王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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雪景色に踊る港の暴風

#3

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 ユメノ様をメガネ越しに拝見した一週間後。
 年が変わるまであと三日のなった今日は、バー「モウカハナ」は私の個人的な用事のために臨時休業です。
 夜、各家庭で晩御飯を楽しむこの時間。
 私は初めて打ち上げというものに参加することになりました。
 裏方としてですが、年末のパーティに参加するのは初めてです。
 普段からお世話になっている上に裏方の私にすら招待状を送ってくださるミケーノ様に感謝を返す良い機会です。

 ユメノ様の件は、騎士団と聖獣局が秘密裏に動いているらしく、私が知ることはできません。
 心配ではありますが、ビャンコ様が対策をしてくれると信じて待つしかありません。

 私は身支度を整え、着替えを持ってパラッツォを後にします。
 ここから港は歩いてもそう時間はかかりません。
 ミケーノ様から聞いた時刻には充分間に合うかと思います。

 街へ出て、変化に気づきます。
 パラッツォの近くの屋台がいつもより人が多いようです。
 寒いのに野外にベンチが設置され、そこで乾杯しているようです。
 楽しそうな光景に少し目を細めます。

「キーノスさん! この時間に珍しい!」

 その光景から見知った方が現れました。
 私のパラッツォの大家さんです。

「こんばんは、今夜も冷えますね」
「これからお出かけかい?」
「はい、リストランテのヘルプに呼ばれましたので」
「そうかぁ、急ぐのかい?」
「少しなら余裕がありますが、何かありましたか?」
「ならちょっとだけこっちへ寄っといでよ! あんたに教わったオデンがあるんだよ!」

 先日大家さんからシチューのおすそ分けを頂き、そのお礼にとオデンを作ってお返ししました。
 後日そのレシピを問われ、材料なども含めお伝えした事がございます。

「おいみんな、この人がオデンの先生のキーノスさんだ!」
「ほぉーあんたがこの美味いラディッシュの作り方教えてくれたんかい!」
「うわ、こりゃまたどえらい別嬪さんじゃねーか! モテんだろ兄ちゃん?」
「ちょっと乾杯だけでもしてけよ、これからデートなんだろ? シャレた格好してるし!」

 一度に多くの声を掛けられ当惑します。

「いえ、皆様のお口にあったのなら光栄です」

 場が、一瞬静かになりました。
 私の回答はおかしかったのでしょうか?

「だっはっはっは!! アンタおもしれーな! オットリーニさんの言う通りだな!!」
「だろ? 最近の若い連中とは思えない礼儀正しさとくそ真面目さ!」
「ほら兄さん座った座った!」
「カミさーん! ビア一つ! 急ぎで!」

 どうやらオデンと大家さんのお陰で私の株が上がっているようですね。
 せっかく誘われましたし、乾杯だけでもお付き合いさせていただきます。
 ただ、これから仕事ですのでビアではなくお茶にして頂きました。

​───────

「……ねえ、ちゃんとキーノス来るのよね?」
「だ、大丈夫だ。あいつは約束を守る男だ」
「ワタシもそう思うけど、思ったより遅いから……」
「オレたちが早いのもあるけどよ……」
お泊まり会あれ以来、ワタシモウカハナ行ってないのよ」
「オレも……招待状は出したし、モウカハナの看板に今日の臨時休業のお知らせあったし、忘れてる事はないと思うが……」

 こそこそと相談している背後から、噂の人物から声がかかる。

「カーラ様、ミケーノ様。遅くなりまして申し訳ありません」

​───────

「キーーノスーー! 来てくれたんだなーー!!!」
「良かった、来てくれないと思ったわ!!」
「遅くなりまして申し訳ありません、すぐに着替えてお手伝い致しますので、お手数ですがご案内を……」
「はいっ、任されたわ! 任されて良いわよね!?」
「おぅ、任せたカーラ! オレはもうなんか来てくれただけで嬉しいぞ!」

 皆様既にお酒が入っているのでしょうか?
 遅れてきた身としては何も言えませんが。

 お店の裏の更衣室へ連れてきて頂きました。
 後は持参した服に着替えればすぐに業務に入れそうです。

「カーラ様ご案内ありがとうございます。すぐに業務に入ります」
「今日アナタが着る服が用意してあるのよ!」
「そのようなお手数をお掛けするのは心苦しく、持参した物がございますので、そちらで……」

 聞いていらっしゃいません。
 カーラ様が奥の棚から紙袋を取り出しました。
 さらにその紙袋から、ハンガーを勢いよく取り出します。

「コレよ!!!」

 ……大変素敵な物ではありますが、料理をするには不向きに思えます。
 せっかく用意していただいた物ですが、これはもっと適切な方に着用していただいた方が良さそうです。

「大変申し訳ございませんが、そちらは私ではなく」
「ミケーノがこれじゃないと参加させないって」
「そう言われましても、裏方ですからせっかくご用意していただいた物が汚れてしまいます」
「ミケーノがこれじゃないと参加させないって」
「私が持参した物がございますし、そちらに関しては別の方が」
「もう一回言うわよ、ミケーノがこれじゃないと参加させないって」
「しかし、その、私にはとても……」
「キーノスなら三十分前にはここへ来ると思ってたのに十分前は驚きだわ」
「その点は誠に申し訳ありません」
「もう一回ワタシに言わせる? 言い訳は聞く気がないのはそろそろ分かってるわよね?」

 確かに、時間はに余裕があるとは言えません……。

「必ず元の状態にしてお返しします……」

 消え入りそうな声でお答えしましたが、そこは聞いてくださったようです。
 先程とは異なり明るい笑顔で衣装を揺らします。

「良かったわぁ! じゃあ着せるから服脱いで!」
「流石にそれは、自分で着れますので」
「あと十分よ、ワタシに遅刻させる気?」
「承知いたしました……」

 今日のカーラ様は押しが強く、敵いそうもありません……。
 私はされるがまま、カーラ様指定の衣装に着替える事になりました。



「はぁっ……素敵! 最高よキーノス!」

 カーラ様が着せ替えた私を見て、感想を仰いました。
 黒の紳士服……ですが、一部繊細な刺繍が丁寧に施されております。
 シャツは襟を薔薇を模した赤いドレスシャツですが、落ち着きのある色ですのでそこまで目立つものではありません。
 とても気心地がよく、思ったより動きやすく普段着でも問題無さそうですが……
 これを汚さずにどうやって裏方を勤めれば良いのかと、途方に暮れてしまいます。

「すみません、やはりこれは……」
「ずっと温めてたデザインなの……アナタをイメージして、アナタを最大限に活かすならどんなのが良いかって……今目の前にいるアナタは、ワタシにとって夢が叶った姿よ!」
「それは誠にありがとうございます……」
「あと一つだけ、ワガママ言っても良い? 嫌ならこれは本当に良いから」
「……わかりました、何でしょうか?」
「最後に髪飾り、があるのよ。それに合わせて髪型もいじって……良い?」

 そんな事でしたら問題ありません。
 先日の喫茶店の出来事で、髪でいくら隠しても意味が無いのは分かりましたから、今更どうと言うことはありません。

「問題ありません。ですから」
「本当に!?」

 分かりやすく、嬉しそうなお顔をされると……なかなか言い出せなくなります。
 先日のミケーノ様が仰った「喜ぶのが分かると嬉しくなる」は、とてもよく分かります。
 私の髪型でカーラ様にここまで喜んでいただけるなら……後の苦労は今は考えないでおきましょう。

「えぇ、お好きに変えてください」

 私は少し笑いながら答えてしまいました。先程の大家さんの乾杯の影響か、少し気が緩んでいるようです。

「……アナタ、変わった?」
「いいえ、特に何も変わってませんよ」

 カーラ様が不思議な事を仰います。
 私は近くのベンチに腰をかけ、カーラ様を促します。

「私の都合で申し訳ありませんが、可能であれば急ぎでお願いいたします」
「わかったわ! 乾杯には間に合わせるわ!」

 私は目を閉じ、カーラ様の手に委ねました。
 しかし私、結局今に至るまで自分がどうなってるのか分からないのですよね。

​───────

「カーラ来ないね」
「キーノスも来ないですね」
「店長は今キーノスさんを着せ替えに行ってます!」

 ミケーノ曰くモウカハナ組のテーブルには、男性が三人だけ座っている。
 あくまで便宜上だが男三人、しかも落ち着き払った大人二人では、他のテーブルの盛り上がりに負ける。

「着せ替えって言ったって、キーノスはやらないでしょ?」
「自己評価が極端に低いですからね、カーラがいくら褒めちぎっても煙に巻いて断わる姿が目に見えます」
「店長は攻略法が分かったらしく! それに断られてるならもうここにいるはずなんです!」
「それは、そうか……」
「カーラが戻ったら攻略法を聞き出す必要がありますね」

 ミケーノが即席で作られた壇上へ上がる。
 ちらりとモウカハナの客を集めたテーブルを見て、笑顔で演説を始める。

「おーーす! みんなお疲れ! 今年もよく頑張った!」

 ミケーノはそのまま、今年あったことを語り始めた。
 周りからの野次を無視して、チラチラとテーブルを見ていた。
 そこへ開幕予定時刻のギリギリで二人の人間が座ったのを確認したその時。
 手に持ったグラスを高々と上げ宣言した。

乾杯サルーテ!」

 その声に合わせ、店中の客がグラスを上げて同調する!
 会場にいた百人近い人数の声に、会場は沸き立つ。

 客がグラスを持ってテーブルを歩き回り、会場は混沌と化した。
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