王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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紅が散る春の渚

#7

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「今日は悪かったね……イザッコの奴、楽士がキーちゃんか確認するって引かなかったんよ」

 現在モウカハナにビャンコ様がご来店中です。
 庁舎で勅令を受け憂鬱な気分を引きずっていたため、ビャンコ様の緩さに少し救われます。

「いえ、あの場に同席していないのも不自然な方ですから」
「久しぶりに二人のやりとり聞いたけど、イザッコは変わらんね」
「そうですね」

 イザッコとは騎士団長のことを指します。

「なんだっけ?飲み比べで負けたんだっけ?」
「何のことでしょうか」
「あっ思い出した! 殴り飛ばしたんよね、キーちゃんが!」
「記憶違いです」
「違ったっけ……そうだ、言い負かしてぐぬぬとか言ってたわそういや」
「もう良いでしょう、あの方の話は」

 彼は以前から何かにつけて私に絡んできては、勝手に怒りながら帰って行くのです。
 今日も同じ調子で悪態をついてきたので、相手にしないよう姿勢を崩しませんでした。

「なんで仲悪いの? 君ら」
「……何故でしょうね」
「今日のオレのストレスの原因でもあるし、教えてくれると嬉しいんだけどなぁ」

 私は短くため息をつきます。
 心当たりくらいなら話しても良いでしょう。

「初めて会ったのは私が自宅で読書してる時で、突然押しかけた上で『オママゴトの人形』と呼ばれました」
「うわぁ……なんでキーちゃんとこ来たの?」
「町から離れた所にある不審な小屋へ肝試しに来たそうです」

 当時の私はサチ様に誘われて王都、当時は町の近くまで越してきたものの、人前に出る気はなかったので町の外れに小屋を建てて生活していました。
 ただ、町の中では不気味な雰囲気の小屋があると噂になっていたそうです。

「イザッコ一人で来たの?」
「はい。我が家に入る前に一緒に来た方々は先に帰宅なさったそうです」

 恐らく私が幻術を展開していたからでしょう。
 それだけに、幻術を乗り越えてやってきた彼に私は酷く動揺しました。

「それで、どうしたの?」
「追い出しました」
「それだけ?」
「……はい」

 ビャンコ様が悪い笑みを浮かべます。
 この人はシオ様やミケーノ様とは違う意味で嘘や誤魔化しが通じません。

「じゃあ、どうやって追い出したの?」
「……腕力に訴えました」
「具体的によろしく」
「……背後に回り込み膝をつかせた後、首を締め上げました」
「こっわ」
「意識が落ちたのを確認した後で、町のそばへ運んでおきました」
「よくイザッコの背後とか回り込めたね」
「目くらましを使いました」
「それ以降はどうなったの?」
「私が更に奥地へ引越しました」
「え、じゃあそれっきりなの?」
「……それが、サチ様と縁があるのに気付いたようで、サチ様を尾行して私を見つけては喧嘩を売るようになりまして」
「あ~なるほど、それで飲み負かそうとしたり殴り飛ばそうとしたりしたんだね」
「彼は肝試しで逃げなかったような強者です。私のような人形に見える男に負けたのが納得できなかったのでしょう」

 若気の至りなのでしょうが、騎士団長の地位についた今でも悪態をつくのはどうかと思います。

「なるほどねぇ。キーちゃんはイザッコ嫌い?」
「面倒だとは思いますが、特に嫌ってません」
「それは良かった、イザッコは昔からキーちゃんが好きなんよね」
「は……?」
「今日とか殿下と二人でソワソワしてたんよ。宥めるの大変だったわ」
「今日のやりとり聞いてましたよね?」
「どう接していいか分からなくなってるんだろうねぇ。思春期の娘に接する拗れた父親って感じだね」
「それは拗れすぎですよ」

 久しぶりに会った思春期の娘に悪鬼はないでしょう。

「キーちゃん最近火薬見つけたりハナビあげたりすんじゃん」
「その節は大変お世話になりました」
「イザッコ、報告受けると一日ご機嫌なんよ。怒声が減って騎士団が喜んでるよ」
「逆ではないですか?」
「モウカハナの事もコソコソ調べてるみたいよ? ネッすんが言ってた」
「私を警戒してるのでしょう」
「あのね……オレもだけど、イザッコも心配してたんだよ」

視線を私から外して、話を続けます。

「前はモウカハナココにイザッコも来てたじゃん。あの頃から殴られても抵抗しないし、綺麗な言葉でしか話さないようになって。落ち着いて見えるだけ、オレには怖かったよ」
「……ご心配をお掛けしました」
「だから、ここ最近変わってオレは嬉しいんよ。庁舎にも前なら来なかったろうし、やっぱ変わったね」

 確かに私はここ一年でかなり変わったと思います。
 お客様の話を聞き流し、趣味の料理をお出しする日々。
 たまたまカズロ様が異世界人ユメノ様の話をして、それに興味を持ち。
 メル様賢者の卵に出会い、人の集まりに参加し。
 去年ならありえない事だったと思います。

 ビャンコ様はジュンマイシュを一口飲み、言葉を続けます。

「お客だねぇホント。カーラさんとかミケーノさんが遠慮ないのが良いのかね」
「お二人には感謝してます」
「あと家具屋の店長さん? キーちゃんあぁなりたいんだろうけど、無理だろうしね」
「向上に努めております」
「はは、その調子ならここに来たがってるイザッコ呼んでも大丈夫そうだね」
「……悪態をつかないようにしていただければ」

 ビャンコ様が顔を伏せます。
 何かまた笑わせるようなことを言ったのでしょうか?

「オレ、ユメノの事本気で嫌いだったけどさ」
「? はい」
「キーちゃんが今みたいになるきっかけになったなら、あんな奴でも……いて良かったって、思った」

 鼻を啜る音がします。
 私は本当にこの人に感謝をしないといけませんね。

「今でも雨の日は嫌いですし、被った仮面も馴染んで脱ぐ方が難しいと思います。元通りにはなれないと思いますが、あなたがいつも変わらない態度で接してくれていた事は嬉しく思っていますよ」

 正直な気持ちです。
 敬語仮面は馴染みすぎてこちらが普通になりましたが、変わらない態度で接してくれたビャンコ様には本当に感謝してます。

「サチさんの事を忘れろってオレは言えない。でもイザッコの気持ちも少しは分かってやってよ」
「……まぁ、思春期の娘扱いでなければ」

 私の言葉を聞いて、満面の笑みで顔をあげました。

「よかったぁー! 今日の事気にしすぎてイザッコここに来ちゃったんだよ!」
「……は」
「出ておいで」

 店のドアの横に、体格の良い紳士が現れました。
 紳士と表現し難いですが、装いだけなら紳士と言えるでしょう。
 しかし、姿が現れた今でもどこかに隠れようとしています。

「……何してんだそこで」

 私は苛立ちを隠すことが出来ず声に出てしまいます。
 相手が騎士団長この人だとこうなりかねないから顔を上げなかったというのに……。
 口が裂けても敬称など付けたくありません。

「まーまー! 照れてるだけだから!」
「お前は昔から俺にだけ態度が悪い……だから隠れざるを得ないんだ!!」

 今は外に幻術が効いてますし、他にお客様もいらっしゃいません。

「帰れ。隠れないと来れないなら最初から来るな」
「お前……殿下の前では綺麗に繕ってたが、本性は変わらないな」
「だからなんだ、さっさと帰れ」
「それが客に対しての態度か!」

 本当に何しに来たんですか。

「何しに来た。用件済ませてさっさと帰れ」
「……お、お前を殴りに来た!!」

 そうですか。
 簡単な事ですので私はカウンターから出て彼の前に立ちます。

「どうぞ」

 私は彼に頬を差し出します。
 マナーの悪いお客様はさっさと用を済ませていただいて、退店していただきましょう。

 ーーバシッ

 私の頬を弾く音が店内に響き、少しの静寂が訪れます。

「もう良いのか? だったら」

 私が帰宅を促す前に、彼に力強く肩を捕まれました。

「心配してたんだぞ! 本当に良かった、お前が死ななくて本当に良かった」
「離せ」
「お前は殺しても死なないが、死んでるみたいで! サチさんが死んで辛かったのはお前だけじゃないのに! お前が一番酷いから誰も何も言えなかったんだ、少しは周りを見ろ、本当に腹が立つ!!」

 思春期の娘を相手にしている、がなんとなく分かりました。

「……座れ、何か作ってやる」

 私は彼の手を叩き落とし、カウンターへ戻りました。

「ふふ、良かった良かった」
「何がですか?」
「キーちゃん、イザッコの前だけは本当に素になるよね」
「あなた以上に神経を逆撫でするからですよ」
「おい、ウィスキー。ダブルで寄越せ」
「……こういうのがお客ですよ」

 私は「様」の部分を強調して言いました。

 始まりはともかく、その後は旧知の三人で思い出話に花を咲かせ、二十年近くのブランクを埋めました。
 彼は私と会うことが無くなってから、最後に私を殴り飛ばした事を後悔していたそうです。
 庁舎でも最初は謝ろうとしたそうですが、私が頑なに顔を上げなかったため悪態をついてしまったとの事。
 ……結局根本的な部分は同じみたいですね。

「俺はまだお前に負けたつもりはないぞ、今度騎士団の訓練所に来い! 叩き潰してやる!」
「騎士団長がバリスタを叩き潰してどうするんですか、もっとまともな事に情熱を燃やしてください」
「ったく、お前のそういうところが気に入らないんだ」
「それで結構です、それ飲んだらお帰り下さい」
「ビャンコ、本当にコイツ丸くなったのか?」
「去年なら『光栄です』くらいしか言わなかったと思うよ」

 はぁぁ……とイザッコがため息をつきます。
 和解? はしましたがそれだけです。
 叩き潰すなどと言われたら退店を促すのは当たり前です。

 イザッコとの再会で一つ分かった事があります。
 私は、あの頃から人に恵まれていたのですね。
 こんな事に気付けるようになったのは、私の最近の変化によるものなのでしょう。

 二十年のわだかまりが溶けたものの、憂うつな勅令が待っている事に変わりありません。
 私は彼女に会って、何を話せば良いのでしょうかね……。
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