王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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紅が散る春の渚

#3

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 春の陽気で包まれ始めた王都は、肌寒い冬よりも深い眠りをもたらします。
 惰眠を貪りたい私を他所に、暖かな日差しがカーテンの隙間から差しこみます。
 まぶた越しの眩しさに私は目を覚ましました。
 今日はよく晴れているようですね。
 私は眠い目を擦りながら布団から抜け出ます。
 このまま寝ているのも良いですが、少し勿体ない事に思えます。


 今日は新聞にめぼしい記事はありませんが、軽く目を通します。
 最後の辺りで、広告に珍しい名前を見つけました。

『アナスターシオ家具 感謝セールのお知らせ』

 どうやらシオ様のお店で今週末にセールを開催するようです。
 ちょうど本棚が欲しいと思っていた所です、良い機会ですし週末に覗きに行ってみましょう。
 そう言えばモウカハナウチのソファは快適に眠れるとカーラ様からお墨付きでしたね。
 今のベッドも快適ですが、余裕があればベッドも確認してみましょう。

 思い返しせば、私は今の生活にはほとんど不満はありません。
 暖かくて柔らかい寝床、美味しい多種多様の食事、得たい知識を得られる環境、優しい人達囲まれる毎日。
 容姿に不満がありますが、以前よりはマシに思えるようになりました。

 ……やはりベッドの購入は見送りましょう。
 これ以上環境が良くなったら、今度は寝坊の常習になりそうです。

​───────

 小さな花が街を彩るようになった近頃は、太陽が姿を消しても寒さを感じさせなくなりました。
 今夜もバー「モウカハナ」の開店です。
 入口の看板をAPERTO営業中にし、店内に戻ります。
 今日は質の良い肉が手に入りましたし、お客様を待つ間に日持ちがする一品を用意しておくことにしましょう。


 私が調理場にこもって料理を作っていると、入口の階段を下る気配が三つほどあります。
 私もは手を洗い、お客様を出迎える準備をします。
 聞きなれた話し声と共に扉が開かれました。

「いらっしゃいませ」
「キーノス! 二日ぶりね!」
「よぉ、俺は昨日ぶり!」
「こんばんは、私は久しぶりですね」
「ご来店ありがとうございます、カウンターのお好きな席へどうぞ」

 カーラ様、ミケーノ様、シオ様の三名です。
 そういえばお揃いでのご来店は初めてかもしれません。

「今日は二人から酒を飲ませてもらってな」
「そうなの! 良いお酒が手に入ったのよ!」
「前に知り合いの商人からお酒を貰う話をしたでしょう? それを昨日頂いたんですよ」
「さっき近くの屋台でみんなで一杯ずつ飲んでみたんだけど、本っ当に美味しいんだから!」

 年末にシオ様が仰っていた物ですね。
 皆様はジュンマイシュとエダマメをご注文されました。
 一通りご注文の品をお出しした辺りで、シオ様が自然な流れで話し出しました。

「そうそう、私もユメノさんにお会いしましたよ」
「えっ? 今アイツ拘留されてるんじゃないの?」
「秘密ですよ?」
「なんだよ、じゃあオレだけか! アイツと話したことないの」

 私もですよミケーノ様。

「なかなか興味深い話が聞けましたので、商売のヒントとさせていただきました」
「えぇ~? アイツの話にそんなのあったかしら?」
「私とカーラだと、彼女が欲しがるものに差があったからでしょうね。ステータスなんていう謎の物は必要なかったですし」
「ステータス?」
「なんか数字の書かれた窓が出てくるらしいわよ」
「んん? 何に使うんだそれ?」
「さぁ……?」
「私の時は聞いたことがない家具や道具の話が多くて。新しい商売にもつながりそうです」
「アイツにも良いとこあったんだなぁ」
「週末のセールでお披露目する予定ですよ」

​───────

「ちょっと窓際に紅茶とお菓子置くだけのテーブルとかあると良いのよねー、しかも立ったままで使えるやつ」
 ーー既にあるカウンターテーブルの小型化

「リビングのテーブルの大きさ変えたいのよねー、普段は小さくて良いんだけど」
 ーー折りたたみ部分を起こすことで広くなるテーブルの開発

「電子レンジ欲しいのよ本当は! ……え? スイッチ押すと料理が暖まるし、ほっとくとゴハンが出来るのよ!」
 ーー試作品開発中、オーブンの火力を弱くしてタイマーを付けることで何が出来ないか?

「鏡台も可愛いけど収納多いのが良いのよね~、でも大きいのはイヤ」
 ーードレッサーを車輪付きチェストを分けて配置できるよう制作

​───────

「既にあるものの改良ですが、需要に合わせると捌ける物が増えそうで」
「スイッチ押すだけで料理が作れたらオレ仕事無くなっちまうな」
「そんな事は無さそうですよ。出来た料理を簡単に再加熱できる物のようで、お店で食べるのとは全く違うそうです」
「へぇ~、だが難しいんじゃないのかそれ?」
「話を聞く限りでは、あちらの世界ではデンキと言われる力を使った道具が多いようです。代用できる何かがあれば、こちらでも似た物は作れるかもしれません」

 どうも私が普段料理で使っている術に近い効果の道具のようです。

「一番の収穫はカタログでしたね、私の店の商品一覧を本にまとめたんです」
「雑誌ってこと?」
「そうですね。ただ私の店で制作している家具のみで、輸入品などは掲載してません」
「あら、それってもったいなくない?」
「できればウチのオリジナルを捌きたいのであえて、ですね」
「まぁそれはワタシも分かるけど」
「そのカタログなのですが、なかなか大変ではありましたが販路が大幅に広がる目処がたちそうなんです」
「雑誌作っただけで販路まで広がるの?」
「ユメノさんが言うにはカタログギフトと言うそうです」
「え? 何それ?」
「ちょっと面倒な仕組みではありますが、カーラやミケーノも応用できますよ」

 シオ様が用意したカタログは、価格帯毎で三種に分かれているそうです。
 そのカタログをまとめた家具の相場の価格で販売するそうです。
 カタログには付属用紙が付いていて、欲しい家具の一つを記載して投函するとシオ様の店に注文する事ができ、カタログに載っていた商品が郵送される仕組みです。

「雑誌の相場から考えたら値段が高くはなりますが、店に来なくても商品が選べますし。カタログその物をプレゼントすれば家具を送ったのと同じになります」
「えええ、何それ!」
「本ですからね、本当に家具をプレゼントするよりお手軽ですよ」
「ちょっと何それ! ワタシもやりたいわ!」
「そう言うと思って、私の所で成功したら知り合いの店舗に声を掛けて、家具以外も選べるものを作ろうと考えてます」
「それ、オレにどう応用出来るんだ?」
「カタログにミケーノのの店の食事を食べられる権利を載せるんですよ。1000リルラまで、といった上限を設けて」
「あぁ! なるほど!」
「リモワ全体で仕組みとして作れれば、国も潤う話になると思うんですよね」

 これは、驚きましたね。
 シオ様は来店なさらない間にそんなことをなさっていたとは。

「アンタ、本当にすごいわね。半端じゃないわ」
「ふふ、ありがとうございます。カタログの事、二人とキーノスも良かったら検討しといてね」
「ありがとうございます」
「いや、たまげたな……ユメノも役にたつじゃねぇか!」
「うーん、まぁ、そうですね」
「なんか煮え切らないわね」
「その、すごく大変だったんですよ。情報引き出して整理するのが」

 カーラ様とミケーノ様が少し哀れんだ目でシオ様をご覧になってます。

「最初はカズロとカーラの話からの単純な興味と、もしかしたら異世界の話から何かヒントを得られるかも、という打算で騎士の依頼を受けたんですけどね」
「騎士の依頼なの?」
「はい。何でも拘留されてる部屋の家具が不満だと言い出したそうで」
「贅沢ねー! それでシオのトコの家具を?」
「まぁ、支払いは彼女になるから困るのは彼女ですし。在庫で捌きにくい物を売りつけるつもりでしたから」
「それ聞くと、あの子がすごくおバカに思えるわね……」
ホテルアルベルゴに泊まるのに家具買い揃えてるようなもんだからな」
「彼女、ことある事に私と一緒に使う前提の話を出すんですよ」
「えぇ? 一緒に寝ましょ~とか?」
「……はい。しかもテーブルの話をしてる途中でチェストの話に飛んだり、こちらの知らない単語をいくつも出すから内容を把握するのにとても時間が掛かるんですよ」
「あぁ~想像できるわそれ……」
「本音を言えば途中でやめたかったのですが、それでは余りにも……なので何か活かせる情報得るまではと」
「それでもよくやるなお前」
「カタログギフトの話を聞いた時色んな意味で面会は終わりにできると思いましたね。出来てしまえばわざわざ話を聞かずに済みますから」
「へぇ~。可愛い子との面談結構楽しんでたのかと思ったわ」
「私だって相手は選びますよ」
「そういやシオの浮いた話って聞いたことねぇな」
「そうね、アイツにしつこくデート誘われたんでしょ? なんて返したの?」
「機会があれば是非、とだけですね。あとはそういう機会を作らないだけですよ」

 ここでシオ様が持っていた紙袋からお酒のボトルを取り出しました。


「それに私は、自分が欲しい機会は自分で作る主義です」
「あら、それ開けるの?」
「キーノス、以前カーラとミケーノと飲んだ話を聞いて、一度ここであなたと飲んでみたかったんですよ。今日は私が支払いますので、ここを貸切にして頂けませんか?」
「それは構いませんが……」
「良いねぇ、オレも入っていいか?」
「もちろんです、そのために呼んだのですよ」
「あら、じゃあワタシも?」
「はい、是非お願いします」

 同意したお客様達が私を見てきます。

「私がキーノスと飲みたいんですよ。新年会で聞けなかった話も聞きたいので良ければ」
「……かしこまりました。準備を致しますので、テーブル席へ移動をお願いします」

 調理場の肉料理の出番になりそうです。
 私は店の入口の看板をCHIUSO閉店中にし、店内へ戻りました。
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