王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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紅が散る春の渚

#4

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「……今度からここ来たら、まずは何作ってたか聞かねぇとダメだな」

 皆様がご来店前に作っていた肉料理を仕上げてお出ししました。

「カクニ、なんて素敵な料理なのかしら」
「これは美味しいです、口の中で肉が溶けます」
「これは下拵えも大変だが、ここまで煮込むのに相当時間かかるぞ」

 私からのお酒のお礼は喜んでいただけたようです。
 お酒はリンゴメーロを使用したブランデーです。
 芳醇で甘い香りが口に広がります。

 食事やお酒で人心地ついたころ、シオ様が先ほどの話の続きを聞かせてくださいました。

「ユメノさんの依頼の流れでブランカさんとお会いしまして」
「あらっ、あの素敵な紳士?」
「はい。冒険者になってから何をしてるのか不思議に思って、彼に雑談がてら聞いてみたんですよ」
「ほお、そいつは気になるな!」
「どうも、冒険者がどういう物か勘違いしていたようですよ」

 ブランカ様はユメノ様の後見人でしたね。
 確かに彼なら、公務員を辞めたあとの彼女をご存知でしょう。

​───────

 ユメノ向けの家具を作るため、一度後見人のブランカ氏の屋敷を訪ねた。
 経緯を話した後で彼女の部屋を見せてもらえることになり、一通り確認した後居間で紅茶をご馳走になった。

「後見人として三年彼女を見てきたが、そろそろ限界だと思っててね……」

 ブランカ氏はため息混じりに話し始めた。

「公務員資格の剥奪なんて、汚職をした職員への処遇……怠慢や無能さで剥奪されるなんて聞いたことがない」
「新聞では冒険者になるから退職したように見えましたが」
「それならまだ救いはある、そのニュースは私から逃げる口実に過ぎない」

 ブランカ氏は剥奪の理由がユメノの非常識な行動の数々と知り、今まで甘やかしてきた結果だと反省。
 後見人としての責務だと思い、彼女が作った負債を全て返済し厳しい再教育をはじめたとの事。

「マナーと常識を教える教師を雇い、朝から夕食までつきっきりにさせ、生活の全てを勉強の時間として指導させた」
「それは手堅い方法ですね」
「だが外出の隙はあったのか……例の記事を見て、新聞社に元となる手紙を送り付けたのに気付いた」
「なるほど、それが例の冒険者デビューなんですね」
「記事の取り消しも考えたが、本人が本当にやりたいと言うのなら……後見人としては応援するのが筋だろう」
「ブランカ様は本当にお優しいですね」
「いやいや、しかしこれで最後だと考えていくつか条件を出して見せた」

・初期投資はするが買い物に必要な金は現金、請求書は受け取らない
・五年以内に成果がなければ後見人から外れる
・それまでは今まで通り衣食住の世話をする

「妥当な案ですね、それでも衣食住の保証をなさる辺りはやはりお優しいです」
「そこは後見人としての責任だと思ってだな。本人は請求書の項目に納得しなかったがな」
「そこですか? 五年以内の方かと思ってました」
「自由に買い物ができないと……金が有限であることも教えないといけないのかと悩んだものだ」
「……面談でもその様子はありましたね」
「やはり……。衣食住の保証付きで冒険者になるか、マナー講座に戻るか天秤に掛けさせた結果、前者を選び外での活動を始めたんだがね」

 しかし、実際にとった行動が……
 装備を整えようと衣料品店へ行き、オーダーメイドの服を注文。
 大衆酒場に居合わせた冒険者に自分を仲間にするよう交渉。
 連日王太子への謁見を願う。

「何をしたいのか分からなくてね」
「知り合いの衣料品店の方から話は聞いてますよ」
「それは恥ずかし限りだ……」
「目的は不明ですが、冒険者がどういう物かわかってないのは間違いなさそうですね」
「防衛局の職員から説明を受けたらしいんだがね、見せた方が早そうだから馬車で辺境に連れてったんだ」

 冬に入る前なら馬車での移動も大きな危険を伴わないと判断して、一日掛けて辺境へ移動。
 辺境なら医療品を届けている地区があり、頼めば実際の冒険者の活動を見せてくれるだろう。

「秋の辺境は野犬の被害が多いから、初日から活動を見ることが出来た」

 安全な位置で見学をさせていたが、野犬の死骸や血塗られた剣を見て……無謀な主張を繰り返していたか理解したように見えた。

「女性には刺激が強いでしょうからね」
「彼女のいた世界は危険とは無縁の世界のようだったから、動物の死骸すら見た事もなかったようだ」

 両目を片手で覆い、肩を落とす。

「そのまま冒険者を諦めてマナー講座に戻ってくれれば良かったんだが、冒険者の訓練と称して我が家から逃げるようになったんだ」
「諦めて無かったのですか?」
「今ならマナー講座にも戻りたくなかっただけだと分かるが、本当に冒険者としての訓練をしてるなら良かったんだ、まさか夜中の市場で暴れるとは、ここまでくると私の評判にも影響があってなぁ……」
「大丈夫ですよ、国民のブランカ様への信頼が失われることはありませんから」

​───────

 一つ、腑に落ちました。
 メル様が仰っていた強くなったというのは、ブランカ氏の教育のたまものだったのですね。

「面会したユメノさんから聞いた話とも一致しますし、間違いなさそうですよ」
「ブランカさん大変だったんだな……」
「私みたいな若造に愚痴るくらいですから、相当参っているみたいでしたよ」
「結局、冒険者の仕事は何もしてなかったのね」
「そうみたいです。野犬の群れの死骸見て泣きながら帰りたがったそうですし、見学のみだったそうです」
「過酷だからな辺境は。この辺はビャンコさんと騎士団で安全だが、内陸にはクマやら野犬やらが多いからな」
「本当に辺境騎士と冒険者の人達は尊敬するわ」

 ほとんどの冒険者は雇先などなく、その日に取った素材を売る事で生活しています。
 中には獣の生態系の研究する学者や素材を扱う商人に雇われて、辺境付近で害獣を狩る事もあります。
 まず定住する事がないから冒険者と呼ばれており、一か所に留まる冒険者は「辺境騎士」と呼ばれ国防の要も担っております。

「殿下への謁見は何だったの?」
「それがブランカさんにもよく分からないそうです。認めて貰うため、と言っていたそうですが」
「クビにした上司に頼むことかしら? それ」

 何か考えていたミケーノ様が、自信なさげに言います。

「まさかとは思うが、おとぎ話に出てくる勇者……みたいなのを想像してたのか?」
「勇ぅ者ぁ??」
「王子様に謁見とか、前にカーラんとこで服買う時にドラゴンと戦うとか言ってような……って考えるとよ、おとぎ話に出てくる勇者様がそんな感じだったなぁと」
「確かに言ってたけど」
「冒険者の仕事知らないのもそれで筋が通るような」
「勇者……ですか」
「ん? どうしたのシオ」

 シオ様が何かを思案しているようです。

「そういえば、部屋の中を見た時にそんな本が」
「勇者の本っていったら、大体絵本だよな……子供向けの」
「はい。恋愛小説も何冊かあって、なので結婚して男の子を育てたいのかな……なんて思ってたんですよ」
「絵本の勇者目指してたなら、色々行動の謎は解けるわね。そうなると恋愛小説も多分……」
「確か、キーノスに物語のセリフで告白したんだったな」
「え、会ったことあるんですか?」
「付きまとわれたのよねっ」

 物語、という単語を聞いて、私の中で何か色々なものが腑に落ちた感覚があります。
 どうして思いつきもしなかったのか、自分が不思議に思えます。

「この先誰かステキな男性と恋をする方が彼女に良さそうね!」
「彼女の知識でも私にとっては役に立ちますし、ブランカさんの元で教育を受ければ可能性もありますね」
「まずはステキな女の子にならないとね!」
「勇者は無理でも、誰かの嫁さんならなれるかもな」

 サチ様は常に目の前の誰かを見ていました。
 千里眼リコノシェーレの持ち主なのに、とよく皮肉を言った覚えがあります。
 ユメノ様が同郷だから同じような思考回路や価値観とは限りませんよね。

 今までサチ様と同郷の異世界人という前提ばかり意識していたことに気付きます。
 ずっと一致しなかったイメージが合致して、私は自分にひどく落胆します。

「キーノス、どうしたの?」

 私が黙り込んでしまったのを心配して、カーラ様が声をかけてくれます。

「あぁ、悪い。ちょっと考え事をしてて」
「あーらそう? なんだか珍しいわね」
「キーノスもそういう所あるんですね」

 ミケーノ様が私のグラスにお酒を追加してくれます。
 本当に優しい人達です。

「すまない、ありがとう」

 思わず顔が綻びます。
 正直な気持ちで言えば、私は今あまり落ち着いていません。


 モウカハナを貸切にした飲み会は夜遅くまで続きましたが、閉店時刻の前には解散となりました。
 お客様のお見送りが済んだ後、私はいつもの閉店業務をします。

 本日はこれ以上営業していてもお客様がご来店なさる事はないでしょう。
 いつもより二時間ほど早いですが、入口の看板はCHIUSO閉店中のままでタバコに火をつけました。


 皆様の推測で「物語に憧れてる」というような話がありましたが、彼女にとっては本当に「物語」なのでしょう。
 タイトルは「異世界オランディ王国物語」といったところでしょうか。
 主人公は彼女なのですから、全ての出来事は彼女に都合良く動くのが当たり前なのでしよう。
 そしてそれか気に入らなければ、所詮は物語の中のことですから。そのページを破ってなかったことにしてしまえば良いのです。
 ……それで場所ごと破壊できる爆発という手段を好むのかと思うと、こんなところまで腑に落ちます。

 彼女は大事な事を分かっていません。
 先ほどまでいらっしゃった皆様と私は、個人の意思で行動しております。
 オランディに住む人々は生きた人間であり、彼女の思い通りに動く物語の登場人物ではありません。

 サチ様と同郷という前提が、私の目をどれだけ曇らせていたのか分かります。
 彼女は本当に、愚かですね……先日のネストレ様の言葉を思い出します。
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