王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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眠りを誘う甘い芳香

#6

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「これは、見た事がない雰囲気と言いますか」
「……照明が見当たりませんね」


 部屋の中に入って暗い中でも分かるのが、部屋中に沢山の植物がある事です。
 加えて壁がほとんどなく、強度を保つ為の梁が数本ある程度です。
 見通しが良いと言えばそうですが、浴槽も見えるのは少し心配にすらなります。
 トイレトレッタが見えないのは良かったと思いますが。

『多分この辺の植物さね、ちょっと待ってな』

 リィが何かしたようです。
 室内に入る時からカフスに魔力を通しておいて正解でした。
 少しして、部屋の植物が光を放ち始めます。

「これは……すごいですね、殿下が見たら大喜びしそうです」

 ヒカリゴケスキストーステガの一種でしょうか、ツタのようなのでまた違うものなのかも知れません。
 部屋全体が植物からの光で優しく包まれる様は、とても幻想的な光景です。

 見蕩れてばかりいられませんが、室内にはそもそも物がありません。
 一階にある家具はベッドと低いテーブルのみで、キッチンの周りにはグラスが一つあるだけで保冷庫などもありません。
 目につくとしたら、テーブルの上にある書類のような物でしょうか。
 靴を脱いでテーブルへ歩み寄り、書類に見ます。

「この書類は庁舎で使われる物に見えますが、何かわかりますか?」
「拝見します」

 エルミーニ様が私と同じように部屋へ入り、書類を確認なさいます。
 その間に私は二階へ続く階段へ向かい、それにリィが続きます。

 二階も一階同様に多くの植物があり、リィが光を点してくれます。
 ここは衣類などが置かれており、物置として使われているようです。

『なんだが、トラオらしいっちゃらしいさ』
「家事はどうなさってるのでしょうか」
『多分外の魔獣さね、あれリモワの洗濯屋のコだろ?』
「……私生活が想像できませんね」

 とりあえず簡単に見て回りますが、ビャンコ様が居なくなった理由に該当しそうな物は見当たりません。
 旅行に使うカバンも置かれたままになっています。
 物の並びから見ても、何かがなくなったような形跡も確認できません。

 私は階下へ降り、エルミーニ様と合流します。

「エルミーニ様、何かわかりましたか?」

 書類を見ているエルミーニ様に声をかけます。
 エルミーニ様の表情がとても険しい物になっています。

「この書類は、私か王妃様あてのものですね。とりあえず一度ここを出ましょう」
「承知致しました」

 書類に何かあったようですね。
 私はリィに頼み植物の光を消してもらいます。
 それから家を出て、元通り鍵をかけます。
 私なら術を用いて鍵の開閉をするのはそれ程難しくありません、悪用するつもりはありませんが。

「これからどうなさいますか?」
「少し、お話出来ますか?」
「構いません、私の店で構いませんか?」
「良いんですか?」
「閉店業務のため一度戻るつもりでしたので問題ありません」
「ありがとうございます、お願いします」

 夜も遅くかなり寒いです。
 ここからお店まで少し歩きますが、暖かい場所へ移動する方が良さそうです。

​───────

 急ぎ店の温度を上げた後、ソファに腰掛けているエルミーニ様にお茶をお出しします。
 私も自分のカップと灰皿をテーブルに置き、向かいのソファに腰を下ろします。

「タバコに火をつけても構いませんか?」
「どうぞ、あなたの店ですから」
「では失礼します」

 私は懐からタバコを取り出して火をつけます。
 部屋にある香炉よりはマシですが、短い時間でもやはりあのカフスは消耗が大きいです。
 やはり私には理解カピーレヴォーチェのような、感覚を強化するような術は不向きなようです。
 千里眼リコノシェーレも術の正体や物質などの成分を見るなどは出来ますが、サチ様のように相手の気持ちを理解するなどの効果は見込めませんし。

 私がタバコを吸いながら考え事をしていたところに、意を決したかのような顔でエルミーニ様が話を切り出します。

「この書類ですが、彼のサインが入った委任状です」
「委任状ですか」

 もしかして、師匠との約束のものでしょうか。

「二週間ほどリュンヌの別邸で過ごすことと、そこで彼の名義で交流会を開くから参加するようにと。参加者の選定と招待などを私か彼の上司に委任する、というような内容です」

 ありえない、としか思えません。

 彼が二週間も彼らと過ごすなど、何か目的でもなければ考えられません。
 思わず言葉を失った私を見て、エルミーニ様が私の考えを察したようです。

「どう考えても裏がありますね」
「なぜその書類が自宅にあったのかも気になります、彼なら鳩に頼んで庁舎に届けさせることも出来たでしょう」
「そうですね、それにこれは委任状であって休暇届ではありません」
「不自然ですね」

 一度自宅に帰ることが出来たのならそのまま過ごせば良いものを、そうしないのは不自然です。

「彼が何らかの形で操られている可能性はどうですか? 術などでできるものですか?」
「そういった術はありますが、ビャンコ様にそれをかけるのはまず無理です」

 彼をとりまく精霊が邪魔をするでしょう。
 先日我が家で師匠の雷を遮ったのはそれのお陰です。
 操るなどの悪意のある術は弾かれるかと思います。

「ではなぜ……」
「その書類を貸していただけますか?」
「はい、どうぞ」

 ビャンコ様は操られていない、一度部屋に戻り書類を書く、庁舎に提出していない……
 一つの可能性を考え、書類を千里眼リコノシェーレで見てみます。
 裏面に術の反応があります、今はただの白い裏面に見せているようです。

「裏面に何かありますね」
「新しい情報ですか?」

 書類に術を掛けたのはビャンコ様で間違いないでしょう。
 裏面を隠すのに術を用いたのなら、こちらは私宛でしょう。

「エルミーニ様、一つ質問しても良いですか?」
「えぇ、もちろん」
「ビャンコ様は私に関して、何か仰ってたのではありませんか?」

 表面と裏面の関係を考えると、エルミーニ様が私の元へ訪れることを見越したと考えられます。
 一度しかお会いしていないエルミーニ様がなぜ今回私を頼ろうと考えたのか、恐らく事前に何かしていたと考えられます。

「仰る通りです、術かリュンヌに関係する事で何かあったらキーノスさんの店に行けと」
「それでここへいらっしゃったのですね」
「ただその口振りが冗談めいた雰囲気でしたので、言って良いものか悩みまして」
「そうでしたか。結果としてこの書類を見つけられた事を考えると、エルミーニ様のご判断は正しかったのでしょう」
「そう言って貰えると嬉しいです。殿下も騎士団長もどうせサボりだ、反抗期だとしか言わないので困ってまして」

 カズロ様やネストレ様も同じように考えていらっしゃったのかもしれません。
 ビャンコ様がエルミーニ様に託したのも少し分かる気がしました。
 とりあえず裏面の内容を見てみましょう。

「少し失礼します」

 私は一言だけお詫びしてから術を割ります。
 軽く割れたような音がして、書面に文字が現れます。

「なるほど、先程の質問はそれが理由ですか」
「こんな手の込んだことをなさる人ではないと思っておりましたので、より心配です」

 術で隠されていた文面はかなり短く、内容はとてもシンプルです。

「『お茶会に絶対来てね、待ってるよ』……と、これだけです」
「なんとも気が抜けますね」
「わざわざ隠して残すようなものにも思えません、やはり何かあったと考えるべきかと思います」

 私達が気になっているのは、彼が今の状況に陥った理由や経緯です。
 いつもならこのような状況に陥る前に私の元へ訪れていたため、何かあったはずです。
 もう少し説明が欲しいところですが、それが出来ないほどの事だったと言うことでしょうか。

「私がそのお茶会に参加する事は可能ですか?」
「名簿を作成する際にキーノスさんの名前を加えれば良いだけですが、本当に大丈夫ですか?」
「でしたら庁舎で名乗ったソニカハマルとして参加できますか?」
「その位なら問題ありません」

 現状、これ以上は私に出来ることはなさそうです。
 ビャンコ様の安否は結局分かりませんが、彼は何か計画してるようです。

「ありがとうございます、本当に助かります」
「いえ、こちらこそ」
「ビャンコさんと騎士団長が頼るのも分かる気がします、あの二人からの貴方への信頼が高いようで」
「術士は珍しいですからね」
「いえ、おそらく今回のご対応の迅速さなども含め信用なさっているかと」

 それを言うのであれば、ビャンコ様の怠慢を前提に何も調べない方がどうかと思います。
 最近のご様子を察して五日くらいなら……とお考えになったのかもしれませんが。

「しかし本当に狙いが分かりません、あれだけ嫌ってた貴族から逃げようとしないなんて。本当に何を考えているのか」
「まだ何かありそうですね」
「まさか拉致でもされたんでしょうか?」
「それは考えにくいです」
「そうですね。仮にも一国の筆頭術士を拉致できる方法があるなら、只事ではありませんし」

 ビャンコ様を拉致、一服盛られたのでしょうか?
 しかし盛る機会があるとも思えません。
 では背後から襲われたのでしょうか?
 いずれにしても、何故一度帰宅して別邸に戻ったのでしょうか。

 どう考えてもやはり理解出来そうもありません。
 私がお茶会に参加することで、この事態が好転するのでしょうか。
 出来れば避けたいと思っていましたが、例の別邸に赴くことになりそうです。
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