王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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海辺の桜が夜に舞う

#6

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 手を怪我されたゾフィ様はギュンター様に連れられてご帰宅なさいました。
 怪我の治療をさせていただきましたが、どうやらお酒のせいで顔が赤く、心配なさったギュンター様が連れてお帰りになりました。

「キーノスさんは女心を学んだ方が良いですね」
「これでも良くなったんですよ、それに多分学んだらゾフィさんが大変な事になりますよ」
「どうだろ、学んだとして……社交ダンスとかしたら」

 ケータ様が何かを考えるように視線を上に向けて、ため息をつきながら視線を元に戻します。

「ダメですね」

 シオ様がくすくすと笑いながら話を続けます。

「ケータ君は社交ダンスを知ってるんですか?」
「元の世界では聞いたことありますよ。男女ペアになって踊るんですよね」
「異世界にもあるんですか」
「元は俺の国の文化ではないですけど」
「違う国の物、ということですか?」
「はい、俺がいた日本では趣味でばぁちゃんの友達がやってたくらいです」
「ケータ君のいた世界では色んな国の文化を楽しむんですね」

 それはサチ様がいた頃から変わりは無いようです。
 食に関して様々な国の文化が取り入れられていると聞いたことがあります。

「そうですね。それに日本が百年ですごく変わって、特にさっきの電気を使ったものもかなり変わってますよ」
「もしかしてスマホやデンシレンジは、その百年の間に当たり前の物になったんですね」
「はい。まぁ便利ですけど、無くても困りはしませんよ」

 私の年齢から考えてもケータ様の言ってることに間違いは無いでしょう。
 サチ様と私は年齢は近いはずです。

「でもなぁ……多分俺がばぁちゃん大好きだったからですけど、スマホよりコタツの方が嬉しいですね」
「コタツ? とは、どんなものですか?」

 コタツ、確かサチ様が自室で冬に使用なさっていた物です。
 高さの低いテーブルに布団を掛け、その中を素焼きの釜が入った木枠で温めるものです。

「テーブルに布を掛けて、中に熱源になる電気機械を設置して、その機械がテーブルの中を暖かくするんです。冬にミカンとかお鍋とか食べてダラダラ過ごすのが、ばぁちゃんちでの冬の過ごし方でした」
「暖房の一種ですか」
「そうですね。あとは温泉も良いなぁ、マルモワで出来たら喜ばれそうですし」

 温泉もサチ様から聞いたことがありますし、私も実際に浸かった事があります。
 火山や地熱で温められた熱泉の温度を調整して浸かる風呂の一種です。

「コタツに温泉ですか、色々ありますね」
「あとは浴衣があれば最高です! 温泉入って浴衣に着替えて、コタツで暖まる冬……ばぁちゃん達と行った一泊温泉の思い出です」
「ユカタというのは衣類ですか?」
「はい、簡単に着れる着物というか」
「キモノという衣類の一種ですか、着るのが難しいんですか?」
「着物はそうですね、ばぁちゃんがたまに着てましたけど時間かかってましたし」

 キモノも同様に聞いたことがあります。
 おそらくはケータ様の仰る通りで、サチ様は再現なさろうとはしませんでした。
 サチ様は特に食に関しては貪欲に求めていらっしゃいました。

「キーノスさんは何か知ってますか? ここは醤油もポン酢もあるし、日本に詳しいと思って」
「どれも残された文献に書かれております」
「文献? そんな物があったんですか」
「ただ、少々難解なため知られてはおりません」
「それ見せてもらえたりしますか? 俺なら分かるかもしれませんし」

 確かに可能性はありますね。
 今はここにはなく自宅の書庫にしまってあります。

「次回ご来店なさった時で良ければお貸しできますが、二冊しかないので店内でご覧になって頂くしかありません」
「全然大丈夫です! 一週間はここにいる予定で、ここには毎日来るつもりです!」
「それならご希望の料理などお聞かせ頂ければ、ある程度は対応出来るかと思います」

 ケータ様の表情が明るいものになります。
 この様子を見守っていたシオ様から質問を投げかけられます。

「キーノスは異世界の家具に関してどの程度知識があるんですか?」
「それほど多くはないかと思います、デンキを使用した家具はあまり数はありません」
「実際やろうと思うとかなり大変ですよね、シオさんに色々聞かれて思い知りました」
「かなり難易度が高いですね、発電所の建築だけで数年かかります」
「この世界なら魔獣もいるから何か応用出来るかもしれないですけど、そっちは詳しくないです」

 それだけでも充分に思いますが、私達からすると夢物語に近いものに感じます。

「でも浴衣なら難しく無いかもしれませんよ。実物持ってたんで説明出来ますし、素材も面倒な物はないですよ」
「ユカタですか……それなら他の知り合いに相談してみますか。興味を持ってくれそうな心当たりがいるんですよ」

 カーラ様ですね、確かに興味を持たれるかと思います。

「ケータ君は一週間過ぎたら旅に出るんですか?」
「はい、しばらくはリモワに滞在してからその後カマルプールに行こうと思います。ヴァローナとリュンヌはギュンターから反対されたんで」
「ギュンター君も一緒なんですか?」
「いえ、剣の腕が良い兵士が一人です。一応俺は筆頭術士の扱いではありますし」
「そうなんですか、楽しい旅になると良いですね」

 シオ様はそう言ってにーっこりと笑います。
 私には少しだけ分かります、シオ様が何かを計画なさっているようです。
 ケータ様にはそれが分からず、笑顔に笑顔で答えます。

 お二人はその後昼間なども会う機会がないかの相談をし、日付が変わる前にお帰りになりました。

 ケータ様に料理を喜んでもらえて嬉しかったのは間違いありませんが、ゾフィ様とギュンター様が早くお帰りになられたのは少し残念です。
 次回のご来店の機会には怪我などなさらないように、おもてなしさせて頂いたいと思いました。

​───────

 帰宅してすぐ、部屋の温かさに気付きます。
 最近はリィとフィルマが部屋にいなかったせいか、帰宅後が外より冷えるようなことも珍しくありませんでした。
 今日はお二方が部屋にいるようです。

『キー君おかえり!』
『主君、お待ちしておりました』

 変わらないお二方に安堵を覚えます。
 私は靴を脱いでコートを入口に掛けます。

「遅くなりました」
『調べてきたさ、あのルネって奴隷に関して! それでこの鳶とも少し話したんだけどさ……』
『概ね我らの調べた内容は相違なさそうです。ただ、少々困った事も分かりました』
『キー君仕事帰りで眠いかね? 寝てからにする?』
「いえ、話だけでも聞かせてください」

 キッチンへ向かいお二方の食事を温め、ついでに私のためのお茶を入れます。
 それから聞いた話によれば、ルネ様は今シアン様がご滞在されている別邸にいらっしゃるそうです。
 ただミヌレの一族が帰国してからは落ち着きがなく、時々酷く塞ぎ込むような様子が見られるそうです。

『アタイ心配になっちゃってさ……近寄ってみたんだけど、他の人間に追い払われちまうし。背中が少しだけ見えたけど……アレは酷い、焼印だよ』
「……焼印、でしたか」

 術式を平面にしてそれを焼印にしているのでしょうか。
 学術書などで読んだことはありますが、術の効果などは特になく一種の儀式の意味で使われるそうです。

『治療が必要だけどトラオに相談できないかね、アイツから精霊に頼めば良さそうだがねぇ』
「聞くだけなら可能ですが、お忙しい方なのでなんとも言えません。それにルネ様は奴隷とはいえ、ビャンコ様の話通りなら加害者の一人です」

 それにこれはシアン様から私個人に頼まれた内容です。
 シアン様なら今帝国とオランディの間を取り持つ立場にあるはずなので、公式にビャンコ様に頼むことも出来るはずです。
 しかしリィの話ではまだ術式が解かれてはいないようです。

『私めは契約の解消に関して主君の師匠の子飼いのカラスめに聞いて参りました、術式を解除すれば問題ないとのことです』
「ありがとうございます。それなら私でも対応出来るかもしれませんが、情報の対価は求められませんでした?」
『そこはぬかりありません、御安心くだされ』

 流石です、頼りになります。
 私は自分の為に入れたお茶を一口飲み、お二方に告げます。

「それでは近いうちにシアン様の元へ参りましょう。その際にご同行をお願いしたいのですが、問題ありませんか?」
『もちろんさ! 断られても行く気だったさ!』
『私めも同じ気持ちです、危険があればお助けいたします! が……』

 フィルマが少し視線をずらして言います。

『鬼のお方に私めの手助けなど必要ないのではと思いますが』
「いえ、嬉しく思います」
『しかし、私めの爪など鬼の力と比べたら……』

 確かにフィルマの爪だけでは私に致命傷を与えるのは難しいでしょう。

「何かと戦う事が目的ではありませんし、いて下さるだけで嬉しく思いますよ」
『主君は本当に、まるで伝承にある青鬼のような慈悲深い方で……』
『青鬼だなんて縁起でもない! そんな奴よりキー君は男前だよ、やめてほしいね』
「伝承の鬼がどんな方なのは気にはなりますが、早速シアン様に打診してみようと思います」

 青色種のオーガにある伝承でしょうか、フィルマは私の知らない伝承にも詳しいようですね。
 時間が出来たら聞いてみましょう、まずはシアン様に手紙を届けていただこうと思います。
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