王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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紅が散る春の渚

#11

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 オランディから異世界人が去り数週間経ち、リモワは花に愛される季節を迎えています。
 色とりどりの花と、若葉色に染まる木々が王都の春を祝福するようです。
 彼女の事は事件直後は騒がせましたが、今は別の噂で持ち切りです。

 本日当店にはカーラ様、シオ様、カズロ様がご来店されており、その噂が話題に上がっています。

「今年の交換留学先がマルモワになったのは驚きました」
「殿下が出来るだけ文化が違う国を望んでね、今回の候補の中で一番オランディウチと交流が少ないのがマルモワだったんだよ」

 オランディでは、春になると希望者を募って交換留学が行われます。
 今年の留学先のマルモワは軍事国家として有名で、木と険しい山脈で囲まれた寒冷な気候の土地です。
 オランディとは生活文化も大きく異なります。

「よく留学の話通りましたね。なんというか、ウチオランディあちらマルモワは相性が悪いといいますか……」
「あちらの首相のご子息がビャンコさんに興味を持って、申し出が来たらしいよ」
「あら、ビャンコさんが理由だったの!」
「グリフォンと空を舞う姿を見たご子息がずっと機会を伺ってたんだって」

 統率のとれた五十羽のグリフォンの舞う様は、新聞の一面を飾った事もありましたね。

「息子同士が仲良くなったら、関税安くならないかしらねぇ……素材で状態は良いし使いやすいのあるけど、どうしても原価がねぇ」
「私も同じ気持ちです。マルモワの木材は家具の材料としてとても良いんですけどね」

 マルモワは良質の鉱石や害獣の素材などが手に入りやすいです。
 私も欲しいものがありますが、やはり少し値段が高いです。
 閉鎖的なお国柄のせいか関税率が他国と比較して高いため、手が届きにくい物になっております。

「木材は分からないけど、革素材なら有り得るかもね」
「あら、どうして?」
「その留学してくるご子息が強力な術士らしくて、マルモワあっちで害獣を大量に駆除してるらしいよ」
「国のトップのご子息が術士で自ら害獣討伐ですか、流石は軍事国家ですね」
「そうだね。マルモワの首相が彼の術士の能力をかって養子として迎え入れたんだって」

 こちらで殿下自ら討伐に向かわれることはまずありません、早速文化の違いが出ております。

「今はその準備に忙しいんだけど、殿下が久しぶりに楽しそうだからちょっと安心して」
「あら、元気無かったの?」
「キーノスの事件が相当応えたみたいよ」
「あんな事件、誰も予想できないわよ」
「事件が起きたこともだけど……キーノスが治療費以外の賠償を受け取らない上に、お見舞いのお礼までして尚且つ元気で。悪いことをしたのに謝罪しきれていないって思ってるみたいだよ」

 そこをお気になされたのですか、しかし

「謝罪のお言葉なら入院中にいただきましたし、お見舞いの品もたくさん頂きましたので……当然の対応と考えておりました」

 殿下からは、病院での費用、退院時に着る服や実用品、花や異国の物語の本など……本当に多くのお見舞い品をいただきました。
 唯一退院の許可だけは頂けませんでしたが。

「難しいところですね、キーノスの対応が問題なさすぎたせいでしょうけど」
「だよね……殿下がマルモワから退院祝いが送るって。受け取ってあげてね」

 これ以上何か頂くのは心苦しいのですが、何かまたお礼を考えておいた方が良さそうです。
 殿下のお話をされて気がついたのか、少しだけバツが悪そうにカズロ様が言います。

「交換留学で来るご子息の事、明日の新聞になる話だから言っちゃったけど……」
「大丈夫よ、朝までは誰にも言わないわ!」
「殿下と留学の事は既に出てますから、予想してる方もいそうですね」

 今までの交換留学とは異なる部分が多いようですね。

 交換留学の話題が落ち着いた辺りで皆様の食事も済んだようで、食後にとシャンパーニュのご注文を頂きました。

「僕が言うのもだけど、彼女が居なくなってからリモワは平和だね」
「確かに、去年の騒動がなんだったのかと思ってしまいますね」
「アイツがきっかけで色々変わったけどね」
「変わったけど、被害と計算するとなぁ」
「私は大きくプラスです」
「シオだけよそんなの! ワタシはゼロかしらね」
「彼女がやろうとしてたことが実現してたら、確実にマイナスだよ……」

 実現していたら今頃街中央の噴水と市場が破壊されていたでしょう。

「結局キーノスも何ともなかったみたいになってるし、それが大きいよね」
「ホントよ! あなた本当に崖から落ちたの?」
「新聞で記載があった通りです」
「あの事件は色々驚かされましたけど、完治までは安静にして下さいね」

 私は一礼で返しました。
 実際は完治しておりますが、心配して頂いた事がとても嬉しく思えます。
 その後シャンパーニュを空けて直ぐに、皆様はご帰宅なさいました。


 私は調理場でお皿を洗ってから、磨くグラスを店内に移動させ磨く作業に入ります。
 時刻は日付が変わる少し前。
 今日は暖かいので、飲み直しにご来店されるお客様がいらっしゃるかもしれません。
 最近は物騒な噂が解消されたお陰か、少しだけお客様が増えています。

 そんな時、入口に二人の気配がします。
 私はグラスを置き、カウンターの前に出てご来店の準備をします。
 しかし、この足音は……。

「こんばんは」
「来てやったぞ、案内しろ」

 小さくため息つき、頭を下げます。

「カウンターの席へどうぞ」

 ビャンコ様とイザッコです。
 前回ご来店以来こちらで見ていなかったので、油断しておりました。

 お二人は私がご注文に対応させていただいた後、大変寛いだ状態になりました。

「キーちゃん、交換留学の話知ってる?」
「いくらコイツでも知らんわけないだろ、接客業だからな」
「じゃあさ、何を目当てで来るか知ってる?」
「術士の子供ガキなら大方お前だろ」
「そうとも限らないでしょ」
「じゃあグリフォンだろうな、マルモワの連中が好みそうな話だ」
「あのね、オレはキーちゃんに聞いてんの。イザッコはちょっと黙ってなよ」
「フン、どうせ同じ事だろ」

 このまま二人で話してくれれば良いですし、承服しかねますがイザッコの言う通りです。

「ハッ何も言わねぇのが答えだな」
「だからうるさいって言ってんでしょ! それでキーちゃん、相談があって」
「お断りします」
「早くない!? 話だけでも!」
「では、私がグラスを片付け終わるまででしたら」

 どうにも、ろくな事ではなさそうな雰囲気がします。
 あと三つ程磨いていないグラスがあり、彼からも見えているでしょう。
 私は宣言のあとすぐにグラス磨きを再開しました。

「交換留学のコ、オレに付きっきりになりそうなんよ。庁舎だけじゃなくてオレんとこにホームステイするとか言ってんだよ」
「良いじゃねぇか、異文化交流。何が不満だよ?」
「ヤだよ! とりあえず宿泊先は庁舎に変えてもらったけど」
「解決してんじゃねぇか」
「それ以外の時間が付きっきりなんよ!」
「そいつ術士なんだろ? お前くらいしか相手できるのいないだろ」

 一つ磨き終わりました、くもりもなさそうですね。

「それを半分キーちゃんに頼みたいんよ!」
「ハハッ! いくら術士だからってそりゃ無理だ、こんな根暗!」
「生活時間が逆転してますので、私に留学生の相手はできません」
「白いもんが好きなんじゃねぇか? 雪国出だし」
「そんな訳ないでしょ、それにオレ会ったことあんのよアイツ!」
「顔見知りかよ、なら良かったじゃねぇか」

 二つめのグラスも指紋の一つなく透き通っています。
 三つ目に手を伸ばし磨き始めます。

「良くない! アイツサラマンダーん時いたんよ近くに! オレとサラマン君が話してる間にずっとでっかい氷柱ぶつけようとして来てたんだよ? ヤバいよアイツ」

 グラスを磨く手が止まります。

「氷柱、ですか?」
「! そう氷柱! 二メートル位ありそうなのを二十本くらい!」
「それはまたかなり高威力ですね」
「オレとサラマン君と話してんでしょ! って言ってんのにずーーっと氷柱構えてんの」
「そいつは災難だったな」
「で、サラマン君と一緒にグリフォン達と帰ろうとしたら、背後から『オレの獲物だ!』とか言って氷柱飛ばしてきたんよ」
「ビャンコ様をグリフォンごとですか?」
「そう! おかしくない? それなのに留学でオレんとこ来るとかホント無理なんだけど」
「殿下は知ってんのかそれ?」
「うん、でも『良い手合わせが出来そうですね!』って……キーちゃんお願い! ホントアイツ無理なのオレ!」

 私にどうしろと……とは思いますが、いくつか疑問が残る話ですね。

「そもそも、何故ビャンコ様と彼が遭遇したのですか? 国境内での出来事なのですよね?」
「そりゃウチの国内だけど、なんだっけ? 追っかけてきた? いや関係ないとかなんとか言ってたような」
「交戦中だったのか?」
「いや、確か……そうだ! オレがサラマン君と話し始めたら『お前何してんだ!』って後ろから氷柱構えて出てきたんよ」
「彼は国境を超えてサラマンダーを討伐しに来て、そこで遭遇したのですか?」
「そうそう! 後で調べて誰かは知ったけど……まさかお隣の首相のご子息とか思わないじゃん」
「何かなさったのですか?」
「オレはしてないよ、グリフォンが彼を威嚇してたけどね」
「宥めてやれよ」
「あのね、背後から二メートルの氷柱、目の前には怯えたサラマン君よ? 宥めてやる理由なんかないでしょ」

 過去に脅迫された経験があったのですね。

「ま、大変だったみたいだけど諦めるしかねぇな。騎士つけてやるからそれで我慢しろ」
「ううぅん、嫌な予感しかしない……」

 ビャンコ様の身の上には多少同情しますが、私に出来ることはなさそうです。
 ただ、異世界人が去った後もリモワは賑やかな噂で溢れそうです。
 来週から始まる留学生達がどんな方なのか楽しみです。
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