王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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紅が散る春の渚

#9

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 ここへ来た時は橙色に染まっていた空に濃い紫色がさし始めます。
 まるでカクテルのような色合いの空は、モウカハナの開店時間が近い事を教えてくれます。
 ですが、今日は少し遅い時間の開店になりそうです。

「まず一つ訂正をさせてください」
「はいっキーノス様の言う事ならなんでも聞きますっ」
「あなたが魔法と呼んだものはこちらでは術と呼ばれ、扱える人間を術士と呼びます」
「そーなんですね! じゃあアタシも魔法使いじゃなくて術士、ですね!」

 扱えてないから違いますが、ここは訂正の必要はないでしょう。

「私は術士です」
「え! キーノス様も!? やっぱり、アタシ達は運命の出会いだったんだ……」
「特に隠すつもりはないですが、物心つく頃から不気味に思われていたため、今でも一部の人しか知りません」
「ブキミ? ステキじゃないですか」

 彼女が顔を覗き込んできます。
 私は視線を合わさないように遠くを見つめます。

「私は山間の集落で産まれ、少年期は狩人をする両親の元で育ちました」
「えーっ見えなーい! 田舎なんて似合わない!」
「故郷で私は『呪われた悪魔の子』として扱われ、忌み嫌われてました」
「呪われた王子様、の間違いですよね?」
「子供たちは私を見かけたら石と野次を投げかけ、大人の女性は顔を袖で覆い私を視界に入れようとせず、大人の男性は私と少しでも接触すれば気を失うまで殴りました」
「……え」
「全てはこの容姿のせいです。髪や肌の色、作り物のような顔といくら鍛えても太くならない筋肉。いくら努力しても変わることがありませんでした」

 私の故郷の伝記にある悪魔そのものの姿と酷似していて、成長するにつれどんどんその悪魔に似ていく様に、私自身も故郷の者もどれほど恐怖だったか……

「私は単独で生活出来る能力を得たあと、集落を出ました」
「キーノス様……」
「二度と誰かの視界に入らない場所に行こうと考えてました」
「そんな悲しい過去が……これからはアタシと」
「その時、視界が真っ白に明るくなり……気がついたら岩で作られた神殿の中にいました」
「え、え!? それって」
「そうです。私はあなたと同じで、こことは違う世界から来た存在です」

 この事は誰かに話した事はありません。サチ様にもです。

「ええぇっ! じゃあ、その魔法……術って!」
「術は私がここへ来る前から使えました。ただ……」
「ただ?」
「高い火力はなく器用で繊細な私の扱い方も、故郷では気味悪がられました」
「まほ……術が使えるだけすごいのに! 酷い!」
「私の故郷では、術は使えて当たり前のものです。攻撃の手段で使われる事が多いため、私のそれは異色でした」
「魔法の国から来たんですね! やっぱりステキ!」
「違います」
「えっ? じゃあどんなとこなんです?」

 私は新しくタバコに火をつけ、話を切り替えます。

「ここに来る時、希望を聞かれましたよね」
「はいっ! アタシはかわいくモテモテにってお願いしました!」
「私は、ツノを無くして貰う事を願いました」
「ツノ……?」

 彼女が私の腕から手を離し、少し離れます。

「こちらには私の容姿の特徴と角以外が一致している存在が多いと聞き、そう願いました」
「え? ツノって」
「……そのはずが、顔を見て目を背けられました。結局私はこちらに来てもしばらくは山に隠れて過ごし」

 彼女が私の腕を力強く引っ張り話を遮ります。

「待って! 角って何よ? アンタ人間じゃないの!?」

 角の一つでここまで態度を変えますか……

「魔界の王子様ならまだ考えるけど……人間じゃないなら酷い裏切りよ!」

 元々信頼関係などないから裏切りも何もありません。
 幸い、この国で私の種族は認知されてました。
 彼女にその知識があるかは知りませんが。

「この世界では『オーガ』と呼ばれる魔獣の、変異種です」

 彼女は腕を離し、私を突き飛ばしました。
 それから座ったまま私から距離をとります。

「あ、アンタがモンスター!? しかもオーガって……ブサイクで気持ち悪い、あんなのだったなんて!」
「はい。角を取っただけで、それ以外はそのままです」

 本来オーガは捻れた二本の角、黒褐色の肌と赤い毛髪、金の瞳を持って産まれてきます。
 大人になれば筋骨隆々となり、体長は二メートルを越します。
 私の容姿はその特徴が全くなく、それどころか伝記に登場する悪魔……こちらで言えば人間と酷似しています。
 頭に生えていた、角さえなければ。

「きっキモっ! 気持ち悪! 最悪、モンスターに障るなんて汚い!!」
「故郷の子供たちと同じ事を言いますね」
「話しかけないでよ! 気持ち悪い!」

 ここまで罵倒されるのは久しぶりです。
 私と親しくしてくださる皆様は本当にお優しいです。
 イザッコでもここまで酷くは言いませんし。

「信じらんない、最後の希望のイケメンがモンスターだったなんて……」

 想定と違いますが、彼女に不快感を与える事ができたので私の溜飲が下がりました。

 私の勅令もこれで完了で良いでしょう。
 騎士団が近くにいるはずですが、私達の会話が聞こえる距離にはいないようです。
 どうせ聞こえても私がオーガだなんて誰も信じません、故郷の親すら信じてないのですから。
 外見に加齢の変化がない事で疑問を抱く方はいるでしょうけど。
 彼女は神に願って容姿を変えたようですから、私の話が真実と分かるでしょうね。

「いや、もしかして……」

 そろそろモウカハナの開店に向かいましょう。
 彼女はこのまま放置しては駄目でしょうか?
 一応近くの騎士団に声をかけた方が良いかもしれません。


 私は立ち上がり、背後の木々へ足を向けました。

「うっ……うわぁぁぁーーー!!!」

 突然彼女が叫びながら私に駆け寄り、硬い何かで背中を殴りつけてきました。
 背後からの事で反応が遅れました。
 思わずよろめいたところで、更なる追撃がきます。

「お前を! モンスターを殺せば! 今度こそ王子様と!!」

 頭への追撃に私は地面へと倒れます。
 そこへ馬乗りになった彼女が、後頭部へ硬い何かで殴りつけてきます。

「お前が! 死ねば! お前を! 倒せば!」

 本当に故郷と同じですね。
 私は彼女を跳ね除けて立ち上がり、馬乗りの彼女を落としました。

「この程度で死ぬ訳ないでしょう」

 頭から血が流れていて、見た目は死に損ないですが。
 騎士団が少し離れた位置まで来ておりました。
 私は首を横に振り、助けはいらない意思表示をします。

「ひっ……気持ち悪っ!」

 私は血を拭おうと先程座っていた場所にあるジャケットへ歩み寄ります。
 足元のジャケットに手を伸ばしたその時

 背中を押され、よろけた勢いで海崖の淵から足を踏み外しました。
 私は崖下へ落ちる直前、一瞬だけ振り返りました。

 しかしその視界は閃光で染まり、次の瞬間。

 ーー彼女の姿が消えました。


 そう言えば……落ちながら思い出しました。
 こちらに来る時のあの女性の言葉。
 もう100年も前の事ですし、すっかり忘れていました。

 ……今夜の開店は、難しそうですね。

​───────

 視界が真っ白になって、気づいたらあの神殿にいた。

 なんでここに!?
 アタシはモンスターを倒せたの!?
 それとも……

「残念です」

 あの時の受付の人がいた。

「アタシ、やられたの!?」

 あのモンスターはどうなったの!?

「いいえ、あなたが彼を崖から突き落としたんです」
「アタシはアイツをやっつけたのね!?」
「えぇ、彼は崖の下に全身を打ち付けたでしょう」

 やった!! モンスターの討伐に成功したんだ!
 これで王子様と……

 あれ? なんでアタシはここにいるの? 早く王都に返してよ。

「あちらへ送る時、私からいくつか約束を言い渡したのを忘れましたか?」

 あったわね、なんか色々。

「確か魔法の先生を探せ、文化を広げろ! だっけ? 魔法の先生なんていないし、文化は色々話してるわ!」

 スマホの事自慢するのは楽しかったなぁ~

「……他にもありますよね?」
「え?えーと他に」


『決して、あちらで害になるような事はなさらないでください。』

『その時はあなたを追放せざるを得なくなります』

『付与したものを戻し、元々いらっしゃった場所に戻すだけです。ただ、あちらで過ごした時間は経過した後になります』


元の世界に戻される……!?

「で、でも! アイツはモンスターだし、アイツも異世界人? 悪魔なんでしょ!?」
「殺意を持って崖から突き落とすのは、間違いなく害となる行為です」
「でも他には何もしてない!」
「王都を爆発させようとしてましたね。成功していたらその時にここへ呼び出す予定でした」
「でも! あれは失敗したし!」
「あなたが突き落とした彼が止めてくれたんですよ」
「は? 聞いてないそんな事!」
「あなたは彼に救われたのに、その彼を害したのですよ」

 あれって服屋の店員がやったんでしょ?

「知らない、アタシはモンスターを倒したの! 勇者よ!」

 足元が突然光り始めた。

「付与した物を元に戻します」

 光に包まれていく内に、三年前のあの姿に戻っていく!
 ……アタシの足が、腕が……!前より少し太くなってる!?

「ちょっと! ここまで太っては無かった! 勝手に変えないでよ!」
「私は付与した物を戻しただけです。あちらの世界であなたの体重が増えたのでしょう」
「そ、そんな……」

 光が消えて、私は元の姿に……いや、太った。何なのよこれは!

「なんであんな世界に送ったの!? アタシの三年間はなんだったの!? 太っただけじゃない!」
「送る前に聞きましたよね、本当にいいのか? と。あなたは喜んで受け入れましたよね」
「あんな酷い世界だなんて知ってたら行かなかった!」
「そうですか」

 今度は足元に魔法陣が現れる。

「ま、待ってよ! まだ言い終わって……」
「せめてもの慈悲で、肝心な部分の記憶はぼかしておきます。それでは、元の世界へお戻りください」

 魔法陣と夢乃は姿を消し、神殿は静かになった。

「……完全に害になっただけだったと言えないのが複雑だけどね」

 一人言を呟いた後、再び事の顛末を見守るためオランディ王国の海崖を水晶に映し出した。
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