王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

文字の大きさ
60 / 185
凍る道化の恋物語

#11

しおりを挟む
 少し気まずい空気になったのを解消しようと、ミケーノ様がレイシュをご注文なさいました。
 今年に入って初めてモウカハナでレイシュをお出ししました。
 そろそろヒヤヤッコの用意もした方が良さそうです。

「なんか変な空気になっちゃったし、さっきの模擬戦の話聞いてもらっても良い?」
「それ言っちゃダメなんだろ?」
「そうなんだけどさ、もう手品師の話知られちゃったし。本音を言えば僕が話したい」
「別にオレは構わねぇけど、キーノスは?」
「……良いとは言い難いですね」

 他ならぬ私は快諾する訳にはいきません、他の話題なら大体は許容いたしますが。

「なんだ珍しいな、別に良いんじゃねぇの?」
「先程のギュンター様の様子を考えると、聞いて良いものか悩んでしまいまして」
「へぇ、お前もそんな事気にすんだな」

 やはりここで話を止めるのは私らしい振る舞いではないと、私も思います。

「……この場だけ、という前提なら」
「うん、そうだよな!」

 ミケーノ様なら大丈夫だろうとカズロ様はお考えなのでしょう。
 ここで私が変に止めても違和感が増すばかりです。

「キーノスの気遣いは嬉しいけど、庁舎の関係者の間だともう有名でね。あの日は中庭に手品師がいるって昼前から庁舎で噂になってたんだよ」
「中庭って、じゃあ職員以外も知ってるやついたんじゃねぇの?」
「……と思うよ。しかもビャンコさんに食堂に連れてかれたらしいから、すごく目立ってたと思うし」
「箝口令って手品師が理由って言ったよな?」
「うん、中庭と食堂みたいな人が多い場所にいたのに箝口令も何も……って思ってたんだよね」

 あの時はマルモワの兵士たちが術士を探している事を知りませんでしたから、あの格好だけなら私と気付かれないと考えてました。
 イザッコもそこまで真面目に箝口令を出さなかったようですね。

「いつもは騎士団の演習は見ないんだけど、あの日は留学生が出るからみんな気になってて。しかも中庭に手品師がいた訳でしょ? 昼休み前から盛り上がってたよ」
「その手品師って、そんなに目立つのか?」
「目立つっていうか有名だからね。マーゴ・フィオリトゥーラって知ってる?」

 名前を聞いたミケーノ様が咳き込みます。

「フィオリトゥーラ!? 嘘だろ!?」
「たまたまリモワに遊びに来てたみたいで……ミケーノ、ファンだったの?」
「ファンってか、超有名人じゃねぇか!」
「実物は割と地味だったよ、仮面以外は」
「見たのか? その模擬戦」
「見た見た、もう誰か自慢したくて。すごかったよ……指を鳴らすと花が咲いて、その度に会場が湧いてたね」
「花? 騎士団の模擬戦だよな?」
「騎士団長が花まみれになったり、大量の氷が拍手一つで花になったり」
「へぇ、なんか花ばっかだな」
「そうかもね。最初と最後はカラスだけど、花がパァって広がるのが綺麗だったなぁ」
「指を鳴らすと花が、ねぇ……」

 ミケーノ様がこちらを見るのが分かります。


「たまたま遊びに来てた手品師が模擬戦、か。随分と都合よくいたもんだな」

 私は目を合わせないよう、視線をミケーノ様からずらします。

「キーノスは知ってるか? マーゴ・フィオリトゥーラって手品師」
「……はい」
「そうだよね、有名人だし」

 カズロ様がレイシュを一口飲んで、視線をグラスに向けます。

「留学生の彼が変わったのも分かる気がするよ。あれは完全に手品師のショーにだったよ」
「留学生も災難だったんだな」
「僕からすると、仕事の合間に有名人の手品が見れたわけで。ネストレに言われて昼休みずらして良かったよ」
「だってよキーノス」
「左様ですか」
「あれ、キーノスは興味無い? 手品とか」
「いえ……」

 ミケーノ様が笑顔でこちらを見ていますが、からかう雰囲気を感じ取るのは邪推でしょうか。
 気付かれてますよね、これは。

 正直にこのお二人に話しても、不都合ないでしょう。
 知られない方が良いに決まってますが、イザッコやビャンコ様のように利用しようとはなさらないでしょう。
 他言するような人達ではないのは、私が術士と知られていない事からも証明されています。

「……悩ましいですね」
「え、何が?」
「……困る事ではないのですが」
「ごめん、何か気に障ること言ったかな?」
「気にすんな、言ってるのはオレだから」

 ミケーノ様が気付かなかったら当たり障りなく躱すつもりでした。
 ただ、正体を知っているのが喜んでいるカズロ様ではないこの状況に、私が後ろめたさを感じています。
 ……自分に言い繕っても仕方ありません。
 ただ私がこの後ろめたさを解消するために、言ってしまいたいだけです。

「……ミケーノ様はもう察しがついてますよね?」
「まぁな。リモワにいる指を鳴らして花を咲かす術士なんて言われりゃな」
「え、二人とも誰か知ってんの!?」
「カズロ様には直接お見せした事がありませんでしたね」

 私は背後の棚から未使用のショートグラスを取り出し、カウンターに置きます。
 左手の指を鳴らし、グラスの中に氷のバラを出現させました。
 術士流の自己紹介を一応させていただきます。

「事の経緯をお話させていただいても良いでしょうか? その上で胸の内に秘めていただけるとありがたいなどと、おこがましい要求だとは思いますが」
「是非聞かせてくれ!」

 カズロ様が呆気にとられていますが、当日私が鳩を発見してから模擬戦終了までの事を簡単に説明しました。


「やむを得なかったと言いますか、世間で知られてる有名な手品師が私でもないのです」

 グラスの中のバラが少し溶けてきています。

「……話はだいたい分かったけど、一応確認しても?」

 ずっと黙って聞いて下さっていたカズロ様が口を開きました。

「演習場で見た手品師は、キーノスなんだね?」
「はい、あれは私です。本物のマーゴ・フィオリトゥーラではなく申し訳ありません」
「オレも見たかったな、色んな意味で」
「……師匠の公演予定を調べてください」
「氷柱を全部避けてたね、あれも術?」
「いいえ」
「つまり、普通に避けていただけ?」
「はい」
「ん? 花以外になんかあったのか?」
「飛んでくる二メートル近くある大量の氷柱を全部無傷で避けてたんだ」
「は、なんだそりゃ」

 カズロ様が眉間のシワをほぐして伸ばそうとしますが、全く伸びていません。

「……よく分かった、マルモワの兵士に知られない方が良いね。もしかしてさっきはカマかけなの?」
「その可能性も考えてます」
「バレちゃまずそうなのは分かるが、そんなにやばいのか?」
軍事国家マルモワが手品師の正体探ってるんだろうね。あわよくば連れ帰るつもりかもね」
「えっ、キーノス、マルモワに行っちまうのか?」
「今の生活を崩すつもりは全くありません」
「はぁ、なら良かった……」
「ギュンター君はどうしてここに? ここモウカハナって簡単には見つからないよね」
「騎士団長が息抜きにと連れてきたのがきっかけです」
「なるほど、知り合いの店なら安心という訳か」

 カズロ様の眉間のシワが伸びることも無く、そのまま目を閉じて腕を組んで考え込んでしまいました。

「情報収集にきてる印象はあったけどよ……おっかねぇな」
「軽率にお話ししてしまい申し訳ありません」
「キーノスが気にするとこじゃねぇだろ。お前大変だな、あいつ最近よく来るみたいだし」
「今のところ探られているだけで、それほど問題にはなっておりません」

 店単位で見れば、です。
 実際に彼らがマルモワの言葉で会話してる内容を聞くとその単位では収まらない内容も多いですが。
 ミケーノ様が小さくため息をついた時、カズロ様の目が開きました。

「うん、ネストレが良い」
「え、なんだよ急に」
「キーノスが手品師という疑惑を解いて、尚且つ彼らの動向が追いやすくするなら、騎士団の中に囮をたてれば良い。あの氷柱を軽く回避出き、あの手品師の正体で違和感がなく、探っても何も出ない騎士ならネストレが良い」
「いやいや、無理だろ。術士じゃねぇんだろ?」
「本当に術士かどうかは問題じゃないんだよ、むしろ違う方が無駄な努力が増えるから好条件だ」
「だとしても、どうやって……」
「簡単だよ、ギュンター君がここに来た時に僕らがそれらしい話をすれば良いんだよ」
「オレそんな演技力自信ないぞ?」
「僕らはただネストレの話をしてれば良い」
「ネストレさんの事、オレはランキングの事くらいしか知らねぇぞ」
「あと一人、模擬戦の噂だけでも既に知ってそうな人がいれば……」

 カズロ様の中で何か計画が形成されているようです。
 今のところ、ここで何か噂話をするようですが……。

「それなら、シオ辺りなら知ってそうだが」
「確かに良さそうだね。後は上手く居合わせるためにどうするか」
「そんなに上手くいくのか?」
「ネストレなら無い腹を探られても笑うだけだと思うよ」

 ここまで話すと、カズロ様がこちらを何かを期待する目で見ます。

「彼らの疑惑晴らす協力するから、もう一回見せてほしい……その、花を」
「そのくらいでしたら構いません」

 私は先程のショートグラスに水を注ぎ、小さく指を鳴らします。
 水が緩やかな螺旋を描いて上昇し、そのまま広がるように鳩へ形状を変化させ店内を飛び回ります。

「すごい、こんな近くで!」
「何度見ても見事なもんだなぁ……」
「ミケーノ、何回も見たことあったの?」
「あぁ、だから手品師の正体気づいたんだよ。カーラも知ってるが、アイツをさっきの作戦に参加させるのは無理だと思うぞ。性格的に」
「二人して……」

 私は水を再びグラス内に移しました。
 カズロ様の言う作戦はよく分からないのですが、どんな物なのか興味があります。
 それに、お気遣い頂けたことを純粋に嬉しく思います。
 こんな手品で喜んで頂けるなら、先程お話した価値はあったようです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...