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愛しの都は喧騒の中に
#5
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王都の水路が夏の日差しを反射させ、陽の当たる道を眩しいものに変えています。
街の花々は水やりの後のようで、その水滴も小さな輝きを放っています。
水と花で輝く街並みはいつにも増して美しいものですが、本格的な夏の季節を迎えた王都は日陰でも汗が流れます。
普段ならこの暑さを避けて部屋で過ごすのが常ですが、今日は薬草や調味料など急ぎではなかったものを補充しに買い物に出ました。
今はドゥイリオ様のお店での買い物を済ませ、一度帰宅する途中です。
今日のお店で使うものも含まれていますので、荷物が多く両手が塞がっています。
私の住むパラッツォはまだかかりますが、少し先に小さな人集りが出来ています。
避けて通ろうかとも思いましたが、聞こえてくる声に少し気を引かれます。
「言いがかりはやめてくれ、僕は話しかけられただけだ」
「そんな訳ないだろ! マリエッタがお前みたいな冴えない奴に、なんで話しかけるんだよ!」
おそらく噂に聞いた喧嘩ですね。
本当にこんな事が至る所で起きているのかと、目の当たりにして感心していまいます。
「なんで話しかけられただけで君に因縁付けられなきゃならないんだよ、勘違いだしもう行っていい?」
「説明になってない、答えろ! なんで話しかけられたんだ?」
本当に言いがかりのように思え、言われた方が哀れに思えます。
イザッコはこういう状況でスリが起きていると言っていました。
確かに反対側の人集りの中に怪しい動きをしている方が見えます。
周囲に騎士の姿も見えませんし、気付いてしまった以上放っておくのも少し考えものです。
「知らないよ、彼女に直接聞いてくれよ。自己紹介されて、本に関して少し話しただけだよ」
「本当か? それだけで済むわけないだろ?」
今からあちらへ行って取り押さえるのには無理があります、なのでちょっとしたイタズラを仕掛けてみましょう。
奥の怪しい人影の足元の地面を数秒だけ柔らかい砂状に変えます。
彼は歩み出ようとしてバランスを崩し、目の前の人にぶつかったようです。
その様子を確認し、砂状の地面を元の状態に戻します。
相変わらず喧嘩は続いていますが、奥の人集りの中の騒ぎが大きくなります。
「おい、これ俺の財布じゃねぇか!」
「ち、違う。拾ったんだ」
「嘘つくな、鞄の中にあったんだぞ?」
皆の注目が、中央の喧嘩から奥の人集りの方へ移ります。
その様子を察し、言われていた方が場を後にします。
言っていた方も毒気が抜かれたのか、バツが悪そうにその場から去っていきました。
先程の怪しい方は地面に組み伏せられており、他の方が騎士を呼びに行っているようです。
ようやく人集りが解消されましたが、これは確かに問題ですね。
それに喧嘩の内容もとても不自然なものに見えます。
気にはなりますが、ひとまず部屋に戻ることにしましょう。
この季節の屋外はとても暑いです。
店に行くまで時間もありますし、ヴァローナから持ち帰った素材で調薬をしようかと思います。
───────
日の光が消えた夜の中でも、残った熱が夏を忘れさせてくれません。
こんな暑い夜の中、バー「モウカハナ」を開店させます。
看板をAPERTOに切り替えてから店内へと戻ります。
再開してからしばらく経ち、以前の調子を取り戻して来ています。
今日は先日ミケーノ様にお譲りした調味料を追加で用意しようかと考えております。
ちょうどこれからの季節が旬のものですので、材料も多く手に入れる事が出来ました。
少しだけ寝かせる時間が必要になりますので、お出しできるのはもう少し後のことにはなりそうです。
しばらく調理場に籠るかと思っておりましたが、早い時刻にカズロ様とネストレ様がご来店されました。
カズロ様は魚料理、ネストレ様はそれに加えてポン酢と一緒にお野菜を召し上がっていらっしゃいます。
「キーノスくんが……帰ってくるのが……あと少し早かったら……」
「食べてから話そう?」
「あの頃……本当に……」
「とりあえず、改めておかえり」
カズロ様が私を見ながら、笑顔でグラスを持ちあげて見せます。
軽く一礼してそれに応え、カズロ様はグラスをの中のレイシュを一口召し上がります。
「珍しくネストレが本当に落ち込んでたから、再開楽しみにしてたよ」
「ありがとうございます」
「キーノスはオレンジの髪の毛の女の子見た?」
「いえ、まだ見かけた事はございません」
召し上がっていたものを飲み込んで、ネストレ様が話に加わります。
「気をつけた方が良いぞ。どこからともなく現れて、背後から腕を掴んでくるんだ」
「そんなオバケみたいな言い方しなくても」
「いーや、どんなに警戒してても来るぞ! しかも引き剥がせない、何か武術の心得でもあるのかと酷く落ち込んだな……」
「え、元気なかったのってそういう理由なの?」
「仮にも王都を守る騎士なのに女人に引けを取るとは、あまりにも不甲斐ないというか」
当時の事を思い出されたのか、少し眉根を下げ悲しそうな顔をなさり、再びキュウリを召し上がり始めます。
「最近は落ち着いたみたいだけど、今度はそれに便乗してスリ被害が増えたらしいからそれも気をつけてね」
「そのようですね」
「あ、知ってたんだ。新聞にも載ってなかったはずだけど」
「先日いらしたお客様から伺いました」
召し上がっていたキュウリを飲み込み、再びネストレ様が話に加わります。
「スリを捕まえてもあの女人がな……カズロは会ってないのか?」
「一回話しかけられたけど『簡潔に話して欲しい』って言ったら、何でもないとか言ってどこかに行ったよ」
「簡潔にって、何を言われたんだ?」
「なんだったかな、確かカマルプールの算術に関して何か言ってたような……いきなり何を言ってるんだろう? って思ったから聞き返したんだけどね」
「俺の時は『剣で戦うのってかっこいいですね!』だったな。不思議な女人だと思ってたが、只者ではなかったようだ」
お二人が腕を組んで悩んでしまわれます。
私もヴァローナで背後をとられる事が多かったので、ネストレ様のお気持ちはわかる気がします。
「カズロが算術で僕が剣術なら、キーノス君は料理か?」
「キーノス見ていきなり料理の話始めたら変な人だね」
「そもそもキーノス君相手に話しかけるきっかけなんて思いつかんな」
「確かに、僕も最初カーラが居なかったら今みたいに話せてなかったかもなぁ」
話しかけにくいと言われるのがこの容姿のせいだろうと、ヴァローナで仮面を被る生活の中で実感しております。
「殿下にはこの国は素敵ですね! って言ったらしいよ」
「な、殿下に!?」
「中庭で会ったらしいよ。悪い噂も多いけど良い子だね、なんて言ってた」
「なかなか胆力のある女人だ、やはり只者ではないな」
「最近中庭によくいるらしいけど、まぁネストレは庁舎まで来ないから知らないか」
カズロ様は普通に仰いますが、殿下ともお話されていたのはかなり驚きました。
殿下はとても気さくな方ですが、噂の彼女となるとネストレ様が驚くのも無理はありません。
「最近喧嘩の頻度が減ったのはそのせいか?」
「水鉄砲とサラマン温泉のお陰もあると思うよ、喧嘩見た事ないから分かんないけど」
「サラマン温泉は良いな、今度団長に蒸し風呂勝負を挑もうかと考えてるんだ」
「温泉なんだしのんびりしようよ、ちょっとした旅行気分で」
レイシュに口をつけ、少し落ち着きを取り戻してからネストレ様が小さく息をつきます。
「旅行と言えば、ビャンコも帰ってきたなぁ。ヴァローナに一ヶ月だったか」
「お土産にヤギの角のワインカップもらったよ、職場で水飲むのに使ってる」
「カズロは実用性のあるものをもらったのだな」
確かに土産市場でありました。
カンツィという装飾がなされた物ですが、どのように置いているのか気になります。
「ネストレは?」
「ナイフなんだが、手のひらに収まるような小さな物だ」
「紙切る奴かな」
「……あぁ、封筒を開く時に使うのか!」
「なんだと思ったの?」
「飾るものかと思って、部屋の壁に掛けてあるぞ」
冒険者向けなのか、安価でありながら装飾のなされた剣も売っていたように思います。
どうせならそちらを差し上げれば良かったのではと思いますが、ビャンコ様なりにお考えがあったのでしょう。
「サラマン温泉も良いが、旅もしたいな」
「そうだね。父に聞いたんだけど、たくさんありすぎて絞れなかったし」
「良いお父上だな! 誰と行くんだ?」
「まだ何にも考えてないけど、ネストレはどう?」
「場所次第だなぁ、朝剣の鍛錬が出来る宿ではないと困るぞ」
「え、そんな宿あるの?」
「庭でやっていいならやるが、断られた事しかない」
「ネストレと行くならキャンプだね」
キャンプを必要に駆られずやった事はありませんが、やりようによっては楽しいものなのかもしれません。
それからお二人から追加でサシミとレイシュのご注文を頂き、いつもより少し遅い時刻にお帰りになられました。
お二人とも相変わらず仲が良いようで何よりです、私もお二人にお土産を買ってくれば良かったと、今更ながら思いました。
街の花々は水やりの後のようで、その水滴も小さな輝きを放っています。
水と花で輝く街並みはいつにも増して美しいものですが、本格的な夏の季節を迎えた王都は日陰でも汗が流れます。
普段ならこの暑さを避けて部屋で過ごすのが常ですが、今日は薬草や調味料など急ぎではなかったものを補充しに買い物に出ました。
今はドゥイリオ様のお店での買い物を済ませ、一度帰宅する途中です。
今日のお店で使うものも含まれていますので、荷物が多く両手が塞がっています。
私の住むパラッツォはまだかかりますが、少し先に小さな人集りが出来ています。
避けて通ろうかとも思いましたが、聞こえてくる声に少し気を引かれます。
「言いがかりはやめてくれ、僕は話しかけられただけだ」
「そんな訳ないだろ! マリエッタがお前みたいな冴えない奴に、なんで話しかけるんだよ!」
おそらく噂に聞いた喧嘩ですね。
本当にこんな事が至る所で起きているのかと、目の当たりにして感心していまいます。
「なんで話しかけられただけで君に因縁付けられなきゃならないんだよ、勘違いだしもう行っていい?」
「説明になってない、答えろ! なんで話しかけられたんだ?」
本当に言いがかりのように思え、言われた方が哀れに思えます。
イザッコはこういう状況でスリが起きていると言っていました。
確かに反対側の人集りの中に怪しい動きをしている方が見えます。
周囲に騎士の姿も見えませんし、気付いてしまった以上放っておくのも少し考えものです。
「知らないよ、彼女に直接聞いてくれよ。自己紹介されて、本に関して少し話しただけだよ」
「本当か? それだけで済むわけないだろ?」
今からあちらへ行って取り押さえるのには無理があります、なのでちょっとしたイタズラを仕掛けてみましょう。
奥の怪しい人影の足元の地面を数秒だけ柔らかい砂状に変えます。
彼は歩み出ようとしてバランスを崩し、目の前の人にぶつかったようです。
その様子を確認し、砂状の地面を元の状態に戻します。
相変わらず喧嘩は続いていますが、奥の人集りの中の騒ぎが大きくなります。
「おい、これ俺の財布じゃねぇか!」
「ち、違う。拾ったんだ」
「嘘つくな、鞄の中にあったんだぞ?」
皆の注目が、中央の喧嘩から奥の人集りの方へ移ります。
その様子を察し、言われていた方が場を後にします。
言っていた方も毒気が抜かれたのか、バツが悪そうにその場から去っていきました。
先程の怪しい方は地面に組み伏せられており、他の方が騎士を呼びに行っているようです。
ようやく人集りが解消されましたが、これは確かに問題ですね。
それに喧嘩の内容もとても不自然なものに見えます。
気にはなりますが、ひとまず部屋に戻ることにしましょう。
この季節の屋外はとても暑いです。
店に行くまで時間もありますし、ヴァローナから持ち帰った素材で調薬をしようかと思います。
───────
日の光が消えた夜の中でも、残った熱が夏を忘れさせてくれません。
こんな暑い夜の中、バー「モウカハナ」を開店させます。
看板をAPERTOに切り替えてから店内へと戻ります。
再開してからしばらく経ち、以前の調子を取り戻して来ています。
今日は先日ミケーノ様にお譲りした調味料を追加で用意しようかと考えております。
ちょうどこれからの季節が旬のものですので、材料も多く手に入れる事が出来ました。
少しだけ寝かせる時間が必要になりますので、お出しできるのはもう少し後のことにはなりそうです。
しばらく調理場に籠るかと思っておりましたが、早い時刻にカズロ様とネストレ様がご来店されました。
カズロ様は魚料理、ネストレ様はそれに加えてポン酢と一緒にお野菜を召し上がっていらっしゃいます。
「キーノスくんが……帰ってくるのが……あと少し早かったら……」
「食べてから話そう?」
「あの頃……本当に……」
「とりあえず、改めておかえり」
カズロ様が私を見ながら、笑顔でグラスを持ちあげて見せます。
軽く一礼してそれに応え、カズロ様はグラスをの中のレイシュを一口召し上がります。
「珍しくネストレが本当に落ち込んでたから、再開楽しみにしてたよ」
「ありがとうございます」
「キーノスはオレンジの髪の毛の女の子見た?」
「いえ、まだ見かけた事はございません」
召し上がっていたものを飲み込んで、ネストレ様が話に加わります。
「気をつけた方が良いぞ。どこからともなく現れて、背後から腕を掴んでくるんだ」
「そんなオバケみたいな言い方しなくても」
「いーや、どんなに警戒してても来るぞ! しかも引き剥がせない、何か武術の心得でもあるのかと酷く落ち込んだな……」
「え、元気なかったのってそういう理由なの?」
「仮にも王都を守る騎士なのに女人に引けを取るとは、あまりにも不甲斐ないというか」
当時の事を思い出されたのか、少し眉根を下げ悲しそうな顔をなさり、再びキュウリを召し上がり始めます。
「最近は落ち着いたみたいだけど、今度はそれに便乗してスリ被害が増えたらしいからそれも気をつけてね」
「そのようですね」
「あ、知ってたんだ。新聞にも載ってなかったはずだけど」
「先日いらしたお客様から伺いました」
召し上がっていたキュウリを飲み込み、再びネストレ様が話に加わります。
「スリを捕まえてもあの女人がな……カズロは会ってないのか?」
「一回話しかけられたけど『簡潔に話して欲しい』って言ったら、何でもないとか言ってどこかに行ったよ」
「簡潔にって、何を言われたんだ?」
「なんだったかな、確かカマルプールの算術に関して何か言ってたような……いきなり何を言ってるんだろう? って思ったから聞き返したんだけどね」
「俺の時は『剣で戦うのってかっこいいですね!』だったな。不思議な女人だと思ってたが、只者ではなかったようだ」
お二人が腕を組んで悩んでしまわれます。
私もヴァローナで背後をとられる事が多かったので、ネストレ様のお気持ちはわかる気がします。
「カズロが算術で僕が剣術なら、キーノス君は料理か?」
「キーノス見ていきなり料理の話始めたら変な人だね」
「そもそもキーノス君相手に話しかけるきっかけなんて思いつかんな」
「確かに、僕も最初カーラが居なかったら今みたいに話せてなかったかもなぁ」
話しかけにくいと言われるのがこの容姿のせいだろうと、ヴァローナで仮面を被る生活の中で実感しております。
「殿下にはこの国は素敵ですね! って言ったらしいよ」
「な、殿下に!?」
「中庭で会ったらしいよ。悪い噂も多いけど良い子だね、なんて言ってた」
「なかなか胆力のある女人だ、やはり只者ではないな」
「最近中庭によくいるらしいけど、まぁネストレは庁舎まで来ないから知らないか」
カズロ様は普通に仰いますが、殿下ともお話されていたのはかなり驚きました。
殿下はとても気さくな方ですが、噂の彼女となるとネストレ様が驚くのも無理はありません。
「最近喧嘩の頻度が減ったのはそのせいか?」
「水鉄砲とサラマン温泉のお陰もあると思うよ、喧嘩見た事ないから分かんないけど」
「サラマン温泉は良いな、今度団長に蒸し風呂勝負を挑もうかと考えてるんだ」
「温泉なんだしのんびりしようよ、ちょっとした旅行気分で」
レイシュに口をつけ、少し落ち着きを取り戻してからネストレ様が小さく息をつきます。
「旅行と言えば、ビャンコも帰ってきたなぁ。ヴァローナに一ヶ月だったか」
「お土産にヤギの角のワインカップもらったよ、職場で水飲むのに使ってる」
「カズロは実用性のあるものをもらったのだな」
確かに土産市場でありました。
カンツィという装飾がなされた物ですが、どのように置いているのか気になります。
「ネストレは?」
「ナイフなんだが、手のひらに収まるような小さな物だ」
「紙切る奴かな」
「……あぁ、封筒を開く時に使うのか!」
「なんだと思ったの?」
「飾るものかと思って、部屋の壁に掛けてあるぞ」
冒険者向けなのか、安価でありながら装飾のなされた剣も売っていたように思います。
どうせならそちらを差し上げれば良かったのではと思いますが、ビャンコ様なりにお考えがあったのでしょう。
「サラマン温泉も良いが、旅もしたいな」
「そうだね。父に聞いたんだけど、たくさんありすぎて絞れなかったし」
「良いお父上だな! 誰と行くんだ?」
「まだ何にも考えてないけど、ネストレはどう?」
「場所次第だなぁ、朝剣の鍛錬が出来る宿ではないと困るぞ」
「え、そんな宿あるの?」
「庭でやっていいならやるが、断られた事しかない」
「ネストレと行くならキャンプだね」
キャンプを必要に駆られずやった事はありませんが、やりようによっては楽しいものなのかもしれません。
それからお二人から追加でサシミとレイシュのご注文を頂き、いつもより少し遅い時刻にお帰りになられました。
お二人とも相変わらず仲が良いようで何よりです、私もお二人にお土産を買ってくれば良かったと、今更ながら思いました。
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