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夏の湖畔と惨劇の館
#10
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夏も季節も折り返しの時期となりましたが、まだまだ暑い日が続きます。
リモワの海は連日観光客で溢れ、賑わいを見せているようです。
部屋に刺す日差しと窓の外から聞こえてくる声が、それを新聞の記事以上に教えてくれます。
遅い昼食を食べながらいつもの習慣で読んでいる新聞に、気になる記事があります。
『マルモワが諸外国との国交強化 関税率低下が決定』
マルモワからの一部の輸入品の関税率を下げることが決まったようです。
記事にには、留学している殿下の働きでマルモワの側の態度がかなり軟化したとの事。
お互いに入手が難しい品などは関税率を下げることが決定した模様です。
具体的な品目はまだ上がっていないようですが、これは素晴らしい成果です。
過去の例に則れば、恐らく近いうちに商会向けに品目の要望書の提出をするように告知があるかと思います。
今頃どの店舗でも要望書に書くものを確認する業務を行っているでしょう。
私も一応提出はしますが、優先されないかと思います。
薬草問屋の方も記載してくだされば、ひょっとしたらありえますが……。
他力本願な希望を持ちつつ、近いうちに店の郵便受けに投函されるであろう書類を待つことにしましょう。
───────
静かになった夜のリモワは、先程までの夕立で湿度を帯びています。
夏の太陽と違う暑さが広がる中、バー「モウカハナ」を開店させます。
店の入り口の看板をAPERTOに切り替え、涼しい店内へ戻ります。
今夜は以前から作ろうと考えていたモロキュウという料理を用意したいと考えております。
この暑さが消えない今の時期はツマミに最適です。
私が好きなメニューでもあるので、余ったら賄いにしようかと考えています。
モロキュウを作り終え、保冷庫にしまったあと。
良いタイミングでお客様のご来店を告げるベルがなりました。
モウカハナはお店の経営なさっているお客様が多いため、今日例の記事の影響では日付が変わるまでは誰もいらっしゃらないと考えていたので少し驚いてます。
急ぎ手を洗い、店内へ入ります。
「やぁ! 久しぶりだね、キーノス君!」
「いらっしゃいませ、ネストレ様」
久しぶりのご来店ですが、お連れ様が予想外すぎて対応に困っています。
「……ここが紳士の社交場、ですか?」
以前より化粧が薄くなり服も奇を衒ったようなものでもありませんが、間違いありません。
ケータ様です、彼だけで兵士がおりません。
確かに先日来てくれたら嬉しいなどと思いましたが、予想より早く驚いています。
ご来店があったとしても留学の終わり頃かと思っていました。
これはどういう状況なのか判断しかねますが、お客様をご案内しなければなりません。
「いらっしゃいませ、初めてのご来店ですね。カウンターのお好きなお席へお掛けください」
少し落ち着かない様子のケータ様をネストレ様が上品にエスコートなさりながら、カウンターの中央の席にお掛けになりました。
私はご着席に合わせてタオルと冷えたお水をお出しします。
ネストレ様は水を受け取るとすぐに飲み干してしまわれました。
「いやぁ~暑いな今日は! 夕立で湿っぽいし、ここは水すら美味いな!」
「それは何よりです」
空いたグラスを受け取り、新しいお水を注いでお渡しします。
「ご注文は何になさいますか?」
「ここでしか食べられない料理だ! あとはいつもの酒と、彼には……どうする?」
「あ、えっと、メニューとかありませんか?」
「こちらに」
カウンター内に置いてあるメニューを手に取りケータ様へお渡しします。
ケータ様は受け取ったメニューを開き、中身をご覧になっているようです。
「本日すぐにお出しできるのはアマダイのシオヤキ、少しお時間をいただけるならエビのテンプラがオススメです」
「前に食べたサカムシは絶品だったからなぁ、前菜は何かあるか?」
「先程用意しておりましたモロキュウという料理がございます」
「モロ……? どんなものか想像できんな」
「キュウリをモロミと呼ばれる物で味付けしたものです」
「ほぉ、よく分からんが美味いんだろう? じゃあそのモロなんとかとテンプラとやらをいただこう!」
「承知致しました」
ネストレ様とご注文内容のお話をしてる間、ケータ様がずっとこちらを見ておりました。
メル様の初めてのご来店の時を思い出します、ご注文のやり方を見てるのでしょうか。
「あの……ここの料理は変わってるって聞きましたけど」
「あぁ! ここはオランディ国民なら誰もが知ってる異世界人、サチ様の故郷の料理が食べられるんだ!」
「え、サチ様って、サチ……って、その名前」
「知ってるのか? さすが勤勉だな!」
「違います、その! サチって人は日本って国の方だったんじゃないですか?」
「ニホ……キーノス君、そうなのか?」
「よくご存知ですね。モウカハナの料理はワショクと呼ばれる物が主で、ニホンという国で親しまれている物を多く扱っております」
「まさか、そんな! 俺も日本から来たんです!」
異世界人だと予想はしてましたが、面と向かって言われるとどう反応して良いか分かりません。
それに、今ご自身がそうだと言ったようなものですが……それは大丈夫なのでしょうか?
「ここでは日本の料理が食べられるんですか? それとも和食だけですか?」
「恐らく前者です。ギョウザと呼ばれる料理などはワショクではないと聞いておりますので」
「餃子!!」
「ご存知のようですね」
ネストレ様が話の流れに付いてこれていないようで、困惑なさっています。
「あの、では……注文というか、質問ですが」
「はい、何でしょうか」
「カレーライス……はありますか?」
「カレーライス、ですか。テンプラ同様お時間を頂くかと思いますが、問題ありませんか?」
「……本当に出来るんですか?」
「常備しているスパイスで対応可能です」
「じゃあ、本当に……」
とりあえずご注文が決まったようです。
「では、ネストレ様はテンプラとモロキュウ、それとジュンマイシュですね。ケータ様はカレーライスの他は何かございますか?」
「いや、テンプラをカレーライスにしても良いかな? ケータ君のご所望の料理に興味がある」
「承知致しました、ケータ様はお飲み物のご注文は大丈夫ですか?」
「少し、考えます」
「かしこまりました」
カレーライスは別にここ以外でも食べる事ができます。
彼の注文したそれは、恐らくサチ様が好んだ物でしょう。
ネストレ様は他店でカレーライスを食べた経験があるかと思いますが、その上でのご注文でしょうか?
どの道サチ様が好むものは一晩寝かせる必要があります。
可能な範囲での対応となりますが、とりあえず急ぎ作ることとしましょう。
と、その前にモロキュウですね。
───────
「お待たせしました、こちらが当店のカレーライスとなります」
「おお、これはなんとも……他とは雰囲気が違うな」
「本来はフクジンヅケをお付けするのですが、代理でラッキョウをお付けしております」
「いや、そこもなんだが。なんというか、家庭料理のような雰囲気だな」
「それが良いそうですよ」
サチ様に試食を頼んではいつも「上品すぎる」と怒られていて、結果今のカレーライスで合格をいただけました。
寝かせる時間はとれなかったため、じゃがいもを潰してルーに加えております。
「どれどれ……ん! これは親しみ安い味だな、他とは違うカレーライスだ」
「試作品をかなり作りましたからね、スパイスの調合が他とは少し異なります」
私達のやり取りを聞きながら、しばらく出された料理を見つめていたケータ様でしたが。
スプーンを手に取り口になさいました。
「……!」
固かった表情が、驚きで崩れます。
そのまま二口、三口と召し上がってから、スプーンを皿に置きました。
『……ばぁちゃん』
「え? それはマルモワの言葉で美味しいって意味か?」
『ばぁちゃん……! うぅっ、うっ』
それから、一際大きな声で叫び……声を上げて泣き出してしまわれました……。
まるで子供が泣きじゃくるような姿で、何かとても悲壮感に満ちています。
「あの、作り直しますのでこちらにお皿を」
「と、とりあえず急ぎ冷えたタオルを!」
「かしこまりました」
私は調理場へ戻り、消毒したタオルを湿らせた上で冷やしてお持ちします。
店内のケータ様はまだ泣き止んでおらず、ネストレ様が狼狽えております。
味見はしてますが、泣くほど不味かったでしょうか……久しぶりに作ったのは間違いないので、スパイスの調合を間違えたのかもしれません。
料理をお出ししてここまで泣かれたのは初めてで、私もネストレ様と同じく内心はとても狼狽えています。
リモワの海は連日観光客で溢れ、賑わいを見せているようです。
部屋に刺す日差しと窓の外から聞こえてくる声が、それを新聞の記事以上に教えてくれます。
遅い昼食を食べながらいつもの習慣で読んでいる新聞に、気になる記事があります。
『マルモワが諸外国との国交強化 関税率低下が決定』
マルモワからの一部の輸入品の関税率を下げることが決まったようです。
記事にには、留学している殿下の働きでマルモワの側の態度がかなり軟化したとの事。
お互いに入手が難しい品などは関税率を下げることが決定した模様です。
具体的な品目はまだ上がっていないようですが、これは素晴らしい成果です。
過去の例に則れば、恐らく近いうちに商会向けに品目の要望書の提出をするように告知があるかと思います。
今頃どの店舗でも要望書に書くものを確認する業務を行っているでしょう。
私も一応提出はしますが、優先されないかと思います。
薬草問屋の方も記載してくだされば、ひょっとしたらありえますが……。
他力本願な希望を持ちつつ、近いうちに店の郵便受けに投函されるであろう書類を待つことにしましょう。
───────
静かになった夜のリモワは、先程までの夕立で湿度を帯びています。
夏の太陽と違う暑さが広がる中、バー「モウカハナ」を開店させます。
店の入り口の看板をAPERTOに切り替え、涼しい店内へ戻ります。
今夜は以前から作ろうと考えていたモロキュウという料理を用意したいと考えております。
この暑さが消えない今の時期はツマミに最適です。
私が好きなメニューでもあるので、余ったら賄いにしようかと考えています。
モロキュウを作り終え、保冷庫にしまったあと。
良いタイミングでお客様のご来店を告げるベルがなりました。
モウカハナはお店の経営なさっているお客様が多いため、今日例の記事の影響では日付が変わるまでは誰もいらっしゃらないと考えていたので少し驚いてます。
急ぎ手を洗い、店内へ入ります。
「やぁ! 久しぶりだね、キーノス君!」
「いらっしゃいませ、ネストレ様」
久しぶりのご来店ですが、お連れ様が予想外すぎて対応に困っています。
「……ここが紳士の社交場、ですか?」
以前より化粧が薄くなり服も奇を衒ったようなものでもありませんが、間違いありません。
ケータ様です、彼だけで兵士がおりません。
確かに先日来てくれたら嬉しいなどと思いましたが、予想より早く驚いています。
ご来店があったとしても留学の終わり頃かと思っていました。
これはどういう状況なのか判断しかねますが、お客様をご案内しなければなりません。
「いらっしゃいませ、初めてのご来店ですね。カウンターのお好きなお席へお掛けください」
少し落ち着かない様子のケータ様をネストレ様が上品にエスコートなさりながら、カウンターの中央の席にお掛けになりました。
私はご着席に合わせてタオルと冷えたお水をお出しします。
ネストレ様は水を受け取るとすぐに飲み干してしまわれました。
「いやぁ~暑いな今日は! 夕立で湿っぽいし、ここは水すら美味いな!」
「それは何よりです」
空いたグラスを受け取り、新しいお水を注いでお渡しします。
「ご注文は何になさいますか?」
「ここでしか食べられない料理だ! あとはいつもの酒と、彼には……どうする?」
「あ、えっと、メニューとかありませんか?」
「こちらに」
カウンター内に置いてあるメニューを手に取りケータ様へお渡しします。
ケータ様は受け取ったメニューを開き、中身をご覧になっているようです。
「本日すぐにお出しできるのはアマダイのシオヤキ、少しお時間をいただけるならエビのテンプラがオススメです」
「前に食べたサカムシは絶品だったからなぁ、前菜は何かあるか?」
「先程用意しておりましたモロキュウという料理がございます」
「モロ……? どんなものか想像できんな」
「キュウリをモロミと呼ばれる物で味付けしたものです」
「ほぉ、よく分からんが美味いんだろう? じゃあそのモロなんとかとテンプラとやらをいただこう!」
「承知致しました」
ネストレ様とご注文内容のお話をしてる間、ケータ様がずっとこちらを見ておりました。
メル様の初めてのご来店の時を思い出します、ご注文のやり方を見てるのでしょうか。
「あの……ここの料理は変わってるって聞きましたけど」
「あぁ! ここはオランディ国民なら誰もが知ってる異世界人、サチ様の故郷の料理が食べられるんだ!」
「え、サチ様って、サチ……って、その名前」
「知ってるのか? さすが勤勉だな!」
「違います、その! サチって人は日本って国の方だったんじゃないですか?」
「ニホ……キーノス君、そうなのか?」
「よくご存知ですね。モウカハナの料理はワショクと呼ばれる物が主で、ニホンという国で親しまれている物を多く扱っております」
「まさか、そんな! 俺も日本から来たんです!」
異世界人だと予想はしてましたが、面と向かって言われるとどう反応して良いか分かりません。
それに、今ご自身がそうだと言ったようなものですが……それは大丈夫なのでしょうか?
「ここでは日本の料理が食べられるんですか? それとも和食だけですか?」
「恐らく前者です。ギョウザと呼ばれる料理などはワショクではないと聞いておりますので」
「餃子!!」
「ご存知のようですね」
ネストレ様が話の流れに付いてこれていないようで、困惑なさっています。
「あの、では……注文というか、質問ですが」
「はい、何でしょうか」
「カレーライス……はありますか?」
「カレーライス、ですか。テンプラ同様お時間を頂くかと思いますが、問題ありませんか?」
「……本当に出来るんですか?」
「常備しているスパイスで対応可能です」
「じゃあ、本当に……」
とりあえずご注文が決まったようです。
「では、ネストレ様はテンプラとモロキュウ、それとジュンマイシュですね。ケータ様はカレーライスの他は何かございますか?」
「いや、テンプラをカレーライスにしても良いかな? ケータ君のご所望の料理に興味がある」
「承知致しました、ケータ様はお飲み物のご注文は大丈夫ですか?」
「少し、考えます」
「かしこまりました」
カレーライスは別にここ以外でも食べる事ができます。
彼の注文したそれは、恐らくサチ様が好んだ物でしょう。
ネストレ様は他店でカレーライスを食べた経験があるかと思いますが、その上でのご注文でしょうか?
どの道サチ様が好むものは一晩寝かせる必要があります。
可能な範囲での対応となりますが、とりあえず急ぎ作ることとしましょう。
と、その前にモロキュウですね。
───────
「お待たせしました、こちらが当店のカレーライスとなります」
「おお、これはなんとも……他とは雰囲気が違うな」
「本来はフクジンヅケをお付けするのですが、代理でラッキョウをお付けしております」
「いや、そこもなんだが。なんというか、家庭料理のような雰囲気だな」
「それが良いそうですよ」
サチ様に試食を頼んではいつも「上品すぎる」と怒られていて、結果今のカレーライスで合格をいただけました。
寝かせる時間はとれなかったため、じゃがいもを潰してルーに加えております。
「どれどれ……ん! これは親しみ安い味だな、他とは違うカレーライスだ」
「試作品をかなり作りましたからね、スパイスの調合が他とは少し異なります」
私達のやり取りを聞きながら、しばらく出された料理を見つめていたケータ様でしたが。
スプーンを手に取り口になさいました。
「……!」
固かった表情が、驚きで崩れます。
そのまま二口、三口と召し上がってから、スプーンを皿に置きました。
『……ばぁちゃん』
「え? それはマルモワの言葉で美味しいって意味か?」
『ばぁちゃん……! うぅっ、うっ』
それから、一際大きな声で叫び……声を上げて泣き出してしまわれました……。
まるで子供が泣きじゃくるような姿で、何かとても悲壮感に満ちています。
「あの、作り直しますのでこちらにお皿を」
「と、とりあえず急ぎ冷えたタオルを!」
「かしこまりました」
私は調理場へ戻り、消毒したタオルを湿らせた上で冷やしてお持ちします。
店内のケータ様はまだ泣き止んでおらず、ネストレ様が狼狽えております。
味見はしてますが、泣くほど不味かったでしょうか……久しぶりに作ったのは間違いないので、スパイスの調合を間違えたのかもしれません。
料理をお出ししてここまで泣かれたのは初めてで、私もネストレ様と同じく内心はとても狼狽えています。
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