王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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夏の湖畔と惨劇の館

#9

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 別荘で発見した証拠品なども含め、解散後シオ様とはモウカハナで再会して相談する事になりました。
 二日だけでしたのでそこまで長くお休みしてませんが、随分久しぶりのように思えます。

 開店から一時間ほど経った今、カズロ様とカーラ様もご来店されています。
 今回のお誘いに参加できなかった分、土産話を聞こうとお考えとのことです。
 余っていた猪肉をソテーにし、それに合うレイシュと一緒にお出ししました。

「オバケが出る別荘なんか行きたくないけど、羨ましいわぁ……ハァ……」
「テディベアだったので可愛かったですよ」
「いたのね! 本当に断って良かったわ……ワタシそういうの本当に苦手なのよ」
「ビャンコさんが解決してくれましたのでもういませんよ。今度改めてご招待しても良いですか?」
「ホント? 本当にオバケいない?」
「いませんよ。ビャンコさんのお墨付きです」

 一応その後も確認し、結局確認できたのは例の生霊だけでした。

「本当に幽霊退治なんてしたの?」
「しましたよ、ビャンコさんが」
「や、やだァ……! 見たの?」
「あれ、そう言えば見た人はいないですね」
「え、見えなかったの?」
「ホラ見なさい! オバケなんていないのよ!」
「キーノスが壁を調べてたら背後から瓶が飛んできまして。それでいると思ったんですよ」
「ひッ、じゃあ……! 死んだ報われない魂が……」
「いえいえ、そんな物騒な話じゃないですよ。ねぇキーノス?」

 カーラ様が怖い話が苦手なのは本当のようですね。
 反応だけなら別荘で楽しんでいたメル様と似た物を感じます。

 しかしこれでは少し可愛そうですので、私とシオ様は別荘であった明るい出来事の方を話しました。
 掃除と食料調達はともかく、他は廃寺院探索、湖畔で水遊び、焼肉大会、森の中の探索、ババ抜きジョリ・ジョーコ……
 こうして振り返ると、幽霊退治がついでのように思えてきます。

「僕も仕事が込み入ってなければ行きたかったなぁ、でも今日の昼頃まで忙しくて」
「そういえばカズロは不参加の連絡が急でしたね、何かあったんですか?」
「例の留学生、庁舎の職場体験することになってね。内容を考えて欲しいって言われて草案作ってたんだよ」
「急な話ですね、統計局に依頼があるのも意外です」
「勉強が得意な子って聞いてたから、少しくらい難しい方がやりがいがあるかと思って。統計を交えた算術問題いくつか用意したんだけどね」
「職場体験で算術って、ワタシなら逃げるわ」
「ウチは毎日測量と算術駆使するから、このくらいは解けて欲しいと思う内容を準備しただけだよ」

 統計局の職場体験は高度な算術の体験になるようですね、どんなものか少し興味があります。
 それにしても当初の半分の期間で想定されていた内容を習得し新しい内容を学び始めるとは、ビャンコ様から聞いた通りケータ様が優秀なのは本当のようです。

「そう言えばアナタ達が別荘で楽しくしてる時に、ウチにケータ君来たわよ。あの子すごく変わってるわね」
「変わってる? そうかな、僕が知る範囲だと真面目な印象なんだけどね」
「真面目よ、だからこそ変っていうか。リモワに来て弾けちゃったのかしら、夏だし」

​───────

 メルクリオが今休暇で不在のため、紳士服の売り場をカーラが接客を担当している。
 その日の夕刻、仕事帰りに寄る女性が多い中小柄な男性客が訪れた。
 普段なら気に止めるほどでもないが、彼は軍服を着た美女を連れている。
 それに彼は少し変わった商品を見ている。

「これが近いと思うけどどうだ?」
「違うと思います」
「やはり髪の毛を伸ばす方が先だろうか……」
「似合いません」

 彼が見ているのが紳士服の中でも舞台衣装を集めている辺りだ。
 この時期にあの辺りに興味を持つのはこれから結婚を控えた男女だが、会話の雰囲気からしてその様子もなさそうだ。
女性がとてもつまらなそうなのだ。
 それにあの女性は、間違えなければ新聞の記事に載っていたゾフィだろう。

「黒はやっぱ地味だなぁ、でも黒くないとあのカッコよさは出ないよなぁ」
「諦めましょう」
「良いだろ、試着くらいしてみたいと思っても」
「似合いません」

 美人を連れているのに自分の服ばかり見ている、確かにこれでは女性は退屈だろう。
 しばらくそのままにしておこうかと思ったが、声をかけてみることにする。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

 マニュアル通りの笑顔で、明るく声をかける。
 声に気づいて、二人がこちらに振り返る。

「あぁ、手品師の服を探してるんだ、です。俺に似合いそうなものはある、ますか?」
「手品師ですか。そうですね、こちらのものなどいかがですか?」

 女性を蔑ろにするのはどうかと思うが、丁寧に話そうとしている姿には好感が持てる。
 舞台衣装の中から片方の肩にマントと羽飾りが付いた青い物を勧める。
 彼は小柄なので、形状に変化があるもののほうが着た時に華が出る。

「派手ではないですか?」
「手品師なら舞台の上で目立つためにも華やかな物がオススメですよ」
「そう言うものですか……できれば真っ黒が良いんですけど、何かありますか?」
「黒で統一したものをお望みですか」
「できればバラとカラスとかがイメージできて、赤い仮面が似合うと良いんですよね」

 バラ、カラス、赤い仮面……黒い。
 この四つのキーワードから想像できる手品師はいる。

「具体的なイメージをお持ちなのですね」
「なりたいのがあるんだ、です」
「その方と同じような舞台衣装をお求めでしょうか?」
「そうなんだ! 近いものはあるか? いや、ありますか?」

 そう言うと少し恥じらい顔を赤く染めて目線を下に逸らした。
 ……そう言う仕草はゾフィにしてもらいたいが、彼女はこちらのやり取りに興味がなさそうだ。

「貴女のご意見はいかがですか?」
「特に興味がありません」
「……そうでしたか」

 取りつく島もなかった。
 気を取り直してケータに商品の紹介に戻る。

「では、こちらはいかがですか?」

 過去にキーノスに無理やり着させたジャケットを改良して、刺繍のあった部分に鳥の羽を装飾したものだ。

「おぉ、これはイメージに近い! です!」
「そうでしたか、ではこちらに合わせるのなら中に着るシャツと靴も合わせて……」

 彼の希望しそうな商品をいくつか勧めてはいるが、あくまで彼の希望である。
 選んでいる間もゾフィはケータを見ているだけで反応を示さない。
 本当に興味がないようだ。
 一通り、彼の希望しそうなものを選んで着せてみたのは良い。が。

「これ、サイズが合っていないように思うが……」
「そうですね、もうワンサイズ小さい方がお似合いかもしれません」

 店にある一番小さいものでも肩幅などが足りず、オーバーサイズで着崩したような状態になっている。
 だがそこじゃない。すごく、言いたい。サイズじゃない。

「やはり仮面がないと違うなぁ」

 仮面じゃないし、サイズでもない。
 もっと言うと顔でもその化粧でもない。

「髪の毛も伸ばさないとイメージが湧かないな」

 髪型でもないわよ、アナタ根本的に

「色香が足りません、服には問題ありません」

 今までほとんど何も話さなかったゾフィちゃんが、不思議なことにワタシの気持ちを代弁してくれた。
 彼が着てるのは上下黒のセットアップだが、ジャケットの質感や羽の装飾などで普通の服よりはかなり華やかな印象に見えるものだ。
 決して派手ではない、一見地味に見えるだけに着ている人間に華がないととても不釣り合いに見えてしまうのだ。
 彼が着るには少し早いものに思える。

 とは言え、接客としてはこれを肯定するわけにはいかない。

「よろしければ、サイズを合わせたものを取り寄せますがいかがですか?」
「本当か! じゃあそれをお願いする、します!」
「承知いたしました。二週間ほどいただきますが、問題ありませんか?」
「大丈夫です、その頃また来ます!」

 他の服を選んで欲しいのが本音だが、彼には何か明確なイメージがあるようで勧めるのも難しい。
 多分彼は……

​───────

「マーゴ・フィオリトゥーラだっけ? なんかそれになりたいみたいなのよね」
「なりたかったんだ……」
「噂しか知らないけど、聞いてる特徴って正に! じゃない?」
「マスカレードの準備ではないですか?」
「うーん、気が早くないかしら? この時期だとまだ用意はしてないんだけど」
「先に服だけでも用意したかったのかと思いますよ」

 そろそろこの手品師と私の接点が切れてくれると嬉しいのですが、まさかカーラ様経由でお話を聞くとは思いませんでした。
 本当になりたいのなら私の師匠の手解きが必要になりますが、あまりオススメはできません。

「留学生たちも楽しそうで良かったですね、そのうちここにもまたいらっしゃるでしょうし」
「そうだね。多分その時はネストレも一緒だと思うよ」

 カズロ様とシオ様が話題をそらそうとなさっているのが分かります。
 正直助かります。

「え、ネストレ様ここにくるの?」
「前に連れてきたんだよね。料理が気に入ったみたいでずっと食べてたなぁ」
「やだ、話してみたいわ! 今度連れてくる時ワタシも誘って!」
「良いけど、多分夢が壊れると思うよ」

 ネストレ様が話題に上がった事で、話題が逸れたようです。
 次にネストレ様がご来店される時は留学生のお話を聞けたりするのでしょうか。
 私の推測通りケータ様がサチ様と同郷であるのなら、模擬戦などではなく落ち着いてお話してみたい……とほんの少しだけ思います。
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