王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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衣類品店に現れた厄災

#9

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 カウンターにあったお二人のグラスと、追加で新たにチーズとワインを用意します。
 自分の店のテーブル席へ三人でお酒を飲むことになるとは予想外です。
 追加の御要望は「敬語は使わない、リラックスする」との事です。

 敬語を使わないのは「適当に言い繕うのが目に見えるから」「話しやすいから」との事で……ご要望であれば対応しますが、かなり久しぶりなので少し心配です。
 リラックス……自宅で過ごすような状態、でしょうか?
 とりあえず私はタイを緩め、自分のために用意したワイングラスにワインを注ぎました。

「その、無作法があったら指摘して欲しい」
「敬語使わないキーノスって新鮮ね!」
「……可能な限り努力する」
「真面目ねー、そういうとこ好きだけど!」
「しかし、そのツラで彼女の一人もいねぇとはなぁ、ユメコのネタより笑えるぜ!」

 ミケーノ様が膝を叩いて笑います。
 私に恋人など出来た事がある訳もないです。
 むしろ顔を含めた容姿が一番問題なのですが……。

「……俺の話はほっといてくれ」
「いやいやー聞きたいわー! キーノスの好みのタイプとか!」
「タイプ?」
「女の子のよ! どんな子が好き?」

 予想外の質問にすごく困りました。考えたこともありません……。

「いや、そんなものは……」
「え、なになに? どんな?」
「好みの女性とか、そんな……」
「もーこれだから! 教えなさよ!」
「いや、俺みたいな奴が誰かを好きとか……そんな気味悪いこと言えるわけ……」
「「は???」」

 このリアクションは経験があります。きっと非常識な事を申し上げたのかと思います。

「気味悪いって、アンタ何言ってんの?」

 ミケーノ様が力強く頷きながらこちらを見ます。

「顔立ちが作り物みたいだとか、女みたいだとか……そう言われる事が多い」
「うん、それが?」
「人形みたいで、気味悪いと」
「いやそれ、綺麗な顔って意味だろ?」
「目を背けられる事ばかりだから違うだろう」
「それは仕方ないわ、うっかり見蕩れちゃうものね」
「……目を合わせて貰えないと生活する上でどうしようもないから、可能な限り見えないようにと」
「それっていつ頃からなの?」
「……物心着く頃からずっと」

 子供の頃からずっと「呪われている証拠だ」と忌避されており、楽しい話にはなりません。
 もっと明るい話題を提供出来れば良いのですが、私の社交力の低さを体感します。

「その、何故二人は俺に誘いをかけたのか聞いても?」
「だってアナタ、カウンターの中にいる間絶対自分の話しないでしょー?」
「聞かれれば答える」
「嘘。いつも『ご想像にお任せします』でかわされるもの!」
「……物による」
「オレ前に女のタイプ聞いた時そう言われたぞ?」
「聞いても面白くなかっただろう」
「というか、全然予想もつかない答えがきたな」
「……嘘は言ってない」
「『はい』か『いいえ』で答えられるものなら大丈夫って分かったけど」
「ほぼ『いいえ』だったけどな」

 先程のやりとりを思い出したのか、ミケーノ様がくっくっと笑います。
 確かによく考えず答えてたいたと思います。
 いつもなら会話の邪魔にならないようぼかして答えますが、久しぶりに一気にグラスを磨く作業が楽しく聞かれるがまま正直に答えてました。
 ……完全に私の失態ですが、どうしたものか。

 私はシガレットケースからタバコを出し火をつけました。
 顔を背け煙を吐きます。

「キーノス、タバコ吸うのね」
「……すまない、不快だったなら」
「ううん! 全然! ようやく素が出てきた感じだし良いわよ!」
「どんなの吸ってんだ? オレにも一本くれ」

 自分で想像している以上に素が出ているようです。
 無言でシガレットケースとマッチをミケーノ様に渡します。
 ケースから一本取り出し、火をつけました。

「ん……ハーブ系か? 初めてだ」
「売られていない、自分で作ってる」
「ほぉ……」
「いいニオイ。コレ、タバコだったのね」
「店ではあまり吸わないが、煙が残ってたのか」
「いいえ、この間ウチに来た時に上着からしたの!」
「この間の試着の時か」

 タバコは体内の魔力の回復や気休めに使用します。
 他に方法はありますが、私にはタバココレが合っております。
 たまにビャンコ様がいらした時に店での回復が必要で、調理場奥の倉庫で吸うことがありました。

「自作のハーブのタバコか……」
「趣味みたいなものだ」
「このハーブはどこかで買うのか?」
「ほとんどは市場で売っているが、香り付けのは自分の部屋で栽培したものを使っている」
「ふーん、キセルとか売ってるタバコは買わないのか?」
「そう言えば買ったことはないし、欲しいと思ったことがない」

 使っているハーブに意味があるので、他のタバコが必要な訳ではありません。
 それにこのハーブは悪影響はありませんが、入手はほぼ不可能な植物なのです。
 もちろん、この辺りでは購入できません。

 ミケーノ様はしばらく思案してましたが、ニヤリと意地の悪い顔をなさいました。

「やっぱりな、前からおかしいとは思ってたんだけど」
「どうかしたの?」
「キーノス、お前やっぱりなんか術使えんだな」
「……どうしてそうなる」

 タバコは嗜好品としては一般的ですし、ハーブが入っているものも珍しくありません。

「ハーブのタバコを術士が常用してるなんてのは、知ってる奴は知ってるぞ」
「聞いた事ないし、タバコこれを理由に俺が術士とは無理がある」
「ワタシも初めて知ったわ」
「常連のタバコ問屋が酔っ払った時にタバコをねだった事があってな。その時言ってたんだよ、術士だったら持ってるだろー! って」
「術士なんて早々いないじゃない、王都なら聖獣局長くらいよ」
タバコ問屋ソイツも術士じゃないが、ソイツのとこにしょっちゅう買いに来る術士ヤツがいるらしい」

 下手に聞くのも良くないと思いますが……。

「ハーブのタバコを吸うのは術士という誤情報、どの程度認知されている?」
「オレが知る範囲だとオレとその問屋だけだな!」
「全然知られてないじゃない!」
「まーな。でも、お前が術使えんのは間違いないと思ってるぞ」
「え、なんでそうなるのよ?」
「勘っちゃ勘だな、だが一応理由もある」

 ほとんど確信しているような言い方ですが、まだ私にカマをかけてるだけに見えます。

「前から気になってたんだよ。この店、温度とか空気とかの調節するものないのにいつも快適だし、料理がいくら何でも早すぎる」
「空調は地下だから変化しにくいからで、料理は下拵えは済ませてあるからだ」
「オレは料理人だぞ? 注文受けてからで考えると相当早いぞ、焼き魚が五分以内で出来るわけないだろ」

 ……これは言い逃れが難しいです。
 ゆっくりと火を通し焦げないように加熱しなければいけない調理では、ほとんどの場合術を使用して時間短縮しています。
 子供の頃から川で取った魚でやっていた方法ですが、冷静に考えたらおかしな話でしたね。

「慣れとは、怖いものだな」

 ミケーノ様がニカッと笑います。
 私は観念して、大きくため息と煙を吐き出しました。
 おそらく初めてここで魚料理を召し上がってから、ずっと疑っていらっしゃったのでしょう。

「そこまで知ってるなら、術士が正体を隠すのも……」
「あぁ。少ないし利用されやすいからな」
「……初めてだ、こんな形で知られたのは」

 タバコを灰皿に置き、マッチに火をつけます。
 左手の指を鳴らします。

 ーーパチンッ

 炎がマッチから離れて上昇し、少ししてから小さく花の形で弾けました。
 マッチの燃え殻を灰皿に置き、タバコを手に持ちます。

「容姿とセットで気味悪がられた理由だ」

 二人とも、炎のあった空間から目を離しません。
 花はもうありませんよ。
 ワインを一口飲み、グラスをくるくると回します。

「……いや、たまげた。こいつはすごい」
「キーノス、アナタ最高ね……」
「簡単な物だ、大したことない」
「これ簡単なの?」
「聖獣局長のと比べたら大陸と植木鉢くらいの差はある」
「植木って……あっそうだわ! 術士この事ワタシ達以外に知ってる人っているの?」

 彼の名なら言っても良いでしょう。

「その、局長だ」
「えぇー! ビャンコ様!? 知り合いなの!?」
「ここの客だ、たまに来る」
「え、来んのか!?」
「人のいない時間を狙ったように、だからまず遭遇しないと思う」
「見た目通り妖精みたいな方なのね~」

 妖精……ここで彼と会わない方がお互いの幸せかもしれませんね。

「あと、その。術の事なんだが……」
「言わないわよ! 安心して!」
「大丈夫だ、約束する」
「感謝する」
「悪かったな、前からどうしても気になっててな。言いたくないこと言わせちまった」
「そんな事はない。俺が迂闊だったし、気づかせてくれたことを感謝している」
「多分気付くのオレくらいだろ、料理人の前ではもうちょっと誤魔化した方が良いかもな」

 私は人に恵まれているようです。
 この人達なら知られても問題ないでしょう。

「キーノス誘ってみて良かったわー、王都の謎イケメンの秘密知っちゃった!」
「局長はたまに来るけど、今日は多分来ないぞ、多分」

 ……ですが、何でしょう。先程から胸騒ぎがしてるのです。

「あんなお綺麗な方来たら、オレどうしたらいいか分かんねぇぞ?」
「想像できないわ、あの方がお酒を飲んでるところなんて!」

 多分ミケーノ様と気が合いますよ。
 と、教えて差しあげたいですが、幻術使ってまで隠そうとなさっているので言う訳にはいきませんね。


 しかし、悪い予感ほど当たるものです。
 来店を告げるベルが鳴り、店のドアが開けられます。

「ん? こんな時間……てか、閉店中になってんだよな看板?」
「……少々お待ちください」

 閉店の表示にしているのに入ってこれるような人は、私が知る限り一人しかいません。
 急いでタイを締め、入口へ向かいます。

 やはり、この人でしたか。
 真っ白な人物がそこに立っています。

「いらっしゃいませ、ビャンコ様」
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