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湯煙は真実すら嘲笑う
#5
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マスカレード当日の新聞では、様々な催し物の紹介がされております。
市場と庁舎前までの通りは屋台と大道芸が数多く並び、広場では小さな演劇が行われているそうです。
他にも王都の外ですぐに行ける場所の紹介もされております。
今年一番の目玉として取り扱われているのはサラマン温泉で、浴場を一時的に遊技場に改装しているとか。
そうではなくても、宿泊施設として滞在されているお客様が多いそうです。
今晩のサラマン温泉は通常と比較にならないほどの人が来ており、入口に入るだけでも苦労します。
ひとまず入口を抜け、宿泊施設の受付に向かおうと思います。
ルスランとジョーティがここに泊まっているそうで、彼らの部屋で待ち合わせをすることになっています。
受付がどこにあるか視界を巡らせていると、背後から肩を叩かれます。
ここで私に用があるとすればルスランですが、彼がわざわざ迎えに来るとも思えません。
首を回し背後を確認します。
「やっぱり! キーノスさん、ですよね?」
仮面で顔は分かりませんが、柑橘系の術の香りと明るい茶色の髪はメル様かと思います。
衣装は農夫でしょうか? 今年は煌びやかな衣装の方が多いのもあり、少し異色な物に見えます。
「メル様ですか?」
「はい、まさかこんな所で会えるなんて! これからキーノスさんのお店に行こうと思ってたんです」
「今日は私用がございますので、休業にしております」
「そうなんですね、でもどうしたんですか? あんまりこういう場所好きじゃなさそうなのに」
メル様の仰る通りです。
待ち合わせと用事のある場所が同じなのですから、どの道ここへ来るのは避けられなかったでしょう。
「知り合いがここに宿泊しておりまして、これから会う約束をしております」
「へぇ、お金持ちなんですね。ここ泊まると施設使い放題になるんですけど、一番安い部屋でも結構するって聞きました」
「費用に余裕はあるでしょうね、カジノで働いていますし」
「わぁ、カジノですか! すごいですね!」
メル様が楽しそうに仰います。
そういえば、メル様には私がヴァローナで何をしていたのか話していませんでしたね。
それにしてもメル様がここでお一人なのも不思議に思います。
「メル様は何故ここにいらっしゃるのですか?」
「あーそれが……本当は友達と来たんですけど、友達が女の子に声掛けたら上手くいって、そのままデートすることになっちゃいまして、僕置いてかれちゃったんですよね……」
「それは、その、大変でしたね」
「だから一回着替えてから、キーノスさんのお店に行こうかなーって思ってたんです」
そう言った後で、少しだけ肩を落とします。
表情は見えませんが、悲しそうなご様子なのは分かります。
今夜これから開店させるのは難しいでしょう。
しかしこのご様子のメル様を放っておくのは気が引けます。
「メル様、この後特にご予定が無いのでしたら……」
ルスランとジョーティならメル様を連れて行っても問題にしないでしょうし、ジョーティは術士の卵ですからメル様に興味を持つと思います。
メル様が嫌ではなければという前提はありますが、簡単に事情を説明し私と同行するか聞いてみることにします。
「え、僕暇だからいいですけど、いいんですか? なんか大変な話みたいですけど」
「メル様がいて下さると助かりますし、ご興味があればですが」
「こんな事言っちゃダメなんですけど、すっごく興味あります!」
「それなら良かったです、では一緒に参りましょう」
会話をしながら周囲を見ていたのもあり、宿泊施設の受付を見つけることが出来ました。
部屋番号は聞いてますが、一応先に一言言っておく方が良いかと思います。
───────
「このお部屋ですね、一番上の階の奥の部屋」
「はい」
温泉の施設の廊下から続く階段をしばらく登った先、その廊下を奥まで進んで着いた場所。
私達はそのドアの前に立っています。
メル様は仮面を外し、これから会う二人に挨拶できる準備をなさったようです。
こういった気遣いを普通になさるのは見習いたいと思います。
とりあえずノックをして、メル様の事はその後ご紹介すれば大丈夫でしょう。
扉を四度叩きます。
しばらく待ちましたが、中から反応はありません。
もう一度ノックをしようとした所で、ドアの内側で走ってくるような音がし、続いて鍵を開けようとする音がします。
手間取っているのか、ドアノブが不規則に動いたり鍵を開けようとする音が鳴ったりします。
「なんか手間取ってますね」
「ここへ来てからしばらく経つはずなのですが」
「鍵を一つならそんなに困らないですよね」
ーーガチャン
私達の会話を中断するように、大きな金属音が響きます。
そして勢いよくドアが開きます。
「あぁっ! キーノスか!」
ドアを開けたのはジョーティです。
満面の笑顔で迎えてくれたのは嬉しいのですが、同時に目の端の涙を拭います。
どうしたのか聞こうとしましたが、その前にジョーティの視線がメル様へと向きます。
「あれ? ソイツ」
「キーノスさん、この子……もしかして」
二人が固まるのが分かります。
ドアを開けた後ですぐに気付いたのでしょう、無理もないかもしれません。
まずはメル様の方へ向き、ジョーティを手で指しながら言います。
「メル様、彼はカマルプールの商人の子息でジョーティと言います」
それからジョーティの方へ向き直り、同じようにメル様を紹介します。
「ジョーティ、彼は私の友人でメルクリオ様です」
お二人は私の紹介など耳に入っていないのか、固まったまま見つめあっています。
ここでお二人が術士だと明かしても良いのかもしれませんが、自己紹介は各々に任せた方が良いと思います。
「とりあえず中に入っても良いですか?」
「え、あぁ……あっ! そうだ、入ってくれ! ソイツは……まぁいいや、早く入ってくれ!」
気を取り直したジョーティが慌てた様子で私達を招き入れます。
ドアを開けた時もそうですが、何か憔悴しているように見えます。
部屋の中はとても広く、大きな窓からは海が見えます。
家具類や内装はかの帝国の貴族が使っていたものとは異なり、過剰な装飾はなくなり洗練された物に変わっています。
部屋に備え付けられたカウンターテーブルには、二人が飲めないであろうお酒が各種並んでいます。
「キーノス、こっち! こっちに来てくれ!」
ジョーティが私の袖を引っ張りどこかへ案内しようとしています。
私は引かれるまま、この部屋の浴室へと案内されました。
「そういえばルスランはどこですか? 姿が見えませんが」
呼び出した張本人はまだ寝ているのでしょうか、それなら今日は解散してこれから店を開けるのも良いかもしれません。
「それが……」
ジョーティは言い終わる前に浴室の扉を開け、視界を湯気が覆います。
中には広い湯船に浸かるルスランがいました。
こちらに背を向けているので表情などは分かりませんし、入ってきた私達に対して何の反応も示しません。
何か菓子か果実でも食べていたのか、湯気に混ざって甘い香りもします。
「ルスラン、早く風呂から出て下さい」
声を掛けますが、やはり反応がありません。
深いため息をつき、苛立ちを抑えながらルスランの肩を叩きます。
しかしその肩が冷たく、風呂に浸かっているような体温とは思えません。
戸惑う私をよそにルスランの体がゆっくりと傾き、大きな音を立てて湯船の中へ沈みました。
急いで彼の両脇から抱えて湯船から上げますが、彼は意識が戻りません。
「や、やっぱり! 死んでる!」
「いや、そんなはずはありません」
彼はハーフとはいえ吸血鬼です。
それに師匠の私邸でも狂言の焼身自殺をして無事だったのですから、死んだように見えるだけでしょう。
「とりあえずこのままにしておく訳にもいきませんし、部屋の中へ運びましょう」
「え、でも死んでるならそのままにした方が良いんじゃないのか?」
「死んでませんよ」
「そ、そうなのか?」
ジョーティが驚いているようですが、裸のルスランをこのままにしておくのはどうかと思います。
とりあえず脱衣所に掛かっているローブを着せて、ソファにでも寝かせるのが良いでしょう。
彼を肩に抱えて浴室から出ると、リビングで困惑した様子のメル様が駆け寄ってきます。
「キーノスさん、何かあったんですか? すごい音がしましたけど」
「もう一人の知り合いが浴室で寝てしまったようです、すぐに起こしますのでお待ちください」
ルスランをソファに投げてからどうするか思案してたところで、ジョーティが私の服を引っ張ります。
……しかし。
ルスランが死んだようになっておりますが、自主的にやっているのかどうかは調べる必要があります。
彼の死因を調べるのはこれで二度目です。
どうせ死んでいないのですから、さっさと起こすのが良いように思いますが、また適当にはぐらかされるのかと思うと気が進まず躊躇してしまいます。
市場と庁舎前までの通りは屋台と大道芸が数多く並び、広場では小さな演劇が行われているそうです。
他にも王都の外ですぐに行ける場所の紹介もされております。
今年一番の目玉として取り扱われているのはサラマン温泉で、浴場を一時的に遊技場に改装しているとか。
そうではなくても、宿泊施設として滞在されているお客様が多いそうです。
今晩のサラマン温泉は通常と比較にならないほどの人が来ており、入口に入るだけでも苦労します。
ひとまず入口を抜け、宿泊施設の受付に向かおうと思います。
ルスランとジョーティがここに泊まっているそうで、彼らの部屋で待ち合わせをすることになっています。
受付がどこにあるか視界を巡らせていると、背後から肩を叩かれます。
ここで私に用があるとすればルスランですが、彼がわざわざ迎えに来るとも思えません。
首を回し背後を確認します。
「やっぱり! キーノスさん、ですよね?」
仮面で顔は分かりませんが、柑橘系の術の香りと明るい茶色の髪はメル様かと思います。
衣装は農夫でしょうか? 今年は煌びやかな衣装の方が多いのもあり、少し異色な物に見えます。
「メル様ですか?」
「はい、まさかこんな所で会えるなんて! これからキーノスさんのお店に行こうと思ってたんです」
「今日は私用がございますので、休業にしております」
「そうなんですね、でもどうしたんですか? あんまりこういう場所好きじゃなさそうなのに」
メル様の仰る通りです。
待ち合わせと用事のある場所が同じなのですから、どの道ここへ来るのは避けられなかったでしょう。
「知り合いがここに宿泊しておりまして、これから会う約束をしております」
「へぇ、お金持ちなんですね。ここ泊まると施設使い放題になるんですけど、一番安い部屋でも結構するって聞きました」
「費用に余裕はあるでしょうね、カジノで働いていますし」
「わぁ、カジノですか! すごいですね!」
メル様が楽しそうに仰います。
そういえば、メル様には私がヴァローナで何をしていたのか話していませんでしたね。
それにしてもメル様がここでお一人なのも不思議に思います。
「メル様は何故ここにいらっしゃるのですか?」
「あーそれが……本当は友達と来たんですけど、友達が女の子に声掛けたら上手くいって、そのままデートすることになっちゃいまして、僕置いてかれちゃったんですよね……」
「それは、その、大変でしたね」
「だから一回着替えてから、キーノスさんのお店に行こうかなーって思ってたんです」
そう言った後で、少しだけ肩を落とします。
表情は見えませんが、悲しそうなご様子なのは分かります。
今夜これから開店させるのは難しいでしょう。
しかしこのご様子のメル様を放っておくのは気が引けます。
「メル様、この後特にご予定が無いのでしたら……」
ルスランとジョーティならメル様を連れて行っても問題にしないでしょうし、ジョーティは術士の卵ですからメル様に興味を持つと思います。
メル様が嫌ではなければという前提はありますが、簡単に事情を説明し私と同行するか聞いてみることにします。
「え、僕暇だからいいですけど、いいんですか? なんか大変な話みたいですけど」
「メル様がいて下さると助かりますし、ご興味があればですが」
「こんな事言っちゃダメなんですけど、すっごく興味あります!」
「それなら良かったです、では一緒に参りましょう」
会話をしながら周囲を見ていたのもあり、宿泊施設の受付を見つけることが出来ました。
部屋番号は聞いてますが、一応先に一言言っておく方が良いかと思います。
───────
「このお部屋ですね、一番上の階の奥の部屋」
「はい」
温泉の施設の廊下から続く階段をしばらく登った先、その廊下を奥まで進んで着いた場所。
私達はそのドアの前に立っています。
メル様は仮面を外し、これから会う二人に挨拶できる準備をなさったようです。
こういった気遣いを普通になさるのは見習いたいと思います。
とりあえずノックをして、メル様の事はその後ご紹介すれば大丈夫でしょう。
扉を四度叩きます。
しばらく待ちましたが、中から反応はありません。
もう一度ノックをしようとした所で、ドアの内側で走ってくるような音がし、続いて鍵を開けようとする音がします。
手間取っているのか、ドアノブが不規則に動いたり鍵を開けようとする音が鳴ったりします。
「なんか手間取ってますね」
「ここへ来てからしばらく経つはずなのですが」
「鍵を一つならそんなに困らないですよね」
ーーガチャン
私達の会話を中断するように、大きな金属音が響きます。
そして勢いよくドアが開きます。
「あぁっ! キーノスか!」
ドアを開けたのはジョーティです。
満面の笑顔で迎えてくれたのは嬉しいのですが、同時に目の端の涙を拭います。
どうしたのか聞こうとしましたが、その前にジョーティの視線がメル様へと向きます。
「あれ? ソイツ」
「キーノスさん、この子……もしかして」
二人が固まるのが分かります。
ドアを開けた後ですぐに気付いたのでしょう、無理もないかもしれません。
まずはメル様の方へ向き、ジョーティを手で指しながら言います。
「メル様、彼はカマルプールの商人の子息でジョーティと言います」
それからジョーティの方へ向き直り、同じようにメル様を紹介します。
「ジョーティ、彼は私の友人でメルクリオ様です」
お二人は私の紹介など耳に入っていないのか、固まったまま見つめあっています。
ここでお二人が術士だと明かしても良いのかもしれませんが、自己紹介は各々に任せた方が良いと思います。
「とりあえず中に入っても良いですか?」
「え、あぁ……あっ! そうだ、入ってくれ! ソイツは……まぁいいや、早く入ってくれ!」
気を取り直したジョーティが慌てた様子で私達を招き入れます。
ドアを開けた時もそうですが、何か憔悴しているように見えます。
部屋の中はとても広く、大きな窓からは海が見えます。
家具類や内装はかの帝国の貴族が使っていたものとは異なり、過剰な装飾はなくなり洗練された物に変わっています。
部屋に備え付けられたカウンターテーブルには、二人が飲めないであろうお酒が各種並んでいます。
「キーノス、こっち! こっちに来てくれ!」
ジョーティが私の袖を引っ張りどこかへ案内しようとしています。
私は引かれるまま、この部屋の浴室へと案内されました。
「そういえばルスランはどこですか? 姿が見えませんが」
呼び出した張本人はまだ寝ているのでしょうか、それなら今日は解散してこれから店を開けるのも良いかもしれません。
「それが……」
ジョーティは言い終わる前に浴室の扉を開け、視界を湯気が覆います。
中には広い湯船に浸かるルスランがいました。
こちらに背を向けているので表情などは分かりませんし、入ってきた私達に対して何の反応も示しません。
何か菓子か果実でも食べていたのか、湯気に混ざって甘い香りもします。
「ルスラン、早く風呂から出て下さい」
声を掛けますが、やはり反応がありません。
深いため息をつき、苛立ちを抑えながらルスランの肩を叩きます。
しかしその肩が冷たく、風呂に浸かっているような体温とは思えません。
戸惑う私をよそにルスランの体がゆっくりと傾き、大きな音を立てて湯船の中へ沈みました。
急いで彼の両脇から抱えて湯船から上げますが、彼は意識が戻りません。
「や、やっぱり! 死んでる!」
「いや、そんなはずはありません」
彼はハーフとはいえ吸血鬼です。
それに師匠の私邸でも狂言の焼身自殺をして無事だったのですから、死んだように見えるだけでしょう。
「とりあえずこのままにしておく訳にもいきませんし、部屋の中へ運びましょう」
「え、でも死んでるならそのままにした方が良いんじゃないのか?」
「死んでませんよ」
「そ、そうなのか?」
ジョーティが驚いているようですが、裸のルスランをこのままにしておくのはどうかと思います。
とりあえず脱衣所に掛かっているローブを着せて、ソファにでも寝かせるのが良いでしょう。
彼を肩に抱えて浴室から出ると、リビングで困惑した様子のメル様が駆け寄ってきます。
「キーノスさん、何かあったんですか? すごい音がしましたけど」
「もう一人の知り合いが浴室で寝てしまったようです、すぐに起こしますのでお待ちください」
ルスランをソファに投げてからどうするか思案してたところで、ジョーティが私の服を引っ張ります。
……しかし。
ルスランが死んだようになっておりますが、自主的にやっているのかどうかは調べる必要があります。
彼の死因を調べるのはこれで二度目です。
どうせ死んでいないのですから、さっさと起こすのが良いように思いますが、また適当にはぐらかされるのかと思うと気が進まず躊躇してしまいます。
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