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雪景色に踊る港の暴風
#2
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「ねーちゃん、あっちの通り行ってみようよ! 最近食用花の専門店が出来たんだって!」
「そうなの、ね。楽しみだ……わ」
無理があります、いくらなんでも無理があります。
「ねーちゃんどうしたの? 歩くの遅いよ」
私を呼ぶのは、全身茶系の色でコーディネートされた、メガネをかけた青年です。
「待って、ちょうだい」
低いヒールのショートブーツ、膝丈のワンピース、肘までケープの付いたコート……。
明るい茶色で緩いパーマの女性が私です。
会話の必要はないのに話しかけてくるのは、明らかに面白がってますね。
今まで可能であれば遭遇したくなかった存在をこんなに求める日が来るとは思いませんでした。
───────
「はい! もう目を開けていいよ」
私は目を開け、自分の状態を確認します。
……足の慣れない開放感があります。
「はい鏡」
ビャンコ様が手鏡を渡してきます。
鏡を覗くと、長く明るい茶色い髪で、薄く化粧をしている……恐らく女性が。
「あの、私が期待していたものと大幅に……いや真逆のようですが」
顔の造形そのものに大きな変化がありません。色だけが変わっているように見えます。
「この術ね、オレの希望をある程度聞いてくれるんだけど、基本は精霊にお任せなんだよね」
「その、性別は勿論ですが……顔が全く変わってません、おかしいですよあまりにも」
「そう?立派な淑女に見えるよ?」
「見えても困ります、私一応男なんですよ?」
「多分オレもそうなるんだろうなぁ……精霊たち、顔変えたがらないんだよね」
本当に?
「……という事は、女性の姿なのはあなたが原因なんですね?」
「男二人より良くない?」
……呆れて言葉が出ません。してやられた、という気持ちが大きいです。
「けっこう強力な隠匿の効果もあるから、メガネ使ってもバレないと思うよ!」
───────
「いたよ、ほらあそこ」
ビャンコ様が小声で耳打ちしてきます。
確かにいました。というか先程からニオイが出てます。
メル様がいたら卒倒しそうですね。
嫌がる猫を撫で回し、独り言を言っています。
一応街中の噴水前で、人通りも多い場所なんですけどね。
私とビャンコ様は手近なベンチに腰掛け談笑する振りをします。
「やっぱキッついなこのニオイ。オレこの距離が限界」
「私はまだ大丈夫そうです」
「こういう時羨ましいわ、じゃあさっさとメガネ使ってみるわ」
ビャンコ様がユメノ様の方を向きます。
「えっ!?」
目が見開かれ、彼女を凝視しています。
少し大きな声を出してしまう程の何を見たのでしょうか?
「き、キーちゃんも見て!」
メガネを渡され、そのままかけます。
私の術より強力な効果が発揮されているようで、以前のようなノイズが入る事もありませんでした、が。
「……これは、なるほど。色々納得がいきましたね」
「とりあえずどっか遠くの喫茶店行こ、ここから離れたいし」
ビャンコ様に促され、私達は通りを離れいつも私がよく行く喫茶店へと向かいました。
ユメノ様はまだ猫と語らっていらっしゃるようで、私達の存在に気付くことは無いようです。
───────
喫茶店はそこまで混雑しておらず、奥の席に二人で座ることができました。
ここで私にとっては嬉しい事が起きました。
いつもは店に入ると大急ぎで案内してくれる女性が、落ち着いて私達を案内してくれたのです。
表情も声色も普通。遠くから伺う様子もなく、注文を何度も聞きにいらっしゃらない。
いつも快適に利用していたお店が、より快適な空間になっているのです!
やはり、私の容姿に問題があったようだと再認識しましたが。
この待遇は純粋に嬉しいです。
変な目で見られないというのは、私にとっては初めてに近い経験なのです。
表情に出ていたのか、ビャンコ様が呆れた声で話しかけてきます。
「さっきまで不機嫌だったのに、なんでそんなご機嫌になってんの?」
「あなたには本当に感謝をしないといけませんね……」
「え? 何よいきなり」
私は今の喜びを素直に伝えました。
女性にされたのは納得してませんが、この経験はビャンコ様のお陰なのは間違いありませんから。
「はぁ、あっそ……」
「何かお返しできるものがあれば、お礼をさせてください」
「じゃあメカブを手で食べる権利」
「他にございますか?」
「良いの?」
「却下です」
肩の力が抜けたように見えました。
「てかそんなに喜ぶとこ? 見た事ないくらい笑顔だけどさ」
「はい、今まで私がやはりおかしな扱いを受けてたんだと確信ができました。今ならハッキリ言えます、私は悪目立ちしているようですね」
「ええ? なんでそうなるの?」
「私は普通に、平和に、何事もなく、生活したいだけなんです。のんびりと紅茶を飲み、本屋で買う本をゆっくり選んだり。特に意味もなく市場に出かけて、果物の試食をしたり……」
「枯れてんね……」
「それが、街を歩けば女性がこちらに気付かれないように見てくる、目が合えば逸らされ、ここでのんびりしたくても注文を何度か聞かれ、本屋では棚の影から観察され……市場では」
「けっこう苦労してんのね……」
「私の挙動に不審な点があるのかとも思ってましたが、違うようですね。やはり私の容姿が不審に見られる物で、普通に生活するのには悪目立ちがすぎる様です」
「え? そっち? いや」
「今日のこのお店での対応、私が求めていたのはコレなんです。ビャンコ様、本当に貴重な体験をありがとうございます」
私は頭を下げました。
今日限りだとしても、今まで確信しきれなかった事が分かっただけでも大変貴重な事です。
「なんかポンコツのルーツを知った気がするわ……まぁそんなに喜んでくれるなら、たまには良いよやっても」
「本当ですか!?」
「いーよ。キーちゃんがそんなに喜ぶの初めて見たし」
「ありがとうございます! メカブはどうぞそのままお召し上がりください、タオルはございますので」
「お、やった。ちょっと精霊達にも話してみるわ」
「私に何か出来ることがあれば仰ってくださいね」
恐らく、今までにない明るい笑顔で笑っている事でしょう。
リモワに連れてこられた時以上の喜びがあります。
「さて、私の喜びより……先程見たもののお話をしましょうか」
「そうだね……ちょっと驚いたよ」
私達がメガネ越しに見た姿は、今のユメノ様とはまるで違う姿でした。
不揃いで傷んだ長髪、特徴的な細い目で周囲の人を睨みつけてました。
そして何より驚いたのが、体重が今の三~四倍はありそうな体型です……。
「あと、多分声も聞こえたよね?」
「……はい」
普段の話し方にも問題があるとは思ってましたが……。
ひたすら悪口と、文句と、悪意しかない発言の数々を大きな声で……。
外見のインパクトに勝る、酷いものでした。
あれらが全て変換されているのを考えると、かなり強力な魅了です。
「間違いないね、魅了と蜃気楼で決まりだね」
「そうですね……あれはビャンコ様とは違う種類の容姿を変える術ですね」
ビャンコ様の術は面影が残ります。
私なら顔に、ビャンコ様なら体型です。
彼女は面影などまったくない、完成な別人でした。
「他の可能性ないよね、一応変化なんかも可能性はあるけど……オレ見た事ないんだよね」
「それなら私が変化の使い手ですよ、ご覧になった事ありますよね?」
「ええええっ、あれそーだったの!?」
「何だと思ってたんですか?」
「えー、精霊の守護とかそういうの?」
「それなら容姿を変えるでしょう、私なら」
まさかご存知なかったとは。
これは失念しておりました。
「変化は変えられないの?」
「不可能に近いですね。変化は無機物の状態を変化させるものです。温度や密度を操り、水を氷にしたり部屋の気温の調整ができたり、そんなものです」
「は、はぁ……」
「化学の知識があれば汎用性は高いですが、それほど大それた事は出来ませんね」
「調べてもぴんと来ない訳だ」
「容姿を変えるとしたら化粧に近いものか仮面のようなものを付ける方法になりますので、完全に変えることはほぼ不可能です」
「はーなるほどなるほど、色々理解した。キーちゃんがそうなら、ユメノとニオイ全然違うから変化は違うね」
紅茶が少し冷めてしまいましたが、あと一つ気になる事があります。
「国に報告しますか?」
「するしかないね。あの悪口は、やばい。だってあれ街の中央での独り言だよ? 完全に危険人物だよ……」
「そうですね……」
「そうなれば」
私達は解散する事にしました。
術はコートを脱ぐと解けるようにして下さったようで、部屋までは問題なさそうです。
ビャンコ様は明日早い時間に王国へ報告をあげ、対応を始めるとの事です。
私は昨日から寝ておりません、市場で今日の分の買い出しをしてから帰宅し、一眠りする事にしましょう。
───────
「はぁ~、今日も寒いわー。麗しの君はいないし……にゃんこモフモフでいやされるしかないか~」
「視界にいる奴全員消えれば良いのよ!
アタシみたいな美少女に酷い扱い!
こんな奴ら居なくても問題ないわ、
いっそこの噴水ごと爆発すれば良いのよ!」
「そうなの、ね。楽しみだ……わ」
無理があります、いくらなんでも無理があります。
「ねーちゃんどうしたの? 歩くの遅いよ」
私を呼ぶのは、全身茶系の色でコーディネートされた、メガネをかけた青年です。
「待って、ちょうだい」
低いヒールのショートブーツ、膝丈のワンピース、肘までケープの付いたコート……。
明るい茶色で緩いパーマの女性が私です。
会話の必要はないのに話しかけてくるのは、明らかに面白がってますね。
今まで可能であれば遭遇したくなかった存在をこんなに求める日が来るとは思いませんでした。
───────
「はい! もう目を開けていいよ」
私は目を開け、自分の状態を確認します。
……足の慣れない開放感があります。
「はい鏡」
ビャンコ様が手鏡を渡してきます。
鏡を覗くと、長く明るい茶色い髪で、薄く化粧をしている……恐らく女性が。
「あの、私が期待していたものと大幅に……いや真逆のようですが」
顔の造形そのものに大きな変化がありません。色だけが変わっているように見えます。
「この術ね、オレの希望をある程度聞いてくれるんだけど、基本は精霊にお任せなんだよね」
「その、性別は勿論ですが……顔が全く変わってません、おかしいですよあまりにも」
「そう?立派な淑女に見えるよ?」
「見えても困ります、私一応男なんですよ?」
「多分オレもそうなるんだろうなぁ……精霊たち、顔変えたがらないんだよね」
本当に?
「……という事は、女性の姿なのはあなたが原因なんですね?」
「男二人より良くない?」
……呆れて言葉が出ません。してやられた、という気持ちが大きいです。
「けっこう強力な隠匿の効果もあるから、メガネ使ってもバレないと思うよ!」
───────
「いたよ、ほらあそこ」
ビャンコ様が小声で耳打ちしてきます。
確かにいました。というか先程からニオイが出てます。
メル様がいたら卒倒しそうですね。
嫌がる猫を撫で回し、独り言を言っています。
一応街中の噴水前で、人通りも多い場所なんですけどね。
私とビャンコ様は手近なベンチに腰掛け談笑する振りをします。
「やっぱキッついなこのニオイ。オレこの距離が限界」
「私はまだ大丈夫そうです」
「こういう時羨ましいわ、じゃあさっさとメガネ使ってみるわ」
ビャンコ様がユメノ様の方を向きます。
「えっ!?」
目が見開かれ、彼女を凝視しています。
少し大きな声を出してしまう程の何を見たのでしょうか?
「き、キーちゃんも見て!」
メガネを渡され、そのままかけます。
私の術より強力な効果が発揮されているようで、以前のようなノイズが入る事もありませんでした、が。
「……これは、なるほど。色々納得がいきましたね」
「とりあえずどっか遠くの喫茶店行こ、ここから離れたいし」
ビャンコ様に促され、私達は通りを離れいつも私がよく行く喫茶店へと向かいました。
ユメノ様はまだ猫と語らっていらっしゃるようで、私達の存在に気付くことは無いようです。
───────
喫茶店はそこまで混雑しておらず、奥の席に二人で座ることができました。
ここで私にとっては嬉しい事が起きました。
いつもは店に入ると大急ぎで案内してくれる女性が、落ち着いて私達を案内してくれたのです。
表情も声色も普通。遠くから伺う様子もなく、注文を何度も聞きにいらっしゃらない。
いつも快適に利用していたお店が、より快適な空間になっているのです!
やはり、私の容姿に問題があったようだと再認識しましたが。
この待遇は純粋に嬉しいです。
変な目で見られないというのは、私にとっては初めてに近い経験なのです。
表情に出ていたのか、ビャンコ様が呆れた声で話しかけてきます。
「さっきまで不機嫌だったのに、なんでそんなご機嫌になってんの?」
「あなたには本当に感謝をしないといけませんね……」
「え? 何よいきなり」
私は今の喜びを素直に伝えました。
女性にされたのは納得してませんが、この経験はビャンコ様のお陰なのは間違いありませんから。
「はぁ、あっそ……」
「何かお返しできるものがあれば、お礼をさせてください」
「じゃあメカブを手で食べる権利」
「他にございますか?」
「良いの?」
「却下です」
肩の力が抜けたように見えました。
「てかそんなに喜ぶとこ? 見た事ないくらい笑顔だけどさ」
「はい、今まで私がやはりおかしな扱いを受けてたんだと確信ができました。今ならハッキリ言えます、私は悪目立ちしているようですね」
「ええ? なんでそうなるの?」
「私は普通に、平和に、何事もなく、生活したいだけなんです。のんびりと紅茶を飲み、本屋で買う本をゆっくり選んだり。特に意味もなく市場に出かけて、果物の試食をしたり……」
「枯れてんね……」
「それが、街を歩けば女性がこちらに気付かれないように見てくる、目が合えば逸らされ、ここでのんびりしたくても注文を何度か聞かれ、本屋では棚の影から観察され……市場では」
「けっこう苦労してんのね……」
「私の挙動に不審な点があるのかとも思ってましたが、違うようですね。やはり私の容姿が不審に見られる物で、普通に生活するのには悪目立ちがすぎる様です」
「え? そっち? いや」
「今日のこのお店での対応、私が求めていたのはコレなんです。ビャンコ様、本当に貴重な体験をありがとうございます」
私は頭を下げました。
今日限りだとしても、今まで確信しきれなかった事が分かっただけでも大変貴重な事です。
「なんかポンコツのルーツを知った気がするわ……まぁそんなに喜んでくれるなら、たまには良いよやっても」
「本当ですか!?」
「いーよ。キーちゃんがそんなに喜ぶの初めて見たし」
「ありがとうございます! メカブはどうぞそのままお召し上がりください、タオルはございますので」
「お、やった。ちょっと精霊達にも話してみるわ」
「私に何か出来ることがあれば仰ってくださいね」
恐らく、今までにない明るい笑顔で笑っている事でしょう。
リモワに連れてこられた時以上の喜びがあります。
「さて、私の喜びより……先程見たもののお話をしましょうか」
「そうだね……ちょっと驚いたよ」
私達がメガネ越しに見た姿は、今のユメノ様とはまるで違う姿でした。
不揃いで傷んだ長髪、特徴的な細い目で周囲の人を睨みつけてました。
そして何より驚いたのが、体重が今の三~四倍はありそうな体型です……。
「あと、多分声も聞こえたよね?」
「……はい」
普段の話し方にも問題があるとは思ってましたが……。
ひたすら悪口と、文句と、悪意しかない発言の数々を大きな声で……。
外見のインパクトに勝る、酷いものでした。
あれらが全て変換されているのを考えると、かなり強力な魅了です。
「間違いないね、魅了と蜃気楼で決まりだね」
「そうですね……あれはビャンコ様とは違う種類の容姿を変える術ですね」
ビャンコ様の術は面影が残ります。
私なら顔に、ビャンコ様なら体型です。
彼女は面影などまったくない、完成な別人でした。
「他の可能性ないよね、一応変化なんかも可能性はあるけど……オレ見た事ないんだよね」
「それなら私が変化の使い手ですよ、ご覧になった事ありますよね?」
「ええええっ、あれそーだったの!?」
「何だと思ってたんですか?」
「えー、精霊の守護とかそういうの?」
「それなら容姿を変えるでしょう、私なら」
まさかご存知なかったとは。
これは失念しておりました。
「変化は変えられないの?」
「不可能に近いですね。変化は無機物の状態を変化させるものです。温度や密度を操り、水を氷にしたり部屋の気温の調整ができたり、そんなものです」
「は、はぁ……」
「化学の知識があれば汎用性は高いですが、それほど大それた事は出来ませんね」
「調べてもぴんと来ない訳だ」
「容姿を変えるとしたら化粧に近いものか仮面のようなものを付ける方法になりますので、完全に変えることはほぼ不可能です」
「はーなるほどなるほど、色々理解した。キーちゃんがそうなら、ユメノとニオイ全然違うから変化は違うね」
紅茶が少し冷めてしまいましたが、あと一つ気になる事があります。
「国に報告しますか?」
「するしかないね。あの悪口は、やばい。だってあれ街の中央での独り言だよ? 完全に危険人物だよ……」
「そうですね……」
「そうなれば」
私達は解散する事にしました。
術はコートを脱ぐと解けるようにして下さったようで、部屋までは問題なさそうです。
ビャンコ様は明日早い時間に王国へ報告をあげ、対応を始めるとの事です。
私は昨日から寝ておりません、市場で今日の分の買い出しをしてから帰宅し、一眠りする事にしましょう。
───────
「はぁ~、今日も寒いわー。麗しの君はいないし……にゃんこモフモフでいやされるしかないか~」
「視界にいる奴全員消えれば良いのよ!
アタシみたいな美少女に酷い扱い!
こんな奴ら居なくても問題ないわ、
いっそこの噴水ごと爆発すれば良いのよ!」
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