王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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小さな友は嵐と共に

#9

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 あれから半刻程して、本当にミケーノ様とシオ様がご来店されました。
 お二人はカーラ様のように慌てた様子はありませんでしたが、やはり私を心配して下さったようです。
 カウンターに座ってからアツカンとお料理をご注文され、今は食事を終えて皆様で今日の噂に関してお話されております。

「いやー釣り銭詐欺の話は場が凍ったぞ、アイツが暴れた時港にいた連中多かったからな」
「ブランカさん大丈夫だったの? 一番長い間被害に遭ってたじゃない?」
「真っ青だったぞ、でも多分ユメノじゃねぇんだろ?」
「違うと思いますよ、服装の特徴がかなり違いますし」
「服装だけじゃなんとも言えないじゃない」
「それがリュンヌの貴族がよく着ているドレスだそうなので」
「あら、お貴族様が来てるの? ていうかユメノが貴族? 無理じゃないかしら」
「いやだからユメノじゃねぇだろ多分」

 私もユメノ様ではないと思いますが、かの帝国の貴族がすでに入国していた事に驚いております。
 帝国の商人が来ることはありますが、貴族の方々がいらっしゃる事は滅多にありません。
 ビャンコ様は検問で石を回収すると仰ってましたが、早速検問を通過した可能性が出てきました。

「シオは知ってるのか詳しい事」
「多分二人よりは知ってる事は多いと思いますよ」

​───────

 それはリモワでも大きな雑貨店での事。
 雑貨店とはいえ、扱うのは部屋に置ける小さな家具だ。
 陶器で出来た香炉やティーカップなどが多く置かれていて、女性に人気のお店である。

「ちょっと、お釣りが少ないじゃない! この十倍はあるでしょう?」
「お預かりしたのが二千リルラで、お釣りは五百リルラになります」
「私が出したのは五千リルラよ? 全然足りないじゃない!」

 この時点で十倍になるはずもないが、色の異なる紙幣を間違えるなどまず有り得ない。

「それならまずは私が出した五千リルラ返しなさいよ!」
「代金をお返しするなら、商品もお返し頂けますか?」
「商品? これは私への謝罪であなたがプレゼントするのよ」
「申し訳ありませんが、当店ではそのようなサービスは行っておりません」
「とにかく! お釣りくらいちゃんと計算してくれないと困るわ!」
「大変失礼ですが、お手持ちの財布の中を一度確認してはいただけませんか?」
「何それ、私が間違えたとでも言うの? 無礼にも程があるんじゃない!?」

 なんだろう、この感じ。
 お釣りを渡した店員には奇妙な既視感があった。
 こんな経験何度もしているわけがないから既視感などあるはずがないのに。

「とにかく二千リルラをお返ししますので、商品を置いてお帰りいただけますか?」
「だーかーらー、これはあなたの失礼のお詫びでしょう? なんで返さなきゃいけないのよ」
「ですからそのようなサービスは行っていないと申し上げたはずです」
「知らないわよそんな事! もういいわ、こんな店もう来ないから」

 そう言って早足で店を後にした。
 結局彼女はお釣りを受け取らなかったので余分に代金を払っているのだが……
 後日文句を言われないためにも一応この五百リルラは別に保管するとして。
 おそらくあの服装は、最近新聞で記事になっていた帝国の貴族ではないだろうか。

​───────

「それだと、ユメノの時と少し違うわね」
「そうなんです、だから対応した方もしばらくユメノさんと似てた事に気付けなかったそうなんです」
「アイツの時ってどうだったっけか?」

 私もこの頃の事をよく覚えておりません。
 彼女に興味を持って話をちゃんと聞くようになったのは、カズロ様からのお話が最初だったように思います。

「えーっと、確か……」

​───────

 それはリモワの中央、飲食店が並ぶ通りでの事。
 サイズを選べるため女性からも人気があるピッツァを主に提供している店。
 その日も昼頃は混雑しており、外に数名待っている客がいるような時だった。

「ちょっと! アタシが頼んだのは小さいサイズを二枚よ! なんで大きいサイズで計算してるのよ!」
「いえ、確かに大きいサイズでのご注文をいただいております」
「あれが大きいサイズなわけないでしょ、全然小さいじゃない!」
「そんな事は」

 この店の大きいサイズのピッツァは一枚でもかなり大きい。
 大人の男性が一人で食べて満足できるサイズになっている。
 小さいサイズは大人の女性が残すこともあるサイズだ。
 なので一人で女性が大きいサイズを二枚も注文したのでとても驚き、忘れるはずがない。
「とにかく、アタシは小さい方で頼んだんだから今出したお金で充分よね」
「それでも足りませんが」
「はァ? あんたお金も数えられないの? ちゃんとあるじゃない千円」
「エン? お会計は二百五十リルラになります」
「ちょっと間違えたのよ、でも足りてるでしょ?」
「あと五十リルラ足りません」
「はァ~? 逆でしょ、千円出したんだからお釣りがいるくらいでしょ! 足りないって何よ、やっぱ計算できないんじゃない?」
「エンはよく分からないですが、あと五十リルラ頂かないとお会計ができません」
「だから、千円だして二百五十円なら五百円はお釣りがくるでしょ?」
「いえ、今百リルラ硬貨を二枚しかお預かりしておりませんが」
「だから、五百円玉二枚出してるでしょ!」

 彼女の主張通りなら、そもそも二枚出す必要がない事に気付かないのだろうか。

「仮にこれが五百リルラ硬貨なら一枚で充分かと思いますが」
「あっ! それは、ち、チップよ」
「え? チップですか?」
「外国だとそうするんでしょ? 手数料みたいなもんじゃないの?」
「高級店ならたまにありますが、当店では必要ありません」
「あっそ」

 そう言って素早い動きで硬貨の一枚を財布にしまう。

「とりあえずさっさとお釣り出しなさいよ!」
「ですから、足りないと言ってるじゃないですか」

 結局店の混雑に困った店員が彼女を追い出し、自分の財布から百五十リルラ出すことで帳尻を合わせることになった。
 千リルラ紙幣を出したなら分かるが、そうではないから少額詐欺を働いたようにしか思えない。

​───────

「すごいよな、釣り銭間違えたのもだが食い逃げだよな」

 ミケーノ様が笑っております。
 当時を思い出したのでしょう、彼女はこのような少額の詐欺を様々な場所でしていたような記憶があります。

「改めて聞くと逆よね。今回のお貴族様もユメノもお釣りをもらおうとはしてるけど、お貴族様は多く払ってるのね」
「そうかもしれませんが、どちらも間違えたと言うには無理がある事を言ってますよね」
「まぁでも、ユメノの方が酷いわね。結局食い逃げしてるんだし」
「あぁ、しかもその店にそれから何度も行ったらしいからな。いつもデカいピッツァ二枚だから店員に完全に覚えられたって聞いたな」

 なるほど、それであのお釣り詐欺の話が有名になっていったのですね。
 アツカンを口にしてから、何かを考えていたシオ様が話を続けます。

「でも、貴族の誰かが来てるのは間違いないようですね」
「そうみたいだな。どうせ高い店しか行かないだろうからウチは大丈夫だろうけど、お前らんとこには行くんじゃねぇか?」
「可能性あるのよね、だから急いでドレスのデザインしたんだけど大丈夫かしら?」

 皆様ある程度警戒してはいるのですね。
 当店はまず見つけられないと思うので大丈夫かとは思いますが、上のリストランテは少し心配です。

「商品もですが……彼らは家柄で人を判断するそうですから、名乗る時に気をつけた方が良いですよ」
「家柄?」
「はい、名前だけだと平民か奴隷と見なされるそうです」
「奴隷って……オランディにはいないだろ」
「人身売買に関しては徹底してますからね。ただそれはオランディの常識で、苗字を持たない人への対応の酷さは有名ですよ」
「ヤだ、怖いわね。でもワタシ達ってあの人達からしたらみんな平民でしょ? どうしようもない気がするけど」
「基本は身分が下の人から名乗ってはいけないそうなので何もしないのが一番ですが、名乗る時に気をつけた方が良いですよ」
「面倒だな……」

 シオ様の仰る通りです。
 そのせいで私達がかの帝国で酷い扱いを受けたのでよく知っています。

「そういや、キーノスの苗字って聞いたことねぇな」
「そう言えばそうね、なんていうの?」
「……カステロデオーロです」
「思ったより長いな」
「豪華ねぇ」
「あまりにも仰々しいので、必要がない限りはあまり名乗らないようにしてます」

 サチ様の世界でカナシロと言い、金の城を意味するそうです。
 あちらでは珍しい苗字ではないそうで、価値観の違いに驚いた記憶があります。
 これをカマルプールの読み方にするとソニカマハルになります。

「ミケーノはロッソよね、髪の毛真っ赤だから似合うわね」
「いや、シーラだ。ロッソは母方の家系の髪色から取って店の名前になっただけだぞ」
「シーラ? また随分華奢な感じねぇ」
「お前の名前に男らしさよりはマシだと思うけどな」
「あーそっか、ワタシもレウロって言わないと……あぁイヤだわ、絶対兄弟ってバレるもの」
「娼館とか行かねぇんじゃねぇか? 貴族なら」
「いえ、あちらの国の接待は娼館が一番ですよ」
「う……そうか」
「オランディは女性向けの娼館がないのでそこが惜しまれますね」
「聞けば聞くほどおっかねぇなあの国」
「別荘の幽霊が可愛く思えてきますね」
「思わないわよ!」

 かの帝国の恐ろしい話しで盛り上がる中、私は先程のお釣り詐欺の話がかなり気になっております。
 ユメノ様を思い出させる貴族は一体どなたなのでしょうか。
 先日のカズロ様のお話では子爵の方がいらしたと聞いたように思います。
 もし今日のお話通りなら女性のようですので、見付けたら警戒した方が良いかもしれません。
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