王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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湯煙は真実すら嘲笑う

#8

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 青い衣装の男性と接触し、今はルスラン達が宿泊している部屋にいます。
 メル様はビャンコ様と思われる方に接触していたはずですが、私が部屋に着いた時には既に合流なさっていました。
 それも当然です。
 私は青い衣装の男性に長いこと捕まってしまい、この部屋に戻ってくるまでかなりの時間を要しました。

 ルスランとジョーティとは長時間離れていたのは間違いないのですが……

「毒リンゴなんて知るわけないだろ、人のせいにすんなよ」
「君じゃなきゃ誰だ? 他にいないだろ、いい加減白状しろ」

 私がこの部屋に入って来てから、ルスランとガラノフ様が水掛け論をしております。
 ガラノフ様がいらっしゃるのは予想してましたが、もう一人、黒髪の女性が後ろ手に縛られています。
 その女性をジョーティは見張っており、困ったメル様が私の側へといらしています。

「その、状況がよく分からないのですが」
「僕もある程度しか分からないです」
「ガラノフ様は予想してましたが、ジョーティが見張ってる女性は何者ですか?」
「ジョーティ君はキトリカさんって言ってましたけど……僕の間違いじゃなければ、あの子噂のマリエッタさんですよ」

 より状況が分からなくなりました。
 彼女がマリエッタという女性なのは、メル様の見立てですから間違いないでしょう。
 しかしジョーティが彼女をキトリカと呼んだ理由が分かりませんし、ここに拘束する理由も分かりません。

「メル様が仰るなら間違いないのでしょうけど……キトリカ、とはどのような方なのですか?」
「それは分からないですけど、ジョーティ君がルスランさんに捕まえるように頼んだっぽいです」

 ルスランはジョーティに頼まれたからといって、言うことを聞くはずもありません。
 しかし現にこうして捕まっているのを見ると、何か意図はあるのでしょう。
 この状況で一番の謎は彼女です。

「ジョーティ、彼女は何者ですか?」

 とりあえずジョーティに聞くのが早そうです。

「コイツ、カマルプールで指名手配されてんだ。まさかこんなとこで見つかるなんてなー」
「指名手配ですか」
「見つけたら絶対捕まえろ! って父上に言われてたんだ!」

 それはかなりの問題人物に思えますが、謎は解決されません。

「彼女は偶然見つけたのですか?」
「いや、ガラノフがコイツと話してるトコ見つけたんだ。ホントびっくりしたなぁ」

 つまり青い衣装の男性……オランディの情報屋と会った後に、ガラノフ様が接触した人物と言うことになります。
 しかもそれがカマルプールで指名手配されていた女性なら、思ったより大きな問題なのではないでしょうか。

「僕、ここにいて良いんでしょうか?」

 メル様が不安げに仰います。
 それを言うのなら、私もここにいる理由はありません。
 カマルプールの指名手配犯に、ヴァローナの筆頭術士が探してる男、更にはオランディの情報屋と聖獣局の局長、この情報だけでも関わりたい問題とはとても思えません。

「ルスラン、私達は帰ります」
「コイツに必要な事吐かせたら帰って良いぞ」
「ここまでの協力でも充分なはずです」
「最後まで付き合っても良いだろ?」

 私が何と返そうか悩んでいた所、ガラノフ様が私の方をじっと見ている事に気付きます。

「その声、どっかで……」
「クリューヴのカジノで君を捕らえたディーラーだ、忘れたのか?」
「あ、あぁ!! お前あの時の! 詐欺師とグルだったディーラーだな!?」

 グルではなく知り合いですし、詐欺師ではなくこの施設の経営者です。

「ヴァローナでそんな事してたんですか……」
「違います」
「何が違うんだ! あの後郊外で麻袋の中で目が覚めるし、勝った掛け金は没収されてるし! 無様なとこ見せたせいで噂になって女から遠ざけられるし、そのせいで商売も上手く行かなくなったし! お前のせいでどれだけ迷惑したと思ってんだ!」
「知りませんよ」

 郊外で目覚めたのは半分私にも責任はありますが、それ以外は私には関係のない事です。
 しかしメル様とジョーティからの視線が少し冷たく、ルスランは楽しげにこの様子を見ています。

「僕に何の恨みがあるんだ! お前に悪さなんかした覚えはない!」
「確かにそうですね」
「だったら早く解放しろ、アリナもだ!」
「アリナとは?」
「そこに居るだろ! とぼけるな!」

 ここにいる女性は一人しかいません、彼女がそうだと言っているようです。
 マリエッタ、キトリカ、アリナ……いくつお名前をお持ちなのでしょうか。
 そういえばアリナと言う名前は、師匠の私邸でも出てきた名前ですね。

「確か、あなたの恋人でしたか」
「そ、そうだよ!」
「えぇ? キトリカの恋人?」

 話を聞いていたジョーティが眉間に皺を寄せ、女性をじっと見つめます。

「なーんだ、やっぱ違うじゃねぇか。キトリカに騙されただけじゃん」
「んなっ、このガキ何言って」
「どうせ良いように使われただけだろ」
「いや、違う! ちゃんとしたパートナーだ!」

 恋人とは違った表現をなさいますね。
 師匠の私邸での記憶はないはずですから、あの尋問で話した内容を覚えてはいないでしょう。
 そうなると、師匠の私邸で話していた内容も少しずつズレが出ているのかもしれません。
 もしかして、師匠がルスランにガラノフ様を捕らえるように指示したのは、その辺にあるのでは無いでしょうか。

「あ、あの」

 ここまで一度も発言しなかったマリエッタ様、で正しいのか、彼女が控えめに声を発します。

「私、その人とは関係なくって、キトリカって誰だか分からなくって、さっきもその人に急に声かけられただけなんですっ!」
「はァ?」
「私怖くって、だからずっと黙ってたんですけど……パートナーとか指名手配とか、私そんなの関係ありませんっ!」

 私は彼女を捕まえた状況を知りませんが、ジョーティ間違えるはずもありません。
 何故分かったのか彼女が知るはずもないので、あのように主張したのでしょう。
 主張そのものは正しいように聞こえますが、嘘をついているのは明白です。

「何言ってんだ、お前キトリカだろ?」
「私はマリエッタですっ!」
「アリナだ、今さら偽名使うな!」
「やめてくださいっ、けいさ……訴えますっ!」

 さて、謎はまだいくつもありますが。
 当事者のルスランは退屈そうにあくびをしています。
 私とメル様は関係無さそうですし、帰って良いのではないでしょうか。

「では、私達はこれで」

 メル様の手を取り、部屋から出ようとします。

「ま、待ってくださいっ」

 部屋に女性の声が響きます。
 私は無視して出ようとしましたが、メル様が足を止めます。

「あなた、銀のアネモネとかいう人でしょ!?」

 何者か結局分からない女性が、先程とは違う口調で声を掛けてきます。
 私からすると不名誉な呼び名で応えたくはありませんが、メル様が足を止めたのであれば最低限は応えようかと思います。

「違います」

 あくまで私がそうと言われていると聞いただけで、私自身はそのように呼ばれた事はありません。
 私の返答に対して、欠伸をしていたルスランが苦笑いしながら答えます。

「ふっ、彼がアネモネ? バラローザアザミチェルトポロムなら分かるが」
「そういう事じゃなくって、リュンヌの貴族と関係あるはずでっ」
「それなら僕も関係なくはない、そのアネモネ君と何の差があるんだ?」
「チルネ、チルネの事を知ってる可能性があるんですっ」

 この状況でそれを聞くのですか、中々度胸がある女性のようです。
 ここにいる他の方は、あのルスランですら呆気に取られたような顔をしています。

「チルネってなんだ? リュンヌのお菓子か?」
「リュンヌのお貴族様なら僕も少しは知ってますけど、聞いた事ないですね」

 メル様は一度お会いしているはずですが、ルネ様という名の奴隷だったから分からないのでしょう。

「そのチルネが何か知らないけど、今この状況には関係ないだろう」
「でもっ、毒入りの紅茶飲んで倒れたのってその人なんでしょ? ならチルネの事知ってるかもって」

 珍しくルスランがまともな事を言っていますが、それを無視して話を続けようとしています。

「毒を飲んで倒れたからそのチルネを知ってる? 君、自分が何言ってるのか分かってるのか?」
「他に知ってる人がいなくって、この人が知らなかったらもう手がかりもなくって」

 主張は支離滅裂ですし、先程ルスランが言ったように今の状況とは全く関係のない話に思えます。
 それでも、もしユーハン様のお話を知らなかったら、私はチルネ様の事を答えていたと思います。

「特に用がないのなら帰ります」
「もしまた何かあったらお手伝いします!」

 ルスランがまだ何か言いたそうにしていましたが、私達を引き止めはしませんでした。
 私とメル様は簡単な挨拶をして部屋を後にしました。

「結局何だったんですかね、色々分かんない事ばっかでしたし」
「知ったところで出来ることも無さそうですし、このまま帰るのが良さそうです」
「キーノスさん帰っちゃうんですか?」
「用事も済みましたし、一度家に……」

 そういえばメル様は、私の店に行こうとしていたと仰っていたように思います。

「良ければ私の店にいらっしゃいますか? 店に着替えがありますので開店させることは出来るかと思います」
「え! 良いんですか?」
「もちろんです、今日のお手伝いのお礼になるのなら」
「お礼なんて、でもありがとうございます!」

 口元だけしか見えませんが、笑顔なのは伝わってきます。

 メル様がいてくださったお陰で、ルスランからの頼み事が簡単に片付いたのは間違いありません。
 これからお出しするお料理やお酒だけで賄えるとは思いませんが、喜んで下さるのは嬉しく、顔が緩むのが自分でも分かります。
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