り口に限らず全般的に雑な方ですが、仰る事は納得出来る物が多いです。
「だからあの生乾きくさい方がなんかあるのかなーと思ったんだけど」
「生乾きですか……」
「キーちゃんなんか分からん?」
「あるとしたら、呪い」
「えっ呪い!?」
「……のような、相手に何か不利な効果を発動するものでしょう」
「イヤなニオイは攻撃って鉄板だけどさ」
「だからこそ魅了は良い香りだという一説もありますし」
「でも生乾きだよ? なんか中途半端じゃない?」
「確かに……。一つだけ心当たりはありますが」
「おっマジ!? さすがキーちゃん!」
私はそっと新しいタオルをお渡しします。
メカブで汚れた手を拭くのに必要でしょう。
「生乾きということは起源は水に類する魔術かと考えられます」
「水ねぇ」
「水辺に生息する魔獣のケルピーが捕食の際に、水の嫌な臭いがするという話を聞いたことがあります」
「捕食で使う術ってどんなん?」
「蜃気楼という幻術系統の一種、魅力的な人間に変化して見せるようです。対象の人間を巣へ誘う時に使われます」
「え?魅力的な人間?」
「はい。ケルピーは人の肝臓を好んで食べると言われておりますので」
「いやいやそっちじゃなくて、魅力的な人間? 見た目の話?」
「外見のみではなく、声や仕草にも現れるそうです」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「どうなさいました?」
タオルで口元を拭い軽くほおり投げます。
出来ればメカブを摘んだ手を拭っていただきたいのですが。
「いや分かってんでしょ? あの異世界人のどこが魅力的なわけ?」
「外見に特徴的な部分は見えませんね」
「さっき外見以外もって言ったよね?」
「はい。基本は幻術ですので、言動や仕草、立ち振る舞いなどが魅力的になる補正がかかるそうです。魅了も同様の効果がありますので、相乗効果で強力になっている可能性があります」
「いや、いやいやいや。さすがにそれはないわ」
「はい。ですのであくまで私の心当たりのひとつです」
「うーん、なんかいい線いってそうなんだけどなーなんか見落としてそう」
「ただ、生乾きの部分が水に由来した何かなのは間違いないかと」
「そだね」
メカブを再び摘んで口にほおります。
……フォークはお出しした位置から動いておりません。
カウンターや食器の片付けなどを済ませ、新しいお客様をお待ちします。
今日は、もう一人いらっしゃるような気がしております。
日付が変わった頃、ここへ至る入口の階段から覚えのある気配がしました。
そのまま階段を降りる足音が続き、来店を告げるベルの音が響きました。
「やぁキーノス。久しぶりだね」
「いらっしゃいませビャンコ様。こちらのお席へどうぞ」
「ふふ、ありがとう」
ビャンコ様。
彼こそ先程話題に上がっていた聖獣局長その人です。
たまに誰もいない時間をねらって、日付の変わる頃ご来店なさいます。
そして必ず……
「今日はもうお客さんは来ないよ、だからいつもの幻術お願いしてもいい?」
「……かしこまりました」
ビャンコ様から幻術のご注文がありましたので、店のカウンターから出て店のドアへ向かいます。
ドアを開け、階段の入口に向かって左手をかざし魔力を練ります。
入口の辺りに薄い膜を張るイメージで術を展開します。
今外から見たこの店の階段への入口はただの壁に見えるでしょう。
仮に先程帰路につかれた四人のお客様が来ても、どういう訳か見つけられないようになります。迷いの森で使われている幻術の簡易版ですね。
幻術をかけ店に戻ると、長い髪の毛を雑にひっつめ、着ていたローブを脱いで完全にリラックスモードのビャンコ様が出来てました。
「はぁーやーっと楽できるわ、キーちゃん酒くれ」
「かしこまりました、本日オススメのジュンマイシュをお持ちします」
「あとツマミ」
「かしこまりました、メカブでよろしかったですか?」
「さっすがキーちゃん!用意が良いね!」
彼は数少ない私が術の類を使えることを知る人物です。
見た目は純白の塊のようで名は体をあらわすを地で行っております。
顔は美形というより美女、顔だけなら女性にしか見えません。
儚げな容姿から、普段はそれに合わせて言葉使いを変えていらっしゃるのですが……
「こちら本日オススメのジュンマイシュで、ウラガーノと言います」
「どれどれ……」
トックリからオチョコに注ぎ、一口にあおります。
「っつぁー! コイツは美味いね! 多分追加頼むわ」
「かしこまりました」
化けの皮を剥がせば、片足オッサンに突っ込んだ兄貴肌の方です。
ミケーノ様とこっちの姿で話せばかなり仲良くなりそうです。
「やっぱモウカハナ最高だわー、幻術張ってくれるから素で居られるし酒もツマミも美味いし」
「普段から素を出せばよろしいかと思いますが」
「無理無理ー今更誰も信じないし、こんな性格だなんて誰も気づかないって」
「その通りですね」
「みんなも見たくもないんじゃない? こんなオレ」
「お客様にくつろげる時間を提供するのも私の仕事ですので」
「マジなんでバリスタやってんの? 早く聖獣局に来て欲しいわ」
確かに私相手に繕わなくて良い旨をお伝えしました。
ここまで砕けた状態になられましたが、確かに他の方にはお見せしないほうが良いでしょう。
「やっとだよ」
「……ユメノ様の事ですか?」
「そ。やっと出てったよアイツ」
「彼女が学園にいらした時から言ってましたね」
「マナーとか教養がないのも嫌だけど、何よりアイツ、なんかすごく臭うんだよ」
「香水ですか?」
「オレ以外は気にしないから香水じゃないんだろうね。てか香水なら趣味悪すぎ」
「なるほど……では何か術でしょうか?」
「どーだろ、キーちゃん分かんない? なんか生乾きの服にバラの香水振りまいた感じのニオイなんだよ」
「バラですか」
術士には術の特有の香りを嗅ぎとることができます。
術士の心得を身につける際に一番最初に学ぶ事で、自分の術の性質を理解し制御する事ために必要な技術です。
今の話を聞いて、確かに彼女からキツいバラの香りがしたのを覚えています。
私は感知の鼻が良い方ではないので、生乾きの方は分かりませんでした。
「多分あの生乾きっぽいのが隠しで、バラっぽいのが本命の奴だと思うんだけどさ」
「バラなら魅了が有力ですが、聞こえてくる話を聞く限り違う物かと」
「やーっぱそう思う?」
「はい。私達のような術士が香水を振りまいたレベルと感じるなら、庁舎全体が彼女の術にかかっているはずです」
「そうよなー、最近まで近くにいたカズロんも全然かかってないし、てか完全に嫌われてたし」
ビャンコ様はメカブを摘んで口にほおります。
……フォークをお使いになって欲しいところですが。
「多分アイツの異能、あのくっさい魔力だと思うんだよね」
「そのようですね」
「まー強力な魅了が異能だなんて知られたらヤバいわな、そりゃ知らぬ存ぜぬするしかない」
「ご本人は分かっているとお考えですか?」
「微妙なラインだよね、だって効果出てないし」
「そうですね、だとしたら別にあるが発現してないとご本人がお考えという線はありますか?」
「だったら教会行くんじゃね? あの性格だったら絶対調べると思うんよね」
「仰る通りかと」
語り口に限らず全般的に雑な方ですが、仰る事は納得出来る物が多いです。
「だからあの生乾きくさい方がなんかあるのかなーと思ったんだけど」
「生乾きですか……」
「キーちゃんなんか分からん?」
「あるとしたら、呪い」
「えっ呪い!?」
「……のような、相手に何か不利な効果を発動するものでしょう」
「イヤなニオイは攻撃って鉄板だけどさ」
「だからこそ魅了は良い香りだという一説もありますし」
「でも生乾きだよ? なんか中途半端じゃない?」
「確かに……。一つだけ心当たりはありますが」
「おっマジ!? さすがキーちゃん!」
私はそっと新しいタオルをお渡しします。
メカブで汚れた手を拭くのに必要でしょう。
「生乾きということは起源は水に類する魔術かと考えられます」
「水ねぇ」
「水辺に生息する魔獣のケルピーが捕食の際に、水の嫌な臭いがするという話を聞いたことがあります」
「捕食で使う術ってどんなん?」
「蜃気楼という幻術系統の一種、魅力的な人間に変化して見せるようです。対象の人間を巣へ誘う時に使われます」
「え?魅力的な人間?」
「はい。ケルピーは人の肝臓を好んで食べると言われておりますので」
「いやいやそっちじゃなくて、魅力的な人間? 見た目の話?」
「外見のみではなく、声や仕草にも現れるそうです」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「どうなさいました?」
タオルで口元を拭い軽くほおり投げます。
出来ればメカブを摘んだ手を拭っていただきたいのですが。
「いや分かってんでしょ? あの異世界人のどこが魅力的なわけ?」
「外見に特徴的な部分は見えませんね」
「さっき外見以外もって言ったよね?」
「はい。基本は幻術ですので、言動や仕草、立ち振る舞いなどが魅力的になる補正がかかるそうです。魅了も同様の効果がありますので、相乗効果で強力になっている可能性があります」
「いや、いやいやいや。さすがにそれはないわ」
「はい。ですのであくまで私の心当たりのひとつです」
「うーん、なんかいい線いってそうなんだけどなーなんか見落としてそう」
「ただ、生乾きの部分が水に由来した何かなのは間違いないかと」
「そだね」
メカブを再び摘んで口にほおります。
……フォークはお出しした位置から動いておりません。
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