王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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海辺の桜が夜に舞う

#5

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 先週まで降り続いていた雪が止み、積もる雪が残っているものの寒さも少しずつ和らいでいます。
 今日は久しぶりに一人で部屋で過ごしています。
 一人分の昼食を作り、とても静かな昼過ぎを過ごしています。

 先日の新聞にミヌレ家とピエール家の方々が帰国なさったと書かれていました。
 ボイヤー侯爵は例の別邸の権利を譲渡され、今後リュンヌとのやり取りに関しては彼が対応する事になるそうです。
 建設に掛けたであろう費用を考えると、ミヌレ公爵家はかなり損をなさった事でしょう。

 新聞には他にも気になる記事があります。

『グルナ・アルジャンから新しい戯曲劇公演のお知らせ』

 確か帝国の有名な戯曲作家の方ですね。
 主に恋愛劇を主題にしたものが人気で、術を用いたようにみえる演出も多数出るため、ある意味『魔法の国』の立役者でしょう。

 近日中にギュンター様とケータ様がいらっしゃるはずです。
 どんなお料理をお出しするか考えつつ市場へ足を向けましょう。

​───────

「壁の中に電線を通してまして、コンセントを通じて電力会社から供給される電気を使って家電を動かします」
「デンセンとは?」
「家電の動力になる電気を通す金属性の糸と言うか……多分電気の説明をしてからの方が良いですよね」
「はい、カデン、デンキ、デンセンもそのデンというのが何か分かれば理解できるかもしれないです」

 ケータ様が難解な説明をシオ様になさっています。
 今週の初めから早い時間にご来店なさっていたシオ様は、ケータ様がご来店なされてすぐに私に彼との仲介をご依頼されて今に至ります。
 ケータ様の言葉は難解ですが、サチ様やユメノ様よりはきちんと説明して下さっているように見えます。

 お二人から一つ離れた席にギュンター様もご来店されており、二杯目のラム酒と共に近況を話してくださっています。

「ケータさんがずっと褒めてたんですよキーノスさんのカレーライス。今日着いてすぐ絶対に行くと言って聞かなかったくらい」
「それは嬉しく思います、喜んで頂けて何よりです」

 ご来店されている皆様はお食事のご注文をされ、すでにそちらはお済みになっています。
 ドルチェにアンコを使用したサクラモチを用意しておりますが、まだご注文されていません。
 聞かれたらお出しできる用意はあります。

「予定より一日早く来れたんですよ、主にケータさんの頑張りでと言いますか」
「それは何よりです、お会い出来るのを楽しみにしておりました」
「ありがとうございます、俺は入国制限も考えていたので本当に嬉しいです」

 ギュンター様が苦笑いをなさいながら答えます。
 聞いたお話によれば、明後日に殿下との面談が予定されているようです。
 今日は宿の予約を取り、明日は観光をする予定で考えているそうです。

 それからギュンター様はため息をつきます。

「オランディに到着してすぐの頃はそれはもう嬉しそうで、宿に着いてからもずっと機嫌が良かったんですよ」
「そうなのですね」
「それが太陽が落ち始めてからです、段々ソワソワし始めて。夜に行くって言ってるのに夕方頃から身支度始めて、それなのにいざ行こうとすると『行きたくない』なんて言い出すんです」
「そ、そうは言ってないでしょ」
「そのくせ置いていこうとすると着いてくるしで、俺は応援したいけどコレが彼女だったら面倒くさいと思います」
「面倒だなんて」

 ギュンター様の隣にはゾフィ様がいらっしゃいますが、先程から目を合わせて下さいません。

「お元気そうで良かったです」
「あ、はい……」

 答えては下さいますが、やはり目は合わせて頂けません。
 こういう反応をされるのは慣れていますので、答えてくださるだけありがたいです。

「実の姉だけに残念ですよ本当に、さっきから顔をまともに見てないじゃないか」
『だ、だって近いのよ距離が。気づかれちゃうでしょ!』
「あ、キーノスさんマルモワの言葉分かるからね」
「ちょっと、教えといてよ!」
「すみません失礼な姉で」

 ギュンター様がそう言ってから私の方へ向いて軽く会釈をします。
 ゾフィ様は拗ねたようにギュンター様から視線を逸らします。
 それに構わずギュンター様は私との会話を再開します。

「手紙にも書きましたが、ケータさんは一年程各国を巡る旅に出るそうです。オランディにもたまに立ち寄ると言ってました」

 おそらくそれが手紙にあったダンスへのお誘いなのでしょう。
 サチ様の国の方は旅がお好きなのかもしれません。

「旅の目的は聞いていますか?」

 手紙にはそこが書かれておりませんでした。
 サチ様はご自身が望む環境を築き、助けられたリモワの方々に報いるためにもと各地を巡っていらっしゃいました。

「術士の師匠を探すためと聞きました、まずはここの局長に頼むと言ってましたが……どう思いますか?」
「弟子をとった話を聞いたことはありませんし、お忙しい方なので難しいかもしれません」
「そうですよね、他に術士の心当たり……」

 ギュンター様が私に視線を向けます。

「まぁ旅先で見つかることを祈ります」
「そうですね」

 心当たりならヴァローナの師匠の元へ行くのが良いかとは思いますが、マルモワのケータ様が会うのは難しいでしょう。

「……あとその、リュンヌの方がここへ来てるとは聞きましたが」
「はい、侯爵様がご滞在されております」
「大丈夫ですか? その、色々有名ですけど」
「そうですね、何も無かったとは言い難いですが今は解決しております」
「やっぱり何かあったんですね」

 何があったか話すのは簡単ですし、隠したところでお茶会にはミケーノ様とシオ様も参加なさっています。

「いずれ機会があればお話します」
「今聞くのは難しいですか?」
「どう説明して良いか悩むところです」
「……なるほど」

 何かを察したのかこれ以上の説明を求めようとはなさいません。
 その代わりなのか、一つだけ質問をなさいました。

「キーノスさんには何もありませんでしたか?」

 そこの説明に困るから濁したのですが、察してくださったのはそこではないようです。

「渋いお茶を出されたくらいです」
「それだけですか?」
「あとそれに対して謝罪をいただきました」
「謝罪? ありえないと思いますが」
「いえ、一応謝罪と……」

 あの時の事を思い出し視線を逸らしましたが、その先にケータ様がいらっしゃったせいで結局我慢出来ませんでした。
 少し慌てて口元を隠します。

「どうかしました?」
「いえ、大した事ではありません」
「しかし本当に謝罪されたのであれば、色んな国でニュースになりますね。謝罪した貴族は大変だと思いますよ、最悪の場合高額の損害賠償が色んな所から請求されます」
「そこまでの事ですか?」
「はい、相当な事です。不払いなんかで揉めるケースが多いんですけど、謝罪絶対にしない事で有名なんです。そんな人が謝罪したとなれば、余程の事をしたと思われるか、過去の事への謝罪を要求されるかだと思います」

 ……なるほど、エルミーニ様に加え陛下からも依頼されたのはこういった理由だったのですね。

「ちなみに謝罪した貴族の名前はなんですか?」
「ミヌレ公爵夫人です」

 私の言葉にギュンター様が咳き込みます。

「そ、それはすごいニュースになりますよ?」
「正確には謝罪はされていないのですが」
「先程は謝罪と言っていたと思いますが」
「謝罪の場を設けると言われ呼ばれたに過ぎません」
「その場に公爵夫人がいたんですか?」
「はい」
「それなら外交の観点からすれば充分です、近いうちにマルモワにも速報で流れそうです」

 思ったより大事のようです。
 あの発言がこんな事になるとは、彼女も思わなかったのではないでしょうか。

「どんな内容だったんですか?」
「いえ、大した事では……」

 あの甲高い声でアネモネなのか天使なのか踊っているのか咲いているのか分からない比喩を思い出し、やはり滑稽な物に思えてきます。
 私は口元を拳で抑え、小さく咳払いをします。

「そんなに酷い内容だったんですか」
「その、ケータ様のお手紙のお陰で気に病まずに済みました」
「そうでしたか、それを知ったらケータさん喜びますよ」

 喜んで頂けるなら話す価値はありそうです。

 穏やかなお店の空気の中、グラスが割れる音が響きます。
 音源はゾフィ様の手の中にあります。
 手の中に握られていたグラスが砕け、ゾフィ様の手がお酒で汚れています。
 私は急ぎ棚からタオルと治療道具を取り出し、カウンターからゾフィ様の元へ向かいます。

「恐れ入りますがお手を」

 私はゾフィ様のグラスを端によせ、彼女の手を拭います。
 グラスの破片は彼女の手の中に無さそうです。

「お手数ですが、レストルームで一度手を洗ってきて頂けますか?」
「はい……」

 ゾフィ様が私の頼みに素直に応じてくださいます。

「多分キーノスさんが辛そうだったから、それで……」
「いえ、辛かったのではなく」

 私はその場であったことを簡単に説明します。
 その間にゾフィ様も戻っていらっしゃいました。

「笑ってたんですか……」
「夫人に私が何に見えているのかと考えたら、どうしても我慢が出来ませんでした」
「本当に、本当にお辛い思いはしてませんか?」
「はい、大丈夫です」

 していないとは言い難いですが、正直に話さずとも良いように思います。
 ゾフィ様が割られたグラスは閉店後元の形に戻しておきましょう。
 心配をして下さった事を嬉しく思います、それにお怪我がなくて良かったです。
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