王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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衣類品店に現れた厄災

#8

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 私の起床は昼食時です。
 今日は明け方の雨で冷え込みが強く、ベッドから出るのを躊躇したせいで少し遅い昼食になりました。
 雨で湿った新聞が、いつもより外の気温が低い事を教えてくれます。

 本日の見出しはこの寒さに関しての内容ですね。
 用意したホットサンドを食べながら新聞を捲ると、ちょっと気になる記事がありました。

『安価な携帯食料が登場!気になるお味は?』

 ラナディムッカが安価で大量に手に入るようになったため、とある商人が新しい携帯食料を開発したようです。

 おそらく、カーラ様とシオ様の布の副産物でしょう。
 携帯食料は冒険者達が喜びそうです。固くて同じ味の干し肉が主流でしたから変化が起きそうですね。

 明け方の雨も止み、生憎の曇り空。
 こんな日はお客様に鍋を振る舞いたくなりますね。
 明日は公休日、今日はお客様も多そうです。
 先日購入したコートもありますし、少し多めに買い出ししておきましょう。

​───────

 日が暮れ、バー「モウカハナ」の開店です。
 ちょっとした小細工で、店の階段を中心に一階のリストランテ前の気温を少しあげておきました。
 少しでもお客様が喜んでもらえればという、私なりの分かりにくい気遣いです。
 メル様やビャンコ様にはバレてしまうでしょうね。



「またのご来店をお待ちしております」

 私は最後の団体でのお客様をお見送りしました。
 小細工が幸をそうしたのか、今日はいつもより多くのお客様にご来店いただけました。
 今はカウンターに二名のみで、お食事も大方済んでおりますので暫くは調理場で片付けをする事になります。

「なぁキーノス、真面目な相談があるんだけどよ……」

 お客様の見送りからカウンターに戻ったところで、ミケーノ様から声がかかりました。
 いつになく真剣なご様子です。

「どうなさいましたか?」
「いや、そんな畏まった話でもないんだけどよ……もう今年も終わりだろ?それで…」
「はい」
「良かったら、港のレストランオレの店でやる打ち上げに来てくれねぇか?」
「構いませんよ。多人数向けに料理やお酒を振る舞うことも経験はございます」
「いやそうじゃなくて、個人的な誘いでよ」
「普段からお世話になっておりますし、無償でも構いませんよ」
「いやいや、そーでもなくてよ」

 ミケーノ様は目を逸らして前髪を後ろへ流した後、気を取り直したようにこちらを見ます。

「馴染みの客と店の連中でやる打ち上げでな、良かったら馴染みの客側の立場として来てくれねぇかなって思ってよ」
「それは……大変嬉しいお誘いですが、お客様としてなら私に参加の資格はないように思えます」

 そもそも私はミケーノ様のお店には数える程しか行ったことがありません。
 馴染みとは言えないでしょう。

「うーん、普通に遊びに来てくれたら良いんだがな……」
「馴染みのお客様との交流でしたら、私はお邪魔でしょう」
「そんな事はないが……じゃあお前のさっきの勘違い通りに、裏方としてなら来てくれるのか?」
「それなら問題ないかと思います」

 お客様としてのご招待を受けるのは難しいですが、裏方としてなら感謝と恩を返せるよい機会で嬉しく思います。

「裏方なら来てくれるのか?ちゃんと最後までいてくれるか?」
「もちろんです。モウカハナも事前にお知らせすれば問題ありません」
「よぉーし、言ったな! 約束だぞ!」

 残っていたビアを一気に空け、その様子にカーラ様が拍手をしております。

「ワタシも行くのよ、ミケーノのの打ち上げ! あとカズロとメルも行くわよ!」
「それは楽しみです」

 軽く一礼して調理場へ移動します。
 カーラ様とミケーノ様は少し冷めたアツカンを酌み交わしております。

​───────

「よし、来させちまえばこっちのもんだ」
「よくやったわミケーノ!」
「絶対また適当に断られると思った……」
「ワタシもよ。アナタ頑張ったと思うわ」


 二人は小さくグラスを合わせる。
 コツンという音が鳴り、グラスも二人を祝福しているようだ。
 しかしすぐ後で、ミケーノの眉間にシワがよった。

「ないとは思うが……アイツ酒飲めるよな?」
「大丈夫でしょ、料理もお酒も作るし」
「もうほぼ店じまいっぽいし、誘ってみるか?試しに」

 ミケーノが顔の横でグラスを揺らして見せる。
 それを見たカーラが、少し悪そうな笑みを浮かべる。

「多分ここ以外でって誘っても断るわよきっと」
「確かに…あ! そうか、はか!」
「そういう事よ、ちょっと戻ってきたら声掛けてみましょ」

​───────

 調理場の片付けを終え、再びカウンターへ戻りました。
 いつもお二人を放置しておりますが、信頼出来る方達なので安心して裏で片付けが出来ます。

「ねぇキーノスって、お酒飲めるわよね?」
「はい」

 もちろん飲酒は可能です。
 年齢もアレルギーなどの問題もありません。

 洗ったグラスの内、店内に置くものをこちらに運んで参りました。
 今日はいつもより数が多いため、それらを磨きながらお答えします。

「この時間ってまだ客来たりするのか?」
「稀にいらっしゃいますが、本日はもうご来店なさらないと思います」

 何人か心当たりはありますが、公休日の前は避ける方ばかりです。
 来ても明日のようなお客様の少ない日でしょう。

「話は変わるんだけど……お酒を扱うお店だとワタシ達が店員に奢る事ってけっこうあるじゃない?キーノスって経験ある?」
「当店では経験がありません」
「あら、そうだったのね! じゃあ、顔なじみのワタシ達が頼んだら、飲んでくれる?」
「勿論ですが、私が楽しむものにお支払いいただくのが心苦しく……」
「それは悲しいわ、ワタシからのお酒飲んで貰えないなんて」

 カーラ様はご好意から仰っているのは分かるのですが、困りました。

「何だよ気にすんなって、オレもカーラも気にしねぇから」
「そーよ! ワタシ達が頼んでるのよ、辛かったら良いの」

 私の迷いを察してか、ミケーノ様からも声がかかります。
 他の誰かならすぐにお断りするのですが普段からお世話になっているお二人だとそれも難しいです。
 ……いっそ正直にお答えするのが良さそうです。
 私は磨いてるグラスを置き、答えます。

「実は私……恥ずかしながら、誰かとお酒を飲みかわしたり食事を共にした事がなく」
「え?」
「未経験なため作法が分からず、ご迷惑をおかけするかと思いまして」
「いや、そりゃいくら何でもないだろ?」
「断るにしてももっとマシな事言いなさいよ」

 ご納得頂けていないようですが、事実なので仕方ありません。

「本当に申し訳ありませんが、嘘ではごさいません」
「キーノス、お酒は飲んだ事はあるのよね?」
「もちろんです。お客様にお出しするものは、必ず事前に私が試しております」
「好きで飲んだことはないのか?」
「例えばお客様側として、どこか他店での経験でも良いですか?」
「まぁそうだな、あるのか?」
「研究のため行ったことはございます。一人でですが」

 他店の様子を思い出し、片付けを再開することにしました。
 再びグラスを乾いた布で磨きはじめます。
 私は店の仕事の内でグラスを磨く作業が一番楽しく感じます。

「飲み会とかパーティは行ったことあるか?」
「いえ、経験がありません」
「嘘でしょ、さっきみたいに誘われてるの気付いてないとかじゃないの?」
「いえ、本当にございません」
「友達とご飯行かないの?」
「そういった経験もございません」
「デートで彼女と飯行ったりするだろ?」
「恋人など出来た事がございません」

 磨き終わったグラスでも使用頻度が低い物を少し高い位置の棚へ仕舞います。
 磨く必要があるグラスはもう少しあります。

「いやいや、キーノス。それは流石に嘘だって分かるぞ?」
「本当です、嘘をつく理由がございませんし」
「まーキーノスならそんじょそこらの女じゃ無理よねー」
「今まで何人振って来たんだ?」
「振る、とはどういう……」
「じゃあ、何人に告白されたんだ?」
「そんな経験ございません」

 やはりガラスで出来たものは透明感を意識して、曇りのないように気をつけないといけません。
 光にかざし、汚れの有無を確認します。
 グラスを磨くのが楽しく、ややこちらの片付けの方に意識が向いてしまっています。

「ねぇ……さっきから本当に嘘ついてないの?」
「はい」
「オイオイそれじゃ、彼女出来たこともモテた事も飲み会の誘いも、なんもないのか?」
「概ね仰る通りです」

 一旦全てのグラスが磨き終わりました。あとは棚に仕舞うだけですが……。
 グラス磨きが楽しくお二人との会話に集中していなかったのですが、いつの間にかお二人が無言になっていたようです。
 驚いた表情でこちらを見ております。

「あの、どうなさいました?」

 私は何かおかしな事を言ったのでしょうか?
 私の交友関係に関して聞かれておりましたが、半ば反射的に答えておりました。
 磨かれたグラスを仕舞うのをやめ、お二人の回答を待ちます。

「それ片したら終わりか?」
「はい。調理場の片付けも完了しておりますが、何かお作りしますか?」
「おう、お前の飲みたい酒と肴を作れ!」
「私のですか?」
「そうよ! さっきの話の続きよ! ワタシ達からの酒を飲みなさい!」
「いえ、ですからそれは」
「キーノス、この後の売上分は俺たちが保証する」
「だから朝までここ貸切ね!」
「貸切は構いませんが、私はその」

 お二人が笑顔で私を見ております。
 これはお断りするのが難しいように思えます。

「可能な限り、応対させていただきます……が」
「なんだ?」

 最悪の想定をして、ビャンコ様の真似をしようと思いました。

「入口の看板を閉店に変えてもよろしいですか?」
「おうよ! むしろ頼む!」

 流石に幻術まで使用しませんが。
 店の外へ出て看板をCHIUSO閉店中にし、店内に戻りました。
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