王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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ガス灯で煌めく危険な炎

#8

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 今日は日差しが少し強いですが、風があるため過ごしやすく思います。
 家の用事を一通り済ませ、今はジョーティの相手をしておりました。
 術の訓練を進めているのですが、出力の調整の感覚を掴むのに苦労しているようです。

「なーぁ、これできる必要あんの? デカいのでドーン! って出来れば良いだろ?」
「それでは術式を組むのに苦労しますよ」
「うーん、確かに転移は出来るようになりたいけどなぁ」

 なかなか上手くいかず、少し焦れているようです。
 少し飽きっぽい性分ですが、術に関しては真面目に勉強しているようです。

「なぁなぁ、キーノスって本当に術で攻撃できないの?」
「その必要がないと考えております」
「出来るんだろ、俺にやれとは言わないからちょっと見せてよ」
「ジョーティの訓練が上手くいったら考えます」
「言ったな! よーしもう少し頑張る!」

 こういう素直な所は長所だと思います。
 元々彼の相手をする必要などないのですが、そのまま放っておくと庭のものを燃やしてしまいます。
 結局後で掃除の手間が増えるので、彼の訓練の見張りを兼ねて外で趣味の調薬か読書をします。

 今日は師匠の書庫にあった毒薬に関する書物を読んでおりますが、新しい情報が少ないです。
 先日のルスランの話の通りなら、吸血鬼ヴァンピーロを昏倒させられる毒薬が何かあるはずです。
 本を眺めながら悩んでいた時、ジョーティが地面に寝転がりました。
 この後彼が浴室まで歩いた場所を掃除する必要が出ました。

「穴って言われてもなー、なんとか巣穴には出来たけど針穴なんて無理!」
「それでは術式は組めませんよ」
「なー、なんかコツとかないの?」
「師匠に聞いてください」
「ほぼいねーじゃん、キーノスで良いから教えてよ!」

 あまり師匠以外から聞くべきではないと思いますが、コツくらいなら良いかもしれません。

「師匠からはどう教わりましたか?」
「えーと、ため池の水を壁で堰き止めて、それに開ける穴の大きさを調整する感じって聞いた」
「ではその通りに」
「もうちょっとなんかない?」

 師匠は器用な人ですから、その説明で伝わったのかもしれません。
 ジョーティはフィアンマを扱うので、水で例えると感覚が掴みにくい可能性があります。

「ロウソクの芯で考えてみてはいかがですか?」
「ロウソク~?」
「ロウソクの芯が太い程火がつきにくく燃えると大きな火になりますが、細い程火がつきやすく小さな炎になりますよね」
「あー、父上の店の商品で見たかも」
「その細い芯のほうで想像してみてはいかがですか?」
「ロウソクかぁ」

 しばらく空を眺めていましたが、上半身を起こして再び訓練に戻ります。
 私は砂鉄を想像しますので、人それぞれなところはあるのかと思います。
 一度師匠の書庫に戻って、今度は吸血鬼ヴァンピーロに関して書かれた本を探してみましょう。
 どういう毒物に弱いかなどの情報があるかもしれません。


 同じ場所に戻って本をしばらく読んでましたが、新しい情報はやはり見当たりません。
 改めて見ても吸血鬼ヴァンピーロはそもそもの弱点が多いです、これなら彼に効く毒の一つや二つありそうに思えます。
 ニンニクアッリオが弱点のようですので、ユリジッリョネギポーロ辺りを調べてみても良いかもしれません。

「キーノス! 見てくれ!」

 ジョーティから声がかかり、本から顔を上げます。
 彼の手から細いひも状の炎が出ています、先程の様子から考えたらかなり早い習熟です。
 これなら簡単な術式くらい組むことはできるかもしれません。

「早いですね、師匠に一度お見せしてはどうでしょうか」
「どうだ、すごいだろ!」
「はい、素晴らしいと思います」
「じゃあ約束守れよ、術の攻撃見せてくれんだろ?」

 そんな約束しましたね、まだ先の事と考えておりました。

「単純に出来るかどうかなら出来ますが」
「おぉー! 見たい見たい!」
「面白いものではありませんし、以前師匠にお見せした時には地味と言われました」

 ジョーティの言う「攻撃」というのは、破壊することを意味しているのかと思います。
 いくつか手段はありますが、一番簡単なもので良いでしょう。
 私は指を鳴らし、地中にあった砂鉄で小さな球を目の前に作ります。
 それから指を弾くようにして、その球を私邸を囲っている塀に向かってぶつけ、小さな穴を開けます。
 塀の外に出ない位置で止めたので被害はないはずです。

「こんなものです」
「確かに地味だな」
「ジョーティのフィアンマは華やかですね」
「だろ! だけどそれだけじゃダメだって、オッサンに言われんだよなぁー」

 ジョーティはそう言った後で、得意とするフィアンマを手のひらの上に七つ生み出します。
 それからそれぞれの色を七色に変え、体の周囲で回転させます。
 私が年末にやったハナビに似たものに見えますが、彼はそれを薬品などを使わずにやるのですから、もっと褒めてあげても良いと思います。

「ジョーティはハナビをご存知ですか?」
「何それ? 知らねぇ」
「炎が花の形になって空に浮かぶものです。夜にやるととても美しいものに見えますよ」
「見たことあんのか?」
「はい。やった事もございますので今度見本をお見せします」
「なんだよ、そういうの見せてくれよ」

 華やかな物なら私の場合は花の幻術がそれにあたりますが、攻撃するようなものではありません。
 ただ、あれは意外と面倒な術式ではあります。

「なんか術式教えてくれよ、出来るかやってみたい!」
「師匠に聞いてください」
「良いだろちょっとくらい」
「お断りします」

 私はジョーティが庭を破壊しないかどうかだけを見ているだけで、何かを教える必要がありません。
 それに師匠に教わった身とは言え独学の部分も大きく、私から何か学ぶのは適切とも思えません。

「訓練の成果も出ましたし、休憩なさいますか? お茶と菓子を用意します」
「やった! お茶は前飲んだ甘い花みたいな奴がいい!」
「カモミールですね。冷たいものを用意しますので、大人しくしていてください」

 今日は少し汗ばむ気温なので、冷たいお茶が美味しいかと思います。
 ジョーティはこれから術式の勉強をする事になるでしょう、魔力を糸のようにというのはそのための準備です。
 これからが大変ですので、激励の意味でカキゴオリでも作って差し上げても良いかと思いました。

​───────

「くぅ~、美味い! 久しぶりのオランディの飯、なんならモウカハナの味! 美味いっす!」
ニンニクチスノークとショーユだっけ、まぁ悪くはないよ」
「まーたルスランさん素直じゃないっすね、ミソシルはどうすか? こっちも美味いっす!」
ネギウル・パエリの? 変わった味だな」

 本日は私が夕食の担当だったため、昼間に見た吸血鬼ヴァンピーロの弱点の可能性がある食品を使って作ってみました。
 ここでの長期滞在が分かったあと、懇意にしているショーユとミソの問屋の方に相談し、ヴァローナに届けてもらうよう頼んでいました。
 時折料理の隠し味に使っておりましたが、今日はそちらの風味を全面に出すことで、ルスランの弱点を使用した料理である事を誤魔化そうとしました。

「久しぶりにネウゾロフさんち呼ばれたから何かと思ったら、アンタここに来てたんすか! 手紙くれたら良かったのに!」
「前に別件を依頼しようとして止められておりましたし、特に連絡するような事もないかと思いました」
「えーアンタとオレの仲じゃないすか! 会いに来て欲しかったっす!」

 そんな企てをした日に、師匠はハーロルトを連れて帰ってきました。
 夕食の準備前なので問題ありませんでしたが、相変わらずよく話すお方です。
 しかし、ルスランは普通に食べてますね。
 それにあの言い方は彼なりの賛辞です、料理が気に入ってくれたようです。

「この忙しい中面倒な仕事頼まれたから何かと思ったんすけどね、この飯だけでもやった甲斐があるっす!」
「さっさとキー坊に資料渡してやって欲しいねぇ、あと食べ終わったらすぐ帰るんだよ」
「久しぶりの再会なんすから、話してったって良いじゃないすか」
「暇なの君? なら頼める仕事まだあるからそっちを」
「ご馳走様っす! 資料っすね」

 ハーロルトは座っている椅子の背に掛けていた鞄から、大きめの封筒を出します。

「ガラノフとかいう奴、中々な悪党っすね。詳しくは中に書いてあるんで、見といてください」

 師匠は容疑者を一人に絞ったところで、しばらくカジノに行くのを止めるよう指示なさいました。
 その間ハーロルトに頼んで、ガラノフ様の事を調べさせたそうです。
 私が師匠にガラノフ様のことを伝えたのは先週の事で、それからこの厚みのある封筒を用意できるとは、やはりハーロルトは優秀ではあるようです。

「ありがとうございます、こちらでの生活は慣れましたか?」
「いや~、マルモワにいた時と比べモンにならないっすね、待遇も上司も!」
「それは何よりです」

 師匠は仕事の上では良い上司のようですね。
 彼が幸せである情報は、ギュンター様とケータ様には嬉しい話かと思います。

「ジュンマイシュはないんすか? あれも飲みたいんすけど」

 この厚かましい部分も変わりないようです。

 ガラノフ様に関しての新しい情報が手に入りましたので、寝る前に目を通しておきましょう。
 その頃に一度フィルマとリィも私の元へ来てくれるはずです。
 改めて今後の方針を相談してしたいと思いました。
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