王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

文字の大きさ
144 / 185
ガス灯で煌めく危険な炎

#7

しおりを挟む
 クリューヴの夜は日中と比べて気温が低く、窓から入る風も心地よく感じます。
 郊外の高級住宅の並ぶ辺りは人も少なく、静かにお酒を楽しむのにはとても適した環境と言えます。

 今夜は昼間の訓練で疲れて寝てしまったジョーティを除き、師匠と侍従二人で今後の調査の話を肴にお酒を飲みかわしております。
 今日は皆仕事は休みで、師匠とこうしてお酒を飲むのは私邸に来てから初めての事です。

 初日に私が飲んだ高級酒はもちろん、ヴァローナの名産になっているワインやチーズが並んでいます。
 暗めの照明と静かにピアノ曲が流れる私邸の居間は、貸切の高級クラブの一室を思わせます。

 一通り今までの調査の内容を伝えたところで今に至ります。

「あぁ、ゲラーシーは違うねぇ。ギャンブルの駆け引きが好きなだけだし、ランに火付けるくらいならワイン漬けにして買い取るんじゃないかねぇ」
「おバカさんだなキーノスは。あのオッサンはお前が気になってるって言っただろ? なぜ僕に構うと思った?」
「私のような怪しい人物に関わろうとしてくる方でしたので候補に入れてましたが、あまりにもおかしな点がなかったため確証を得るのに時間がかかりました」

 お二人から厳しい言葉をいただきましたが、そもそも確実に違う方なら先に言っておいてくれても良かったのではと思ってしまいます。
 師匠はジンの入ったグラスを傾けながら、中の氷が揺れるのを眺めています。

「なんだってゲラーシーはキー坊が気になったかねぇ、ヴァローナで仮面つけてればまぁまぁ目につかないでしょ君は」
「どうせ初日から完璧なゲームコントロールやったんだろう? それ見て興味持たれたんじゃないか?」
「あぁ~やりそうだねぇ。どうせ私の仲介だって気付いてるだろうし、それで素性を明かしてやろうとしてたなら納得だねぇ」

 お二人の推測通りかと思います。
 ゲラーシー様に関して議論しても進まないと思いますので、本命の容疑者の話をした方が良さそうです。

「とりあえず容疑者はガラノフ様に絞って探ろうと思います」
「理由は?」
「基本はゲラーシー様と同様で、初日から私に話しかけてきた点と、言葉の端々に探りを入れてくるのが大きいです。特にルスランと入れ代わりになった点を気になさってる辺り、他の容疑者より可能性は高いと考えております」

 ガラノフ様はゲラーシー様が私のテーブルにつく前まで私に話しかけながらゲームで粘っていた方です。
 質問の内容もルスランに関することや私がカジノで働くようになった経緯などが多く、初めから容疑者の候補として最有力で考えていました。

「確かガラノフって女性向けのクラブのボーイだよねぇ。ランがいた店でもないし、なんで彼がランを気にするのかねぇ」
「あいつボーイだけどモテる事が自慢だったみたいだから、僕がモテるのが気に入らなかったんじゃないか?」
「それで君に火傷の一つでも負わせようとしたのかねぇ」
「ただのボーイが僕に? 無理に決まってる」
「君は火傷した時の詳細を言わないよねぇ、そこ話してくれたら私もキー坊も楽なんだけど」

 そうです、そもそも二ヶ月もかかってしまっている最大の要因はルスランです。
 彼が火傷を負った時の話を詳細に話してくれればもっと楽になりそうなものの「カジノが終わってからの記憶がなくて、気がついたら大火傷で寝てた」としか答えません。

「ま、仕方ないよね。分からないものは分からないんだから」
「術の痕跡も見当たらないしねぇ、薬でも飲まされたのかねぇ」
「……あー、カクテルは飲んだな」
「仕事中だよねぇ、誰かの奢り?」
「確か、ガラノフから甘ったるいの渡された」

 師匠が呆気に取られて口を開けております。
 私のも同じ気持ちです。

「そういうの先に言えないかねぇ、仮にも私の侍従なのにそこを言わないのはどうかと思うよ? キー坊借りるのも楽じゃないのが分からないかねぇ」
「このままいさせたら良いだろ」
「まさか、そんな事のために言わなかったんじゃないだろうねぇ?」
「半分以上はそれが理由だな」

 被害者が調査の妨害をしてどうするつもりなのでしょうか、しかもそんな下らない理由で。
 ……とはいえ、新しく出た情報に関して聞いた方が良さそうです。

「カクテルの名前は分かりますか?」
「分からん」
「甘さ以外に、何か香りなどの特徴はありましたか?」
「覚えてない」

 結局、イマイチ役にたちません。
 しかし甘いカクテルなら、薬か毒を混ぜても味を誤魔化す事ができるでしょう。

「そうなると、何故私邸ここだったのかが気になります。カジノの近くでも燃やすことは可能だったはずですし」
「だからこそ私への攻撃の可能性を考えてるんだよねぇ、ランも敵は多いからねぇ」
「それに、カクテルに混ぜた毒を時間差で効果が出る物にしておけば、そもそも燃やす必要もありません」
「やっぱ私宛かねぇ、にしても半端だよねぇ。ジョーティが来るタイミングなのも意味がありそうだよねぇ」
「ガラノフ様が犯人なら、そこも明らかにする事が出来るかもしれません。二ヶ月であらゆる可能性は潰してきましたし、今もフィルマが見張ってくれています」

 カジノの客でルスランと縁のある方全員の師匠との関係性を調べ、当時の行動を調べ……フィルマとリィの協力でなんとか三人まで絞り込めたのが先週の事です。
 そこからまた時間がかかると思っていましたが、ビャンコ様の協力で候補の一人を簡単に外す事ができました。

「まぁ、しばらくはまた様子見かねぇ。とりあえず明日も休みだし飲もうか」
「キーノス、追加のツマミ作ってくれ。チーズだけだと飽きる」
「かしこまりました」

 私も何か野菜を使った物が食べたいと考えておりました。
 ちょうど良いので、カプレーゼとじゃがいもパタータのマリネを作りたいと思います。

​───────

「やっぱりオランディの料理は良いねぇ、キー坊の店では出ないのが残念だけど……あ、泊まりに行けば出してくれるかねぇ?」
「宿泊先の宿で、これより良いものが食べられるかと思います」

 師匠は空腹だったのか、カプレーゼを半分以上食べてしまい、残りを私が横から摘んでいるような状態になっています。
 なくなったらまた作れば良いですし、余程お好きなのかもしれません。

「それでさ、ランの復帰の頃から気にはなってたんだけどねぇ……」

 師匠はソファで眠っているルスランを横目で見て言います。

「君の血は催眠か何かの効果でもあるの? 人前で寝落ちするランなんて、初めて見るかもしれないねぇ」

 料理を持って居間に戻ってから、ルスランからまたしても血を求められました。
 今後背後から忍び寄らない条件で、ワイングラスに血を注いで渡しました。

「さぁ……何故私の血に固執するのかからよく分かりません」

 それを飲みつつ、減ってからはワインを足して飲んでおりましたが、ある瞬間糸が切れたように眠ってしまいました。

「オーガの黒色種なんて、話でしか聞いた事ないからねぇ。ましてやそれの変異種なんて、食道楽のランからしたら出来るだけ味わっておきたいんだと思うよ」
「食道楽?」
「ランは何とでもキスしたがるんだけど、相手に証拠を残さないで血を味わう方法なんだってねぇ。少なくともランにとって血は一番美味しい蜜らしくて」
「生きるために必要なものではないのですか?」
「彼、吸血鬼ウプイーリと人間の良いとこをとったようなハーフでねぇ。血が美味しいと思うけど、無くても大丈夫とは言ってたねぇ」

 確かに彼と暮らしていて、吸血鬼ヴァンピーロに見られる弱点らしいのは日中に運動能力が落ちるらしいというところくらいです。
 なので、普通にしていれば夜型の生活をしている人間にしか見えないかもしれません。

「何かと強請ねだられるだろうけど、まぁ減るもんじゃないし? 五分くらい我慢してあげても良いんじゃないかねぇ」
「師匠がお相手してあげれば良いかと思います」
「嫌だねぇ、男相手にそんなこと」
「なら私にも言わないで下さい」

 師匠がジンを一口飲んでから、ルスランの様子を見て小さく首を傾げます。

「あのサ、あんまり考えたくない可能性なんだけどねぇ」
「何でしょうか」
「最初はジョーティ猫目君の相手が嫌だったからで、君が来てからは君を留めるため……なんて事ないよねぇ?」

 実は私も同じ可能性を頭の隅に置いております、ルスランの行動は色々と不自然です。

「否定はしませんが、ガラノフ様が怪しいのも事実かと思います」
「まぁそれもそうだねぇ」

 これでガラノフ様も問題がなければ、師匠の侍従のイタズラとしてこの事件は解決でしょう。
 私がオランディに帰るのも遠い話ではありません。

「ビャンコ様の協力はまだ頼めそうですし、機会があればまたお願いしたいと思います」
「あぁ助かるねぇ、鳩君暇なの?」
「帝国からの使節団の件でかなりお疲れでしたので、正式な休暇としてこちらに観光に来ているそうです」

 休暇としてかなり長い期間をもらったと聞きましたので、来週でもかなり余裕があるそうです。
 師匠とビャンコ様はあまり仲が良くありませんし、ジョーティとも喧嘩をしております。
 彼がこの私邸に訪れることはもうないと思いますので、このまま平穏に過ごせる事を祈ります。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...