王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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紅が散る春の渚

#5

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 パラッツォの窓の外に見える天気は快晴、昨日より気温も暖かく絶好の散策日和です。
 ベランダのハーブもいつもより生き生きして見えます。

 私は今市場から帰宅し、本日のモウカハナで使用する食材と調薬の材料を購入して参りました。
 シオ様の新事業に影響を受け、本日は趣味の調薬をしようと考えています。
 材料を入手するため市場へ赴いたのですが、そこで嬉しい再会をしました。
 年末に大家さんとの乾杯の際にお会いした方が、実はいつも私が利用している薬草問屋の方でした。
 本日は顔馴染みとして扱っていただき、色々教えて頂けたりオマケなどを頂いたり……いつもより楽しい買い物になりました。

 結果として想定していた以上に素材をそろえることができましたが、買い物に時間を掛けすぎたようです。
 取り急ぎ私のタバコと同じ効果の飴を作ろうと思います。
 甘味にした時にどうなるか未知数で試験的な部分があり、楽し実験になりそうです。

​───────

 さて……出来た飴はどちらも効果に問題はありません、が。
 解毒に関して我が家の毒物には有効でしたが、術系の悪臭に効果があるかは私では検証には不適切です。

 魔力回復の方は作り直しです。
 体温が上昇する副作用があり、飲酒時のような高揚感があります。
 薬に慣れた私でこれなら、慣れていない方にはより強い副作用が予想されます。

 とりあえず今日はここまでです。
 私は楽しい実験の時間を終わらせ、モウカハナ開店の準備を始めます。

 その時、換気で開けていた窓に一羽の鳩が止まりました。
 鳩の足には小さな手紙が結んであり、それを取り外すと鳩は飛び去っていきました。
 ……手紙には、憂鬱な内容が書かれていました。
 間違いなく断らせないために鳩を戻しましたね、ビャンコ様あの方は。

​───────

 西日が海へ姿を消し、月が空へ昇る頃、バー「モウカハナ」の開店します。
 今は開店してから一時間ほどの時刻、店の入口に気配があります。
 私は手を洗い、カウンター前に出ます。

「キーノス! 会いたかったわ!」
「こんばんわ、キーノスさん」
「いらっしゃいませ、カーラ様、メル様」

 私はお二人の上着をクローゼットでお預かりしてからカウンターへ戻り、暖かいタオルをお渡しします。
 お二人から注文を受け、仕込んでいた料理とお酒をそれぞれお出しします。

「最近は平和ねー、ユメノの話も聞かなくなったし」
「そうですね、僕が一回騎士団に呼ばれた時以来何もありませんし」
「アレなんだったの? ワタシにまで時間の許可取ってきて」
「事情聴取ですかね? なんか僕を犯人だって言い張ってたとか」
「ええぇ? メルが? 市場で暴れたアレの?」
「はい、隠れて見てたって言われました」
「なぁにそれ? 意味が分からないわね」
「僕その時店長とここにいたし、騎士団の人達も『一応』って言ってたから聞くだけ聞いたんじゃないですかね」

 本当は例の魔道具に術を使ってもらうためですね。
 事情聴取も嘘ではないのでしょうけど。

 さて……このお二人だけの今なら、一つ相談してみたい事があります。
 お二人の会話が止んだタイミングで声をかけました。

「そういえば、ですが……お二人に、お試しいただきたい物がありまして」
「なになに? 新メニュー?」
「いえ、そのようなものでもないのですが」

 可能性だけ考え持ってきていた試作品をお渡しするチャンスです。
 が、飴は副作用の検証が足りていません。

「なーに? とりあえず見せてよ?」
「その、試作品なのです。特にメル様にお渡ししたいものは」
「えっ僕にもあるんですか!?」
「趣味で作ったものですから……お口に合うかどうか」
「食べ物なの?」
「ハンドクリームと飴です。ハンドクリームは大丈夫かと思います、飴が……多分大丈夫だとは思うのですが……まだ試せていないというか、実験段階で……これ以上は私が実験をけ」
「はいはい、とりあえず見せてちょうだい!」
「……承知いたしました」

 説明しながら自信が無くなっていき、撤回しようとしましたが……
 私はカウンターの下から飴とハンドクリームを出します。

「ハンドクリームの方は、一般で使われているものより薬効が強いかと思います。少量使用して様子を確認してください」

 私はハンドクリームをカーラ様へお渡しします。

「メル様には飴ですが……効果はありましたが、私に副作用が出ないのは薬慣れしているせいもあり、もう少し検証が必要です」
「どんな飴なんですか?」
「私のカクテルと同様の効果を狙ったのですが、同時に作った別の効果の飴で副作用が出まして」
「副作用? どんなのなの?」
「飲酒時のような体温の上昇です。メル様にお渡しするものは特に何もありませんでしたが、私では薬慣れしているからかもと」
「薬慣れとかあるのね」
「カーラ様にお渡ししたハンドクリームは問題ありません、そちらは私以外の方で実証済です」
「ふぅん……」

 カーラ様が小さくつぶやき、ハンドクリームの蓋を開けます。

「あの、まずは少量を」
「飴、そこにありますか?」
「ございますが、まだお渡しできるような」
「ください、酔っ払うくらいなら店長がなんとかしてくれます!」
「しかし、もう数週間お待ちいただければ……」

 相談するタイミングを誤りましたね、完全に。
 そんな私の懸念を他所に、ハンドクリームを試したカーラ様がパッと顔を明るくしてこちらを見ます。

「このハンドクリーム凄いわね! 何これ、付けた瞬間からツルツルじゃない!」
「普通のものより薬効は強いと思われます。痒みや赤みなどがなければ、ケースに入れてお渡ししようかと」
「全然ないわよ! ホラ見なさい! すごくツルツルよ!」

 カーラ様が手の甲をこちらに向けてきます。
 女性が治験して効果を発揮しましたから、カーラ様なら大丈夫だと思ってました。

「店長良いなぁ……」
「申し訳ありません」
「その、僕が検証相手ではいけませんか?」
「お渡しする相手に頼むのはおかしな話です」
「逆ですよ、僕が一番最適じゃないですか!」
「……仰る通りですが」
「飴なんでしょ? 欠片で試させたら良いんじゃない?」

 欠片ですか……

「店長さすがです! それ良いですね!」

 複雑な気持ちですが……実際一番の被害者ですので、検証相手には最適です。
 手元にある飴を砕いて、欠片をメル様にお渡ししました。
 彼は渡されてすぐ口に入れ暫く溶かしていたようですが、少ししたら驚いた表情に変わり私を見ます。

「これ、もしかして! 僕の鼻のためですか!?」
「……よく分かりましたね」
「一瞬でほとんど消えました! すごいです!」
「強い効能が出た、ということですか?」

 一瞬となると、副作用が心配です。

「はい! あの大きさでこの効果なら、飴食べてればあのお客さんの相手も出来そうです!」
「しかし、副作用がまだ……」
「キーノスさんには何も無かったんですよね?」
「薬に慣れた私には、ですが」
「これ凄いです! 副作用がちょっとあるくらいなら、僕買い込みますよ!」
「そんなに美味しいの?」
「僕の鼻詰まりが治ります! ちょっとだけ人を選ぶ味ですが」

 そこもあるのですよ、私なりの改善点。
 試食を頼むビャンコ様に合わせて甘くならないように材料を選んだ結果、かなり強いミントメンタ味になってしまいました。

「お薬みたいな物かしら? 確かにメル、時々鼻すするわよね」
「はい……酷い時はここのお酒に救われてます」
「効果があるのが確認できたら、噛んで食べられるものと普通の飴をいくつか用意しようと考えておりました」
「普通に美味しそうね、それなら」
「僕のために作ってくれるんですか?」
「はい、最初からそれを目的としておりました」

 鼻による感知があまり得意ではない私には必要が無いものですが、メル様が年末に真っ青な顔をしていたのを思い出して作ってみたくなったのです。
 術の効果を打ち消す我が家のハーブと、市場で入手した呼吸を楽にする薬草をメインにいくつか混ぜております。

「うぅ、キーノスさん……ありがとうございます!」
「勘違いじゃなきゃだけど……今貰ったチョイス、ワタシ達向けって感じね」
「はい。先日メル様が受けた事情聴取は私が発端になった部分がありまして、そのお詫びで考えておりました」

 私は「ビャンコ様にメル様の勤務先を教えた」という話をしました。
 嘘ではありませんが、一部内容を省いています。

「んまぁ、気にしなくても良いのにそんな事!」
「先にお二人に相談すべきだったと反省しまして」
「いいってば! それよりこのハンドクリーム、売ったりしないの?」
「個人的に制作しているものですので、プレゼント以外では予定しておりません」
「やだ、それならもっと嬉しいわ! 大事にするわね!」
「僕はこれがあればあのお客さんの釈放に怯えないで済みます……本当に嬉しいです!」
「ん? メルの鼻詰まりってアイツが原因だったの?」
「あっいえ! キーノスさんの飴ってだけでなんか安心するなぁ~って!」
「あ、そゆこと」

 私はお二人に他に改善点や希望などをお伺いし、改めてプレゼントさせて欲しいと相談しました。
 お二人にから快諾を得て、明日以降の実験の方針に加えようと思います。


 調薬をしようと思ったのは、最近気が沈む事が多かったからです。
 何かに没頭することで気を紛らわすのは、私の気分転換の手段です。
 そのはずが、ちょっとした思いつきでメル様のための物を作ろうと考え行動した結果、気分転換以上の嬉しい結果を得ることが出来ました。

 最近はこんな気持ちになることが増えました。
 本を読むだけでは得られない、貴重な物に私は思えてなりません。

 明日は昼に来た鳩のお陰で、憂鬱な一日になりそうです。
 でも今日の嬉しい出来事の数々で、それも乗り切れそうな気がしています。
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