王都のモウカハナは夜に咲く

悩める局長の受難

#11

「ま、何にしてもあのくっさいの居なくなってマジカズロん感謝だわ」
「鷹の罠は恐ろしいですね」
「あ、もしかしてさっきまでいた？　あぶねーニアミスだわ」
「ビャンコ様の話題が出ましたよ」
「え、マジ？　もしかしてグリフォンショックで旅に出た話とか？」
「そこもありましたが、ユメノ様を聖獣局に拾った話とか提出書類の手伝いをしたとか」
「あ～、そこか」
「私は普段のあなたを知ってますから、どうしても腑に落ちませんでした」
「何気に失礼じゃないそれ？」
「グリフォン、本当は生きてますよね」
「もちろん。全羽回収して隠匿の術かけて庁舎にいるよ」

　ちゃんと訓練した術士なら、学術書に記載がある術をある程度使用することができます。
　ただ、学術書などて学ぶ必要があるため、だいたいは自分の持つ素養の術のみを扱う術士が普通です。
　この方なら隠匿の術でグリフォンを隠す程度は余裕でしょう。

「その幻術を使ってまでして隠す意味は……」
「もちろんあのユメノ激臭オンナを追放するためだね！　アイツだけは絶対にゆるさん！」
「そこまで嫌悪してる方なのに、なぜ聖獣局へ誘致を？　また書類の手伝いなど」

　ジュンマイシュを一口飲み、少し視線を落として答えます。

「ま、大した理由はないってか、理由が良い感じに曲解されてんだよね」
「曲解ですか」
「書類はアイツが局長選べるのを勘違いしてオレんとこ来て。とても出せたもんじゃないし二度と来んなって思って書き直して突っ返したの」
「…局へ誘ったのは？」
「オレ、マジアイツユメノのニオイ無理で、どーーーしても庁舎から出てって欲しかったのよ」
「そのようで」
「だから王妃様に『庁舎と言わず王都から確実に追放さるから一時的に聖獣局ウチで預からせてくれ』って」
「何か策があったのですか？」
「アイツ聖獣好きなんだよなんでか。あんなに嫌われてるのに」
「癒しだそうですよ、綺麗な毛並みと質感が」
「だからあんなベタベタと……とにかくさ、嫌われてる証拠出せたら王都いらんなくなるじゃん？」
「なるほど、確かに確実に追放できますね」

　オランディ王国では聖獣は神の代行者として扱われます。
　本当は聖獣局は聖獣を飼育してるのではなく、保護しているが正しい表現になります。
　首輪リングも、聖獣が本気になれば弾き飛ばす事が可能です。
　聖獣に嫌われるというのは、神の不興を買ったと見なされ、王都への滞在は基本不可とされます。

「そしたらあの大解放！　もーマジふざけんなっての！　首輪取られたコ夜通し探したわ！」
「そこもおかしいと思っておりました。首輪リングのついた聖獣を呼び戻すだけなら、ビャンコ様なら数分で終わるものだと」
「あの時騎士団がすぐアイツとっ捕まえて隔離してくれたから、箝口令しいて12体の嘘の情報流して貰ったんだよね」
「そういう事でしたか」

　彼が聖獣を脅かすような真似は絶対にしないと知っておりました。
　この事件に彼は怒りで真っ赤に染まったことでしょう。

「そもそも50羽みんなが逃げちゃった理由なんだけどさ」
「何かあるのですか？」
「普通ならゲート開けてくれた奴にじゃれつくんだよ。もうかわいいのなんの」
「ではユメノ様にも？」
「ありえんねぇ。あとゲートって鍵かけると簡単な結界張れる仕組みになってて」
「？　はい」
「外からの術を遮断するための結界ていうの？　鍵開けると解ける仕組みで、開けると外からの影響受けるのよな」
「そうなるとユメノ様の場合は……」

　なるほど、見えてきました。
　結界が解けると外で発動されていた術が共有されてしまうのですね。

「だからユメノ激臭オンナなんかに鍵開けさせるわけないんだけど、あの夜開けちゃったわけよ。夜だよ？グリフォン寝てるじゃん。そこにいきなりあの激臭かがされたらさ……」
「パニックになりますね」
「そ、だから大慌てでユメノ激臭と反対の裏口から逃げた結果が全員大脱走。ゲート近くのモロダメージ負って逃げ遅れた子が首輪取られちゃったワケ」
「なるほど……その話は王妃様にもしたのですか？」
「一応したけど、オレグリフォン回収した後各所に被害確認に忙しくてさ。タイミング遅くなっちゃって、その頃には統計局カズロんのとこ行くの決まっちゃってたんだよ」
「なんとも、カズロ様には本当に災難だったのですね……」

　もし事件の報告が早かったら、統計局カズロ様の元へ行くことはなかったのでしょう。
　それもあってのんびりビャンコ様は休暇バカンスへ向かわれたのですか。

「なんかカズロんちょっと不幸体質ない？」
「さぁ……先天的な運はあまり無さそうですね」
「だよねー、だから優秀なのかもだけど」

　カズロ様は大変優秀であらせられますが、残念ながらツキには見放されていそうですね。
　今回の受難を優秀な頭脳と作戦で乗り切り、見事解決させた手腕は流石としか言いようがありません。
　ただ、その裏に猫かぶり局長ビャンコ様の影があった事は、知らない方が幸せなのかも知れません。



「キーちゃんおかわり」
「かしこまりました」

　お酒を新しいトックリに注いでる間、ビャンコ様が仰いました。

「話戻すけど、もしあのユメノ激臭オンナがオレらの推測通りの術使ってるとすんじゃん」

　お酒をついだトックリをお渡ししつつ答えます。

「蜃気楼と魅了ですか？」
「あんがつ」

　トックリを受け取りオチョコに注ぎます。

「あの激臭なら相当の魔力だと思うんだけど、誰にも効いてないよね」
「そのようですね」
「あるいは実は効いててあのレベルとかだったらどう？」
「……申しあげ難いですが、元の状態の彼女が我々が知る彼女とほぼ対極の状態だったと推察されます」
「ものすごく見た目がアレなのに見向きもされない、とかになるのか？」
「あるいは、ご本人の認識のズレも影響しているかと」
「というと？」
「海の底から地上に上がった移動距離と、地上から天上へ移動した距離が同じとして、周囲は前者、自身は後者と見なしてるとしたら、立っている位置が大きく異なりませんか？」
「なるほ……って結構酷いこと言ってない？」
「あくまで例え話ですよ」

　ウラガーノジュンマイシュをちびちび飲みながら、唸っておられましたが、パッと顔を上げこちらを見ます。

「そうだキーちゃん、見てきなよ！」
「何をですか？」
「ユメノだよ。キーちゃん千里眼リコノシェーレ使えるでしょ？」
「ごく弱い効果の物なら、ですが」
「行ける行ける！　ちょっとで良いからチラっとユメノを」
「お断りいたします」
「えっ早くない？　もーちょっと悩もう？」
「……ご覧になりたいのであれば、ご自身で直接がオススメですよ」
「いやーでもオレ千里眼リコノシェーレ使えないし」

　私はカウンター下の棚から、装飾が施されているメガネを取り出しました。

「何それ？」
「ビャンコ様は普段ユメノ様の臭いの中で、どのように生活なさってるのですか？」
「バレない程度に全身にうすーい結界張ってるよ。鼻だけは入念に」

　鼻にちり紙を詰めている姿を想像してしまいました。

「なら、その状態でこのメガネを掛けて彼女を見てみてください」

　千里眼リコノシェーレを使用する陣を展開し、メガネに左手をかざしてその力を補充します。

「術を使えない者でも丸一日は私程度の千里眼リコノシェーレを行使できます。私より強い術を扱えるあなたなら、かなり強力な効果でできるでしょう」
「へぇ！」

　メガネをビャンコ様にお渡ししました。
　しばらく光にかざしたりしていたビャンコ様は、実際にメガネを掛けて私を見ました。

「あっれ、どんな魔王様が拝めるかと思ったけど、そのまんまじゃん」
「私自身には何も術を掛けてませんから」
「えぇ～そうなの？　その顔素なんだ」
「ご期待に添えず申し訳ありません」
「はぁー、そんな綺麗な顔でユメノに見つかったら大変だぞ？」
「そのお言葉、そのままお返しいたします」
「オレは白いだけだよ！　庁舎の壁の前に立つと保護色で分からなくなるレベルだから大丈夫だよ」

　このお方はまた……ご自身がどれだけ目立っているか自覚がないのでしょうか。

「ま、じゃあ次来る時までに使ってみるわコレ。なんか追い出されたはずなのにアイツたまに来るんだよなー、あの激臭するんだよね」
「なんと……またどういったご用件で」
「さぁー新聞に売る話題ゴシップでも探してるんじゃない？　騎士団に阻まれて食堂以外は出入り出来ないみたいだけど」
「なかなか心持ちの強い方ですね、ユメノ様は」

　とりあえず、ビャンコ様との結論としては

　強力な魔力による魅了 アッファシナーレ
　水の幻術による蜃気楼 ミラッジョ

　この二つがユメノ様の異能かと考えられます。
　どちらも強力な効果を発揮する物なのに、本来の効果が発揮されているようには見えませんが。

　ビャンコ様がお渡ししたメガネで彼女を見れば、何か謎を解くヒントが得られるかもしれませんね。
　後日の彼の報告を待つことにしましょう。