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凍る道化の恋物語
#8
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本日のモウカハナには、すっかり馴染みのお客様になりつつあるギュンター様とハーロルト様がご来店されています。
イザッコもここなら安心と送り出してるのかもしれませんが……会話の中に機密に当たりそうな内容も多いため、私の立場からすると気苦労が増えます。
「闘技会、ウチの坊諦めてくれて良かったねマジで」
「模擬戦の後しばらく落ち込んでたが、その程度で済んで何よりだ」
『オレらに勝てないのに騎士団相手とかねぇ』
『俺達も負けるわけにはいかんが、ケータさんは体力はないからな』
模擬戦の結果、留学生のケータ様は闘技会への参加を諦めたようです。
来週に予定されている闘技会には兵士三名の方が参加する予定になっているそうです。
『でも術士ってすごいな! ウチの坊なんて小指でちょいっと』
『……あれは本当に無様だったな』
『国に報告できないね』
『全てにおいて無理だな、国際問題になる』
『まっさかオランディの魔獣かトップ殺すために権力と術で脅迫したなんて、バカすぎっしょ』
『オランディ側もまさか替え玉を出すとはな』
私に聞かせたくない内容をあちらの言葉で話しているようですが、私には理解できております。
分からないと踏んで話してるのかもしれませんが、盗み聞きをしているようで自分の店なのにいたたまれなくなります。
『たまたま来てた手品師とか、ありえなすぎて笑いそうになったよ』
『替え玉をわざわざ出したのは、あの局長は術士じゃないのか?』
『いや、術士でしょ。表立って使えない理由があんじゃね?』
『わざわざ見え透いた嘘ついてまで?』
『ウチの坊と同じで事故るくらいコントロールが下手くそとか』
『そっちの線のが薄そうだ』
『でしょ?』
ハーロルト様が大正解ですね。
大変不本意でしたが、私が代理にならなかったら大事故でした。
あの氷柱の生成速度などを考えると、ビャンコ様では回避出来なかったと思いますし。
『ケータさんのワガママに一晩で応えられたんだからすぐに連絡がつく位置にいるな』
『術士の部隊がある線はどうよ?』
『ないだろうな、国が抱えてる術士が何人かいる可能性はあるが』
『あの手品師はそうだろうね……最低でも術士は二人かぁ』
『正体が分かったら正式に報告だな』
『オレはまた潜って調査だね』
『分かりそうか?』
『うーん……あの人、なんだっけマー……』
『開花の手品師だ』
『何、知ってんの?』
『俺たちの言葉に直すと、多分こうなる』
『……了解、資料取り寄せるわ』
……さて、どうしましょうか。
師匠の弟子が各地にいる事など、軍事国家の調査機関が調べたらすぐに分かる事でしょう。
それを私に結びつけないようにしなければ、平穏な生活が脅かされます。
「ねぇねぇ、えっとキーノスさん」
「はい、いかがなさいました?」
突然ハーロルト様からこちらの言語で声がかかります。
言語の切り替えの滑らかさは流石です。
「開花の手品師って知ってます?」
こうもすぐに聞いてくるとは、本当に私が理解出来ていないとお考えのようですね。
「お名前だけなら聞いたことがあります」
「おっマジすか!」
「確か諸国を回っているとか、以前オランディにもいらした事があると聞きました」
ここまでは一般的な説明です。
「へぇー! 有名なんすか?」
「どうでしょうか……私も昔お客様からお噂で聞いただけですので、明確な事はお答えできませんね」
「それはいつ頃の事ですか?」
「お噂を聞いたのはかなり前ですね」
「どんな噂だったんすか?」
「確か……オランディ建国祭で手品を披露したとか、そんなお話です」
「なるほど」
模擬戦の情報は一般に公表されてはいません。
ここまではオランディの国民なら知っている可能性のある内容です。
「あ、そうだ! ついでになんすけど、リモワに術士っています? ビャンコさん以外で」
こういう方なのは知ってましたが、質問が正直すぎませんか?
これは私が言語を理解しているのを知られては厄介な予感がします。
「私が知る限りでは、今はもういらっしゃいませんね」
「今は? というと?」
「春頃までは異世界人の女性がこの国にはいました」
「えっ、異世界人ですか?」
「はい。オランディの新聞で何度か記事になっている程度に有名な方です」
「今はなぜいないのですか?」
「元の世界へ戻ったと言われています」
「戻せるんすか!?」
「本当に戻ったかは定かではありませんが、消えたのは間違いありません」
「断言しますね」
「新聞には掲載されなかったのであまり大きな声で言えませんが、私はその場に居合わせておりますので」
話しながら、今回の手品師が私ではない証明をする手段を思いつきました。
急ぎあちらからはわからないように、靴下を利用して服の中にキツく締めた包帯を作ります。
「居合わせたというのは?」
「彼女に崖から突き落とされたのですよ。その時に彼女が消えるのを私と騎士の方が目撃しております」
「崖から!? 大事故じゃないですか!」
「三ヶ月程前の事ですので、まだ怪我が完治しきれておりません。リハビリも兼ねてここの営業を再開しております」
「よくご無事でしたね……」
「運が良かったと言われました。幸い何ヶ所かの骨折だけで済みました」
私は右袖を捲り、包帯をお見せします。
「ギブスは取れましたが、固定はしております」
「他の場所もですか?」
「はい。杖の必要はもう無くなりましたが、まだ過度な運動は控えるようにしています」
「そんな素振り全然見えなかった……」
「お客様の中には私の怪我をご存知の方がいらっしゃいますので、あまり心配をおかけしないようにしております」
「大変だったんですね……いや、まだ治ってないから過去形にするのは失礼ですね」
「ご心配ありがとうございます」
骨折が完治していないとすれば、あの時の立ち回りはできるはずがありませんよね。
と、言いながら今更気付きましたが……
手品師の正体を知っている方々は同時に怪我の事も知っているはずです。
三ヶ月前に大怪我したバリスタに模擬戦の代打を依頼したと考えると……
私も忘れていましたが、今回の事はもう少し真剣に考えた方が良いかもしれません。
「じゃあさ、その異世界人ってどんな人だったんすか?」
「そう、ですね……」
どうしても最後のインパクトが強くて言葉に詰まります。
「個性的……独自の感性をお持ちの方でした」
「どんな術使ってたんすか?」
「存じ上げません、実際に使用している所を見た方の話は聞いたこともありませんね」
「え? でも術士だったんすよね?」
「おそらくは、です。オランディの歴史に残る異世界人は術士である事が多いので、彼女もそうだったのではないかと言われています」
すっとぼけるのも疲れますね……
これは早急に何か対策を取らないと面倒に巻き込まれる予感がします。
「言いにくければ良いのですが、なぜ突き落とされたのですか?」
「お付き合いをお断りしたから、ですかね……」
「そんな事でですか?」
「先程独自の感性を持った方だと申しましたが、どういった訳か私が彼女を慕っているとお考えで。お付き合いをお断りしたところ納得していただけず、場所が悪かったと言いますか……」
歯切れの悪い回答ですが、全くの嘘という訳ではありません。
私が持っているはずの情報だけで見ればこの回答になるはずです。
「典型的な恋愛脳っすねー」
「恋愛脳ですか?」
「恋に恋して現実見れないみたいな? それで崖から落とされたらたまったもんじゃねぇっすけど」
「そのような考え方があるのですね」
「モテる人は辛いっすねぇ」
私は特に何も言わず一礼して返します。
それを見たお二人は、再度あちらの言葉での会話に戻ります。
『マスターは違うみたいだな、骨折して三ヶ月ならあの動きは無理だろ』
『そうだね。今んとこ一番怪しかったんだけどなぁ、一応病院の記録は調べとくけど』
『任せる。それと気になるんだが、異世界人って元の世界に戻せるのか?』
『聞いたことないよね、でもその女の人? いないし消えたんだよね』
『この人が嘘を言ってるとは思わないが、これも調べた方が良さそうだな。こっちは俺がやる』
『もし方法分かったら今回の留学大成功だね』
『そうだな、シーラッハさんにいい報告が出来そうだ』
……さて、本当にどうしましょうか。
軍事国家の兵士が自国の術士の事を秘密裏に調査をしようとしていて、それを誰かに報告しようとしている……のですよねこれは。
術士の留学生が騎士団の大会に出たいと言い出したのを止めないのはおかしいと思ってましたが、こういう事情でしたか……。
ここで話をする理由はいくつか考えられます。
下宿先は騎士団長の私邸ですし、ケータ様がいるので不適切として。
騎士団長と知り合いの私から情報を引き出し、ついでに私自身にも疑惑を掛けているのでしょう。
あとは店に仕掛けてある術の一つが違う形で作用して、彼らの口が軽くなっているからかと思います。
お客様に寛いでもらう為のものですが、普段から強いストレス下にいる彼らには効きすぎるのでしょう。
彼らはしばらく話した後、会計をして店を去りました。
早急に対策を練りたいところですが、途方に暮れてしまいます。
誰もいなくなった店内で私はタバコに火をつけました。
吐き出した煙は空気中に拡散し、すぐに見えなくなりました。
こんな風に、悩みの種が消えて無くなれば良いのですけどね。
イザッコもここなら安心と送り出してるのかもしれませんが……会話の中に機密に当たりそうな内容も多いため、私の立場からすると気苦労が増えます。
「闘技会、ウチの坊諦めてくれて良かったねマジで」
「模擬戦の後しばらく落ち込んでたが、その程度で済んで何よりだ」
『オレらに勝てないのに騎士団相手とかねぇ』
『俺達も負けるわけにはいかんが、ケータさんは体力はないからな』
模擬戦の結果、留学生のケータ様は闘技会への参加を諦めたようです。
来週に予定されている闘技会には兵士三名の方が参加する予定になっているそうです。
『でも術士ってすごいな! ウチの坊なんて小指でちょいっと』
『……あれは本当に無様だったな』
『国に報告できないね』
『全てにおいて無理だな、国際問題になる』
『まっさかオランディの魔獣かトップ殺すために権力と術で脅迫したなんて、バカすぎっしょ』
『オランディ側もまさか替え玉を出すとはな』
私に聞かせたくない内容をあちらの言葉で話しているようですが、私には理解できております。
分からないと踏んで話してるのかもしれませんが、盗み聞きをしているようで自分の店なのにいたたまれなくなります。
『たまたま来てた手品師とか、ありえなすぎて笑いそうになったよ』
『替え玉をわざわざ出したのは、あの局長は術士じゃないのか?』
『いや、術士でしょ。表立って使えない理由があんじゃね?』
『わざわざ見え透いた嘘ついてまで?』
『ウチの坊と同じで事故るくらいコントロールが下手くそとか』
『そっちの線のが薄そうだ』
『でしょ?』
ハーロルト様が大正解ですね。
大変不本意でしたが、私が代理にならなかったら大事故でした。
あの氷柱の生成速度などを考えると、ビャンコ様では回避出来なかったと思いますし。
『ケータさんのワガママに一晩で応えられたんだからすぐに連絡がつく位置にいるな』
『術士の部隊がある線はどうよ?』
『ないだろうな、国が抱えてる術士が何人かいる可能性はあるが』
『あの手品師はそうだろうね……最低でも術士は二人かぁ』
『正体が分かったら正式に報告だな』
『オレはまた潜って調査だね』
『分かりそうか?』
『うーん……あの人、なんだっけマー……』
『開花の手品師だ』
『何、知ってんの?』
『俺たちの言葉に直すと、多分こうなる』
『……了解、資料取り寄せるわ』
……さて、どうしましょうか。
師匠の弟子が各地にいる事など、軍事国家の調査機関が調べたらすぐに分かる事でしょう。
それを私に結びつけないようにしなければ、平穏な生活が脅かされます。
「ねぇねぇ、えっとキーノスさん」
「はい、いかがなさいました?」
突然ハーロルト様からこちらの言語で声がかかります。
言語の切り替えの滑らかさは流石です。
「開花の手品師って知ってます?」
こうもすぐに聞いてくるとは、本当に私が理解出来ていないとお考えのようですね。
「お名前だけなら聞いたことがあります」
「おっマジすか!」
「確か諸国を回っているとか、以前オランディにもいらした事があると聞きました」
ここまでは一般的な説明です。
「へぇー! 有名なんすか?」
「どうでしょうか……私も昔お客様からお噂で聞いただけですので、明確な事はお答えできませんね」
「それはいつ頃の事ですか?」
「お噂を聞いたのはかなり前ですね」
「どんな噂だったんすか?」
「確か……オランディ建国祭で手品を披露したとか、そんなお話です」
「なるほど」
模擬戦の情報は一般に公表されてはいません。
ここまではオランディの国民なら知っている可能性のある内容です。
「あ、そうだ! ついでになんすけど、リモワに術士っています? ビャンコさん以外で」
こういう方なのは知ってましたが、質問が正直すぎませんか?
これは私が言語を理解しているのを知られては厄介な予感がします。
「私が知る限りでは、今はもういらっしゃいませんね」
「今は? というと?」
「春頃までは異世界人の女性がこの国にはいました」
「えっ、異世界人ですか?」
「はい。オランディの新聞で何度か記事になっている程度に有名な方です」
「今はなぜいないのですか?」
「元の世界へ戻ったと言われています」
「戻せるんすか!?」
「本当に戻ったかは定かではありませんが、消えたのは間違いありません」
「断言しますね」
「新聞には掲載されなかったのであまり大きな声で言えませんが、私はその場に居合わせておりますので」
話しながら、今回の手品師が私ではない証明をする手段を思いつきました。
急ぎあちらからはわからないように、靴下を利用して服の中にキツく締めた包帯を作ります。
「居合わせたというのは?」
「彼女に崖から突き落とされたのですよ。その時に彼女が消えるのを私と騎士の方が目撃しております」
「崖から!? 大事故じゃないですか!」
「三ヶ月程前の事ですので、まだ怪我が完治しきれておりません。リハビリも兼ねてここの営業を再開しております」
「よくご無事でしたね……」
「運が良かったと言われました。幸い何ヶ所かの骨折だけで済みました」
私は右袖を捲り、包帯をお見せします。
「ギブスは取れましたが、固定はしております」
「他の場所もですか?」
「はい。杖の必要はもう無くなりましたが、まだ過度な運動は控えるようにしています」
「そんな素振り全然見えなかった……」
「お客様の中には私の怪我をご存知の方がいらっしゃいますので、あまり心配をおかけしないようにしております」
「大変だったんですね……いや、まだ治ってないから過去形にするのは失礼ですね」
「ご心配ありがとうございます」
骨折が完治していないとすれば、あの時の立ち回りはできるはずがありませんよね。
と、言いながら今更気付きましたが……
手品師の正体を知っている方々は同時に怪我の事も知っているはずです。
三ヶ月前に大怪我したバリスタに模擬戦の代打を依頼したと考えると……
私も忘れていましたが、今回の事はもう少し真剣に考えた方が良いかもしれません。
「じゃあさ、その異世界人ってどんな人だったんすか?」
「そう、ですね……」
どうしても最後のインパクトが強くて言葉に詰まります。
「個性的……独自の感性をお持ちの方でした」
「どんな術使ってたんすか?」
「存じ上げません、実際に使用している所を見た方の話は聞いたこともありませんね」
「え? でも術士だったんすよね?」
「おそらくは、です。オランディの歴史に残る異世界人は術士である事が多いので、彼女もそうだったのではないかと言われています」
すっとぼけるのも疲れますね……
これは早急に何か対策を取らないと面倒に巻き込まれる予感がします。
「言いにくければ良いのですが、なぜ突き落とされたのですか?」
「お付き合いをお断りしたから、ですかね……」
「そんな事でですか?」
「先程独自の感性を持った方だと申しましたが、どういった訳か私が彼女を慕っているとお考えで。お付き合いをお断りしたところ納得していただけず、場所が悪かったと言いますか……」
歯切れの悪い回答ですが、全くの嘘という訳ではありません。
私が持っているはずの情報だけで見ればこの回答になるはずです。
「典型的な恋愛脳っすねー」
「恋愛脳ですか?」
「恋に恋して現実見れないみたいな? それで崖から落とされたらたまったもんじゃねぇっすけど」
「そのような考え方があるのですね」
「モテる人は辛いっすねぇ」
私は特に何も言わず一礼して返します。
それを見たお二人は、再度あちらの言葉での会話に戻ります。
『マスターは違うみたいだな、骨折して三ヶ月ならあの動きは無理だろ』
『そうだね。今んとこ一番怪しかったんだけどなぁ、一応病院の記録は調べとくけど』
『任せる。それと気になるんだが、異世界人って元の世界に戻せるのか?』
『聞いたことないよね、でもその女の人? いないし消えたんだよね』
『この人が嘘を言ってるとは思わないが、これも調べた方が良さそうだな。こっちは俺がやる』
『もし方法分かったら今回の留学大成功だね』
『そうだな、シーラッハさんにいい報告が出来そうだ』
……さて、本当にどうしましょうか。
軍事国家の兵士が自国の術士の事を秘密裏に調査をしようとしていて、それを誰かに報告しようとしている……のですよねこれは。
術士の留学生が騎士団の大会に出たいと言い出したのを止めないのはおかしいと思ってましたが、こういう事情でしたか……。
ここで話をする理由はいくつか考えられます。
下宿先は騎士団長の私邸ですし、ケータ様がいるので不適切として。
騎士団長と知り合いの私から情報を引き出し、ついでに私自身にも疑惑を掛けているのでしょう。
あとは店に仕掛けてある術の一つが違う形で作用して、彼らの口が軽くなっているからかと思います。
お客様に寛いでもらう為のものですが、普段から強いストレス下にいる彼らには効きすぎるのでしょう。
彼らはしばらく話した後、会計をして店を去りました。
早急に対策を練りたいところですが、途方に暮れてしまいます。
誰もいなくなった店内で私はタバコに火をつけました。
吐き出した煙は空気中に拡散し、すぐに見えなくなりました。
こんな風に、悩みの種が消えて無くなれば良いのですけどね。
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