王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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紅が散る春の渚

#8

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 時刻は夕暮れ、市場から離れた見晴らしの良い海崖の上。
 夕日が海を照らし、水面が赤く染まり輝いています。
 この美しい光景とは裏腹に、私は憂鬱な気分を抱えております。

 勅令を受けた次の日、すぐに伝書鳩が私のの元へ飛んできました。
 三日後の昼に決行するとの事でしたが、長引くのを恐れてモウカハナ開店の一時間前にして頂きました。
 仕事を理由に断る、ネストレ様から学んだ事です。

 私のは地面に腰を下ろし、タバコに火をつけました。
 騎士団から一時的に返して頂きました道具を発動させてますが、魔力の消費が大きいです。
 こんなものを連日使っていたビャンコ様は本当にすごい方です。

 結局何をしたら良いのか考えてもまとまらず、無計画の状態でここにいます。
 道具があるので会話が噛み合わないことはないでしょうから、流れに任せようかと思います。

 ハーブの香りに混ざって、背後から微かに水のニオイがしてきました。
 海から来る潮の香りとは異なり、不快感を催します。
 私は背後へ視線を向け、彼女の到着を確認しました。
 こちらへ走り寄ってきて、私の隣へ着くと早口でまくし立てます。

「楽士様! 楽士様なんですよね!?」
「そのような呼ばれ方はした事がございません」
「んん? あれ? 楽士様じゃない! 麗しの君!!」
「そちらも私の呼び方としては不適切です」
「やっぱり……恋に落ちる運命だったんだ……」

 早速会話が成立しません。
 魔力が吸い取られているので、道具はきちんと発動しているはずです。

「初めてお目にかかります。私はキーノスと申します」
「キーノス様……」
「本日はお呼び立て頂きましたので、此方へ参じました」
「はい、どうしても会いたくて」
「ご用件をお伺いしても良いですか?」

 早々に切り上げたくなり、視線逸らしながら彼女に告げます。
 彼女は遠慮なく隣へ座ります。
 ……肩が触れています。いや、頭も当たっているので私に寄りかかっています。
 離れたいのを我慢し、彼女の回答を待ちます。

「キーノス様、私……罰を受けることになって」
「はい」
「魔法が、使えなくなっちゃうの……」
「左様ですか」
「アタシ、可愛いでしょ? 一目見た時からアタシに恋してるでしょ?」
「……」
「全部、魔法の力なの」
「そうでしたか」
「だから、使えなくなってかわいくなくなる前に、キーノス様と話したかったの」
「承知致しました。では、あなたの用件は済んだと考えて良いですか?」
「え?」
「罰を受ける前に私と会話する事が目的でお間違いありませんか?」
「え、はい」
「では会話もしましたし、これで済んだでしょう」

 私が立ち上がろうとしたのを察して、腕を掴んできます。
 細い腕とは思えない強い力です。
 実際の彼女の姿を知った今なら、冬服の袖が伸びるのも納得できます。

「待って! 待ってよ、話ならあるわ!」
「どういったお話でしょうか?」
「あ、アタシの世界の話よ! 興味あるでしょ!?」
「分かりました」

 勅令なのでもう少しだけ相手をしますが、出来れば聞きたくありません。

 異世界からここへ訪れる存在には、一つの共通点があります。

「アタシ、あっちで……すごく不幸だったの」

 元の世界で迫害されている事です。
 死ぬ意欲も湧かないほどの絶望に満ち、未来に希望を失った存在。
 それを神が救い、こちらで新たな道を与えてくれます。

「友達もいなくて、パパと彼氏だけがアタシの話を聞いてくれた」

 魔獣や聖獣も同じ理由で、こことは違う異世界から来ています。

「事務の仕事してたんだけど、みんな雑用ばっか押し付けてくるし」

 こちらへ来る際、神から希望が与えられます。それが術なら、異能として発現します。

「デキる女のアタシに嫉妬して、悪口ばっかり言うし」

 サチ様は残された友人の安否と、同じ境遇の人を無視したくないと願ったそうで、それが千里眼リコノシェーレとして現れました。

「酷いのよ? 夢の中の夢乃ちゃんって! バカにしすぎよアイツら」

 この彼女が何を願ったか考えたくもありませんし、同情もしたくありません。

「仕事が出来ない? いつも雑用やってるじゃない! コピーしたりメールしたり!」

 彼女の話はよく分からない単語が多く、理解に苦しむのですが

「同僚の理沙は見下してくるし、お局のアイツはアタシが気に入ってた男子に色目使うし、本当にイライラする!」

 少し気になる事があります。

「転職するのが面倒だから大人しくしてれば、言いたい放題よ!」

 先程から私は一切相槌など打ってませんが、勝手に話してますね。

「前の会社でムカつく上司をパワハラで訴えたら契約社員だったからクビにされて! 仕方なく入ってやった会社なのに!」

 会話ではありませんよね、これ。

「もっとアタシを敬えってのよ! どうしてバカにされなきゃいけないのよ!」

 独り言と何が違うのでしょうか。

「いつもイライラして、彼氏のとこでしょっちゅう愚痴って飲んで」

 私がいなくても良いのではないでしょうか?

「彼氏はホストだから他の女の相手してるし」

 お酒を飲む場でホストを務める方なら、一人だけを相手にし続けるわけにはいかないでしょう。

「たまたまトイレに行ったら知らない女と話してて、イチャイチャしてて……」

 恋人の方だったのではないですか?

「頭にきたから突き飛ばしてやったわ!」

 そちらの世界でもここと同じ事をなさってたんですね。

「そしたら彼氏に怒られて……本当に酷い!」

 恋人が突き飛ばされたら、怒るでしょう。

「その時真っ白になって! 気づいたら神殿? 廃墟みたいなとこにいたの」

 ……ん?

「そこで受付の人? に人違いっぽいこと言われたけど、色々説明されて! アタシが選ばれた存在! って知ったの!」

 人違い……?

「何か希望があるか聞かれたから、かわいくなってモテモテになりたい! って言って、今のアタシになったんだ」

 楽しげに話していらっしゃいますが、どうしても確認したい事が出来ました。

「人違い、ですか?」
「うん……本当はアタシが突き飛ばした女を呼ぶつもりだったんだって」

 もう一つ、聞きたい事が……。

「あなたは元の世界で何か耐え難い事があったのではないのですか?」

 仮に人違いだとしても、何かあったと思いたい気持ちがあります。
 少なくとも、彼女の話から迫害されていたような内容は見当たりません。

「全部よ! アタシをバカにする会社の連中、浮気する彼氏、お金は出してくれるけど仕事しないと怒るパパ、ぽっちゃりなアタシ! いっそ社会全てよ! アタシを認めない世界なんて耐えられたもんじゃないわ!」
「……何か改善しようと努力なさらなかったのですか?」
「なんでアタシが変わらなきゃならないのよ! 人権の侵害よ、侵害!」

 王都で起こした騒動の数々を思い返し、彼女は異世界人だから知らない事も多いだろうと思っていましたが。

「だから、アタシが選ばれた! って思った時は嬉しかった……やっぱりアタシは悪くなかったんだ! って」

 元々の彼女の性格が原因で、本当に人違いでここへ来たのですね。

「ここに来てから、アタシは選ばれた存在だからみんなチヤホヤしてくれた」

 実は私は最初の自己紹介の時から彼女の方を一切見てません。

「アタシはかわいくなったし、みんな魔法の力でメロメロになってるはず」

 よく分かりませんが、魅了 アッファシナーレは本来とは違う効果として発現してますよ。

「みんなアタシを称えてくれる、望みを叶えてくれる! って」

 蜃気楼 ミラッジョは未だ効果が出てますね。ただ、そこまで目を引く容姿ではないのが疑問ですが。

「可愛すぎると嫉妬されちゃうから、無難目でかわいい路線狙ったの! だから街の人からも好かれちゃうはず!」

 質問をしていないのに答えてくださいましたが、やはり意味不明です。

「学校に通わされたのは不満だったけど……仕事を始めればデキる女のアタシは大活躍よ! それで公務員になったのに……給料は安いしみんな蔑ろにするし、こっちでも雑用ばっか!」

 カズロ様から伺ってますよ。

「辞めてやったわ! それにアタシは選ばれた存在なんだから勇者になるべきだわって思ったの!」

 ミケーノ様大正解のようです。

「なのに全然うまくいかない。勇者と冒険者をみんな間違える」

 間違えているのはあなたですよ。

「じゃあモテモテハーレムで王子様と結婚しよう! って思ったのにみんなが邪魔をする」

 ハーレムなら分かりますが、魅了 アッファシナーレが扱えていないあなたには無理な話です。

「ここはアタシのための世界、アタシが望めばなんでもできる世界! なのにどうしてうまくいかないの!? しまいには魔法が封じられるなんて! 嘘よ、有り得ないわ! 前の世界で読んだ異世界に生まれ変わる話と全然違うじゃない! なんで望み通りにならないのよ!」

 一気に叫び、彼女は肩で息をしながら息を整えます。

 言いたいことは大方言い終えたのでしょうか?
 詳細は理解しきれなくても分かるのは……彼女は本当に自分本位で、周囲のことなど全く気にはならないという事です。
 私そのものはもちろん、私の大切な場所や人の事などどうでも良いのでしょう。

「キーノス様……アタシ、この話するの初めてなんです」
「そうでしたか」
「アタシ、こんなに可哀想なんです。でも、キーノス様と一緒になれたら、今度こそ幸せになれると思うんです……」
「……」
「アタシと、幸せになりましょう?」

 私は彼女にとって、殿下のスペアといったところでしょうか。
 目立つ異性なら誰でも良いのでしょうか。

「胸糞悪い」
「え?」

 どうして私がこの流れで彼女に好意を抱くと思うのでしょうか。
 ここが彼女の物語の中だからでしょうか。
 不快感が口に出てしまいましたが、それが気にならない程私は苛立っているようです。

「私は自分の話をするのが苦手ですが、あなたのお話の返礼に、一つ私の話をしましょう」

 日が沈み始めています。
 早々に切り上げるつもりでしたが……私はひとつ意趣返しをする事にしました。
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