王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

文字の大きさ
上 下
27 / 185
衣類品店に現れた厄災

#11

しおりを挟む
「ねぇ、キーノス達遅くない?」
「多分ミケーノさんとなんか作ってるんじゃない?」
「あ! なるほど、楽しみね!」

 テーブルに残された二人は、酒を飲みながらダラダラしていた。
 どちらも明日は休日、朝までここに居ても困るのはキーノスのみだ。

「気になることあんだけど、聞いても良い?」
「いいわよ、キーノスの事でしょ?」
「うん。あのポンコツ具合っていつもあんな感じ?」
「そーね、あんっなに美人なのに本気で分かってないわね」
「自己評価が異常に低いよね」
「いくら言っても、逆にこっちがおかしいみたいに返してくるのよ」

 はぁーっ……
 二人は大きなため息をつく。

「彼、アナタには気安いわよね」
「オレ見た目で気後れしない分他の人よりズケズケ言うしね」
「あぁ、なんか分かったわ」
「多分顔とかどーでもよく扱って欲しいんだと思うよ」
「ううん……難しいわねそれ」
「それをあの自己評価の低さで逆に捉えちゃうんだろうね」
「あぁ~……ううん」
「この辺キーちゃんも分かって欲しいんだけどなー」

​───────

「おぉ、これがミソシル……こんな簡単なのか」
「ミソと出汁があればすぐに作れる」
「すごいな、しかも美味い」

 ミケーノ様が嬉しそうに味見をしております。

「本場の料理人との調理は良い経験になった。具材が舞うように刻まれていく様に少し手が止まった」
「そいつは良かった。たまにこういう交流会開くの良さそうだな」
「本当か? それはありがたい」
「オレとしてもここの調味料はまだまだ気になるしな。ミソもそうだが、ミリンも気になってんだよ」

 ミケーノ様と料理の交流会、なんて楽しそうな響きでしょう。
 私はモウカハナでの料理は勉強してますが、リモワの料理にはあまり詳しくありません。
 本日二度目の嬉しいお誘いに顔が少し緩みます。

「さて、アイツらにも食わせてやるか」
「そうだな、器を用意する」

 奥の棚から内側を赤く塗った小さなボウルを四つ出し、ミケーノ様にお渡しします。

「料理が好きなんだな」
「あぁ」
「さっき交流会の話ん時、お前の普通の笑顔初めて見たな」
「つい顔が緩んだ、気をつける」
「むしろどんどん出してけ?」
「……努力する」

 並べられたボウルにミソシルを注ぐ様は、流れるような動作で手馴れているのが見て取れます。

「相手が喜んでくれてるのが分かると嬉しいだろ? そういう気持ちは表に出した方がお互いに嬉しいもんだ」
「それは、分かるが……」

 ミソシルの入ったボウルを受け取り、配膳用のトレーに並べていきます。
 ミケーノ様が 三つめのボウルをこちらへ渡してきました。

「なんか抱えてるのは分かるけどよ、普通の男はその辺気にしないから大丈夫だ」

 どう返して良いのか分からず、黙ってボウルを受け取ります。

「ま、女とカーラじゃ浮かれちまってまともに会話出来ねぇだろうけど」
「浮かれてるわけではないだろう」
「顔真っ赤にして顔背けられたりしたんだろ?」
「……よく分かったな。振り向いて礼を言ったらそうなった」
「お前それはな『超カッコイイ!』って思われてんだよ」

 両手を顔の左右にあて、裏声で女性の真似をなさいます。

「まさか、俺の顔が嫌だからだろう」

 私は正直な感想を述べました。
 私の落としものを拾ってくれた女性に、振り向いて礼を言ったら走って逃げられた事があります。
 そんなにこの顔が嫌かと思いました。

 四つめのボウルを受け取ろうと待っていたら、ミケーノ様がボウルを手渡す姿勢でこちらをずっと見ています。

「? ボウルを離してくれ」

 視線とボウルを離してくれません。
 特に何も言うわけでもありません。

「あの、何か?」

 いたたまれない気持ちになって、意図をお伺いします。

「ずっと見られてるのってどうよ?」
「困る」
「だろ? そう思われないように顔背けたんだよ」

 ミケーノ様がボウルから手を離します。
 そしてニカッと笑ってみせます。

「少しだけ、分かった気がする」
「んん、ポンコツから一歩は離れたぞ」

 四つめのボウルをトレーにのせます。

「あとでまとめて洗うから、鍋はそのままで良い」
「分かった! じゃミソシル運んどくぜ!」

 ミケーノ様がトレーを持って調理場を後にします。

 一つ気づきました、私は誰かに正面から見られ続けた経験がほとんどありません。
 今日は初めてのことばかりです。

 私はジュンマイシュとジンをトレーに乗せ、調理場を後にしました。

​───────

 テーブルでは既にミソシルが配膳されております。
 元々私が座っていた場所は、ビャンコ様に占拠されてました。
 片膝を立てて横になっておられます。
 私のミソシルは、私が使用していた灰皿の近くにあった一人がけのソファの前に置いてありました。

「キーちゃん、メカブはー?」
「起きたら考える」
「えーケチだなーもー」

 次のご来店ではソファ席への案内はやめておきましょう。
 私は一人掛けソファに腰掛け、ミソシルを口にします。
 誰かが作った料理を食べるのは久しぶりで、なんだか嬉しいものですね。
 私がミソシルを頂いている間、三人がユメノ様のお話に花を咲かせているようです。

「ビャンコ様はユメノってどう思うの?」
「オレユメノアイツ嫌い、多分リモワいち嫌い」
「あらそんなに? まぁワタシも嫌いよ」
「酒の肴には面白いけどな」
「ミケーノさんはアレ嫌じゃないの?」
「会ったことねぇんだよ。キーノスは会ったことあるのか?」
「……ない」

 ビャンコ様が私を指さし、言います。

「はいそれ嘘ー。ストーカーされてんじゃん」
「「は!?」」
「アイツたまにキーちゃん探し回ってるの聞いたよ?」
「……誰がそんな事」
「キーちゃんちの近所の猫」
「……一方的に喚かれ服を引っ張られてただけで、会ったとは言えない」
「ちょ、ちょっと! キーノスそれホント!?」
「そのせいで着れる冬服が減って困ってたんだ」

 一年程前が一番酷かったので、去年着ていた冬服の半分が伸びて不格好な物になってしまいました。

「経緯を教えなさい!」
「経緯も何も、買い物をしていたら目の前に回り込まれてそれを避けて……を繰り返してた」
「なんだそれ?」
「その時何か言ってたが、なんだったか」
「話してんじゃん」
「一方的に何か、運命とか家に行くとか詐欺師みたいな事を言うから、最後は裏道使って逃げた」
「あぁ、キーちゃんは何も言ってないのね」
「それからは毎回?」
「去年何度か遭遇したが、キツい香水をつけてたから気付いたら逃げるようにしていた」
「香水?」
「当時は香水のキツい詐欺師にあったと思ってたが、後で新聞で彼女が異世界人ユメノだと知った」

 春に掲載された学園卒業のニュースを見て、初めて名前を知りました。
 カーラ様が今の話を聞いて、何かを考え込んでいるようです。
 何か心当たりがあるのでしょうか?

「運命、家に、去年……多分そうだわ」
「ん? どしたの?」
「キーノスのポンコツがこんな役に立つなんて、それ詐欺じゃなくて愛の告白よ!」
「……ポンコツは関係ないだろ」
「あるわよっ! キーノスは逃げたんでしょ?」
「そうだな、何か契約させられるのかと思ってた」
「正確にはね『この出会いは運命、私達はお互い惹かれてここにきたのね……これから二人で一緒に暮らしましょう』よ! それ!」
「お前、なんでそんな詳しく分かるんだよ?」
「去年流行った物語のセリフよ!」

 ーーぶふっ……

 ビャンコ様が耐えきれないと言った様子で仰向けで笑いだしました。
 そろそろ起きて下さい。

「ひゃっはっはっ、はっ……は! 小説のセリフを詐欺……! ポンコツすぎ……!」

 つられてミケーノ様も笑いだします。
 物語を読まないから仕方がありません、ポンコツは関係ありません。

「猫の間でキーちゃんがよく屋根にいるって噂だけでも笑えたのに」
「猫の間の噂?」
「オレの特技ね、猫とか鳩とかと話せんの」
「術ね! 見てみたいわ!」
「この姿を知らなきゃ綺麗とか思うんだろうな……」

 ヴォーチェの事ですね。
 小動物に限らず万物の声が聞こえます。
 また自身の魔力を対価に万物からの協力を得て、大きな術の行使が可能になります。
 それがなくても、この人の扱う術は全体的に規模が大きいですが。

「そういやさっきキーノスから術士なのは言わないでくれって言われたけどよ、ビャンコさんは良いのか?」
「オレは仕事柄バレない方がおかしいからね、それに知られても別に困らんし」
「あら、そうなの? 何かやって! とか言われないの?」
「やってって言われてもなー、気軽に『火付けてみて!』とか言われたらオレの場合大火事になるから出来ないんよ」
「さっきキーノスはパッと付けたわよ?」
「キーちゃんとオレは真逆なんよね。派手なのはオレ、器用なのはキーちゃんって感じ?」
「性格出るんだなぁ」
「ははっ、確かに!」
「……嗜みの一つだ。術が使えるのを自慢するのは恥だが、自己紹介でこれ以上のものは無い」
「めんどくさいよね、オレの事知らない人にする時結構大変なんよ」
「何か覚えろって言ってるだろ」
「このローブ便利よ? 見るからに術士! ってなるから犬猫探さなくて済むし」

 私は長いため息をつき、タバコを取り出し火をつけ、咥えたまま小さく指を鳴らします。


 空のグラスに氷を作り、ジンを注ぎます。
 口からタバコを離し、煙を吐き出しました。
 視線を感じて顔を上げると、三人が私を見ています。

「飲むならグラスを追加で持ってくるが」
「アナタ今、素でやったでしょソレ」
「あぁ、もう知られてるなら良いかと」
「コレだもんね」
「性格の問題なんだな……キーノス、オレにも一杯くれ」

 頷き、ソファから立ち上がります。
 確かに術など無くても、保冷庫から氷を取ってくれば済む話です。
 グラスを三つと氷をテーブルに運ぶ事にしましょう、横着は良くないですね。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...