王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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偽りの月光を映す川面

#1

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 少し肌寒くなってきたリモワの昼下がり、私はカーラ様のお店の前でメル様をお待ちしております。
 隣には質素な服装の少女と、その膝の上にリィが寛いだ様子で座っています。
 メル様がいらっしゃるまでもう少しかかりそうですが、この時間もそれ程悪くないものに思えます。

「……お兄さんは、ネコちゃんと友達」

 先程から彼女と言葉少なにですが会話をしております。
 発音の様子から見て、オランディの言葉に慣れていないように見えます。

「リィは優しいです」

 私は彼女の問いに答え、それから一つ質問をしてみます。

「もし、差し支えなければですが」
「……サシツカエ?」
「気にならなければ」
「……うん」
「この国の言葉で話さなくても大丈夫ですよ」

 おそらく、ですが。
 状況から察するにこの少女はカーラ様のお店にいるユメノ様によく似たお客様の関係者かと思います。
 オランディの言葉より、かの帝国の言葉の方が慣れているかもしれません。

「……ダメ」
「そうでしたか、残念です」

 お断りされてしまいました。
 このまま会話せずにいても良いのでしょうけど、彼女の事が少し気がかりと思っています。

「猫がお好きですか?」
「……かわいい」
「彼女は綺麗と言われる方が喜びますよ」
「うん、キレイでかわいい」
「褒めて頂きありがとうございます」

 リィも嬉しいのか、額を少女の手首に擦り付けます。

「……お兄さんも優しい」
「そんな事はありませんよ」

 ハーロルトやイザッコに対しては優しくしておりません。
 むしろ場合によっては相手の嫌がる事もします。

「……お兄さんのお名前は?」
「私のですか?」
「うん」
「キーノス、ですよ」
「きーのすさん」
「はい、リィの名前も覚えて頂けると嬉しいです」
「りぃちゃん」
「ありがとうございます」

 少女は少し照れたように笑います。

「あなたのお名前をお伺いしても良いですか?」
「オウカガイ?」
「教えてくれますか?」
「……ルネ」
「ルネ様ですか」
「……サマはいらない」
「私の癖ですから、お気になさらないでください」

 最近リィにも同じ事を言われましたね。
 リィも私とイザッコが話しているのを見れば考え方が変わるかもしれません。

 再びルネ様はリィを静かになで始めました。
 少し肌寒い季節の日向はまだ暖かく、このままメル様をお待ちするのも悪くありません。
 そんな事を考えていた時、お店の脇の細い道からメル様が小走りでいらっしゃいました。

「キーノスさん、お待たせしました!」
「いえ、それ程ではありません」

 ルネ様と話していたのであまり待った実感もありません。

「ではルネ様、またお会いする機会を楽しみにしております」

 私はそう告げ、リィに私の元へ来るように頼みます。

「その猫、どうしたんですか?」
「私に最近出来た友人です」
「あと、その子……」

 メル様がルネ様に気づき、彼女の元へ歩み寄ります。

「寒いでしょ? コレ暖かいから使って」

 そう言ってメル様が首に巻いていた毛糸ラーナのストールを彼女の肩に掛けて差し上げました。

「メル様、それは」
「……あったかい」
「良かった、それあげる」

 メル様は笑顔で仰います。

「じゃあまたね!」

 そのままメル様は去ろうとなさいます。
 私もそれに続くつもりですが、その前にルネ様の耳元で一言申し上げます。

「彼女が来る前にストールは隠してください」

 それから私は小さく会釈をして、メル様に続く事にしました。
 使節団が来るまでまだ時間がありますし、ユメノ様に似た貴族の方と共に過ごしているならまたお会いする可能性はあります。
 おそらくルネ様は、かの帝国の平民の従者か何かなのかと思います。

​───────

 私はメル様に連れられ、落ち着いた雰囲気の喫茶店に来ました。
 カウンター席の奥にはお酒の瓶が並んでおり、夜にはバーとして営業しているのでしょう。
 メル様は普段からこういったお店を利用なさるのでしょうか、私の店によく来てくださる理由も分かる気がします。

「ここ、前から来てみたかったんです」
「そうでしたか、よく利用なさるのかと思いました」

 どうやら違ったようです。

「まさかキーノスさんが会いに来てくれるなんて思わなかったので、ちょっと背伸びして憧れてたお店に来ちゃいました!」
「それは、ご案内ありがとうございます。突然訪ねて来てしまい申し訳ありません」
「いえ! さっきの……ちょっと疲れてたからすごく嬉しかったです!」

 私はコーヒーと苦めのチョコレートのドルチェを、メル様は紅茶といちごフラゴラのドルチェを注文なさいました。

「多分あの人が前にシオさんが言ってた貴族さんですよね?」
「そうかと思います」
「店長からドレスのデザイン画見せてもらった時に『こんな動きにくそうな服本当に着るのかな?』なんて思ってましたけど、本当に着てましたね」
「そうですね」
「あの服着て踊りながら身分の確認するんですよね、僕には出来そうもありません」

 まだ誤解をなさっているようですが、かの帝国に用がなければ知る必要はないとは思います。

「先程メル様が対応なさっていたお客様は、メル様に強い好意をお持ちのように見えましたが」
「……そう見えましたか?」
「はい。カーラ様が割って入った時とは態度がまるで違うものに見えました」

 私でも分かるくらい露骨な物に見えました。
 問題はその好意がメル様そのものに対してなのか、メル様が術士と知っての事なのかで意味が大きく変わります。

「最初は扇子で顔半分隠しながらお店に入ってきて。変な人だと思ったんですけど、とりあえず声を掛けたらあの調子になって、連れてた女の子を店から追い出したんです」
「その時何か聞かれませんでしたか?」
「名前聞かれました。それで店長から貴族の人には苗字も言わないとダメだって聞いてたんで『メルクリオ・ヴィンチです』って答えました」
「それだけですか?」
「はい。あとは聞かれるまま商品の説明とか紹介をしてたんですけど、なんかどれも興味無さそうで困りました」

 その話が本当なら、純粋にメル様が気に入っただけなのかもしれません。

「一応お伺いしますが、何か光る石のような物を持ってはいませんでしたか?」
「光る石ですか?」
「はい。反射などではなく石その物が発光している物ですが、記憶にございますか?」
「いえ、無かったと思います」

 これなら大丈夫そうです、まだメル様が術士と知られた訳ではないようです。
 話を聞いているとユメノ様に似た貴族の方は今日初めてメル様にお会いしたように思います。
 今日メル様に会いに来て正解でした。

「実は今日会いに来たのには理由がありまして、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです!」

 それから一通りかの帝国に関しての説明をいたしました。

 最初は特に変わった様子もありませんでしたが、かの帝国の実態に関しての話で顔色が悪いものに変わってしまいました。
 例の石の話もビャンコ様が回収してはいることも含め説明し、石への対策も一応説明いたします。
 それに安心したのか、元の顔色へと戻られました。

「じゃあ僕、さっき危なかったかもしれないんですね」
「はい、とても驚きました」

 メル様が深く長いため息をつきます。

「店長に相談してみます……僕が術使える事も話しても大丈夫だとは思うんですけど、なんかタイミング逃しちゃって」
「カーラ様なら問題なく受け入れてくださると思いますよ」
「そうですよね、話す勇気が出たら話してみます」
「それが良いかと思います」
「あと、その石って今ビャンコさんが持ってるんですか?」
「はい、お貸ししたままになっています」
「もし良かったら僕にも貸してもらえますか?」
「もちろんです」

 メル様は残っていたケーキを口にしながら何かを考えているご様子です。
 いきなりこんな話を聞かされたのですから、当然の反応かと思います。

「入口にいた女の子、あの貴族さんと服装が貴族さんと全然違いましたよね」
「恐らく従者ではないかと」
「こんな季節に薄着で、少し腹が立ってたんです」
「お気持ちはお察しします」
「お店の商品に全然興味ないのに全部買うとか言うのも好きになれません」
「今後もどこかのお店で似たような事をなさるかと思います」

 メル様は先程の貴族の反応を思い出したの、苦い顔をして大きくため息をつきます。

「今日教えてくれて本当にありがとうございます。踊って身分の確認するなんて楽しい人達だなんて思ってましたけど、全然そんな事ないですね」

 少し落ち込んでしまわれたようです。
 お伝えすべき内容ではありましたが、彼にこんな表情をさせる事が目的ではありません。

 表情の暗さが変わればと思い、読書に関しての話題を振ってみたいと思いました。
 メル様の気分が明るいものになれば嬉しいです。
 近いうちにカズロ様とお話する機会があれば、もっと良いのかとは思いますが。
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