王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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凍る道化の恋物語

#1

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 若葉が青く染まり、春の陽気で暖かいこの季節。
 温暖なオランディの首都は、これから輝く季節に入ります。

 先週殿下と入れ替わるように、オランディには数名の留学生が訪れました。
 全員で四名、国家の代表になる人物が一名と他は意欲の高い学生が選ばれるそうです。
 代表はマルモワ国首相のご子息、お名前はケータ・マルモワ様。
 来訪当日にパレードが行われ、国を上げての大歓迎をされたと新聞で拝見しました。

 意外だったのが、ケータ様以外の三名が学生ではなく若いマルモワの兵士の方だった事です。
 その影響で庁舎内にご滞在頂く予定を変更し、王都の中心地から少し離れた場所にあるイザッコの屋敷でのホームステイになったとか。
 彼らが来てからビャンコ様のご来店の頻度が上がり、連日のように詳細を教えてくださいます。

 それから一週間は特別なことも無く過ぎていきました。
 本日は明るい陽気に誘われ買い物を兼ねた散策をしつつ、今はいつも立ち寄る喫茶店で紅茶とタルトトルタを頂いております。
 少し休憩したらモウカハナの新メニューの氷菓に良さそうなボウルを探したいと考えております。

 去年の今頃は避けていた視線も、私を忌み嫌ってのものではないと分かってからはこうした外出も少しだけ気軽になりました。
 本音を言えば視線が無いのが一番良いのですが、そこはビャンコ様にもう少し恩を売らないと叶わなそうです。

 視線と言えば……先程から気になってはいるのですが、喫茶店の外からずっと店内を伺っている方がいますね。
 ここが決して高級店などではないのは外の看板でわかりそうですが、なかなか一歩目を踏み出すのに勇気がいるのかもしれません。
 さすがに不審に思った店員の方が彼女に声をかけに行ったようですが、少し会話した後で立ち去ったようです。
 ここのタルトトルタは美味しいので彼女は勿体ない事をしましたね。

 私は喫茶店で会計をし店をあとにしてから、ガラス食器を扱うお店に向かいます。
 喫茶店からは少し歩きますが、今の時期のリモワは花に溢れているので歩いているだけで楽しめます。
 数ヶ月前メル様を苦しめたバラが美しく咲いていて、仄かに香っています。
 私は時折足を止め花を観察しては歩みを進め、リモワの散歩を楽しんでいます。

「そこの殿方」

 この辺りのバラもいくつか色に種類がありますが、私は白いバラが好きなのでついつい見入ってしまいます。
 このままのんびり散策をするのも楽しいですが、ガラス食器を探すのが今回の目的です。

「花と戯れている、そこの殿方」

 この運河沿いの道を辿ればお店の前にたどり着けます。
 この麗らかな陽気なら探し人にもすぐに出会うことが出来るでしょう。
 私はカキゴオリに思いを馳せながら、食器店へ歩みを進めました。

​───────

 モウカハナ開店から二時間。
 本日は珍しい時刻に珍しいお客様がご来店されております。
 珍しい……というだけでは言葉が足りないかもしれません。

「ここのラムは見たことがない物が多く新鮮です。団長殿、本日はご相伴に預かり誠にありがとうございます」
「構わねぇよ、兵士ならたまには息抜きも必要だろ」
「話の分かる団長様でオランディは羨ましいなぁ、うちは厳しいっすからねぇ」

 イザッコとその屋敷に滞在中のマルモワの兵士二名です。
 こちらに滞在して一週間が経ち、お二人は「人目につかず息抜きが出来る場所がないか」とイザッコに相談してきたそうです。
 確かに分かりにくい立地にある当店は条件に当てはまりますが、ビャンコ様と遭遇する可能性に関してはどうお考えなのでしょうか。

「使われている食器などもマルモワでは見た事が無いものばかりで、とても新鮮です」

 黒縁のメガネを掛けた姿勢の良い方はギュンター様。
 短い黒髪とイザッコへの勤勉な態度は兵士の鏡のような方です。

「場所も中心地から遠いからウチの坊じゃ見つけられないっしょ。気が緩むっすねぇ」

 崩れた口調で伸びをしながら話すのはハーロルト様。
 明るい髪色と着崩した服から軽薄な印象があり、ギュンター様とは対照的ですね。

「最初学生じゃなかつたのは面食らったが、一週間もいるとお前らになった理由も分からんでもない」
「おりっすよ。アレでもまだマシっす、菓子持ってこいとか言うっすよそのうち」
「ルト、そういう事はあまり言うな」
「何よ、息抜きしたいって言ったのギュンターっしょ」
「そもそも今日は団長殿に謝罪するために来たんだし、お前は誘ってない」
「謝罪って、しっかり息抜きしてるくせに」
「それはそれだ。ケータさんがいたら謝罪にならないからこうして別の場でだな」

 兵士二名の会話に小さな咳払いと共にイザッコが割り込みます。

「結局、今日ビャンコと何があったんだ? 騎士から軽く報告だけは聞いたが」
「本当にご迷惑をお掛けしました、本来なら我々マルモワの兵士が治めるべき所を騎士の方の手を煩わせてしまいしまいまして」

​───────

 昼を過ぎた時刻。
 庁舎の中庭にある日時計の前で、留学生のケータとその護衛でギュンターがベンチに腰掛けていた。
 花が咲き乱れる麗らかなそこへ、全身で白を体現している男が通りかかった。
 それを見たケータは立ち上がり、中庭を歩くビャンコを指をさし叫んだ。

「やっと見つけだぞ! あの時俺からサラマンダーを奪ったヤツ!」

 そのままビャンコの前まで歩み寄り、指を鼻先に突きつける。
 周囲には数名の職員がおり、突然の出来事に注目が集まる。
 ギュンターはようやくケータがここに座っていた意図を理解し、背後に駆け寄り彼の肩に手を置き諌める。

「ケータさん、失礼にあたります。謝ってください」

 護衛兼おりとしてここオランディに来た以上、こういった事態は想定していた。
 この後の展開も想像に容易い。

「なぜだ! 俺はコイツに会いに来たんだ!」

 素直に謝るはずもない。
 仕方がないので、ケータとビャンコの間に割って入り頭を下げる。

「ご無礼を申し訳ありません」

 背後でなにか騒ぐケータを制しながら、頭を上げビャンコの顔を見る。
 キョトンとした顔でこちらを見ていたが、ギュンターの謝罪を見て微笑みを浮かべ数歩後ろに下がる。

「こちらこそご挨拶しておりませんでしたね。私はビャンコと申します、ここで聖獣の管理を担っております」

 ニコリと微笑みながら自己紹介をするビャンコに、ギュンターは背筋を伸ばして答える。

「ご丁寧にありがとうございます。俺はギュンター・ベルツ、マルモワの一兵卒です」

 右手を胸に当て、マルモワ流の敬礼をしてみせる。
 手を下ろしてから背後に視線をやりケータを指す。

「こちらは我が国から留学に参りましたケータ・マルモワです。先程は大変失礼致しました」

 ケータに代わりギュンターが謝罪をするが、その様子を見たケータが激昂する。

「ギュンター! 勝手なことをするな!」

 ケータがギュンターを押しのけようにも、少し揺れる程度で動かすことができない。
 全く退かないギュンターに苛立ったケータがギュンターの横から回り込む。

「おいお前、あの時よくも俺から獲物を奪っていきやがったな! やっと見つけたレア魔物をあの後どうした! 答えろ!!」

 ビャンコの胸ぐらを掴み凄むケータに、笑みを崩さず困ったように両手を上げながらビャンコが答えた。

「申し訳ありません、管理してる聖獣や魔獣の事を簡単にはお伝えすることは出来ないのですよ」
「知るか! お前が俺から奪ったんだろう! サラマンダーがダメならグリフォンを寄越せ、それで我慢してやる!」
「グリフォンはものではありせんよ、私の意思で決めることではありません」
「グダグダと御託を……だったら今ここで俺と勝負しろ!」

 ビャンコを突き飛ばし、ケータが距離を取ってから空中に氷柱を何本か呼び出す。
 ゆらゆらと揺れる氷柱は、いずれもビャンコに先端が向けられている。

「ケータさん! やり過ぎです、今すぐ氷柱を消してください!」
「黙れ! 俺に指図するな!」

 取り抑えようとするギュンターにも氷柱の一本が向けられる。
 危険と判断した数名の騎士が職員を中庭の外へ誘導し、ケータとビャンコを取り囲む。
 ここまで無言で微笑んでいたビャンコだが、少し目を細めて視線を氷柱に向けた。

「申し訳ありませんが、ここで暴力的な事はしたくありませんので」

 そう言った後で何か小声で呟く。
 すると、氷柱が空に向かって溶けながら消滅した。

「き、貴様! 何をした!」
「こういう事は騎士団の演習場でやりましょうね」

 ビャンコは上空を見上げた。
 つられてケータが視線を追うと、そこには鳩の大群が舞い降りてきていた。
 鳩たちはビャンコを取り囲み、そのまま上空へと飛び去っていった。

「おい! 貴様逃げるな!」
「ケータさん! 謝ってください! 本当に何してるんですか!」

 ギュンターが暴れるケータを後ろから羽交い締めにする。

「クソッ、離せ! 許さんぞ!!」

​───────

「あぁー、やっちゃったんだ」
「あのまま斬られても文句は言えないだろうな……」
「お前らのフォローにもならんが、相手がビャンコアイツでその程度で済んで良かったな」
「え? やっぱお強いんですか?」
「俺なら留学生殴ってでも止めたな」
「本当に申し訳ありませんでした! 彼に代わって俺から謝罪させて下さい!」
「……大変だなお前ら」

 交換留学が始まってまだ一週間ですが、苦労が垣間見えるようです。
 しかし国の役職に就いているビャンコ様に白昼堂々喧嘩を売るとは、随分問題のある方ですね。

「今日初めてビャンコさん拝見しましたが、噂に違わず美しい方でしたね」
「う、まぁ……そうだな……」

 この様子を拝見する限り、彼らは日付が変わる前にお帰りになる方が良さそうですね。
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