王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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湯煙は真実すら嘲笑う

#4

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「キーノスさん、デートの秘訣を教えてください」
「ミケーノ様かカーラ様に聞かれた方が良いと思います」

 今夜のモウカハナには早い時刻からジャン様と、少し遅れてカーラ様がご来店されております。

「この時期のデートならマスカレードかしら?」
「はい! 明日約束したんすけど、一回振られてんすよ。なんで次こそ頑張んなきゃ! って思ってんす」
「んん~良いわね! その子どんな子なの?」
「すごい優しいんすよ、困ってる時にさりげなく気ぃ使えたりして! 見た目はそんな好みでもなかったんすけど、なんかそういうとこ見てたらどんどん好きになっちゃって」
「中身に惚れたのね、素敵じゃないの」
「あんな良い子誰もほっとかないと思うんでオレ焦ってんす、だから明日のデート絶対成功させたいんす!」

 フォークに刺したままだったカラアゲを一かじりし咀嚼なさいます。
 それを見たカーラ様が楽しそうに笑い、ジュンマイシュの入ったグラスをゆらゆらと揺らします。

「ジャン君は明日何の格好するの?」
天使アンジェロっす」

 カーラ様が鼻から勢いよく息を吐きます。
 軽く咳払いをし、改めてカーラ様がご質問なさいます。

「へ、へぇ? 彼女は何かしら?」
「聞いてないっすね、明日のお楽しみっす!」

 聞こえない程度に小さく「ふーん」と呟きながら、視線をジャン様から少しずらします。

「メルから聞いてるかもしれないけも、今年のマスカレードの流行ってお貴族様なのよね」
「みたいっすね、今日も来る途中いっぱいいましたし」
「しかも男の方がドレス着るのが流行ってるのよ、あと男装してる女の子ね」
「あー、あれ色々理由あるみたいっすね。貴族嫌いな奴があえてそうしてるってのと、ネストレさんが女装したとか? で真似してる奴とか」

 カーラ様が顔を背け、再び咳払いをします。
 当時のネストレ様を思い出されたのでしょうか。

「だからね、明日の彼女格好ってカッコイイお貴族様の男装なんじゃないかしら」
「えー、デートで男の格好してくるんすか?」
「デートだからよ! 今の流行はやりは女の子だったら抑えたいトコでしょ?」
「そう言われると、そうかもしれないっすけど」

 ジャン様はご不満なのか、グラスを手にして中のビールを少しだけ口になさいます。

「だからジャン君もドレスとはいかなくても、少しだけ流行はやりに乗った格好にしてみるのはどう?」
「例えばどんなのっすか?」
「うーんそうねぇ、その子の髪色か目の色ってどんなかしら?」
「髪はメル君より明るい茶色で、目は濃い緑っす」
「あらその子、ジャン君とお似合いね!」

 パッと明るい笑顔になったカーラ様を見て、少しだけジャン様が照れたように後頭部を掻きます。

「それなら深緑の盾なんてどう?」
「どうって、どんなんすかそれ?」
「茶色のズボンパンタローニと濃い緑と金の装飾のジャケットの騎士の格好よ。これだけだと地味って思うかもしれないけど、一緒に歩く花の彼女を守る盾って意味よ!」
「彼女の騎士って意味すか?」
「そうそう! 素敵でしょ?」

 ジャン様は少し怪訝な顔をしながら、残りのカラアゲを口になさいます。

「ジャン君が着る予定の天使アンジェロってウチが貸してるのだと思うけど、違ったかしら?」
「そうっすよ、明日夕方に受け取りに行くつもりっす」
「なら深緑の盾の方に取り替えても良いわよ、一着だけ残ってるから」
「えー余りもんすか?」
「余りは余りだけど、今年は天使アンジェロの方が余ってるわよ? 深緑の盾用は数揃えてたのに、駆け込み用に残した一着しか残ってないのよ」

 一着しか、という言葉に反応してか、怪訝だった目が興味があるかのように輝きます。

「良い? 口が裂けても『彼女の髪や瞳の色に合わせた』なんて言っちゃダメよ? 言うなら『君という花に寄り添って守らせて欲しい』とか、そういう感じで話すのよ」
「引き立て役っすか」
「そうよ! でも女の子なら自分より目立とうとする彼氏なんて嫌だと思うわよ?」

 小さく「確かに」と言い、皿の上のカラアゲにフォークを刺します。

天使アンジェロよりそっちのが良さそうっすね」
「でしょ!?」
「変えてもらっても良いんすか?」
「良いわよ。明日の予約表書き換えれば良いだけだし、お安い御用よ」

 カーラ様はそう言って微笑みながら片目を閉じ、グラスの中身を口へ傾けます。

「それでなんすけど」

 ジャン様が私へと視線を変え、先程より意気込んたご様子で質問なさいます。

「デートの秘訣を知りたいんす! キーノスさんそういうの詳しそうですし、なんかないすか?」
「もう一度申し上げますが、ミケーノ様かカーラ様に聞かれた方が良いとと思います」
「ミケさんに聞いたら『デートなんて適当で良いんじゃねぇか?』っつって真面目に聞いてくれないんすよ、本気なんで適当じゃダメなんす!」

 カーラ様が呆れたような表情でグラスをテーブルに置きます。

「なんかミケーノらしいわね」
「そうなんすか?」
「ミケーノって良くも悪くも男らしいのよ、デートは女と出掛けんだろ? 程度にしか思ってないからすごく自然だし。それが良いんだろうけど、そんなの普通は出来ないわよね」
「そう、そうなんす!」
「あとキーノスの真似も無理だと思うわ。一通りエスコートしてから、温室の屋上でオシャレにお酒飲みながら話すなんて出来る?」
「え、なんすかそれ」

 カーラ様が仰っているのは去年のマスカレードで、私がケータ様たちをご案内した時の事かと思いますが、あれはデートとは全く違うものだと思います。

「あと立場が逆よ。自分の事を好きな子とデートするのと、自分の好きな子とデートするんじゃ全然違うわ」
「あー、それはそうっすね。ミケさんもそうっすよね」
「そうよ、ジャン君相談相手間違えてるわ」

 短いため息をついてカーラ様は両肘をテーブルにつき、顎を組んだ両手の上に乗せます。

「好きな子相手なら、ワタシの方が向いてるわよ? なんかジャン君とは少し似た物感じるし」
「え、オレその、話し方とか普通っすよ?」
「そこじゃなくって、好きな子に良いお友達って思われて振られちゃう感じとか」
「うっ……」

 ジャン様が突然苦しそうに胸を押さえます。
 先程召し上がったカラアゲが喉に詰まったのでしょうか、急ぎ水の入ったグラスを差し出します。
 しかしジャン様はグラスを受け取らず、ご注文されたジュンマイシュのグラスを一気に飲み干し、それなりの勢いをつけてテーブルに置きます。

「良い友達なんてっ」
「えぇ、分かるわ。そういう事じゃないのよね」
「イチャイチャしたいんすよ! 友達とはイチャイチャしないんす!」
「分かるわ~、恋と友情は違うのよね」
「メル君もミケさんも分かってないんすよ、この気持ち! 振られても友達でいられるなら良い? そんなワケないでしょ! ってのがなんで分かんないんすか!」

 ジャン様は少し涙目になり、それを見つめているカーラ様は少し悲しそうな顔で微笑んでいます。

「キーノスさん、ジュンマイシュ! ってかウラガーノ! デキャンタで!」

 どういう状況かよく分かりませんが、ご注文を頂きましたので対応しようかと思います。


「男女の友情を否定する気はないのよ、ただどっちかが恋しちゃうと成立しないってのが伝わらないのよね」
「そぉ~なんすよ、『良いお友達でいましょう』なんて振られるよりキツいんすよ」
「分っかるわぁ~。無理よねぇ、彼氏になりたかった子と普通に過ごすなんて」
「ですよね、それ以上の事したくなるの断られてんすから、なんかもう、こう、オレしんどいのに周りは気にしない、あの感じもキツいんす」

 ジャン様は酔ってしまわれたのか、カーラ様がお話をずっと聞いていらっしゃるような状態になっております。
 かなり状況は異なりますが、去年のハーロルトを相手にしていた時を思い出します。

「ミケさんもキーさんも良いっすよね、モテるんすから」
「二人ともワタシ達の苦労なんか分からないんだから、恋の敗者よ!」
「ふぅ~ん、敗者っすか! ははっ!」

 何か私を悪く言われているようにも思いますが、良い友達でという言葉なら私も言われた事があります。

「キーさんには分かんないかもっすね」

 ジャン様が私に軽口を叩きます。

「いえ、私も似た経験がありますのでよく分かります」
「はぁ、ならあるかもっすね」
「え、え? ちょっと何その話?」
「恋心を伝えた訳ではありませんが、その方から『これからも友人として頼りにしてる』と伝えられましたので、お気持ちは少しなら分かるかと思います」
「えーー!! え、え?」

 カーラ様が驚いていらっしゃいますが、ジャン様は再び怪訝そうな表情で私に視線を向けます。

「どーせ照れ隠しじゃないんすか?」
「それはないと思います、ほとんどの出掛けるお誘いを断られております」
「は、嘘でしょ?」
「ですので、私がデートの手解きなど出来るわけもありません」
「じゃあキーさんも仲間っすね! でもオレは明日勝利を掴んで来ますから!」

 ジャン様が楽しそうに笑います。
 その笑顔を見る限り、明日に控えたデートは上手く事が運びそうな雰囲気を感じます。
 次にご来店される事があれば、その後のお話を聞けたらと思います。
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