王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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愛しの都は喧騒の中に

#7

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 王都の中心部に位置する広場には、大きな噴水が設置されています。
 噴水の近くは真夏の日差しの下でも水しぶきで涼しく感じます。

 この炎天下の中、私は人を待っています。
 呼び出したのはイザッコ、待ち人はネストレ様です。
 ネストレ様に変装をさせるなどと書いてありましたが、あの華やかな容姿を隠せる程の変装が出来るのか疑問です。

「キーノス君! 待たせたね!」

 この明るい口調は間違いなくネストレ様です。
 春のような爽やかな笑顔があると想像したそこには、長身の女性? がいらっしゃいました。

「ネストレ様、でお間違えありませんか?」
「ハッ……私はネレーアですわ、今日は宜しくお願いしますのっ」

 これは誰の指示なのでしょうか。
 私だけではなく、ここを通る人が皆不審そうに彼を見ているのが分かります。

「ネレーア様、良ければお買い物に付き合って頂けませんか?」
「おお、良いぞ……宜しくてよ!」

 過去に私の服装を見たカズロ様が、私をカーラ様のお店に連れて行って下さった事があります。
 あの時と同じように、服装を変えた方が良いように思います。
 衣服の得意な方に相談するのが一番適切です。


「うむ、やはり男はズボンパンタローニだな。どうも素足に布を被せて居るようで落ち着かん、女性は強いな!」
「誰が言い出したのか聞いても良いですか?」
「ん、そんなのビャンコしかいないだろ?」

 イザッコではなくて少し安心しました。
 私達はカーラ様のお店で可能な限り目立たない格好になるようお願いした結果、最近王都によくいる観光客のような装いにして頂きました。
 私は黒地に大きな赤い百合と緑の葉で染められたシャツと色の付いたメガネを、ネストレ様は水色に大きなピンクのアサガオと麦でできた大きな帽子、丈の短いズボンパンタローニです。
 普段ならかなり派手な装いですが、観光客の多い今の時期なら目立つことは無いようです。
 髪色もお互い少し変えており、ネストレ様は三つ編みになさっております。

「それで、今日はスリの捕獲に協力するように言われたのですが、具体的にどのような方法でお考えですか?」
「うむ。この間捕まえたスリが仲間がいると言い出して、喧嘩が起きそうな場所を狙うそうだからそこを見張るつもりだ」
「場所の目星は付いていますか?」
「一応な。最近市場の入口では見てないから、あの辺のベンチで待つつもりだぞ」

 喧嘩の頻度などは分かりませんが、わざわざ私に連絡をしてくるくらいですから、それなりに可能性が高い話なのでしょう。

「だからデートなら不自然じゃないだろう言われ、妹から服を借りたんだが……男二人で観光の方が余程良い」
「そうですね、それにこの服装の方が涼しく過ごしやすいです」
「確かに君のさっきの服はデートには向かないな、今度ゾフィ殿と会う時はレウロ君に頼むといいぞ!」
「……そもそもデートを装うなど今お伺いしました」

 この際過程はどうあれ。
 今日はネストレ様とベンチで過ごすことになりそうです。
 何故こんなことになったのかもイザッコからの手紙に書かれていました、やはり余計な事はするべきではなかったのかもしれません。

「とりあえず飲み物を買ってきますが、ご希望はありますか?」
「なら冷たい果実茶が良い、近くの屋台で売ってるはずだ。レモンリモーネベリーヴェントレで頼む」
「かしこまりました」

 市場の入口にあるあのお店でしょう。

「串焼きも欲しいがそれは俺が買ってくる、買ってきたらここにまた集合で良いか?」
「問題ありません」

 見張りするのに不自然に見せない為でしょうか。
 この日差しの中では冷たい飲み物だけで過ごすのは辛いかもしれません、周囲には分からない程度に気温を下げる方が良いように思います。

​───────

 ネストレ様と並んでベンチに座り、一時間近く経ちました。
 暑さは凌げていますが、喧嘩が起きる気配がありません。
 強い日差しの中、沢山の観光客と働く王都の皆様、普通に買い物に来たお客様が行き来しております。

「大体昼過ぎに喫茶店で待ち合わせして、少し話したら劇場に行ってから買い物に付き合って、夕方くらいにどこかにリストランテで食事して解散が普通だな」
「そうなのですね、友人と遊びに行くのとはどういった差があるのですか?」
「男同士で腕組んだり手は繋がんし、装飾品を試着して『似合う?』なんてやり取りもしないな」

 確かに今ネストレ様とこれから買い物に行っても、そうはなりそうもありません、

「夕方から待ち合わせるのは、まぁ下心がある男はそうするだろうな。洒落た店に飲みに行って、酔わせてホテルアルベルゴに連れていくなんて事をする奴もいるが……俺の場合は朝の鍛錬に支障が出るからお断りするぞ」
「たまにそういうお客様がご来店される事がありますが、その場合女性の方へのお酒を少し弱くしたりはします」
「君の店に行くとは、中々度胸があるな」
「大体数杯でお帰りになりますね、観光で来た方に多いです」
「はぁーなるほどそうか」

 私達は二杯目のお茶を飲みながら、街中を観察し続けています。
 ネストレ様も騎士の格好でなければ人に囲まれるような事はないようで、先程から他愛もない会話を続けています。

「キーノス君も今度ゾフィ殿とどこか行ってみてはどうだ? 彼女なら防具店なんかも喜んでたな」
「防具店ですか」
「あ、俺が行った時は断じてデートではないぞ? まぁまた彼女もその内来るんじゃ……おや」

 ネストレ様が前方で起き始めた口論にお気付きになったようです。

「お、なんか邪魔な場所で話してる御仁がいるぞ。しかも何か険悪な雰囲気を出しているが」
「まだ喧嘩とも……」

 あの方は、先日も言いがかりを付けていた方ですね。
 以前と同じようにかなりお怒りなのか、声も段々と大きくなってきています。

「段々熱くなってきたな、周りも少し避け始めてるぞ」
「大きな荷物を持った方が足を止め始めていますね、それにしても」

 腕を大きく振り払ってみせたり、相手を軽く突き飛ばしてから怒鳴りつけたり、人の往来の多い場所ではとても迷惑な振る舞いです。

「うむ、大袈裟に見えるな。話の内容はよく聞こえんが、あの身振りなら周りも避けるしかない」
「そうですね、彼は劇団員か何かでしょうか?」
「だとしたら飛んだ大根役者だな」

 このまま約束の時刻まで喧嘩など起きない方が好ましかったとは思いますが、私達の目的はこの後スリが現れるかどうかです。
 もちろん現れない方が良いですが、それを未然に防いだ上でその場で捕まえる事が目的です。

「あの喧嘩を仕掛けた彼にも事情を聞いてはいかがですか?」
「そうだな。喧嘩の始まりから見たのは今日が初めてなんだが、あれはわざとやっているようにも見える」
「ではスリが現れた場合、私とネストレ様のどちらがスリを捕まえますか?」
「うーん、本来なら俺がスリと言いたいが、喧嘩の相手を連れていくなら騎士の名分がある方が良さそうだ」
「かしこまりました」

 このまま見張り続けるのは少し心苦しいですが、やはりと言いますか、怪しい動きの方がいらっしゃいます。
 ほとんどの方が目の前に立っている方を怪訝に見ていたり、喧嘩の流れを見ているのにも関わらず、一人だけ、近くの方の腰の辺りを観察しながら移動している方がいます。

「いましたね、市場とは反対の方です」
「ほぉ……ってどれだ?」
「茶色で短い髪をした、ソバカスが特徴的な紳士です」
「あ、あぁ! あれか! 紳士……まぁ年齢はそのくらいだがコソドロだろ」

 狙いを定めたのか、裕福そうな女性の背後で止まりました。

「ネストレ様、そろそろ」
「うむ、あの見苦しい喧嘩を止めるとしよう!」

 お茶のカップをベンチに置き、勢いよく立ち上がったネストレ様がたじろぎます。

「な、なんだ? 急に暑く」
「座っている範囲だけ涼しくなるようにしておりました、すぐ外の温度と同じになるように致します」

 私は術を解きます、すると今までは感じなかった夏の陽気に満ちた空気に包まれます。

「夏の見張りなのに快適だと思ってはいたが、キーノス君のお陰だったとは! 次も是非お願いしたいものだ!」
「……次はない事が一番かと思います」

 あの時、大荷物を抱えていて早く帰りたかったからあのような事をしましたが、捕まったスリから話を聞いたイザッコが何かに勘づいたから今に至っています。
 ネストレ様とお話しながらベンチで過ごすのは楽しいと思いましたが、可能であれば何の理由も無い方が良いに決まっています。

 ネストレ様が喧嘩の仲裁に入ろうと移動を始めましたので、私も前回と同じようにスリの足元の地面を柔らかなものに変えます。
 案の定スリはバランスを崩し、目の前の女性にぶつかります。
 それを確認したところで、地面の硬さを元に戻します。

 今度のスリの方は先日の方よりが良くなかったのか、女性のカバンに手を入れた状態です。
 女性が大きな悲鳴を上げ、周囲もその声に反応して注目を集めています。
 そのままスリの方は周りの人に取り押さえられ、ネストレ様も無事喧嘩を仕掛けた方を逃がしてはいないようです。

 ここまでくれば、私はもうここにいなくても問題ないでしょう。
 ネストレ様と目が合いましたので、小さく一礼してその場を去ろうと思います。
 時刻も夕方より少し前、店のための買い物をこのまま済ませてから喫茶店で時間を潰すのも良さそうです。
 人が少しずつ流れ始めていますし、その流れに乗って私も市場へ入ろうと思います。
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