蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻 アイスランド沖海戦改め

初音幾生

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18 意思の疎通はむずかしい

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 三人はしばらく見送っていたが、そのうちに洋一が思い出した。
「あ、そういえばさっきの羊飼い」
「羊飼い?」
 見ていなかった福山は顔を上げた。
「さっきいたんだ。話しかけたらどっかに行っちゃったけど」
「だれか呼びに行ったのかなぁ」
 去って行った方を見て、ふと寒気がした。
「敵を連れてこなきゃいいけど」
「おいおい、デンマークはブランドルと戦争してるんだろ。ならこっちの味方だぞ」
「でも本国はブランドルに降伏したらしい。ならブランドルの配下って事になる」
 彼らは敵の中に不時着してしまったのかもしれない。そう思うと途端に不安になってきた。
 着込んだ防寒着をかき分けて懐に手を入れると、洋一はそこから南部式拳銃を取り出した。すぐに使えるように防寒着の外ポケットに入れ直す。
 松岡も真似をし始めた。しかし拳銃だけではどうにも心細い。
「後ろのあれ、使えるように降ろした方がいいんじゃないか」
 松岡が顎で示した先には、九式艦爆の後部座席があった。先ほどまで今村少尉が座っていた場所。そして黒光りした二式旋回機銃が所在なげに上を向いていた。
「なあ福山、後ろの機銃降ろしておこうぜ、敵が来たら大変だ」
 落ち込んでいる福山の肩を松岡が叩く。少しは気を紛らせられるだろうし、なにより機関銃一丁が使えるか使えないかで安心感が違う。
 機関銃は福山に担がせ、予備の皿形弾倉を松岡と洋一が一つずつ持つことにした。空では今ひとつ頼りない7.7㎜の機関銃も、地上戦なら実に頼もしい。
 そうこうしているうちに、北の方から馬の鳴き声が聞こえてきた。三人は機体の影に隠れると様子をうかがう。
 現れたのは一頭立ての荷馬車だった。その後ろにさっきの羊飼いが馬に乗って追従している。いや、あれは馬ではなくロバだろうか。
 草原に見慣れない三機を見つけると、彼らはその前にやってきた。荷馬車から四人ほど降りる。彼らも羊飼いと似たような格好をしていた。
「どうする、撃つか?」
 九式艦爆の主車輪に機関銃を乗せて射撃姿勢を取る福山が声をかけてきた。
「まだだ、向こうの出方を見る」
 戦うなら先手を取った方が優位だ。四人か五人ならまだなんとかなる。しかしそう短絡的な行動に出ても良いとは思えなかった。
 向こうもこちらの存在には気づいているだろう。少し離れたところで何やら話し込んでいる。動きからこちらを警戒しているのは確かだった。
 意を決したのか、彼らは奇妙な行動に出た。四人が縦に並ぶと、何やら声を張り上げる。そしてそれに合わせてこちらに向かって歩き出した。羊飼いは少し離れたところでそれを見ている。
 彼らはそのまま三機の前までやってくる。その辺りで洋一は彼らの意図がようやく判った。あれは行進しているのだ。恐ろしく下手だったので中々気づけなかった。
 そして三機の前に立った彼らは何やら声を張り上げた。言葉は判らなかったが、武器は肩に担いだ状態で、少なくともこちらに向けてはいない。
「どうするよ、おい」
 意図を図りかねて松岡が訊いてくる。こっちだって誰かに訊きたいが、判断すべき士官はここにはいない。
「……こっちも、行進するか?」
 洋一の破れかぶれな提案に、二人とも顔を見合わせる。
「さっきの足運び見ただろ。あいつら俺たちより行進下手だぞ。まともな訓練受けてないど素人だ」
 歩幅も速度もまったく揃わず、姿勢も悪い。訓練初日の自分達だってもう少しマシだったはずだ。
「ビシッと本職の行進見せてやれば向こうもびびるぞ」
 なんとなく洋一も判ってきた。恐らくあれは、敵意は見せたくないが下手に出たくもないための行進だろう。ならこちらもその考えに合わせてやればいい。
 他に良い案も思いつかないので二人は洋一の提案に乗った。機の陰から出ると洋一を先頭に三人が並ぶ。福山は機関銃を肩に担いだ。そして彼らは現地人達に向かって歩き始めた。
 洋一たちも即席訓練で正直行進がうまくはない。教育隊でも怒られてばかりだった。しかしさっきのあれよりは遙かにマシなものを見せられたと思う。先に並んでいた四人の現地人の前に三人が並ぶ。
 よく見ると彼らの武装も貧弱極まりなかった。銃は一丁だけ。恐らく猟銃だろう。残り三人は農機具のクワや、ただの木の棒だった。これなら勝てる。洋一は気を大きくもてた。
「豊秋津皇国海軍航空隊、丹羽洋一三等飛行軍曹以下三名!」
 声を張り上げたので向こうが驚いている。
「航空機故障のため貴国領土に不時着した。国際法に基づく協力を要請する!」
 向こうが面食らったのは判った。見栄の張り合いだとするならこちらの勝利だな。洋一は満足げに頷いたが、その先が続かない。向こうは横の同胞達と顔を見合わせるばかりである。
「なあ、秋津語じゃ通じないんじゃないか?」
 小さな声で松岡が話しかける。洋一は咳払いをして誤魔化す。
「あー、アイアム、アキツ、ネイビー パイロット。アイアム サードサージェント ヨウイチ タンバ……」
 ノルマン語で言い直してみたが、それでも通じている様子も無い。
「い、いっひ ビン ……」
 習いたての怪しいブランドル語も試して見たが、こちらも反応がうすい。向こうも何やら話しかけてきたが、これが皆目見当が付かない。
「ここってデンマーク領だろ、デンマーク語じゃないとダメなんじゃないのか」
「デンマーク語って有るのか?」
「知らない」
 悪戦苦闘している洋一の隣で残り二人は無責任に話している。
「お前らもなんとかしろよ」
「この三人で一番ノルマン語が出来るの丹羽だろ。それでダメなら俺たちはもっと無理だな」
 実に頼りにならない同期達だった。
 向こうも先頭の一人が何か話しかけてきている。一生懸命なのは伝わってくるが、意思の疎通が出来ないことにはどうしようもない。
 洋一が言語の壁を壊そうともがいているところでふと松岡が隊列から出た。
「煙草吸ってくる」
 防寒着の下をごそごそとあさって取り出した煙草の箱から一本取り出すと咥える。何事かと思っていると松岡は少し離れた場所にいた羊飼いのところに歩み寄っていった。
 向こうの隊列も唖然として見守っている中、松岡は煙草をもう一本取りだして羊飼いに渡す。火を付けてやると、松岡は先にそれを吸って見せ、羊飼いもそれに続いた。そしてその後なにやら言葉と、身振り手振りを始めた。
 煙草一本吸いきる間二人は何やら動き、そして二人してこちらにやってきた。
「ここにブランドル軍はいないってさ」
 双方あんなに苦労して果たせなかった意思の疎通を、煙草一本で松岡はやってのけた。
「なんで判るんだよ」
 疲れ切った洋一がぼやく。そういえばノルマンに派遣されていたときも、ノルマン語がろくに出来ないくせに松岡は現地人と値段交渉すらしていた。
「あの羊飼い、父親だか祖父さんだかが流れ着いた秋津人なんだってさ。お陰で秋津語が少しだけど話せるんだ」
「本当か。君は、秋津語が、判るのか」
 洋一が話しかけてみたが、羊飼いは首をかしげてからよく判らない言葉を発した。
「元は山形辺りかな。しかも世代が経ったおかげでかなり聞き取りづらいんだが、まあ大事なのは心よ心」
 聞き取りづらいどころか秋津語にも聞こえないのだが、どういうわけだか松岡には判るらしい。おかしな話だが、こうして松岡、羊飼いを経由してなんとか話が出来るようになった。
 四月のベルギー侵攻のついでにデンマーク本国も攻め込まれ、デンマークとブランドルは戦争状態となった。本国はあえなく降伏となったが、他の地域、アイスランドとフェロー諸島は抗戦を続けるという形となった。そして六月にアイスランドへブランドル軍が上陸して、まともな軍隊のないアイスランドもあえなく降伏したらしい。
「で、次はここかとおびえていたら、待てど暮らせどブランドル軍は来ないんだってさ」
 寒風吹きすさぶ絶海の諸島に、彼らは価値を見いださなかったらしい。敵に攻め込まれるのは恐ろしいが、相手にされないのもそれはそれで面白くなかろう。お陰で洋一たちは敵の占領軍に囲まれなくて済んだ訳なのだが。
「この人達は地域なんとか防衛隊だって。自警団とか消防団とか、まあそんな感じだろ」
 そうこうしているうちに羊飼いがこちらに何か喋り始めた。相変わらず何を云っているのかは判らないが、その中で「ショーグン」という単語だけは聞き取れた。
「うーん、なんだろう。将軍は来ないのかって訊いてくるんだが」
 今ひとつ意味を図りかねる。名古屋城に将軍様が居たのは七十年ぐらい前なのだが。
「偉い人、って意味じゃないのか?」
 福山の言葉が多分正しそうな気がする。洋一は機体の方を振り返った。
「こっち。カムヒヤ」
 手振りでも示したので判ってくれた。九式艦爆の裏手まで案内すると、そこに横たわっている今村少尉を見せた。
「彼は将校、オフィサー。階級は少尉、サブルテナント」
 本来は最上級者は彼の筈だった。
「残念ながら死んでいる。ばっと、ヒー いず デッド」
 そう云って洋一は拝んで見せた。言葉はともかく死体であることは誰の目にも明らかだった。合わせて拝んだ後で向こうは何やら困った様子で話し合っていた。
「どういうことだろう?」
 将軍やら偉い人やら、この状況でなぜ必要なのだろうか。
「あれじゃないか? 降伏するにも格があるというか」
 今度は松岡が相手の考えを推し量った。
「急ごしらえの自警団みたいなのが、あの行進も出来なきゃ武器もろくにない連中だ。まともな軍隊が上陸してきたらひとたまりもなく降伏なのはみんな判ってるだろう。とはいえあんまり下っ端に降伏しても沽券に関わるというか」
 それ故にさっきの行進だったのだろうか。敵意は見せたくないが、舐められたくもないとか。
「ショウグンじゃないなら皇帝でもいいって? おいおいもっと無理に決まってるだろが」
 波長が合っているのか、にわか漫才みたいになってきた。
「しかしだなぁ、俺たち所詮三等飛曹だぜ。俺たちが呼べる範囲でそんな箔が付くほど偉くて気安く首を突っ込んでくれる人なんて居るか?」
 福山は頭を掻いたが、洋一と松岡はお互い顔を見合わせた。
「なあ、俺こんなことに気安く首を突っ込んできて箔がある人、知っている気がするんだが」
「奇遇だな、俺もなんだ」
 それはそれでややこしいことになりそうではあるが。
「なんだ? 心当たりでもあるのか?」
 艦爆隊である福山にはピンとこなかったらしい。
「まあね、ちょっと呼んでみる」
 洋一は自分の機体へ乗込んで、無線のスイッチを入れる。バッテリーはまだ大丈夫のようだ。地上からで届けば良いのだが。少し考え込んでから洋一は電鍵を叩き始めた。
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