王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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凍る道化の恋物語

#4

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 シオ様の恋愛に関しての話で盛り上がっている中、少し離れた位置に座っているお客様に声をかけます。
 グラスが空いてはいないようですが、先程からこちらを気にしていらっしゃるようです。

「何かお召し上がりになりますか? 必要ならメニューをお持ちしますが」

 先日イザッコとご来店なさっていたギュンター様ですね。
 今日はお一人でのご来店です。

「では……何かラム以外で、ここでしか飲めないようなものはありますか?」
「ございます。好みが分かれますので、まずは試飲などいかがですか?」
「是非お願いします、どういったものですか?」
「ジュンマイシュという、リーソを使用したお酒です」
「確かにマルモワでは聞いた事がないですね」

 私はショットグラスをいくつか用意し、同じ数の種類だけジュンマイシュをそれぞれのグラスに注ぎます。
 常連の皆様はさっぱりとしか辛口の物を好みますが、ラムを好む彼は甘口の物を好む可能性があります。
 案の定と言いますか、彼は一番甘口の物に興味を示しそちらをグラスでご注文なさいました。
 グラスを受け取り一口召し上がってから、少し言いにくそうに私に告げました。

「その……キーノスさんは団長殿と親しいかと思うので、相談したいのですが」
「決して親しくはありませんので、答えられる範囲は限られます」
「えっ親しくないのですか?」
「はい。こちらへ稀にいらっしゃる程度です」
「そうでしたか、団長殿はよくあなたの話をなさるのでてっきり……」
「その話には多く誤解が含まれているかと思います」
「そうですね、言われてみればキーノスさんが団長殿と殴り合うとか有り得ませんよね」

 他国の兵士に何を話したのでしょうか彼は。
 これは早々に本題に移行して頂くのが良さそうです。

「ところで、ご相談とはどういった内容でしょうか?」
「あぁ、すみません。キーノスさんは色恋沙汰に強いように見えるのでお伺いしたいのですが」
「強くありません、ですので私では相談相手には不適切かと」
「ええ? その、失礼かもしれませんが百戦錬磨と言われても納得できる雰囲気と言いますか」

 ーーぶふっ……

 あちらのカウンターでお酒を吹き出す音が聞こえますね。
 私は小さくため息をつき、タオルをお渡しに行きますが。
 皆様が笑いをこらえて震えています。

「こちらをお使いください」
「悪い、ツボって……」

 笑わなくても良いでしょうに。
 私がギュンター様の前へ移動しようとした時、シオ様から声がかかります。

「キーノス、失礼でなければ彼を紹介してくださいませんか?」

 チラリとギュンター様を見ると、頷いて返してくださいます。
 支障はなさそうですし、仲介させていただく事にしました。

​───────

「なるほど。キーノスさんが恋愛相談の相手には不適切なのはよく分かりました、が」
「分かるぞ、言いたいことはよく分かるぞ」
「いくら探りを入れても未だに謎なんですよ」
「リモワ七つの謎の一つよ、留学から帰ったら酒の肴にすると良いわ」

 不名誉な噂にしかならなそうですし、他の六つが何か気になるところです。
 四名のお客様は軽く自己紹介をした後すぐに打ち解け、ギュンター様は一番近くに座っていたシオ様の横へ席を移動されました。

「姉が喜びそうな話題です」
「あらっ、姉ってゾフィちゃんの事?」
「はい、俺の実の姉です」
「まぁ! そうだったの! でもその割に似てないわね、メガネのせいかしら?」
「俺が母に似て、姉は父に似ているせいだからだと思います」
「今リモワで話題の美女になってますね」
「さっきのキーノスに言おうとしたのも、そのモテる姉貴の話か?」
「いえ、姉ではなく一緒にきたケータさんに関して困った事がありまして」
「ケータさん……とは、あのご子息の方ですか?」
「はい」

 ジュンマイシュを一口飲み、ため息をつきます。

「彼はその、よく言えば純粋なんですけど、恋愛に関して少し暴走気味なところがありまして」
「お子様って事かしら?」
「……一言で言えばそうなります。身近にいる見目の良い女性にすぐアプローチするのですが、方法が拙くて相手を怒らせる事が多いんですよ」
「ほぉ、じゃあ相談ってのは姉貴に付きまとうからどうしたら良いか? ってとこか?」
「姉には既にフラれてます」
「じゃあお相手は誰なのかしら?」
「その、居候先の団長殿の娘さんで……」
「騎士団長の! 無謀な事するわね!」
「仰る通りです。このまま下手をすれば追い出されかねないので、団長殿と親しく恋愛に強そうなキーノスさんに対策を相談出来ればと思ったのですが」

 確かに先日のイザッコの様子から考えると可能性がありますね。

「娘さんはどんな反応なんですか? 脈がありそうなら、追い出されはしないかもしれませんよ」
「そろそろ拒絶の手段が平手から拳に変わりそうな空気があります」
「だいぶヤバいじゃねぇか」
「はい。こっちに来てからまさかこんな事で苦労するとは思わず、今日は団長殿に一言告げて逃げてきました」
「ギュンター君としては、娘さんとケータさんが上手くいって欲しいのかしら?」
「……俺個人の意見で言うなら、ケータさんに諦めて欲しいと思ってます」
「まぁ、そうよね」

 ギュンター様のお考えは理性的で正しいかと思います。
 ケータ様は術士かもしれませんが、イザッコより強いかと言われると無理がありそうに見えます。

「失礼ながら、先程の皆様の話を聞いてしまい。リモワの男性はマルモワの兵士よりも色恋沙汰に長けていると思いまして」
「そんなのシオくらいよ?」
「さっきの話聞いてました? 私フラれてるんですが」
「まぁキーノスは違うな」

 ミケーノ様がジュンマイシュを一口飲みます。

「似た状況の話なら聞いた事あるな。行商でリモワに来た商人だったんだが、泊まってた宿屋の店員に惚れ込んじまって」
「あら本当にそっくりね」
「なんと! それで、彼はどうしたんですか?」
「毎日土産持って会いに行ってその度にデートに誘ってはフラれ、国に帰る直前にやっと一回だけデートにこぎ着けたってな」
「お付き合いにはならなかったのですか?」
「あぁ。お互い自分の国から出る気はなかったし、男もそこを遠慮してたから『デート』なんだとよ」
「その、どんな誘い方をなさってたのですか?」
「まず朝起きたら花束を買いに出て、店員の出勤の時に渡す」
「ほ、他には」
「買い出しは出来るだけついて行って荷物持ちするとか、商人の『ついで』で済む手伝いは全部したってよ」
「お相手の評価を下げないためですか、出来る方ですね」
「あとは別れ際に必ず『また明日』とか、次にまた会う約束をするんだってよ」
「いい男ねぇ、それは意識しちゃうわね」
「とにかくマメ、下手に、紳士に! だってよ」

 確かに物語の一説のような素敵な話です。

「なるほど、それならケータさんにも出来そうです!」
「いや、俺が言うその商人なんだがな」
「すぐ実践させてみます、キーノスさんお会計をお願いします!」
「かしこまりました」

 ギュンター様は勢いよく立ち上がり、釣り銭の要らない額をカウンターに置いて店から出ていきました。


「若さねぇ……」

 私は上司のためにここまで尽くせる方も珍しいと思ってしまいました。

「ミケーノ、何か言いかけませんでした?」
「あぁ……その、打ち上げでジャンに会ったの覚えてるか?」
「あのオデンで喜んでた君のお店の?」
「そいつだ。さっきの商人と宿屋の店員の息子だよ」
「え! 結婚したの!?」
「商人がリモワに移住したんだよ。それで今は宿屋兼鑑定屋やってるよ」
「へぇ~素敵な恋物語があるものねぇ」
「でも、それじゃあギュンター君の希望とは違うんじゃないですか?」
「そうなんだよな……色々違うんだが、それ言う前に帰っちまったな」
「でも、騎士団長の娘と隣国の王子様なんてお似合いじゃない?」
「言われてみれば確かに」
「やっぱ男はマメさよ! ケータ君頑張って欲しいわね!」
「お前も男だろ」
「えぇ! ワタシは好きになったコにはすんごくマメよ、彼女の事を考えるだけで幸せだからマメになっちゃうの!」

 明るく言うカーラ様とは対照的に、暗い声色でシオ様がつぶやきました。

「私にはその情熱が足りなかったんですかね……」
「あら違うわよ? シオがフラれたのは単純よ」
「分かるんですか?」
「頭良かったでしょそのコ、大人っていうか」
「よく分かりますね、そういうヒトでした」
「多分シオといるとダメになるって思ったからフったのよ。強そうとかは建前で、多分あなたが諦める思ってるから言ったんだと思うわ」
「いや、そんな……心当たりはありますが」
「シオってすごく気が効くじゃない? だから自立心強い女の子からすると全力で好きか拒否かどっちかになるんでしょうね」
「そうなると、私は当分彼女が作れないのでは……」
「そぉ? 簡単じゃない? ちょっと弱いとこ見せるのよ。それだけでコロッと落ちるわよ」
「……初めてお前が怖いと思った」
「あら失礼ね、ワタシこの口調のせいで苦労してんだからこの位は当たり前よ」

 百戦錬磨はカーラ様ですね。
 恋心とは難しいと再認識させられました。

 もしミケーノ様の話の流れ通りになるなら、イザッコとマルモワ首相が親族になりますね。
 イザッコとギュンター様は良い顔をしていなかったようですが、ケータ様の努力次第で違う結果になるのでしょうか。
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